一六. 五蘊皆空⑬



 (え・・)

 謝る?

 

 「どうしてですか」

 驚いた冬乃に、

 

 「私が一緒にいながら、貴女をあれほどの危険に曝したんだ」

 

 辺りの血生臭い熱気の中で、頬を零れゆく汗を払いながら近藤が、酷く申し訳なさそうな顔を向けてきて。

 

 「そんな、」

 

 冬乃が勝手に戻ってきたのだ。

 せっかく近藤が、冬乃を安全なところまで逃してくれたにもかかわらず。

 

 「私が勝手にしたことです・・!」

 冬乃は慌てて訴えた。

 

 「だが、貴女なら戻ってきてしまうことぐらい、私は分かっていても良かったものだ」

 近藤がさらには頭を下げてきて。

 

 「私がやはり、斬り合いなど起こらないだろうと楽観視せず、そして隊士達に変な気を遣わず、同行を頼むべきだった」

 

 「近藤様・・」

 頭を上げてください

 冬乃は焦って、最早どうしたらいいか分からず。

 

 遠巻きに隊士達も気を遣う様子で、視線を逸らしていて。

 

 冬乃は。途方に暮れた。

 

 

 

 

 

 駕籠を置いて逃げていた駕籠かき達が、いつのまにか戻ってきていて。ちゃっかり隊士達から往復の代金を受け取っているのを横目に、

 冬乃は、やっと頭を上げてくれた近藤の隣で帰路につく。

 

 己が悪いと思えば、目下の者相手であろうと、心から謝って頭まで下げる近藤に。された冬乃のほうが、とてもじゃないが頭が上がらないと。

 感嘆の念すらおぼえて。

 

 

 (だいたい、どう考えても私を危険に曝したのは私自身で、近藤様のせいじゃないのに・・)

 

 

 

 

 「冬乃の言う通りですよ」

 

 近藤と冬乃が幹部棟まで戻ってきたのは日も暮れ始める頃で。

 

 巡察から帰ってきて近藤と冬乃に一部始終を聞いた沖田が、そして。聞き終わるや否や、そう言い切った。

 

 

 もっともその声は、常の穏やかなしらべで。

 同様にその穏やかなままの眼で冬乃をちらりと見た沖田は、再び近藤を向き。


 「先生の命令を無視した冬乃に、詫びることはありません。当然、俺にも」

 穏やかどころか。抑揚さえ無く続けた。

 

 

 「しかし・・、冬乃さんが戻ってきてくれたおかげで、大いに助かったんだ。ならば俺の指示自体、正しくなかった」

 

 「だとしても、それは結果論だ、近藤さん」

 

 それまで黙って腕を組んでいた土方が、つとそこで顔を上げた。

 

 

 「こいつの立ち回りによっては、こいつ自身だけでなく、近藤さんをも却って危険に曝す可能性だって一方で残っていた。だからこそ結果が良くとも、そしてたとえ近藤さんを想っての行動であろうとも、」

 じろりと、土方の目が冬乃を捕らえる。

 

 「上司の判断を超えて勝手に動くことは、本来あってはならねえ」

 

 

 冬乃は、仰る通りです、と改めて項垂れた。

 

 「・・といっても、隊士なわけでもないこいつを、組としてはどうこうするわけにもいかない。だから、総司」

 土方の、煽動的な眼差しが沖田へと投げられた。

 

 「おまえが責任もって、こいつに仕置きしておけ。それでこの件は不問とする」

 

 (・・・え)

 し、仕置き?

