二. 壬生




 ようやく落ち着き、現実的な感覚が冬乃に戻った頃。


 自分にわかるかぎりの説明を試みた冬乃の努力は、土方に一蹴された。


 「つくならもっとましな嘘をつけ!先の世から来たなんて話、誰が信じるか!」


 「わ、私だって信じられません!けど貴方は正真正銘の土方歳三様でしょう?」

 「俺が偽者でたまるか!」


 二人のやりとりに、というより土方の受け答えに、隣で沖田が噴き出した。


 「沖田様も信じてくださらないのですか・・っ」

 冬乃は必死に縋る。


 「残念ながら、」 

 沖田が肩をすくめて冬乃を見やった。


 「信じろってのが無理な話でしょうよ、ええと・・冬乃さんだっけ」


 「どうしたらっ、信じていただけるのですか!」


 冬乃は泣きたくなってきた。自分だって、平成の剣道の大会場に居たはずが、気づいたら江戸時代の京都、壬生に居た・・なんて事態をいきなり信じきれるはずがない。


 「あの、本当にこれはなにかの悪戯かなにかではありませんか、」


 だけど、信じたい、


 「私は騙されてて、貴方がたは沖田様でも土方様でもなくて、」


 信じたい。


 逢いにこれたのだと。


 沖田様、本当に、


 「きっとそのへんに千秋たちが隠れてて私が信じたがってるのを笑ってたりして?」

 

 貴方は本物だと。


 「千秋?誰だ、それは。貴様の仲間か!」


 土方がその秀麗な目元を釣りあげた。


 「仲間って・・私が何だとお思いなんです」

 「とぼけやがって。貴様、密偵だろう、女だからって俺達は容赦しねえよ」

 「密偵!?」

 驚きを通り越し、冬乃は笑い出してしまった。


 (すごすぎ!マジで言ってることが幕末だから!)


 「土方様、私が密偵ならこんな間抜け丸出しで見つかるまねはしません」


 「どうだか」

 土方は鼻で笑った。


 「私自身まだ信じきれない・・疑うならついてきてくださって構いません、本当にここが私の居た世界じゃないのか自分の目で確かめたいんです、外を歩かせてください」


 この部屋から見える、一面の田畑は、

 東京の大会場にあるはずのない景色。


 確かめたい。ここが幕末の壬生だと。

 

 そして、


 この方が沖田様だって。


 「ますます怪しい。そのまま逃げるようなら斬り捨てるからな」


 土方の言葉に冬乃は、つんと顔を背けた。

 

 「どうぞ。どうせ逃げませんもの」

 冬乃は立ち上がった。


 「俺がついていきますよ、土方さん」

 沖田が同時に、立ち上がる。


 (背・・高い・・)


 ふたり立ち上がったそのままに。

 近距離で冬乃を促すように見やる沖田の視線に、冬乃の心臓は激しく鳴り出して。

 

 冬乃は慌てて沖田の前をすり抜けるようにして部屋の外へと踏み出すと、ひとつ大きく息を吸った。


 草の匂いが、冬乃の肺を満たしていった。









 

 

  

 (同じ、光景・・)

 

 建物から一歩踏み出してすぐに、冬乃は視界に飛び込んできた景色を認識した。


 見間違えるはずもない、この目の前の前川邸の塀、

 

 今出たばかりの門を振り返ればそこには、少しばかり記憶のそれと雰囲気が違うものの、平成の世にのこる正真正銘の八木邸が聳え立っていて。

 

 八木邸も前川邸も、江戸から来た沖田達の、京都での滞在先 “屯所”であり。

 

 (壬生・・)


 ここは、確かに。


 壬生の地で。


 「・・・沖田様、」


 冬乃は隣の存在を震える瞳で、見上げた。


 (このひとは、本物の、沖田さま・・・)


 ずっと想い続けたそのひとが、今ここに、自分の隣に居るということが。


 (こんなことが起こるなんて)


