情熱溢れる人


 コルティーガ国北部はすでにかなり寒くなっていた。もう雪が降ってもおかしくはない気温だと思う。魔術付与がされている戦闘服を着ていた私たちだけれど、見た目が寒々しいということで急遽コートを買うことに。

 いくら魔大陸の文化にも慣れてもらいたいとはいえ、見てるだけで寒い! と思わせてしまうのはさすがに申し訳ないからね。


 せっかくなので北の王城がある大きな街でそれぞれ購入することに決めた。経済を回そう!!


「め、メグ! 今度はこっち着てみてよ! うわー、可愛い! やっぱり可愛い系かなぁ。でもさっきのデザインもいいんだよねー。大人っぽい雰囲気がまた素敵だったしー」

「ちょ、ちょっとアスカ、落ち着いて……!」


 そして今、私は服屋さんで着せ替え人形と化しています。

 リヒトやロニー、アスカのコートはすぐに決まったのに私の物だけまだ決まっていないのだ。私としては動きやすければどんな物でもいいんだけど。

 なんなら、当店の人気商品ですって店員さんに持ってきてもらった最初のヤツで良かったのだ。それなのにアスカったら。


「人気商品ってことはみんなが持っているんでしょー? メグが同じものを着てたら似合いすぎの可愛すぎで買った人がみんな自信をなくしちゃうよ?」


 こんなことを言い出すものだから未だに決められずにいるというわけ。かれこれ30分は経過している。というか大げさでしょ……。

 さらに解せないのは店員さん、ついには店長さんまでがやってきて大真面目に「確かにそうだ」と一緒に悩み始めたことである。だから大げさですって。


 最終的に、「この中からメグが気に入ったのを選んで!」とアスカに言われたことでようやくコートを購入。正直、どれでもよかったけどここで悩んだらずっと待っていてくれたリヒトやロニーに申し訳ないから天の神様に決めてもらいましたよ。はい、脳内で「どれにしようかな」を高速でやりました。


 その結果、選んだのはちょっとだけ大人っぽいシンプルなデザインのコート。キャメル色の膝丈まであるコートで、ベルトを締めればワンピースにも見える一品だ。


「うん、うん。シンプルだからこそメグの可愛さが引き立つねー! グッと大人っぽくなってとっても似合ってるよ!」

「あ、ありがとう……でももう褒め言葉はいいよぉ!」


 試着段階ですでに何度も褒め言葉をかけられているからもうお腹いっぱいです! リヒトやロニーも苦笑いだ。本当にお待たせしてごめんね……。


「でも、この店はかなり服の種類があるよな。人間の大陸では珍しい気がする」

「それは、確かに」


 これまで見た街にも服のお店があるにはあったけど、どれも似たり寄ったりのデザインだったよね。中央の都でさえ、品数はあれど種類は選べるほどなかった。


 ここのお店はコート以外にも本当にいろんなデザインの服が取り揃えられていて、まるでランちゃんのお店みたいだ。もちろん、ランちゃんのお店の方が品揃えは豊富だけれど。


「おかげですっごく悩んじゃったよー」

「アスカ、楽しそうだった、ね」

「そりゃあそうでしょ! っていうか、こんなに可愛いのに着飾らないとかあり得ない!」


 ロニーがクスッと笑うと、アスカは真剣な顔で力説し始めた。可愛い子は何を着ても可愛いけどより良いデザインの服を着ることでさらに輝くとかそういうことをツラツラと。

 ま、待って。そろそろ私の恥ずかしさが限界を超えてしまう!


「つまり、メグが着る服に一切の妥協は出来ないってこと! ま、どんな人でもそれは言えることだけどねー。だって、気に入った服を着ると気分も上がるじゃない?」

「も、もういいから! 早くお店から……」


 アスカのヒートアップが止まらない。騒いだら迷惑にもなるし、そろそろ行こうと声をかけた時だった。


「す、す、素晴らしいわ!!」


 店の奥から女性の声が響いた。ビックリして声の聞こえた方に目を向けると、細かいウェーブの黒髪を肩口で揺らした綺麗なお姉さんが感動したように目を輝かせて私たちに近付いてくるところだった。お店の店長さんがオーナー! と驚いた顔をしている。

 女性は真っ直ぐアスカの前まで来るとズイッとさらに顔を近付けて言葉を続けた。


「まさか、私と同じ考えを持つ人に出会えるなんて! あなた、お名前は? なんだかものすごくキラキラしているわね! 私は店主のリンダよ! もう少し話を聞かせてくれないかしら!」

「えっ、あの、あのー、ちょっと近いんですけどー!」


 さしものアスカも軽く引いている。す、すごい勢いのある人だな。両手を小さく前に出し、戸惑ったような声を上げたアスカにようやく女性はハッとしたように顔を上げた。それから軽く周囲を見回し、驚いたように目を見開く。


「もしかして! 魔大陸から来た人たち!?」

「は、はい。そうですけど……」


 パンッ、と手を合わせて目を輝かせた女性の質問にリヒトが控えめに答えると、女性はさらに顔を明るくした。表情が豊かだ。


「なんてことなの! ああ、今日は本当に良い日ね! 夢みたい! あらやだ、貴女すっごく可愛いわね。コートも似合っているわ。私の自信作をここまで着こなしてもらえるなんて!」

「え、あの、ありがとうございます……?」

「声まで可愛いっ! ね、ね! 貴女にもっと色んな服を着てもらいたいわ! ほらこっちへ来てちょうだい! サービスするわよ!」


 勢いがすごい! アスカから私に視線を移した女性はあっという間に私の前に来ると、背中に手を回して店の奥へと連れて行こうとする。


「ま、待ってください! あの! 少し落ち着きませんかっ!」


 せっかく着せ替え人形から解放されたのに、このままじゃまた逆戻りだ。しかも雰囲気から察するにさっきよりもずっと時間がかかるに違いない。マイユさんのところやランちゃんのお店で似たような経験を何度もしてきたからよくわかるのだ!