 

 

 「了解」

 

 あっさりと沖田が返事をし。蒼白になったのは勿論、冬乃と近藤で。

 

 

 「冬乃」

 沖田が今度こそまっすぐに冬乃を向いた。

 

 「それでも、すぐには駆け戻らず、店へ入って組へ連絡を寄越したまでは、よくできました」

 

 その眼は、冬乃を愛でるように優しかった。

 

 おもわずほっとした冬乃に、

 「先生を想っての行動も、結果的に先生の援けになった事も。有難う」

 続いてかけられた温かな声音は、冬乃のこわばりをさらに緩めて。

 

 「だが、それはそれ・・」

 しかしその続いた言葉に。冬乃の身には再び緊張が奔った。

 

 「二度と、咄嗟の危険な行動はしないよう気を付けてくれと。俺は以前、貴女に言ったはず」

 

 

 冬乃は。恐る恐る沖田の眼を窺った。

 

 怒っているようには、みえず。

 その眼は、どちらかというと苦笑すら湛え。冬乃が今後もまた無茶をしやしないかと困っているかのような。

 

 

 (ご、)

 「ごめんなさい・・」

 

 冬乃が、

 沖田と、そして沖田の大切な人達を護るためになら、また咄嗟の無茶をしてしまう時もあるだろうと自覚していて、

 

 つまり沖田のその言いつけだけは守れそうにない、という事ことさえ、

 本当はもうお見通しなのではないかと。冬乃はハラハラと顔を伏せた。

 

 

 近藤の命令を守らなかったことも。

 沖田の言いつけを守らなかったことも。

 

 (ごめんなさい)

 

 それでも、私は・・・

 

 

 

 

 おもむろに。袴の擦れる音がした。

 

 

 「冬乃。立ちなさい」

 

 はっと見上げれば、沖田が大刀を手に立ち上がっていて。

 

 「総司・・」

 近藤の声が揺れる。

 「冬乃さんへの仕置きって、何する気なんだ・・?」



 「さて、何にしましょうかね」



 「・・・」

 

 

 冬乃は身震いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふたり沖田の部屋へ入る。沖田が刀掛けへと大小を置き、

 すぐに冬乃へと向いた。

 

 手を取られて。

 冬乃は、はっと沖田の視線を追った。

 

 「・・痛みは?」

 沖田の溜息が続き。

 

 冬乃は慌てて首を振った。

 

 いつのまに手の甲の傷に気づかれていたのか。

 冬乃本人ですら、忘れていた。血はもう止まっていて、紅い線だけが浅く残って。

 

 

 「無事でよかった」

 ぎゅうと、次には抱き包められて、冬乃は息をついた。

 

 「てっきり・・怒ってらっしゃるかと・・」

 ほっとしてしまいながら冬乃は、温かな腕の中でそっと目を閉じる。

 

 「怒ってるわけないでしょ」

 沖田の優しい声が、直接冬乃の頬に低く響く。

 

 (て、・・あれ)

 痛・・?

 

 いたたた!?

 

 冬乃はそのまま、今までにない強さできつく抱き締められ。

 「むぅう」

 ついには変な吐息が出てしまった冬乃を、漸く沖田の硬い腕が緩まって解放し、

 冬乃は涙目で沖田を見上げた。

 

 「お・・怒って・・ますよね?・・やっぱり」

 

 

 見下ろしてきた、残酷なまでに穏やかな眼が。

 にこやかに、微笑った。

 

 「気のせい」

 

 

 (・・・ぜったい怒ってる・・っ)

 

 優しいままのその声が、却って怖い。


 「・・それに、土方様に言われたお仕置き・・って・・」

 最早これからいったい何をされることになるのか。冬乃は怖々と沖田を窺う。

 

 

 沖田がさらに微笑った。

 

 「土方さんは副長の立場として、先生の手前ああ言っただけ」

 

 「え」

 「上司の指示に従わない事を許していては、組は立ち行かないからね。古くからの慣習である“よきにはからえ”は、俺達のように、戦闘で瞬時の判断を必要とする組織には合わない」

 

 (あ・・)

 人情に厚く寛大に許しがちな近藤に、改めて土方は、それを諫めたのだと。

 そう沖田が暗に意味したことに、冬乃は気づいて俯いた。

 

 

 「・・もっとも。お仕置きされたいなら、してあげるよ」

 

 (え!?)

