37~信頼の合図~・3

 圧倒的劣勢から一度離れることができたモカは、さらに状況を打破するべく考え続けていた。

 身体はもうろくに動かないし、背中の箱に新たにつけた機能は爆発的な加速と引き換えに直線的な動きしかできないとわかった。

 移動距離もそこそこで、マナの増幅に時間がかかるため連発は不可……まさしく切り札だったが、恐らく見つかるのは時間の問題だろう。


(うまくすれば移動だけじゃなく攻撃にも転用できそうだけど、あまり気軽には使えないな。出力の強弱を切り替えて用途の幅を……いやいや、それより今は現状をどうにかしないと!)


 実戦で初めて使った機能の使用感についつい発明家としての思考に引っ張られそうになるが、慌てて戻す。


(詠唱の時間を稼げたとしても放てるのは一度限り。一回で仕留めきれるような術で脆い関節狙い……ダメだ、確実性がない。避けられたり耐えられでもしたらゲームオーバーだ)


 やはりひとりでできることには限界がある。

 だったら、何をすべきか……あちこちから記憶を手繰り寄せると、父の声が脳裏に蘇った。


『敵の罠にハマって、一回全員散り散りにされたこともあったな。ありゃあさすがにきつかった』


 苦笑いをしながらの話は、奇しくも今のモカ達と同じ状況だった。

 好奇心旺盛なモカにとって旅の話はどれも興味深く、よく覚えている。


『けどな、なんだかんだあって乗り切れたし、仲間とも再会できた。どうやってかって? そりゃあ……』


 父の言葉が終わらないうちに、モカは地面に両手をつき、意識を集中させた。


「これで、どうだああああああ!」


 モカの手から雷が放たれ、地面を伝って四方八方、遠くまで走らせる。

 それは一瞬のことだったが、暗く陰鬱とした周囲に光をもたらした。


 しかし、次の瞬間……


「追いかけっこは終わりか?」


 これだけ派手にやれば敵に見つかるのも当然で、少女の喉がひゅっと音を立てる。

 力を使い果たし、もう一歩も動けない彼女にできるのはせめてもの悪あがき。


「く、来るなぁっ!」


 喚きながら別の紐を引いて応戦するも、無数に飛び出したボールがひとつふたつ相手に当たるだけで、大したダメージは与えられない。


「……手品はもう飽きた。本当にただのガキだったな」

「ひっ……」


 へたりこむモカの目の前に立ち、今度こそ終わりだとばかりに刃の腕を振り下ろそうとした、その時。


「ぐおっ!?」


 突如飛来した大きなブーメランが腕に当たり、そのままへし折られる。

 ブーメランはそのまま飛び続け、靄の中から現れた持ち主の手に収まった。


「くっ、誰だ!」


 高く結った藍鉄の髪を靡かせ、同色の猫耳と尻尾を生やした青年は獣の手足ゆえ静かに歩み寄る。


「ここから先はそれがしがお相手いたそう」

「ガレっち……?」

「モカどのの“合図”……確かに受け取ったでござるよ」


 青年、ガレは赤銅の猫目を細め、傷ついたモカに優しく笑いかけた。

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