一八. うき世の楽園㉒



 

 行灯の消された部屋には。僅かに開かれた襖のむこう、客間を抜けた庭先からつたう、朧ろな月明かりだけが頼りの薄闇と、

 

 ふたりの息遣いだけが。のこって。


 「……ぁ」

 

 もう幾つ、散らされたか分からない、冬乃の躰じゅうへの優しい口づけと、

 うらはらに冬乃の柔胸を幾たびも苛める、沖田の悪戯な手指に、

 

 冬乃は身を捩らせては、強い快感に叫びそうになる声を、残る羞恥心で懸命に抑える。

 いいかえればそんな余裕の残る冬乃に、沖田がまるで挑戦的に、更に煽るようにその愛撫を重ね。

 

 己の服も脱ぎ去った沖田の、硬く温かなその肌の感触は、冬乃の鼓動を否応なく高めて。

 強く抱き締められるたび、鋭いほどの幸福感が冬乃を襲った。

 

 何度でも、もうこれほどの深い幸福感のなかにあっても冬乃は、それを怖れずにいられる自分を強く感じていた。

 

 (ほんとうに、やっと・・・)

 

 涙が出そうになるほどの想いのなかで、残るは唯々、未知への緊張と期待、


 そして月明かりの幽かな闇内で、見上げれば冬乃の瞳に映るは、見下ろしてくる沖田の優しくも、冬乃の身の芯を焦がす熱の眼、

 それはこの家での最初の時と同じように。

 

 違うのは、その熱が。もうこの世からの疎外感すら、今においてさえ解かしてしまえるまでに、

 冬乃の心が、それを叶えることができるまでに。

 すべての枷から解放された事。

 

 

 沖田もそれを感じているのだろう。それでも、

 あの時以上に今、沖田は念入りに冬乃の最後の強張りを解そうとしてくれているのだと。

 

 もう冬乃のいちばん敏感な場所に、未だいっさい触れられていなくても、

 毀れおちていってしまいそうな理性の、最後のかけらで。冬乃は気づいていて。

 

 

 それでも、

 冬乃が懸命に踏み止まるのは。

 どうしても、このひとときをすべて、ひとつも余すことなく記憶に刻みこみたい一心で。

 

 (でも、・・もう)

 

 

 「…ン」

 冬乃の胸の頂を弄っていた武骨な指が、ふと摘んだまま止まった。

 次にはその真横へと、痕の残りそうなほど深い口づけを受けた刹那に冬乃は、

 

 今や完全に襦袢をはだけられた躰の線を、なぞり下ってゆく彼の片の手を感じた。

 同時に、一度は止まった乳房を玩ぶ指の先が、今度はゆっくりと回すように冬乃の頂を擽りだし。

 

 首すじから耳へと、冬乃を辿ってきた掠るような沖田の舌先は、耳朶をなぞり上げ。柔肌を吸いあげる音が、直に鼓膜を刺激して、

 「ぁんっ」

 併せて沖田の指が、冬乃の頂をツンと弾いた。

 

 「…も…ぅ…、あ」


 ほんとうにおかしくなっちゃいそう

 堪らず冬乃が心のなかで叫んだとき。

 

 くびれの線を下っていた沖田のごつごつした武骨な手が、あいかわらず反してその繊細な動きで、冬乃の脚の間に辿りついて、

 (あっ・・)

 脚の内側の柔い箇所を、揶揄うように撫でまわしたその手は、

 

 「…っ…ん!」

 するりと。冬乃の内股に侵入した。

 

 

 慣れた手が。

 冬乃を、知り尽くしたその指先が。またたくまに、冬乃を本格的に翻弄し出す。

 

 「あ、あ…ぁ、っ…」

 

 激しく、息が乱されて、

 

 これまでで既に散々に蕩かされた冬乃の躰は、

 最早あっというまに高みへと、追い上げられても。

 

 冬乃は、抵抗した。

 

 「い…やぁ…!」

 

 (待っ・・て、まだ)

 

 「やあぁ…待…っ、やっ…あ…ンンッ」


 跳ねてしまう声の狭間に、懸命に交えた制止の言葉など、届かずに。次にはそんな言葉ごと塞がれた唇を冬乃は喘がせた。

 あの常の沖田と同じ彼とは、やはり思えないほど強引なのに、

 

 それでもされるがまま溺れきって、陥落してゆく自分に。冬乃は崩れ堕ちてゆく意識のなかで、ついには諦めるしかなく、

 

 押し寄せる快楽に呑まれ、

 更に深く塞がれた唇に。

 

 目を閉じた。

 

 

 刹那に瞼の裏に光をみて。

 

 

 

 

 「……ン…ッ…!」

 

 遠のいていた意識は、不意に更に冬乃の奥へと、

 

 感じた熱く太い指に。戻され。

 

 

 冬乃は、塞がれたままの唇で、

 始まったその次なる愛撫に、くぐもった嬌の音を小さく震わせた。

 

 

 

 

 「…ふ…、ぅん」

 

 冬乃の唇が、もう嬌の声しか漏らさなくなった頃。沖田が冬乃の唇を解放した。

 

 つられるように瞼を擡げた冬乃の涙に滲む視界で、かわらず優しくも強い熱の籠る眼が冬乃を見下ろす。

 

