一五. 恋華繚乱⑧

 

 「ご、ごめんなさい、変なことお聞かせして・・っ」

 

 沖田の反応に冬乃が焦るのへ、

 

 「いきなりどうしたの」

 

 腕で口を拭い、どうにも笑ってしまいつつも、

 冬乃の先の発言の真意を確かめるべく沖田は、彼女の瞳を見返した。



 「え、と・・先ほど部屋の前で隊士の方に、・・会って、言われたもので」

 「貴女が好色だと?」

 

 沖田はおもわず聞き返す。冬乃が紅くなって頷いた。

 

 

 (どういう会話だとそうなる)

 

 そもそも部屋の前で会う自体、不自然だと思うが。

 

 

 いろいろ追尋したくなるところを抑え、何か続きを言いたげにもじもじしている彼女へ耳を傾ければ。

 

 「でも私は・・そんな好色とかじゃないと返事しました」

 と、消え入りそうな声が囁く。

 

 

 (・・そりゃそうだろ)

 

 冬乃は落ち着かなさげに、その横座りの膝に乗せた手を見つめて握り直している。

 

 「きっと人によっては・・好色に思われたなら誇れることでしょうけど・・私の場合はそんな器用なことできませんので、」

 

 冬乃が顔を上げた。

 

 「なので、誤解です、とお伝えしました」

 そう言うと、

 

 妙に達成感あふれる清々しい表情をした。

 

 

 沖田は。冬乃の瞳をまじまじと見つめていた。

 「・・・誇れる?」

 

 「え?・・はい。きっと、恋愛ごとにとても慣れてるからこそ出来ることでしょうし」

 冬乃が小さく微笑む。

 

 

 好色。

 

 色欲に抗わぬ奔放の意味合いなんだが、彼女は分かってるのだろうか。



 (分かってないよな、これは)

 

 どんな経緯だか知らないが、彼女に好色だと告げた隊士に、

 どうせならきちんと伝えきっておけと内心溜息をつく。

 

 

 ・・・まあいい

 

 (面白いから、もう暫くそのままにしとくか)

 

 

 沖田はにっこりと微笑んでみせた。

 

 「冬乃さんは“好色”に、なれるならなりたいわけ?」

 

 いや、何を答えさせようとしているのか己は。

 沖田は言ってる傍から反省しつつ。

 

 

 だが冬乃が驚いたように目を瞬かせた。

 

 

 「沖田様は・・そういう方はお嫌じゃないのですか?」

 

 「・・俺が?」

 

 何故こっちに振る。

 

 「全く“お嫌”じゃないけど」

 好色な女を嫌いな男がいるのか、逆に知りたい。

 

 

 冬乃が、これでもかというくらい目を丸くして押し黙った。

 

 

 「・・・・??」

 

 「・・・・?」

 

 

 そのまま何故か酷く困惑している冬乃に。沖田も困惑する。

 

 

 好色の意味を、冬乃は履き違えているはずなのに謎だが、沖田が好色を嫌いでないと答えたあたりからこの沈黙が起きている事は明白なので、

 

 「好色って、美人という意味もあるからね」

 

 あまり使わないが、そういう意味もあるといえばあると、それでごまかしておくことにし。

 

 途端、狐につままれたような顔になった冬乃に、

 

 「その隊士も、その意味で言ったのでは?」

 

 と、わざと投げてみれば。隊士がそんな意味で使ったのではないことなど当然だが、

 冬乃もそれは分かるのか、はっとした後、ふるふると首を振った。

 

 

 「それで、」

 

 しかたなく遊びはこの辺で、沖田はそろそろ本題に入ることにする。

 

 

 「具体的には何があってその話になったの」

 

 まさか顔を合わせていきなり言われたわけじゃないだろう。

 そう覗き込めば。

 冬乃は、瞳を揺らし、沖田の眼から逃れるように再び俯いた。

 

 追求されると思ってなかったか。

 

 黙り込んでしまった冬乃を見ながら、

 沖田は丹田のあたりがむかむかする感覚に内心、苦笑せざるをえない。

 

 

 

 しっかりしているようでどこか抜けている彼女が、

 

 ただでさえ男ばかりの中に身を投じて働いているおかげで、男好きだ好色だと勘ぐられているというのに、

 

 彼女の情け深い優しさも相乗して醸すその隙は。

 それに接した男を勘違いさせるに十分なのだということを本人は全く自覚していないのだから。

 

 即ち、

 彼女を己へ振り向かせられるかもしれないという、勘違いを。

 

 

 