 「されたいわけないですっ」

 続いたまさかの沖田の台詞へ、吃驚して大慌てで否定した冬乃に。

 「そう・・?」

 沖田が笑って蛇の目の如くその目を細めた。

 

 「罰せられたい、て顔してるけど」

 

 (・・ど)

 どんな顔なのですかそれは。今すぐ鏡を確認したくなりつつ冬乃は押し黙る。

 

 いや、つまり。冬乃がこの先も沖田の言いつけを守れそうになどなくて、その事へ罪悪感を懐いている事まで含めて、やはり見透かされているのでは。

 (そういうコト・・!?)

 

 なんだかそう思えば、そうとしか思えなくなってくる。

 おもわず、冬乃は逃げ腰さながら、腰を抱かれたままの身を仰け反らせていた。

 

 勿論、拘束から逃れられるはずもなく。

 冬乃の肩にかかっていたポニーテールだけが、さらりと後ろへ逃れ落ちて。

 

 「・・・それにしても」

 そんな冬乃に沖田が、ふっと哂った。

 

 「どこぞの美少年かと思いきや」

 

 言うなり沖田は、冬乃のいつもより露わなうなじへと、その片手を這わせると、

 仰け反っている冬乃にそのまま覆い被さるような口づけで、冬乃の唇を塞いだ。

 

 「…ふ…ッ」

 

 冬乃は、腰と頭の後ろを支える沖田に、完全に身を預けるしかなくなって。もとい、沖田との口づけは容易かつ早々に、冬乃の体の芯から力を抜き去ってしまうことに変わりなく、

 冬乃は両手で、気休めにもならない力の入らなさで沖田の襟を握った。


 沖田が手を離せば、後ろへ落ちてしまう、

 そんな危うさと。真逆の、沖田への絶対の信頼感のなかで、

 「…ん、……ふ」

 ゆっくりと喰まれるような口づけは。

 ふたりの繋がれたその一点へと、冬乃のすべての意識を常以上に集わせゆき。

 

 

 すっかり冬乃の息があがった頃。唇が離された。

 冬乃がうっとりと残る余韻のまま目を開けた時。冬乃の体は、

 腰から膝裏へと流れた沖田の手で、横抱きにぐいと抱き上げられた。



 「俺が預かったのは、先生の命令に逆らった件での仕置き。そして俺からは、貴女が無茶をした事への仕置きも追加する」

 

 抱き上げられたままに冬乃は。

 未だ蕩けた心地のなかで、その言葉を聞いた。


 「よって冬乃への“お仕置き”の内容は、今夜一切、俺にどんな無茶ぶりの命令をされても逆らわない事、にでもしようかな」

 

 

 (・・・・え?)

 

 不穏な響きに、

 夢心地から引き戻された冬乃の、瞠目は。

 とても愉しげな沖田の、悪戯な眼に迎えられた。

 

 

 

 




 

 

 

 

 きっとまた彼女は無茶をする。

 

 止める事など、叶わぬのだろう。

 

 

 沖田は胸中で嘆息した。

 ならば危険な状況になりえる場から徹底的に遠ざけるよう、これまで以上に努めるより他なかろう、と。

 

 (本当に、)

 彼女を安全な場所に閉じ込めてしまえたら。どんなにか。

 

 

 

 両刀は土方へ返してあるが、まだ男物の服は着たままで己の腕に抱かれる冬乃に、沖田は目を遣る。

 これから何を命令されるのかと、ハラハラと潤んだ瞳が見返してきた。

 

 

 さて何を命じようか。

 沖田は内心苦笑の内に、冬乃を畳へ横たえ見下ろす。

 

 頼むからもう二度と無茶はしてくれるな

 

 そんな本当に命じたい事など。聞き入れてはもらえないというのにだ。

 

 

 