 その片腕に冬乃を抱き締めたまま、冬乃の奥を貪るように、それでいて丁寧に愛撫を続ける沖田の、

 下で。冬乃はもう、幾度も身の芯を迸る熱に浮かされ。

 

 聞こえてくる濡れ音は、徐々に増して、羞恥に煽られた冬乃の息はさらに上がってゆく。

 

 

 つと沖田が身を屈ませ。冬乃の乳房へと顔を寄せた。

 

 冬乃がはっと彼を見やった時には、沖田の舌先が胸の頂をひと舐めするなり、口に含み。再びその器用な舌遣いが施され始めて。

 

 「ん…っ、もぅ、だ…め…っ」

 

 これ以上、刺激を与えられたら。

 冬乃は咄嗟に、沖田の頭へ手をやっていた。

 

 「だめじゃないでしょ・・」

 微笑うような声が落ちてくる。

 「ぁ、んっ…」

 そのまま奥を押しやられ。

 

 冬乃は、逃れようと背を反らした。沖田の硬い腕の拘束にすぐに留められても、冬乃はなお身を捩る。

 もう快楽の渦にこれ以上、攫われるのは怖かった。

 

 「・・冬乃」

 

 乳房にかかる熱い息。

 

 「逃がさない」

 

 月明かりの薄闇に光る眼が。冬乃を捕らえた。まるで肉食獣さながらに。

 

 「…あっ、ンン」

 一段と濃厚さを増した愛撫が、冬乃を襲い始め。

 

 「ん、ゃあっ…ぁ……!」


 冬乃の躰の芯を幾すじも奔りぬける鋭い熱に、冬乃にはもう抗うすべなど無く。


 その間も沖田の舌先が、冬乃の胸元から鎖骨の線を辿り、

 

 首すじ、頬へと戻ってきて、冬乃の喘ぐ唇をつうと舐め。

 同時に、冬乃の奥からはゆっくりと指が抜かれて。

 

 (・・あ、ぁ)

 

 硬く、大きな感触を。代わりに冬乃の縁に添えられたのを、感じた。

 

 「冬乃・・・」

 

 続いたかつてないほど低く掠れた声に、冬乃は息を呑んで、目の前の沖田を見上げる。

 

 慈しむような口づけが、まなじりに、そして激しい鼓動に胸から喘ぐ冬乃の、震える唇に次いで一瞬、

 落とされるとともに。

 

 

 冬乃はきつく目を瞑った。

 

 

 

 

 





 ふたり初めて心の想いが通じ合えたあの日、沖田の想いが押し寄せるように伝わった深い口づけに、

 冬乃はそのとき、

 

 こんなにも深く気持ちをこめられた伝え方など、他にあるのだろうかと。そんなふうに考えたことを思い起していた。

 

 

 あの口づけ以上に。

 

 ことばでの叙情すら要さずに、伝えるすべが、

 

 その答えが、

 ここにあることを。

 

 今ならわかる。

 

 

 愛情を湛えた彼の強い想いは、この押し寄せる熱のように、冬乃の内へと流れ込んで。

 

 

 

 「…っ…ん……っ…」

 つと何度目かの力強い抱擁に冬乃は、乱れた息を圧し出した。

 

 続いて幾つもの口づけが、降りそそぐにつれ、

 いつしか力が入らずに沖田の背から滑り落ちて久しい冬乃の両腕を、沖田の熱い両の手がつたってゆき。

 

 まもなく左右の布団へと指を絡めて押し付けられた掌を、冬乃は沖田の手のなかで弱く握りしめた。

 

 「…ぁっ…んんっ…」

 冬乃の躰を押さえ付けるその力強さとはうらはらに、ひどく気遣うようにゆっくりと、沖田が、冬乃の最奥までなぞり上げてゆく。

 

 「っ…総……司、…さ…ん…っ…」


 幾たびも。冬乃から零れ落ちる吐息が、追いつけないほど、鋭い熱で。冬乃のすべてを攫って。

 

 

 心ごと、もう冬乃は激しい熱に覆われたまま、

 

 そしてこの熱は最早、何の不安も寄せ付けずに。


 

 「・・冬乃・・・ッ」

 

 冬乃は揺れる視界に、やがて未だかつて見たこともない彼の表情を映した。

 

 冬乃は、濡れた睫毛を震わせた刹那に、被さってくる彼の口づけに目を閉じて。

 

 圧された涙が伝い落ちた。

 

 

 只々愛しい想いが溢れて、あまりに果てのない幸福感に冬乃は溺れた。




 

 互いの魂が、最も近づけるこのときを望みながら。それでも想像もしなかった、

 こんなすべがあったことを。

 

 こんなふうに、

 彼の愛を、溢すことなく冬乃のすべてで受け止めることが、

 

 愛しい想いを言の葉も要さずにこんなにも伝えあうことが。

 できたなんて。

 


 「・・冬乃」

 

 涙がとまらない冬乃を。

 未だ荒い息の中、沖田が心配そうに見下ろした。

 

 冬乃は慌てて首を振ってみせた。

 

 「幸せ、・・すぎて・・だから、っ・・です」

 

 声にすれば嗚咽まじりになってしまいながら、懸命に伝えた冬乃は。

 

 

 それから。冬乃の涙がやがて止まっても、

 

 優しい深い抱擁に、長い間、包まれ続けていた。



 








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