62~暗闇の中で~・1

 カカオたちが決戦の地へと旅立つ、少し前。

 マーブラム城にある職人の工房……先代の王モラセスが名工ガトーのために用意したそこの、寝泊まり用の部屋にて。


「うー……」


 ゆるゆると部屋の主が目を覚まし、ベッドから上体を起こした。


(どのくらい眠ってたんだ……カカオは、あいつらは……?)


 真っ先に案じたのは、決戦に向かうという孫やその仲間たちのこと。

 ガトーが長い間眠りこんでしまったのも、彼らを助けるための道具を作るのに消耗した結果なのだが、そんなことは彼にとってはどうでも良かった。


 と、


「起きたか」

「どわぁ!?」


 音もなく急に現れたかのような真顔の老人に、ガトーの心臓が口から飛び出さんばかりの勢いで跳ねる。


「ばっ、おめえっ……シャレになんねえからいきなり出てくんなっつったろ、モラセス!」

「む、俺は少し前からいたぞ」


 早鐘を打つ胸を押さえながら振り向いた涙目のガトーに、モラセスはむすっとしたような、それほど変わっていないような顔で抗議した。

 昔でも相当だったが、七十過ぎた今のガトーに心臓にくる驚かしは本当にシャレにならない。


「……んで、俺はどんだけ寝てたんだ?」

「ざっと三日といったところか」

「そっか。カカオたちは?」

「じき旅立つところだが……顔を見せに行くか? というか、立てそうか?」


 モラセスに言われて、ガトーは己の体を確かめる。 

 作り上げた道具はひとつふたつではなく、その全てに全霊を注ぎこんだだけあって、目覚めてもすぐには動けなささうだ。


「無理か。ならカカオたちをここに、」

「いや……いい。大事な時にヨボヨボでヘロヘロのじーさんなんか見ちまったら、心配事がひとつ増えちまうだろ」

「いいのか?」

「ああ」


 溜息、次いで沈黙。

 本当は孫の顔を一目見たいだろうに、強情な男だ、とモラセスが内心で呟いた。


「また、見送ることになるとはなあ。オグマも北に行っちまうし」

「氷の大精霊がついてるあいつには北のマナは相性がいいからな」

「ま、この状態を見られなくて良かったと思うしかねえな」


 騎士団長であるデューの指示でオグマをはじめ騎士団の人間は各地に散って町村の守備についている。

 テラの力は現在大掛かりな時空干渉に集中しているとはいえ、他にも何かしてこないとも限らない。


「……お前の渾身の作品だ。きっとあいつらを守ってくれる」

「ああ……歯がゆいが、年寄りはおとなしく祈って待つことにしようぜ、モラセス」


 ガトーがぽんとモラセスの肩を叩くと「誰が年寄りだ」と拗ねたような声が返ってきた。

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