 恐る恐る見上げてくる冬乃の、耳元へと沖田は顔を寄せた。

 「・・目を閉じて」

 

 はっと顔を向けて間近で見返してきた冬乃の、額にかかる前髪を避けてやりながら、可憐な額へと優しく口づければ、

 

 今ので少し安心したのか、まもなく冬乃はおとなしく目を閉じた。

 

 目を閉じた冬乃の顔を見下ろし。

 「まずはその服を着替えるから、」

 

 「着物の前を開きなさい」

 

 沖田は己で嗤えるほどに、淡々と命じた。

 

 びくり、と冬乃の身が強張る。

 微かに揺れた睫毛が、だがかろうじてその動きを留めて。

 「総司さんの前で・・着替えるのですか」

 

 「当たりまえ」

 おもわず沖田は哂った。

 

 「“お仕置き”を何だと思ってる」

 

 

 覚悟を決めたように、冬乃の両手が、おずおずと着物の衿へと向かった。

 

 ひどく停滞した動作で、冬乃の襟元は開かれてゆく。

 この程度の命令なのにすでに、冬乃は羞恥で頬を染め、目をきつく閉じたその顔を背け。

 

 冬乃の鼓動が、まるで聞こえてくるようだった。

 

 

 やがて、漸く。彼女の胸を潰しているサラシが現れ始め。


 だが半分も未だ見えず。

 

 (しょうがないな)

 

 ついにあまりのもどかしさに、沖田は冬乃の両手の下へ手を滑らせ、その両肩から襟を滑り落とした。

 「あ」

 冬乃の目が開きかける。

 

 「閉じてなさい」

 間髪いれずに落とした沖田の言葉に、冬乃が慌ててまた目を閉じた。

 

 閉じさせているのは初心な彼女自身の為なのだが、果たして本人は分かっているのやら。

 

 露わになった細い肩を揺らし、冬乃が、やり場に困った両手を胸の前に交差する。

 その両手首を取り、沖田は。冬乃のサラシとそのすぐ下の肌との境界へ、導いた。

 

 「このサラシを捲り上げて。全部」

 

 今度は完全に戸惑った様子の冬乃が、律儀に目を閉じたままに沖田のほうへ顔を向けた。

 「あ・・の、全部って・・?」

 

 「分かるでしょ」

 優しく返してやれば、冬乃はきゅっと唇を締める。

 

 彼女の小さな手が。サラシの端を握り締めた。

 

 

 そのまま動きが止まってしまっている冬乃に。沖田は哂った。

 「ずっと、このままでいるつもり」

 

 冬乃が再び顔を背けて。その唇からは小さく吐息が零れる。

 覚悟ができたのか。

 きゅっと握り締められたサラシが、たわみ。動き出した。

 

 

 ゆっくりと持ち上がってゆくサラシの下から、冬乃の柔らかそうな乳房が覗き出す。

 

 予想以上に魅惑的な光景に、つい沖田の目は奪われる。

 だが下半分まで曝したところで冬乃の手は、再び止まってしまった。

 緊張に顔を背けたままの冬乃の、唇が奏でる息は、細かく。

 

 冬乃の上下する胸を見下ろしながら、沖田は、現れているその半分の乳房におもむろに手を這わせた。

 柔らかくも張りのある感触を愉しむ。

 びくりと。もはや命じられずとも羞恥に目をきつく閉じたままの冬乃が、耐えられなそうに、濡れた唇を小さく喘がせた。


 「冬乃・・」

 手を止めたままの冬乃に、

 

 「もう音を上げるの」

 わざと彼女の耳元で、低く囁く。

 

 「貴女の示せる反省は、この程度なわけ」

 

 冬乃が目を閉じているのをいいことに、言いながら苦笑してしまう己の表情を隠すことなく。そんな、こちらの笑みなど悟らせぬほど、硬い声音を遣い。

 

 

 冬乃が。ついに観念したように、おずおずと、更にサラシを上げ始めた。

 

 







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