10~旅立ちを前に~・2

 時間はやや戻って、マーブラム城の会議室。

 腕輪を託されたカカオ達をひとりひとり見るとトランシュはその表情を確かめる。


「それを身につけるということは、単純に力を得ることだけじゃない。あの化物に遭遇すれば立ち向かい、打ち倒さなければならないということだ……って、言われるまでもないって顔してるね」


 その腕輪を持つ意味を軽く受け止めている者は誰一人いない。


 一同の脳裏には、一度目にすれば忘れられないであろうおぞましく禍々しい歪んだ異形……二十年前の災厄の眷属がよぎる。

 時空干渉を防ぐために向かう時代にはまだそれが存在していたし、今回の件でとっくに滅びたはずのこの現代にまで現れることが判明した。


 あの時はスタードやカッセ、ここにはいないモカの父であり騎士団長のデュランダルが浄化してくれたが、次回はあの化物を自力でどうにかしなければならないのだ。


「……この腕輪をただ装備すりゃいいって訳じゃあないんですよね?」

「あ、それボクも気になった。装備したらそれだけで攻撃に浄化ぱわーがつくの?」


 ブオルとモカの問いには、王の隣に控えていたクローテの父、フレスが進み出た。


「技や魔術で精霊の力を借りられているなら、その延長で考えていただければ問題ありません。いつもしているように精霊に呼び掛け、マナをこめてください。そこに浄化の力は宿ります」

「術だろうと剣だろうと拳だろうと、なんなら放り投げたボールにだってマナはこめられるだろう?」


 つまりはそういうことだ、とざっくりした先王の補足。


「ボールかぁ……いいね、それ」

「やろうと思えばモカの箱にもできるんじゃねーか?」

「無敵のびっくりどっきりボックスだね!」


 何やら閃いたのか、モカは楽しそうにメモ帳にペンを走らせる。

 また始まった、とこぼしたクローテの様子を見るによくあることなのだろうが、種類は違えど物作りに携わるカカオにとってそれは少し興味をそそられる光景だった。


『……ともかく、これで災厄の眷属と遭遇しても戦えるようになった訳だけど』

「拙者は一度報告のためマンジュに戻るでござるよ」


 スッと立ち上がると「では、これにて」とカッセは一礼して身を翻す。


『俺達もマンジュに向かった方がいいかなあ……マンジュの民の協力も欲しい。立て続けに起きた時空干渉の気配も今は感じないし、遠くにいる英雄達の様子も一度確認しておきたいんだ』

「それならば一晩休んでから来るといいでござる。ここまでいろいろありすぎたゆえ」


 カカオ達には衝撃的な出来事ばかり続いて、心身共に疲労が大きいだろう。

 カッセの提案にトランシュも頷き、遠くから来ているカカオにはこちらの客室に泊まっていくよう告げた。


「それでは皆、今後のために今日はもう休むといい」

『ああ、そうさせて貰うよ……それじゃあ』


 ランシッドはトランシュと、その後ろにいる“何か”に視線を送ると会議室を後にする。

 他の仲間達も同様に退出して、王と先王だけが残ると、


「……話は聞いているんだろうに、一言も喋らなかったね」

「日頃やかましい男が、珍しいこともあるものだな」


 彼らは口々にそう言ってランシッドが見ていた先を仰ぐ。

 何もないはずのそこを見つめる紅眼は、親しい友に向けられるそれになっていた。

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