 何度もしつこく誘われていたということは、

 冬乃はこれまで隊士達の誘いに強く拒否を示せず、必死に辞退のていを取ってきたのだろう。それが良かれと、自分の辛さなど二の次にし。

 その優しさがよけいに、

 隙でしかないことを。

 

 先日ああして囲まれて迫られたことで、やっと自覚したかと思ったが。

 

 

 (どうも未だ心もとないな・・)

 

 こうして近藤の付き人にし隊士達から引き離したはずが、

 

 未だ接触されているとなると。

 

 

 

 「冬乃さん」

 

 言葉を探すかのように黙り込んだままの冬乃に、もういいよと籠めて優しく声をかけてやれば、

 戸惑った瞳が沖田を見返してきた。

 

 

 「屯所を一人で歩く時は、十分に気をつけて」

 

 え?と長い睫毛を瞬かせた冬乃に、

 

 町どころか屯所内でさえ、歩くだけでも気をつけろというのは、いささか可哀そうだが、

 いつも傍についててやるわけにもいかない以上は忠告ぐらいしておくより他ないと。

 

 「俺が部屋に居る時なら、必ず同行するから声かけて」

 念を押す。

 

 

 茫然と頷く冬乃を目に、沖田は立ち上がった。

 追って見上げてくる冬乃に、「厠」と伝え、

 

 

 「それから、何か勘違いしてるようだけど」

 

 一応。

 

 「好色と言った場合は通常、色事・・房事を好むという意味になる。勿論、悪い意味でもないが」

 

 隊士達にそんな勘ぐりをさせた彼女の後学の為、伝えておくことにする。

 

 

 「房事、は分かるよね・・?」



 

 「・・・!?」

 

 

 一寸おいて、思い至ったらしく。

 真っ赤になって「ハイ」と顔を伏せてしまった冬乃を背に、沖田は笑いを噛み殺して部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (恥ずかしすぎ・・どんな顔してればいいかわかんない)

 

 冬乃は手で懸命に顔を扇いでいた。

 

 

 なにより顔の火照りが。ぜんぜん収まりそうにない。

 

 じきに沖田が厠から帰ってきてしまうのに。

 

 

 (それに)

 

 あの時の、人通りが無い時は迎えに行くの発言に加え、今度は、

 屯所内の一人歩きまで、自分が居る時は同行するだなんて言うほど心配してくれるとは。

 

 優しくされて辛かったあの感傷は、もうここまでくると通り越してしまったのか、このところの沖田との親しい時間がそうさせるのか。いまや冬乃は、唯ひたすら嬉しい想いと。

 さすがにそこまで心配されるほどの事ではないような気がする、そんなくすぐったさで。

 

 

 (沖田様ってやっぱ過保護・・?)

 

 もう。

 

 (どうしよ)

 


 顔が、にやけてしまって。直らない。

 

 


 「冬乃さん、入るね」

 そうこうするうちに、沖田の声がして。



 冬乃は、もはや両手で顔を覆った。

 

 こんなにやけた状態で火照ったままだなんて、とてもじゃないが見せられたものではない。

 

 

 (うう)

 

 襖の開く音に。暫しの沈黙の後。

 

 

 「・・・まさか、泣いてないよな・・」

 

 

 沖田の面食らったような声がした。

 

 

 「・・・」

 部屋に戻ったら冬乃が顔を覆っていれば、何事かと、そりゃ思うだろう。一瞬申し訳なくなったものの、

 

 「泣いてなんていません」

 

 くぐもった声になりながら、手の下から返事をするしかなく。

 

 まだ、にやけて頬は熱すぎるまま。とても手を外すわけにいかない。

 

 

 「・・だったら顔みせて」

 

 (むりです・・!)

 両手で覆い隠した顔を伏せたまま、冬乃は慌てて首を振る。

 

 「冬乃さん・・」

 気のせいか、声が近づいてくる。

 

 と思ったら冬乃の前に座った音がした。

 

 「みせて」

 

 「おみせできません」

 

 「どうして」

 「とにかく、みせられないからです・・っ」

 と、もういちど首を振りながら、

 この状況の滑稽さに、つっぱねた自分の声がつい笑ってしまった。

 

 「冬乃さん、」

 沖田の声に、安心したような笑みを含んだような音が混じり。

 

 「みせなさい」

 (んう)


 上司命令の口調で来た沖田に、

 冬乃は固まる。

 もっとも彼のその声もまた、笑っていて。

 

 「冬乃さん」

 そんな優しい声音に対し。

 「い、いやです」

 冬乃は粘った。おかげで冬乃の状況は悪化しているからだ。さっきよりさらに顔のにやけも火照りも増加してしまった気がしてならない。

 

