スカウトの旅2
お見送り
マキちゃんの決意を聞いた後、私たちはもう少し詳しい話を落ち着いて聞くために彼らの住処に簡易テントを広げた。
何を言っているのかって? 仕方ないのだ。彼らの住処に全員が入ると定員オーバーなんだもん。
その点、簡易テントはこの部屋にも広げられるし内部はかなり広い。盗聴防止の魔道具を使わなくてもこの中でなら気兼ねなく話も出来るしね。
ちなみに、このテントや内部を見た時の3兄弟の反応はお察しのとおりである。
でも、意外と順応性は高かったな。こういうものなんだ、と深く考えずに受け入れてくれたからね。ただ、落ち着かないみたいでソワソワしていたけれど。
「俺とフィービーはこれから、警備隊のところに向かうつもりなんだ。ちゃんと罪を償おうって。マキにもすげぇ叱られたしな」
「マキがあんなに怒ったの、初めてだったよ……めちゃくちゃ怖ぇ」
「ちょ、それは言わないでっ」
なるほどなるほど。マキちゃんはかなりしっかり者だね。おっとりとしているように見えて、いざという時は頼もしいなんて素晴らしいよ。
「だ、だって、被害に遭った人のことを考えたら、このまま知らんぷりなんて絶対にダメだもの。お兄ちゃんたちに会えないのは寂しいけど、罪をなかったことにするような人がお兄ちゃんなんてもっと嫌だから」
断言された兄2人はそれぞれうっ、と呻く。正論って刺さるんだよねぇ。
しかしマキちゃんはいい子過ぎて眩しいな。そして健気! みんなで拍手していたら兄2人はバツの悪そうな様子でマキちゃんから顔を逸らした。彼らにとっても眩しいんだろうな。
「実はさ、この結論が出たのはすぐだったんだ。具体的に言うと、あの夜にはすでに」
本当は、もっと早くに私たちに報告しに行こうと思ったのだそう。でも、せっかく4日という猶予をもらったのだから、3人でのんびり過ごしたいと思ったんだって。
「償うなら早い方がいいと思ったんだけど。こういう時間の稼ぎ方は姑息だったか?」
「悪ぃな、俺たちは本来、日陰で暮らす人間。使えるものは最大限使いつくさなきゃもったいねぇし、悪知恵も働いちまうんだ」
兄弟はニヤリとイタズラっ子のように笑う。もー、しょうがないなぁ。
「そ、それに関しては私も……ズルいかなって思ったんだけど、やっぱり寂しかったから、つい。ご、ごめんなさい!」
焦ったように身を縮こませるマキちゃんはかわいい。素直で大変よろしい!
そして、またしても兄2人が肩身が狭そうに目を逸らした。本当に、兄に染まらなくて良かったよ。この2人がそう気を付けていたのかもしれないけれど。
「そーいうのー、言わなきゃぼくたちだって知らないままだったのに。ギリギリまで悩んでましたーとか適当に言えばいいのに素直すぎー」
「だな! お前ら、悪人には向いてねぇよ!」
それは確かに! 本当に悪かったらそれさえも黙っているよね。なんだかおかしくなって、みんなで声を上げて笑った。
それから、リヒトが再び真面目な話を始めた。
罪を償い次第、魔大陸に2人を向かえたい気持ちはあるけれど約束までは出来ないこと、でも出来ることはするということ。
私とロニーが、あの時は勢いだけで勝手な約束をしてごめんなさいと謝ると、兄弟からは考えてくれるだけで十分だという答えが返ってきた。妹を保護して、勉強をさせてもらえるだけでありがたすぎるから、って。
妹思いすぎて泣けてくる……! 父様には私にも出来ることがあったら協力させてって伝えておこう。絶対に再会させてあげたいもん!