 女性の勢いに押されていたリヒトたちも、私の声でハッと我に返ってくれた。すぐに私の下に駆け寄ってそっと肩に手を回してくれる。


「あ、あら? あららら? 私、またやっちゃったみたいね……。ご、ごめんなさい。私、服のことになるとつい周りが見えなくなってしまうの」


 私を守るようにリヒトやロニー、アスカが来てくれたことでようやく女性も冷静になってくれたみたいだ。ホッ。

 本当に申し訳なさそうに眉を下げてしょんぼりしている。


「大丈夫です。貴女のような人、私の周りにたくさんいるので慣れてますから」


 これは事実である。悪気がないこともよく知っている。だからほら、リヒトたちも殺気までは出していないでしょ? 困ったように笑っているだけで。


「あの、リンダさんって言いましたよね? よかったら本当に落ち着いてお話しませんか? たぶん、俺らが探しているのは貴女みたいな人なんで」


 な? とこちらに顔を向けたリヒトに何度も頷いて答える。ロニーやアスカも同じように笑顔で頷いた。

 この人は、魔大陸で勉強するのに向いている人だってすぐにピンときたのだ。


 リンダさんは一瞬ビックリしたように目を丸くしたけれど、すぐに恥ずかしそうに笑って奥へどうぞ、と私たちを案内してくれた。うん、悪い人ではないんだよね! わかるよ!


 店の奥は作業場になっていて、10人ほどの人が仕事をしていた。ミシンの音があちこちで聞こえてなんだかワクワクしちゃうな。私はミシンを使うのは苦手だったけど。

 さらに奥の休憩室に案内された私たちは、改めてリンダさんにスカウトの話を持ち掛けた。


 彼女はこの服飾店のオーナーさん。今日は布の仕入れで少しお店から離れていたそうな。たまたま交渉が早く終わって裏口から買ってきたところ、私たちを見つけたのだそう。なんだか運命的だなー。


 リンダさんはすでに魔大陸への留学話を耳に挟んでいたようで、すぐに理解を示してくれたよ。最初からそんな反応だったもんね。


「話を聞いた時からずっと行きたいって思っていたの! この国じゃ、服は機能性重視で着られればなんでもいいって風潮なのよ。おしゃれのために服が合ってもいいじゃないってずっと思っていて……。でも、なかなか同じ考えの人はいなくて」


 どうしても他の服よりも高くなってしまったり、考えが理解されなかったりと売れ行きはいまいちなんだって。特にここは北国だから、デザインより防寒重視になりやすいとか。

あんなに素敵な服がたくさんあるのに、世知辛いなぁ。


「それでも、同志はいるものなのよ。ここで働いてくれる子はみんなそう。けどね、そろそろあの子たちを養うのもギリギリで」


 生活出来なくなったら本末転倒だからと、近い将来ここで働く人たちには他のお店を紹介しようと考えていたという。店の移転を考えたけど、新天地で一から始めるっていうのはなかなか踏み出せないよね……。条件に合う店舗が見つかるかもわからないのに。


「ただ豪華な服なら、貴族御用達のお店があるけれどそうじゃないのよ。一般人でも気軽に楽しめるおしゃれが広まってほしいの。でも行き詰っていて……。そんな時に、魔大陸へ勉強しにいける機会があるって話を聞いたの!」


 こことは文化も違うだろうから、受け入れてもらえるんじゃないかってリンダさんは考えたそうな。うんうん、魔大陸ならそれが普通だったりするもんね!


「じゃあ、目的は勉強なんですね? 魔大陸で生きていく、というよりは、その文化をこの大陸にも持ち帰りたいってことですか?」

「ええ、そうよ。安価で、機能性もあって、それでいておしゃれ! そんな夢のような服を作る術があるならぜひ習得したいと思っているの。どう? 魔大陸ではそれが学べるかしら?」


 リンダさんの質問に、私たちは顔を見合わせた。詳しいことは専門じゃないからわからない。でも、きっとマイユさんやランちゃんなら!


「はい。少なくとも真剣に相談に乗ってくれる人がいます。きっといい解決法を思いつけると思います!」


 あの人たちの能力の高さは本物だもん。きっとリンダさんの期待に応えてくれるっていう自信があった。マイユさんもランちゃんも信頼出来るんだから!

 リンダさんの目がさらに輝いた。


「ねぇ、この話って人数に制限はあるのかしら? 私だけ? 他にも誘いたい人がいるのだけれど……」

「人数制限はないですよ。街の人全員とかでなければ。むしろ大歓迎!」

「ふふっ、さすがにそんなに大勢はいないわよ。面白い人ね? じゃあ、声をかけておくわ!」


 質問にリヒトが答えると、リンダさんはコロコロと笑う。彼女は服飾専門のようだけど、どうやら似たような悩みを抱える知り合いが多いみたいだ。なんだか、北の街で一気に人が増えそうだね!


 それなら全員まとめて説明した方が早いからと日時を決めて一度集まることになった。簡単な概要だけを伝え、それをリンダさんが知り合いの方々に伝えてもらい、人を集めてもらう。その方が効率がいいもんね。


「本当にありがとう。貴方たちは私たちの救世主よ!」


 本当に嬉しそうに笑うリンダさんを見たら、スカウトの旅に参加して良かったって思える。心にほんわりと温かいものを感じながら、私たちは今度こそお店を後にした。

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