オルトゥスからの派遣
「今回の挨拶は、なんかこう……色々と懐かしかったよな」
「うん、そうだね。先代の皇帝さんにも、ライガーさんにも、会えて良かった」
中央の王城から出た後、リヒトと並んでそんなことを話しながら宿に向かう。
あの後は昔話に花を咲かせてしまったから、ちょっと遅くなっちゃったんだよね。すでに陽が傾きかけている。
「現皇帝が言っていたけど……どうする?」
「うーん……出来れば行きたい、かな」
チラッと視線だけを寄越してリヒトが言ったのは、先ほど提案された話だ。その話、とは。
「でも、ラビィさんのお墓参りに行ったら、嫌でももういないんだって実感しちゃいそうで……ちょっと怖くもあるんだよね」
そう、ラビィさんのお墓に案内するというものだった。
ライガーさんは最後までラビィさんとの面会を担当してくれていたから、今でも時々お墓に行くのだそう。それだけでものすごく救われた気持ちになったよ。
「その気持ちはわかるけどさ。あれ以来、メグもロニーも会ってないだろ? これを逃したら次、いつになるかわかんねーぜ? ライガーに案内してもらえるのは今がラストチャンスかもしれねーし」
それはそうだ。ライガーさんだってまだまだお元気そうだったけど、もう結構な歳だもん。人間と私たちでは寿命が違うのだから、うかうかなんてしていられない。後になって後悔だけはしたくないし。
「アスカにとってはちょっと退屈かもしれないね」
「だな。うまい飯でもたくさん食わせてやるからって頼みこもうぜ」
「ふふっ、それは名案だね!」
本当は、気が進まない。だけどきっと後悔するし、行けば行ってよかったって思う気がするんだよね。気が進まないのは、私の心の弱さだ。ラビィさんの死を認めたくないっていう、子どもみたいなワガママ。
いつまでも、そんなことは言っていられないね。きちんと挨拶をしにいかないと。ロニーと合流したら、まずはその話をしよう。きっとロニーも首を縦に振ってくれるはずだ。
「もー、遅いよー!」
宿に向かう途中の道で、アスカが小走りでこちらにやってきた。あれ? どこかに出かけるところだったのかな?
「がはは! 随分と長いこと捕まってたなぁ、メグにリヒトよ」
「ニカさん!?」
小さく首を捻ったところで久しぶりに聞く豪快な笑い声に目を丸くする。な、なんでこの国にニカさんが!?
「どーりで人だかりが出来てるわけだ。ニカさんがこの街にいてくれるんですか?」
「おう、そうだぞ。お前たちがスカウトしてきた人間をここで一時的に保護し、定期的に魔大陸へ連れて行くのが俺の任務だ」
リヒトの納得したような言葉に、ニカさんは朗らかに答えてくれた。
つまり、ニカさんは私たちが魔大陸へ帰るまでの間、ずっとこの都に滞在してくれるってことか。まさかこの役目をニカさんが担当してくれるとは! ものすごく頼もしいよ!
ただ、周囲の人たちはニカさんのあまりにも良すぎる体格と存在感に戦々恐々としているみたいだけど。
「ニカさん相手なら、変に絡んでくる人もいなそうですもんね」
「がはは、図体だけはデカいからなぁ!」
ニカさんがそう言ってまた笑うと、周囲の人たちはまたしてもビクッと身体を震わせている。
見れば、少しだけ離れた位置にロニーと、その後ろに隠れるようにセトくんとマキちゃんがいるのが見えた。ああ、怯えている……!
「そんなことないです! ニカさんは身体だけじゃなくて、器も大きいですよ! 心も広いですし!」
なんだか、こうしてニカさんが人々に怖がられるのを見るのは嫌だった。だって、本当はものすごく優しいのに!
ニカさんのことだからそんなに気にしていないだろうし、たぶん滞在している間にその人柄が少しずつ理解されていくのだろうけど、それでも!
「ニカさんは、すっごく常識人なんですよっ! 相手の気持ちに立って考えてくれる優しい人なんです! あんなに個性的な人たちの中にいて振り回されているのに、本気で怒ったのなんか見たことないんですよ? オルトゥスの良心といっても過言ではないですからねっ」
つい、力を込めて力説してしまった。周囲の人だけでなく、ニカさん本人も呆気にとられたように目を丸くしている。うっ、注目を集めてしまった!
そんな中、隣にいたリヒトが口元を引き攣らせながら話しかけてくる。
「お、おいメグ。それじゃまるで他の魔大陸のヤツらがとんでもなく面倒な性質だって言ってるみたいだぞ……」
「はっ!」
あ、いやでも、あながち間違いでもない気がする……。う、ううん、間違えるなメグ! オルトゥスに変な人たちが集まっているだけで、魔大陸の人がみんな変だってわけじゃない。……よね? たぶん。
「がははは! やっぱり面白いなぁ、メグよ。ありがとうなぁ、なんだか照れちまうぜ」
「わわっ、もうニカさん! 髪が崩れるよー!」
照れ隠しなのはわかっているけど! ニカさんの手は大きいから、片手で私の頭がすっぽりと収まっちゃうなぁ。ものすごく力を加減してくれているから、痛くもなければジュマ兄のように荒々しくもないし。
……なんだか、久しぶりにこうして大人に頭を撫でられた気がする。嫌だとは思わなかった。少し恥ずかしいけどね。
ニカさんの人柄がそうさせるのかなぁ? リヒトやロニーとのスキンシップに抵抗がないのと同じようなものだったり?
