5~時の迷い子~・1

 長い白髪を垂らし、ゆったりめのラフに着崩した装束に身を包んだ老人。

 齢八十を過ぎて深く年輪の刻まれた顔は、もともと鋭さのあった赤眼の凄味を増したものにしている。

 山羊を彷彿とさせる顎髭に骨張った手を添え、先王でありトランシュの祖父、そしてモカの曾祖父でもあるモラセスは孫へと視線を移した。


「面白いことがあったから来てみれば……何やら騒ぎでもあったか」

「ええ、少し……」


 時空干渉で王と王妃が揃って消滅しかけたことは“少し”ではないが、モラセスにどう説明したものかとトランシュが考えていると、


「ガトーによく似たガキと騎士団のチビ、おまけにランシッドまでいるとなれば……なるほど、お前らがそうか」

「へ?」

「過去の英雄が狙われる“時空干渉”……ざっくりとだが話はガトーから聞いている」


 これでな、とモラセスは指で通話機の形を作ってみせた。


「じいちゃんから……」

「だが世界の命運を背負わせるにはどいつもこいつも殻をくっつけたひよこばかりだ。遠足に行くのと訳が違うぞ」


 静かに、けれども圧される空気。

 何度も言われたことだが、さすがにモラセスの言葉はずっしりとカカオ達に重くのしかかる心地がする。


 と、


「……それはそうと不審者を捕まえてな。俺はそいつを見せにここに来た」

「不審者……?」


 一気に静まり返った中で何事もなかったかのように切り出したモラセスは、入れ、と部屋の外にいるらしい“不審者”に向かって促す。


 先程言っていた面白いこととやらに関係があるのだろうかと、のそのそ入ってきた人物を見上げた一行が驚きに固まった。


「なっ……!」


 騎士服に包んだ、縦にも横にも大きな熊のような体、優しく燃える灯を連想させるオレンジ色の短い髪と人の良さそうなタレ目だが、四角に近い輪郭に生えた無精髭は男らしさもしっかりと見せる。

 しかし、そんな彼を見たカカオ達の反応は……


「「「ブオル子さん!?」」」

「なんで揃いも揃ってそっちの名前で呼ぶんだよ!」


 ここに来る途中に見た廊下の肖像画……騎士団恒例女装コンテストの初代優勝者。

 似合わない女装を無理矢理させられやけくそで笑うあの顔とメイクが生み出した化物っぷりは、忘れられるはずがないのだった。

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