8~英雄から、未来の英雄へ~・2

「な、なんだありゃ……」

「風を司る精霊の頂点、いわゆる大精霊というやつだ。見た目はちまっこいが凄まじい力を秘めている……かわりに契約者がいなければいろいろと制限がかかる。基本的にはこちらには干渉しない存在だからな」


 モラセスがざっくりと説明する間に『手短にいきます!』と風精霊は細く白い腕をめいっぱいひろげ、それを前で交差させる。

 可憐な姿からは想像もつかないくらいに彼女の操る風は激しく荒々しく、魔物だけを掬い上げると竜巻で天まで放ってしまう。


 さすがの魔物も空中では自由を奪われ、なす術もなく手足をばたつかせ呻いていたが、上空高くに消えたそれらが再び地に落ちてくることはなかった。


「終わったの、か……?」

「すっごぉい……」


 空を仰いだまま開いた口が塞がらないブオルとモカ。


(はるかぜの、においだ……)


 カカオもまた、ぼんやりと小さな大精霊の後ろ姿を眺めていた。


 風がおさまり、魔物の脅威が去ったことを確認したスタードは、ふうと溜め息をつくが……


「……っ」

「お祖父様!」

「スタードっ!」


 ぐらり、上体が傾いだ彼をまるでそうなることがわかっていたかのようにすかさず駆け寄ったモラセスが受け止めた。


「う……モラセス様、申し訳ありません……」

「いや、よくやってくれた。この場で手早く魔物の浄化ができるのはお前だけだった」


 主君から労いの言葉をかけられた従者はふっと微笑むと意識を手放してしまう。


「お、おい、スタード……」

『大精霊を具現化し、力を行使する……やはり今のスタード様の体には負担が大きすぎましたね……』


 風精霊が両手に淡く優しい翠の輝きを生み出すと、それをスタードの体に送り込む。

 心なしか、苦し気だったスタードの呼吸が穏やかになっていくのを感じた。


「大丈夫、なのか……?」

『ひどく消耗して眠っていますが、これで回復も早くなるはずです。死なせはしません……絶対に』


 心配してのぞきこむブオルとクローテに、清き風花は凛とした表情で返した。


「スタードのじいちゃんがこんな事しなけりゃあの魔物は倒せなかったのか? そもそも、あの魔物は一体なんなんだ?」


 カカオが疑問を口にすると、モラセスとランシッドが彼に向き直る。


「お前も名前くらいは聞いたことがあるだろう。二十年前に世界を襲った災厄の魔物……それが“総てに餓えし者”だ」

『正確には遠い昔、俺の時代に出現して一度は封印されたんだけどね……封印が弱まると次第に眷属が姿をあらわし、そして本体が復活したのが二十年前だよ』


 二十年前といえばカカオ達若者は生まれてもいない時代の出来事で、話には聞いていても実物を見るのは初めてになる。

 ましてあんな……禍々しく歪んだ不気味な化物を目の当たりにした上に、倒しても再生するとなるとカカオ達の動揺も小さくない。


『マナを喰らい、穢し、生物に取り憑いて操ることもある……そして奴等は他の魔物と違い、通常の攻撃では倒せない。聖依術と呼ばれる術か、大精霊の加護を受けた者の力で浄化する必要があるんだ』

「その力を持っているのが、このスタードを含めたかつての英雄達になる訳だ」


 モラセスは腕の中で眠るスタードに視線を落とすと「場所を変えるか」と呟いた。

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