一五. 恋華繚乱⑬


 

 「飛び出してきた理由は」

 

 町役人が忙しく動き回る道の、端に寄りながら。

 冬乃は、沖田が傍へくるなり開口一番で聞いてきたその問いに、刹那には答えなど返せずに。

 

 頭巾の下から彼を見上げれば、そこには咎める様子でも憤る様子でも無く、

 ただ常の穏やかな優しい眼が、それでいてやはり常のように、冬乃の瞳の奥まで透かすようにして。

 冬乃を見返してきた、

 

 理由など、聞かなくとも、

 わかりきっているかのように。

 

 

 「・・隠し武器が見えて・・咄嗟に・・」

 

 沖田のために勝手に体が動いたことなど。ましてこうして答えてしまえば、もう明らかで。冬乃は、沖田の眼を見ていられず、俯いた。

 

 「勝手に・・出過ぎたことをして、ごめんなさい」


 

 「無茶をして」

 沖田の微笑うように優しい声が落ちてきた。

 

 その、つい先刻の闘いの時とは全く違う声音に。冬乃は俯いたまま、それだけでとくとくと心の臓が高鳴るのを感じ。

 

 

 「また、あんなことをされては敵わない。もう“咄嗟に”危険な事はしないよう気をつけていてほしい」

 

 冬乃はついに顔を上げた。

 

 「驚かされるよ、貴女には」

 冬乃の瞳のなか、そう言う沖田はどこか苦笑した表情で。

 

 「貴女の言動だけは、俺にも予測できないことが多いから」

 

 

 「・・・」

 

 いえ、十分よまれてばかりな気がするのですが

 

 おもわず胸内で唸った冬乃の前で。ふっと沖田が息をついた。

 

 「だが、有難う・・冬乃さん」

 

 そんなことばを置き。刹那に冬乃の胸奥が苦しくなるほどの笑顔で。

 

 

 (沖田様・・)

 

 重くないのだろうか。

 自分の事を勝手に好きな女が、勝手に自分の事を護ろうとしたのに。

 

 

 「・・でも次は無いようにね」

 

 どきりとするほど低い声で念押しされて、冬乃は慌てて頷いた。

 

 約束はできそうにないことが申し訳ないけども、と。心で溜息をつきつつ。

 

 

 思い起こせば、本当に無謀としかいいようのない行動だった気がする。

 

 浪士が懐から取り出した矢を見たあの時、止めなきゃと思った、

 それ以外の一切何も、考えなかった。

 

 (止めてたら体のどこかに刺さってた、ってことだもんね・・・)

 

 

 (・・・あれ)

 そういえば、あの後、

 沖田が冬乃のことを引き寄せる直前、沖田は、冬乃、と呼ばなかったか。

 

 

 「きゃ・・・!」

 

 全ての緊張が解けた今更になって思い出した冬乃は、同時に声を上げてしまい、

 慌てて頬を包む頭巾に唇をうずめた。

 

 「・・?」

 

 突然叫んだ冬乃に、沖田のほうは目を丸くするなり、何故か笑い出し。

 

 「貴女って人は・・本当に予測できない」

 

 続いて零れてきたその言葉から察するに、またも呆れ笑いを買ってしまったに違いない。冬乃は頭巾に隠れて赤くなる。

 

 「今度はどうしたの」

 「な、なんでもありません・・」


 上目に頭巾の中でモゴモゴ返した冬乃に、だがいつもどおり、沖田は追及してくることはなかった。

 

 ただ、ふと溜息を吐き。


 「まったく、貴女があの場でもし死んでいたらと思うと」


 「え」

 

 

 沖田が一瞬、何か言い留まる様子で、僅かに目を細めた。


 「・・貴女も、本来の世にもう帰ることもなく死んでしまっては困るだろうに。第一、此処の世で弔うのも・・どうなんだか」

 

 そして真面目に困った様子をみせた沖田に。

 冬乃は目を見開いていた。

 

 「私は、此処の世で死んでも構いません」

 


 何を言うのか、という顔で見返してきた沖田に、冬乃は首を振ってみせ。

 

 「帰れなくていいんですから。ずっと、」

 

 ・・それこそ死んでも、貴方のいる此の時代に、

 

 「此処に。いられたなら、本望です」

 

 

 結局思い返せば冬乃の懸念は、いつだって、

 帰れないことよりも、その何倍も、此処へ戻ってこられないことのほうだった。



 もう遥か前に。覚悟した事。

 

 もしもどちらかを選ばなくてはならないのなら、

 

 自分の本来の世界を捨ててでも、

 

 

 (私は、貴方の傍にいたい)




 「・・・帰れなくていい、って」

 珍しいほどに吃驚している様子の沖田に、

 

 冬乃はきちんと顔を上げて、肯定した。


 「はい、いいんです。元々私はずっと此処にいたいと心に決めてたのですから」



 沖田の目を見つめ返せば、

 その目は、出逢った時のように。澄みわたって、美しく。


 

 (沖田様・・・)



 

 私にとって貴方は

 息をするのと同じ

 

 

 もう

 貴方が傍にいなければ、私は

 生きていないのと同じ

 

 

 

 だから

 

 

 「もう帰らずに、この先はずっと此処にいたいと・・思っています」

 

 

 

 沖田が尚、不可解そうに冬乃の瞳をじっと見詰めた。

 

 「だが貴女の意志に関係なく勝手に、行き来してしまうと言ってなかった?」

 

 「それが・・じつは向こうで、ある人に頼めば、行き来をコントロ・・制御できることを、前回帰った時に確信したんです。ですから次で、帰るのは最後にさせてもらおうと思っているんです、」

 

 次に未来に帰った時に、統真に、もう当分は会いに来ないように頼み込めば、きっと。

 

 そうして此処へ戻ってきたら。

 

 「それからは、ずっと此処にいます」



 「つまり、それからは貴女の世に帰ることは無いと・・?」


 「はい」

 

 ―――貴方の最期まで

 

 「向こうへは帰りません」



 貴方の望み通りの、死を

 その終焉を

 

 見届けるまで

 

 

 「もう二度と」

 

 

 

 

 

 

 

 沖田は冬乃の意志の強い瞳を一瞬、声も無く。見下ろした。

 

 冬乃の今の誓いが。目の前の男の箍を外すことになると、

 彼女は知りもしないだろう。

 

 

 冬乃がもう、彼女の本来の世へと帰らないのならば、

 

 この想いを

 抑える必要など、もう無い。

 

 という事を。

 

 

 

 「冬乃さん」

 

 「屯所に帰ったら、この話の続きをする」

 沖田は言い置き、先程から残りの指示を求める様子で近くに控えている町役人へと向いた。

 

 

 冬乃が、少し戸惑った様子で沖田を見返したのを視界の端に、

 一先ず沖田は心内に湧き上がる蕩揺を殺し。

 控えていた町役人と共に、すでに縄をかけられた浪士達へと向かった。

 

 

 

 

 

 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る