 「冬乃さん?逆らうの」

 

 はい、と、覆って伏せたままの顔で大きく頷いて返した時、

 

 両手首が掴まれた。

 

 (あ)

 そのまま、沖田の大きな手にそれぞれすっぽり包まれた冬乃の手首は、そっと左右へと開かれてしまい。

 

 「や、・・っ」

 

 おもわず目を瞑って顔を背けた冬乃は、だが、次には沖田の忍び笑いを感じて。抗おうにも両の手首をしっかり掴まれたままで。

 もはや観念し、ちょっと剥れて目を開けた時、

 

 冬乃の手首は突然、沖田のほうへと引き寄せられた。

 (きゃあ)

 冬乃の開けたばかりの視界は、沖田の着物で阻まれ。

 

 

 「ごめん、あんまり可愛いから」

 

 冬乃の背にまわされた沖田の腕が。ぎゅうと冬乃を抱きしめた。

 

 




 苦しいくらいに、力強いその腕と、大好きな仄かな芳りに包まれて冬乃は、

 

 (沖田様・・!?)


 硬く温かい胸に頬を寄せ、沖田の心臓の鼓動を耳に。

 

 (こ、これってどういう)

 

 押し寄せる混乱を。扱いきれず。

 

 

 ひとつだけ分かることは、

 もう絶対に見せられない顔になってるはずと。


 

 まもなく沖田の腕の力が解かれ、冬乃の身が離されようとして。

 

 ゆえに、

 冬乃は。咄嗟に声をあげていた。

 

 

 「お願いします、このままで・・っ」

 

 

 「・・・」

 

 

 (あ・・)

 

 

 気づけばそんな、大胆なおねだりをしていた。

 

 

 (もう、ばか・・!)

 

 沖田の胸に顔をうずめたまま、共に聞こえていたはずの心の臓はもうわからないほど、自分の激しい鼓動しか聞こえなくなって。

 呆れられてしまったのではないかと、不安に覆われながら、冬乃は俯いたまま小さくぶるりと震えた。

 

 「あの・・今の、なんでもないです、気にしないでくだ」

 

 くぐもった冬乃の声は最後まで発せずに、

 唯。深く。再び冬乃は抱き寄せられて、

 

 

 背の硬い腕の拘束に、冬乃は沖田の着物に口を塞がれて。きつく目を瞑った。

 

 

 (どうして)

 

 沖田の考えていることがわからない、あまりにも。

 冬乃は身動きひとつとれないまま、震える息を吐く。

 

 上七軒では。結局、好色や駆け引き云々と思われて引かれたのでは無しに、

 やはり当初の懸念、沖田が冬乃の気持ちに気づいたから避けられたほうではないのか。

 

 それなのに、

 今は、何故か、可愛いと言われてこうして抱きしめられている。

 

 

 (・・もう全然わかんないよ)

 

 

 きっと、気まぐれに、子供や犬猫でも愛でるような気持ちで、抱き寄せられたんじゃないかと。

 

 もう冬乃が考えつく理由など、他になく。

 

 

 「冬乃さん、」

 つと、寄せる頬に直に沖田の声が響き。

 

 そっと頭を撫でられて。

 冬乃は身じろぎした。

 

 

 「先生が来るから、離れるよ」

 

 (え)

 

 冬乃の両腕に、沖田の手が移動し。優しく、しかし有無を言わさず、冬乃は離された。

 

 当然。冬乃は顔を隠すべく慌てて深々と俯く。

 そんな冬乃の前で、沖田が立ち上がった。

 と、同時に、

 

 「総司」

 

 襖越しに近藤の声がした。

 

 

 「冬乃さんはそこに居るかな」

 

 冬乃ははっと顔を上げて。沖田が襖の前へ向かいながら「いますよ」と答え、そのまま襖を開けた。

 

 

 「お、良かった。ちょっとすまないが、衣替えの準備を手伝ってもらえないだろうか。引越しで慌ててまとめて持ってきたものだから、整理が終わりそうにないんだ・・、と、」

 

 近藤が冬乃の顔を見て、目を見開いた。

 

 

 「冬乃さん、風邪なんじゃないか?熱でもあるのでは・・・」

 

 

 (う・・・)

 

 潤んだ冬乃の視界で、沖田がくすりと笑って。冬乃はもう一度、

 

 「・・だいじょうぶでございます・・」

 

 

 おもいっきり、顔を覆った。



 

 

 

 

 

 

 

 

