12~新しい力~・3

 元は貴族の男らしかった人物の身体を乗っ取った魔物は、その身に残留する負の感情を喰らい、戦いながら形態を変えていく。


「力だ、力が湧イてくる! この力があレば、おれは!」


 生前は得られなかった力を感じ、下品な笑いを撒き散らしながら全能感に酔う男。

 一度は優勢に立ったカカオ達も、その人間離れした強さに傷を増やし、苦戦させられていた。


「傷を与えても、再生されてしまいますね……」

『浄化の力がヤツの再生能力を抑えてはいるけど……やっぱり、大精霊の契約者と比べたらやや力不足だね……』


 腕輪の……浄化の力を借りなければろくに手傷を負わせることもできないだろう事実と、大精霊の契約者である英雄達には及ばない事実。

 何気ないランシッドの言葉ははっきりと現実を伝えており、現在のカカオ達には厳しいものであった。


……だが、


「そしたらもう、再生する暇を与えないくらいしかねえじゃねーか」


 ブオルと共に率先して仲間の盾になっていたため一際ぼろぼろのカカオが、ついていた膝を地から離す。


「幸い、再生能力も繰り返す度に弱まってる気がする……オレ達の攻撃は確かに効いてるってこった」

「カカオ……」

「いけるか、クローテ? それにメリーゼも」


 言いながら目配せをすれば、幼馴染みからは頷きが返ってきた。


「まずはわたしが、いきますっ!」


 ラッシュの得意なメリーゼが双剣を閃かせながら突進、素早く斬りつける。


「ぐォ、じゃ、じゃじゃ馬めっ、おとナしくおれのものにっ……」

「そう簡単に乗りこなせるとは思わないで下さい!」


 目にもとまらぬ剣捌きと彼女自身の縦横無尽な動きに翻弄される魔物が反撃に腕をのばしても、そこに彼女の影はない。


「ぬぁっ!?」


 寸前で跳んでいたメリーゼの片足が魔物の頭を踏みつけ、彼女は空中でくるりと回転して魔物の背後に軽やかに着地した。


「ぐぬヌ……」

「よそ見してる場合かよ!」


 メリーゼに気を取られた魔物の前に、彼女の着地に合わせたカカオが身を滑り込ませる。

 少女騎士は身を翻す流れに乗せて剣を払い、前後で挟み撃ちにした。


「たぁっ!」

「おらぁっ!」


 示し合わせたような、途切れることのない双剣と戦鎚の連続攻撃。

 どちらに対応しようと考える間もなく、浄化の力がこめられたそれに魔物の身が崩れ始める。


「ウッ、ぐぉぉっ……」

「これなら回復も追い付かねーだろ!」


 と、二人同時に魔物から離れると彼等が目配せした先には……


「上出来だ」


 魔術の発動準備を終えたクローテが、淡い水色の輝きを纏い微笑んでいた。


「邪を漱ぐ清らかなる流れよ、彼の者に降り落ちろ!」


 カカオ達が退いたのは、このためだった。

 魔物の頭上にふわりと巨大な水の塊が浮かび、はち切れたと思えばその質量が滝のように降り注ぐ。


「ぎゃアああああっ!」


 重圧による威力もさることながら、クローテの術も効果てきめんで、とうとう魔物の体躯が地に伏した。


「おぉ、さっすが幼馴染みトリオ」

「こういう時、打ち合わせもいらないのは強いよなぁ」


 後方にさがっていたモカと、それを守るように彼女の前にいたブオルが三人の連携に素直に感心する。


 と、


「いヤだぁ、死ヌのは……助けテ、クれ……」


 魔物と共に消えかける男の、どちらからの声ともわからぬ声。

 一度死に、もはや人間でもなくなり、自我さえどちらのものか怪しいだろう男は、生にしがみつこうと手をのばす。


『……何の罪もない貧民街の人々を、守るべき民を焼き払っておいて、よくそんなことが言えるね』


 ランシッドは明らかな侮蔑の意思をもって、冷たく男を見下ろした。

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