64~剣と鞘と~・1

――――誰かが泣く声が聴こえる。


 ぼろぼろの格好でしゃがみこんで、うつむく顔はよく見えない。

 人型をしているが、真っ黒い肌は異形のそれだとすぐにわかった。


 私は吸い寄せられるように泣く子に歩み寄り、同様にしゃがんで覗き込んだ。


 どうしたの、と声をかける。


『チカラを……』


 え?


『オマエのチカラを、ヨコセ!』


 瞬間、強く腕を引かれたかと思えば、黒い泥のような何かに呑み込まれる。


 最後に見たモノは、哀れな子供ではなく……獲物を捉えた捕食者の、獰猛で凶悪に歪んだ笑み。


 それきり、私の意識は黒く塗り潰され……――――




「メリーゼ、メリーゼっ!」

「きゃあ!?」


 突然上から降ってきた声に、少女は思わず悲鳴をあげた。


「あ……カカオ君……?」


 ‎まず視界に入ったのは、無造作なココアブラウンの髪と爽やかなシーグリーンの三白眼。

 弾かれたように目を開けた自分を心配そうに覗き込む顔が幼馴染のものだと知り、メリーゼはすっかり強張ってしまった全身の緊張をゆるりと解き、起き上がる。

 悪夢に震えていた手は、どうやら彼が握ってくれていたようだ。


「ひどくうなされてたみたいだけど、大丈夫か?」

「ええ、なんとか……それよりもここは?」


 確か自分たちは、マーブラム城の地下でテラの本拠地に繋がるゲートを開き、飛び込んだはずだ。

 それならばここは……辺りを見回す二人の頭上から、ふわふわと降りてくる影があった。

 ゆるく癖のついた灰桜の髪と、どこか浮世離れした衣装の青年……メリーゼの父であり時空の精霊のランシッドだ。


『メリーゼ、気がついたようだね。良かった……!』

「お父様……」

『……その辺を見てきたけど、本当に何もないところだね、ここは。それに俺が開いたゲートからも離されている』


 娘の無事に安堵する親の顔を見せるもすぐに切り替えて、ランシッドは上空で見てきたのだろう情報をふたりに話す。

 まだ状況が飲み込めず、きょとんとしているメリーゼに「周りを見てきてくれるように頼んだんだよ」とカカオが説明した。

 実体を持たない精霊の身ならば偵察も容易で安全だろう、ということらしい。


『ただ、ひとつだけ。ゲートがある方向……恐らくそのすぐ近くに、建造物らしきものがある。実体のない身でも震えるほどに嫌な気配と一緒にね』

「そこにテラがいる、って訳か……」

「そうでしょうね。それに、なんだか予感がします。まるで呼ばれているような……」


 メリーゼはおもむろに立ち上がると、何かに引かれるままといった風に歩きだす。


「……行かなきゃ……」

「お、おい!」

『メリーゼ!?』


 危うげにふらつく少女の体をすかさず支えると「行くなら一緒に、な?」とカカオが笑いかけた。

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