 心配そうな近藤に懸命に適当な理由で弁明しつつ、近藤の部屋で衣替えの手伝いを漸く終えた頃には、夕餉の時間を迎えていた。

 

 近藤は未だ書類仕事が終わらないからと、今夜は部屋での食事を希望したため、冬乃は厨房まで取りに行くことにした。

 

 

 あれからすぐに沖田はまた夕番に出たようだ。

 さっそく屯所歩きの同行を頼むなど、どちらにしても気が引けるので、今回は沖田が不在でよかったのかもしれないと思いながら、冬乃はひとりで厨房へ向かう。

 

 第一、先程のことを想い出すだけで、冬乃の頬はまたしても激しく紅潮してしまうのだから。とても一緒に歩けたものではなかっただろう。

 

 

 

 とはいえ。

 

 珍しく一人歩きをする冬乃をめざとく見つけた、あの時の隊士たちが。さっそく近寄ってきて。

 

 

 (池田様は、あれから伝えてくれたのかな・・)

 未だ数刻と経ってない。伝えてもらえてない可能性のほうが高いだろうと一瞬不安がよぎったものの、目の前まで来られて避けようもなく、冬乃は立ち止まった。

 

 

 「久しぶりに話せるね」

 

 隊士の一人がにこにこと冬乃を見つめてきた。

 その笑顔なら決して有害な様子はないのだが、彼は前回に、冬乃に「お高くとまるな」とケンカを売ってきた男だったはずだ。

 

 冬乃はつい身構えた。

 

 「そんな硬い顔すんなよ」

 すかさず隣の男が、にやにやと覗き込んできた。

 

 「何の御用でしょうか」

 

 一歩下がって聞いた冬乃に、

 

 「好いた相手とやらには告白したのか」

 さらに他の男が冬乃の横まで進んできて、どこか威圧的な声を出し。

 

 (やっぱり池田様から未だ聞いてないか・・)

 

 冬乃は横まで迫った男を見上げ、首を振った。

 「私は片恋のままでかまわないので、この先も想いを告げるかどうかは私には二の次のことです」

 

 「それに、」

 

 なにか言いかけた男達を制すために、声音に力を込めて。冬乃を逃がさないかのように距離を詰めてくる彼らを見回した。

 

 「私の断り方がこれまで十分でなかったのなら、ごめんなさい。だけど、前回申し上げたように正直迷惑でした」

 

 「それと池田様から、貴方がたが私をどう思っていたか、聞きました・・・好色だって」

 言いながら、どうしても恥ずかしくなって語尾が弱くなってしまいながらも。

 気を強く保つため、冬乃は顔を上げる。

 

 「でも、それも誤解です」

 

 

 そんな冬乃に。男達は互いに顔を見合わせ、不意に笑い出した。

 

 「じゃあどうして此処にいるんだ?」

 「好きなんだろ、男が」

 「カマトトぶるなって」

 

 

 (カマトト・・うぶを装うとかだっけ?)

 

 カマトトの言葉が幕末からあったとは、と内心驚いた冬乃だが、

 

 「誰でもじゃなくて、その方のことだけが好きで、それで此処にいるんです」

 

 とにかく好色だなんていうとんでもない誤解をまず解かなくては、これからも誘われ続けてしまうだろう。冬乃はつい力が入る。

 

 「だから、此処にいる理由は、決して男好きとかじゃありません」

 

 「へっ。やっぱり隊内だったわけか」

 「誰だよ、だったら教えてよ」

 「大体、そいつのために此処にいるくせに、片恋のままで構わないってどういうことだ、嘘くせえ」

 「どうせ本当のところは、そいつにも誘われてたんじゃねえの、それで決めたってことなんだろ、そいつにすることによ」

 またしても堰を切ったように、口々に男達が言い寄るのへ、おもわず冬乃は数歩さらに下がって。

 

 「おら、逃げるなって」

 だが、男の一人が、そんな冬乃の腕を掴んだ。

 

 「つまり、用済みの俺らを、ていよくあしらうつもりなんだろ」

 

 「違います!」

 腕を掴まれたままに冬乃はついに叫んだ。

 

 「なあ、誰に決めたのかくらい、せめて教えてくれてもいいじゃん」

 目の前にいる男が、さらに間を詰めてくる。

 

 「ですから、決めたとか、そういうことじゃありませんから・・っ」

 

 離してください、と冬乃は掴まれた腕を振って。

 だが、

 

 離すどころか男は冬乃を引き寄せ、屈むように冬乃へ顔を近づけた。

 

 直後に、冬乃は首元に口づけられたと同時に、

 ちりっと痛みをおぼえ。

 