いやでも、ニカさんと関わる機会はそんなに多くない。それなのに、こうして受け入れられたのはなんでだろう。
あ、れ? ちょっと待って。恥ずかしくはあるけど、お父さんや父様に撫でられるのも別に嫌じゃないな……? もうやめてよー、って言いはするけどあからさまに避けないようにはしているのだ。だって悲しませたくはないもん。
それは、相手が誰であっても同じなのに。それならなんで……?
なぜ、私はあの時、伸ばされたギルさんの手が怖いだなんて思ったのだろうか。
「メグー? どうしたの?」
「え? あ、ごめん。ちょっと考えごとしてただけ」
アスカに顔を覗き込まれてハッとする。いけない、つい考え込んじゃった。
へらっと笑って誤魔化したけど、アスカは不満そうだ。何かあるなら言え、って顔に書いてある。
「あー、もしかしたら墓参りの話か?」
「お墓参り?」
どうやって誤魔化そうかと悩んでいた時、リヒトが苦笑しながら間に入ってくれた。あ、それもあったね。考え込んでいたのは別のことだけど、せっかくなのでそういうことにさせてもらおう。
だって、ギルさんを少し怖いと思ったなんてそう簡単に言えないよ……。
「ああ。城でさ、お世話になった元騎士に会ったんだ。その人がラビィの墓に案内してくれるって言うから。お言葉に甘えようかと思って」
「あー……お世話になったっていう人間の? そっかぁ。それなら気持ちが落ち込んじゃうのも仕方ないね」
アスカはすぐにラビィさんのことを察したようだった。さすがである。
でもちょっと嘘を吐いているみたいで胸が痛む。も、もちろんお墓参りのことで落ち込んでいた部分はあるけども!
「それならさ、3人で行ってきなよ! ニカも来たことだし、ぼくは待ってるから」
「え、いいのか?」
「いいよー! あ、一緒に行った方がいいなら行くけど。でもそうじゃないなら待ってるよ。だってセトとマキも、まだニカに慣れてないだろうしー」
ぼくがいればちょっとは安心してもらえるでしょ? と屈託なく笑うアスカは天使だと思います。
本当に人のことを見ているよね! 気の回し方がもはや大人だよ! 大人でも出来る人は少ないよ! 私よりもずっとずっと天使のようだよ、アスカ!
「ありがとな、アスカ。それじゃ、そうさせてもらう」
行くにせよ、行かないにせよ、明日は一度お城の前でカイザーさんと待ち合わせをし、そこで返事をする予定だった。行く場合はそのまま案内してもらうっていう約束で。
だから、お墓参りは明日の午前中。まだほんの少し怖がっているセトくんとマキちゃんには、そこでニカさんの人柄に触れてもらいたいところである。アスカというワンクッションが入るからきっと大丈夫だろう。
「ロニー、ごめんね? 勝手に行くことを決めちゃったけど……」
「ん。大丈夫。僕も行きたいって、思ってた、から」
話がまとまってしまったから、ロニーには事後報告みたいになっちゃったな。そのことを謝るとゆるりと首を横に振られた。
「そっか。私はね、実はちょっと怖いんだ。ラビィさんがもういないって実感するのが、ね」
軽く目を伏せつつ、ロニーにも本音を伝えておく。もしかしたらお墓の前で泣いてしまうかもしれないなぁ。
ポン、と頭に手が置かれる。さっきのニカさんの手よりも小さくて、それでいてがっしりとした手。
「それは、僕も同じ。大丈夫、リヒトも、僕もいるから。一人じゃ、ない」
「……うん。そうだよね。ありがと」
顔を上げると、柔らかく微笑むロニーと目が合った。うん、ロニーが相手なら頭を撫でられても怖くないし、恥ずかしくもない。むしろ癒される。兄パワー恐るべしだ。
「ねー、ニカ! せっかくだから一緒にご飯食べようよー。セトとマキと交流してもらいたいしさー」
「おー、もちろん俺はいいぞぉ。そこの2人、怖いかもしれねぇが魔大陸に行くまでの少しの期間だ。ちと我慢してくれなぁ」
「はっ、はいぃ!」
「だ、だだだ大丈夫、ですぅ……!」
ニカさんの困ったような笑顔に、セトくんとマキちゃんが頑張って返事をしている。どうしてもその迫力に気圧されてしまうみたいだけど、歩み寄ろうという姿勢があるし、たぶんすぐに打ち解けられるだろう。
2人とも、魔大陸に行くことを決めただけあって根性があるよね! そもそも、好きなことを勉強し続けているくらいなのだ。根性はある方なのだろうな。
「そうと決まれば俺らも行こうぜ! 今日はこれで仕事は終わりってことでさ!」
「随分早い、けどね」
「いーじゃん。この大陸にいる間ずーっと仕事モードじゃ疲れるだろー?」
リヒトにガシッと肩を組まれ、引き寄せられる。反対の腕ではロニーのことも同じように引き寄せているようだ。当然ながら、恥ずかしさも怖さも感じない。
その事実が、余計に私を不安にさせる。頭の中ではなぜ? どうして? という疑問符がグルグルと回っていた。
私、ギルさんが怖いのかな? ううん、あの時はただ緊張していただけだ。
でも、なぜ? どうして私はギルさん相手に緊張なんかしたの? それに、ただ頭を撫でられそうになっただけで、どうして心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてしまったのだろうか。
わかりそうで、わからない。なんだか胸の中がモヤモヤして仕方なかった。
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