61~見送る者たち~・1

「いよいよか」


 ブオルとクローテの生家・ティシエール邸で迎える、旅立ちの朝。

 そこにはこの家の現在の主であるフレスとスタード、そして先代の王モラセスの姿もあった。


「クローテ、その……わ、忘れ物はないかい?」

「父上……」

「さすがに子供扱いが過ぎるぞ、フレス。クローテも立派な騎士だ」


 三世代のそんなやりとりを眺め、ブオルが表情を緩ませる。

 わかってはいるんですけどね、と指先で頬を掻きながらはにかむフレスは、これでも騎士団ではデューに次いで副団長を務める男だ。


「まったく、俺もついて行きたかったんだがな」

「またそれですか、モラセス様……二十年前も同じことを仰ったでしょう。今はその時以上にヨボヨボなんですからね、貴方も私も」


 腕組みをして「それがどうした」と言わんばかりの主君に一同が頭を抱えるが、次いで彼が居住まいを正すと空気は一変した。


「この戦いに勝てば、歪められた歴史は正しく修正される。その先のことを我々が知ることはないのだろう……恐らく、歴史書には記されん戦いだ」


 モラセスの声音は低く、静かで。

 粛々とした王都の朝の空気に、それは妙に響くものだった。


「……だが、その後に待ち受ける世界は、お前らが戦って道を切り拓き、つくりあげたもの。お前らは紛れもなく、世界を救った英雄になるのだ」

「モラセス様……」


 そう言いながら、かつての世界の王は深緋の眼を僅かに陰らせて俯いた。


「…………それなのに、大したことをしてやれんのが心苦しい。ただ送り出すことしかできんとは……」

「へ!? いやその、か、顔を上げてくださいよ!」


 いつになくしおらしい主君にブオルは慌てて何かフォローを入れようとし、一旦咳払いをする。


「い、いいですかモラセス様……私は貴方やスタード、みんなからもう充分すぎるくらいのものをもらっています」

「む?」

「本来なら見ることのなかった未来で、元気に長生きして……それも、幸せそうな姿が見られたんだ。私が守った未来は明るいって、よくわかった。それだけでこの私には前に進む何よりの力になるんです」


 ブオルには自分の時代に帰った後、十年もしないうちに戦死してしまう……その確定した未来は、既に彼自身も知ってしまったことだ。

 刻一刻と時計の砂が落ちていくのを誰よりもはっきりと感じているだろうに、ブオルの表情は穏やかで。


「胸を張って、元の時代に帰れます。まずはテラに勝ってからですけど」

「……バカ言え、何がなんでも勝つんだよ」


 お前らは俺の自慢の英雄なんだから。


 ふいにそっぽを向いてしまったモラセスに、どうぞ、とスタードがハンカチを差し出し、戦いに赴く二人の破顔を誘った。

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