 「なにし・・っ」

 

 

 「・・これでも、そいつと呑みに行けるか?」

 

 

 「おまえっ、何やってんだよ!」

 「えげつねえ・・!!」

 

 男達が爆笑し。

 

 冬乃は、わけがわからずに。

 

 

 ただ、首に口づけてきた男の頬を平手打ちした。

 

 

 「痛ッ・・てえな!」

 

 男が頬を押さえ、一寸のち冬乃へ掴みかかろうとし。

 「おい、やめとけ!」

 傍にいた男が、その男の手を掴み。

 

 冬乃は振りほどいた腕で、簪を引き抜いて構えて。

 

 

 「もう二度と、私に近寄らないで」

 

 

 男達を全員ひとりひとり見回し、睨みつけた冬乃に、

 

 「まあ、待ってよ」

 男達が、急に慌てたように愛想笑いをし出した。

 

 

 「おい、おまえ謝れって」

 相当痛いのか再び頬を押さえている男に、周りの男たちが小突いてゆく。

 

 「な、冬乃さん、べつに俺ら、冬乃さんの気が向いたときに呑みにいければ、もうそれでいいからさ」

 「そう、しつこくしたりしないから」

 「その男とだけじゃ、そのうち飽きるだろ。その時、俺達のこと思い出してよ」

 

 

 (全然だめじゃん・・)

 

 やはり何も伝わっていない様子に。冬乃は嘆息した。

 

 

 どうやら、

 片想いでもかまわない、傍にずっと居られることが何をおいても一番望むこと。その想いを理解してもらうなど、しょせん無理があるのだろうと。

 

 理解してくれたかどうかは分からないが少なくとも受け止めてくれた池田のほうが変わっているのだ、きっと。

 

 

 ならば、言うべきことは。

 

 

 「・・わかりました。きちんと好きな人に想いを告げることにします。ただ、彼は私を同じように想い返してくださっているようにはみえませんから、私は振られると思います」

 

 手にしていた簪を髪へ差し直しながら。

 冬乃は、男達を今一度、見渡した。

 

 「でも、そうなっても、悲しくて誰かと呑みに行く気になんかなるわけないですから、貴方がたと呑みに行く日がくることはありません」

 

 

 

 男達は。今度は長く沈黙した後。

 

 

 「・・・でも振られたら教えてくれよ」

 「気を紛らわせるほうが、早く忘れるしさ。そういう時こそ呑みに行くべきだろ」

 「そうそう。慰めてやるからよ」

 

 各々気まずそうに、言い結んだ。

 

 

 「いいえ、お気遣いは無用です」

 少なくてもこれで。

 好色だからなどでなく想い人のためだけに組に居る、という事を一応は信じてもらえたはずだと。冬乃は息をついた。

 

 (告白なんてできるわけないけどね)

 心内で、小さく吐き捨てながらも。

 

 

 

 

 

 厨房で茂吉に、近藤の夕餉をもらいにきたと告げて。今日はお孝がいないのは寂しいものの、久しぶりにあれこれ会話をしつつ、

 

 茂吉が妙に冬乃の首のあたりに視線を寄せるのへ、冬乃は不思議に思いながら。厨房をあとにした。

 

 



 「お、有難う」

 一瞬だけ冬乃の顔を見て礼を言うと、また文机に向かい続けている近藤の背後で、夕餉の膳を整え、茶を用意している時、

 沖田の声が襖の外で聞こえた。

 

 

 「おう、おかえり」

 

 近藤の返事に襖が開き、黒ずくめの薄い羽織を隊服として纏った沖田が入ってくる。

 

 「異常無しでした」

 一言、報告をする沖田に、やっと文机から顔を上げ近藤が、沖田のほうへ向き直った。

 

 「そうか。今日は昼夕連続でご苦労だったな」

 

 にっこりと沖田へ笑顔で労う近藤に、冬乃はあいかわらずこっそり癒されながら。

 

 沖田が冬乃の前の膳を見ている様子で「部屋食ですか」と呟くのへ、近藤が頷くのを目に、そういえば沖田はこれからすぐ夕餉に行くのだろうかと、つと彼を見上げる。

 

 

 沖田が、

 冬乃を見返し。その視線は、下へ降りた。

 

 

 「・・・随分と派手に、“虫”に喰われたもんだね」

 

 

 「え?」

 

 (虫・・?)

 

 「総司、何いってるんだ、この時期に虫がいるわけないだろう」

 

 近藤が笑って沖田の視線を追い、冬乃の首元を見て。

 

 

 顔を赤くした。

 

 







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