 もう。


 夢でもいい。


 夢でもいい、永遠に覚めなければ。


 どうか、


 「沖田様、私はずっとここに居てもいいでしょうか」


 彼から離れたくない。


 いちど離れたら最後、二度と戻って来られないかもしれないのが怖い。


 だってもしもこれが奇跡とよぶものならば。

 それが幾度も叶う保障なんて、ない。


 「冬乃さん、貴女が事実、密偵の類ではないのであれば、貴女がどこに居ようと誰も構いませんよ」


 沖田の低い声が、静かに、しかし冷たい響きを帯びて冬乃へ届いた。


 (・・・っ)

 冬乃の心に痛みが奔り抜ける。


 「沖田様っ、私みたいな女が本当に密偵だなんてお思いですか!?」


 泣きそうな叫びで返した冬乃に、沖田は目を見開いた。


 「貴女は、自分がどこで倒れたのかも、覚えていないと・・?」


 「え?」


 そういえば、冬乃はどこで見つけられたのだろう。


 「よりによって土方さんの部屋で机につまずいて倒れていりゃ、」




 ・・・はい?


 「ちょ、ちょっと待ってください、机につまずいて、って・・?」


 わけが分からないといった顔で聞き返した冬乃を、沖田の怪訝そうな眼が見返した。


 「貴女はつまずいたような格好で文机に足をかけ、畳にうつ伏せで倒れていたんですが」


 「・・・・」


 唖然。


 (な・・)


 冬乃は目を白黒させ、沖田のほうへ間の抜けた顔を向けてしまった。


 (なんだって、そんな格好で、見つからなきゃいけないわけぇ?!)


 奇跡、にしては、ちょっとヒドイんじゃ??


 さらに泣きたい理由が増えて、がっくりとうなだれた冬乃の耳に、しかし突如、笑い声が飛び込んできて。冬乃は驚いて声の主、沖田を再び見上げた。


 「その様子じゃ、よほど不覚だったようですね」


 どうやら冬乃の反応に、思わず笑ってしまったらしい。


 (笑った顔も素敵・・)


 すぐ目の前で見れたその笑顔に、つい場にそぐわぬ感想を胸に懐きながらも、冬乃は、

 「私っ、机につまずいた覚えはないし、土方様の部屋に居たなんてことも知りませんでしたしっ」

 何とか誤解を解こうと、懸命に説明を試みる。


 確かにそんな見つかり方をしたのなら、疑われても仕方ない。

 だからって・・・


 (沖田様に疑われるなんて耐えられない!!)


 「どうしたら信じてもらえるのですか!貴方にそんなふうに疑われてたら、私っ・・」




 「おい、いつまでうろついてる」


 背後から響いた土方の声に、冬乃は振り返った。


 「土方様、信じてください!私は確かに未来から来たんです!」

 

 冬乃は土方の姿を見るなり、訴えていた。


 「よほど強かに頭を打ったらしいな」

 

 土方は完全に呆れきった顔を冬乃へ返し、

 「総司、」

 と、沖田へ向いた。


 「この女、記憶が戻るまで蔵に突っ込んでおけ」


 くっ、蔵あ?!


 「閉じ込めておかずとも、どうせこの人逃げそうにありませんよ」

 続いた沖田のその言葉に、


 「ええ、逃げたりしません!」

 冬乃は必死で頷いてみせる。


 (冗談でしょ~?!)


 そんな所に閉じ込められてはたまったもんじゃない。


 「駄目だっ、怪しい者を野放しにしておくわけにいくか。どうせおまえだって、この女を四六時中監視してるわけにいかねえだろ」


 「可哀想になあ」


 (・・・。)

 沖田のその呟きに、冬乃は、ぽかんと彼を見つめた。


 本当に同情してくれてるのか分からないが、確かなことは、冬乃のために土方を止めてくれる気は、さらさら無さそう、ということだ。


 「さっさと連れてゆけ」


 そして。


 冬乃の蔵行きは、決定となった。











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