さらに、今後はマキちゃんを魔大陸からお迎えが来るまで私たちが責任を持って預かること、迎えに来るのは信頼出来る人物であることなどを説明した。
文化も常識も違うから全てを理解出来たわけではないと思うけど、身の安全の保障やマキちゃんの病状の改善を保障すると兄2人は心底ホッとしたように笑顔を見せてくれた。
まだ不安は残るだろうけど、少しでも安心してもらえていたらいいな。
一通りの説明を終えたところで簡易テントを出る。荷物は? と聞くと、すでに準備は終えているとのこと。
「さすがに、これを全部持って行くのは無理ですよね。だからすっごく悩んでどうしても譲れない物だけを選びました!」
マキちゃんは集めたコレクションの箱を前に苦悶の表情を浮かべつつ明るく告げる。あ、それなら問題ないです。
「全部、持って行けるよ? 収納魔道具があるから、それに入れて行こう!」
「え、ええっ!? そ、そんなことまで……!?」
目が飛び出んばかりに驚くマキちゃんを見ていたら、なんだか懐かしくなった。魔術になれていない頃の私も、いちいち驚いたよねって。
新鮮で初々しくて癒される。これからしばらくはこんな風にほっこり出来るのは嬉しい。
と、いうわけで。持ち物に制限がなくなったので遠慮なく荷物を収納魔道具にまとめると、彼らが住んでいた場所は使い古された布が畳んで置かれているだけの状態となった。これを残しておくことで、誰かが住処としてまた使ってくれるかもしれないから、だそう。
そういう貧困層がまだたくさんいることには心が痛んだけれど、私たちに出来ることはせめてこの場所を綺麗にすることくらい。こっそり清浄の魔術もかけておいたので、病気にもなりにくいと思う。自己満足でしかないけど、このくらいは許されたい。
「じゃあ……そろそろ、行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
「い、色々とありがとうございました!」
住処を出て、ロニーがルディとフィービーの兄弟を連れて前を歩く。私とマキちゃんはその後ろを並んで歩き、最後尾にリヒトとアスカがついて来てくれている。
道中は、誰も何も話さなかった。マキちゃんはじっと兄2人の背中を見つめて唇を引き結んでいる。
この4日間で色々と話も出来ただろうし、別れもすませたのだろうけど……。いざ、お別れってなるとやっぱり寂しいよね。きっと、心細いよね。
ギュッと胸が締め付けられる思いがして、私は無意識にマキちゃんの手を握っていた。
驚いたようにこちらを向いたマキちゃんの顔で気付いたほどだ。無意識の行動、怖い。
「ご、ごめんね! ただ、なんとなく心細い気がして……。よ、余計なお世話だったかな」
慌てて言い訳をしつつ手を離そうとすると、マキちゃんが手を握り返してくれた。
「ううん。あの、ありがとうございます、天使様。よかったら、その……このままで」
「マキちゃん……うん、わかったよ。それと、私のことはメグって呼んで? 天使様だなんて、照れちゃうから」
さすがにこれからもずっと天使様なんて呼ばれるのは精神的にもよろしくない。初対面で、私を知らないならともかく!
「ふふっ、わかりました。じゃあ、メグちゃん?」
ドキッと胸が大きく音を立てた。
なんだろう。マキちゃんに「メグちゃん」って呼ばれるこの感じがどことなく懐かしいというか……。妙に胸が騒ぐというか。嫌な感じではないんだけど、フワフワするっていうか。
「あっ、い、嫌でした?」
「ううん! そんなことないよ! そう呼んでもらえて嬉しい」
まったりとした雰囲気と、優しい声色がそんな気持ちにさせたのかな。不思議な感覚ではあるけど嫌じゃないし、むしろ心地良さを感じる。
不思議な子だな、マキちゃん。これからもっと仲良くなりたいな。
そのまま警備隊の詰所に着き、マキちゃんと手を繋いだままルディさんとフィービーくんの姿が見えなくなるまで見送った。2人もこちらに振り向くことなくまっすぐ詰所の中に向かって行く。
それを薄情だとは思わない。マキちゃんだってわかっているはずだ。だけど、姿が見えなくなっても瞬きを忘れてジッと見つめる姿には切なさを感じた。
「よし。それじゃあ宿に戻るか! 簡単に健康診断しような」
「え? え?」
ロニーが1人で戻ってきたところで、リヒトがニッと笑いながらマキちゃんの頭を撫でる。
そうだね、これから引き渡し場所に行くまで一緒にスカウトの旅に同行してもらうことになるんだもん。次の街に移動する体力がどの程度あるのか、身体への負担は大丈夫なのかを知っておかないと辛い思いをさせちゃう。
「あ、あの! 私はお世話になる側なので! へ、平気です、頑張れます!」
「あー、ぼく知ってるよ。その考え方って、ダメなんだよぉ」
恐縮しきり、とばかりに慌てるマキちゃんに声をかけたのはアスカ。真剣そうな表情を作ってズイッと顔を近付けると、マキちゃんの顔がポッとピンクに染まる。
わかる、美形を間近で見るとそうなるよね。美形じゃなくても突然、顔を近付けられたら驚くんだから自重してほしい。
「頑張れることと、身体に負担がかからないことは同じじゃないってことー! このくらいなら大丈夫って無理するとー、あとで大変なんだよ!」
「そーそー。休み過ぎじゃないかってくらいがちょうどいいぞ。栄養状態も気になるし、美味しい物を食べて多めに休むってのが当分の間マキの仕事になるからな!」
リヒトも加わって言い聞かせられたマキちゃんは目を白黒させている。
これまでは咳が酷いとか熱が出るとかではない限り、一日中歩き回って街のお掃除をする仕事をしていたんだって。
え、すごい。貰えるお金は少なかったけど、3日働いて1食分を買えるようにはなるから、って。本当にあの場所での暮らしは大変だったんだな。特に親のいない子どもにとってはかなり過酷だ。仕事があるだけまだマシなのかもしれないけれど。
「しっかり休んで元気になったら、これまでよりもしっかり働けるし、いい仕事が出来るようになるんだよ。もう大丈夫って思っても、周りの人が休みなさいって言ったらちゃんと休まなきゃダメだよ?」
「う、うん、わかりました」
私も参戦してお姉さんぶりながら注意をすると、リヒトとロニーが揃って噴き出す。む、なんだよぅ。
「お前が言うか! この働き魔!」
「メグは、無理をする、常習犯」
うっ!! 言い返せない!!
で、でもこれでも前よりずっと自分の限界は把握しているし、自分にも甘く出来ているはずだもん! そんなに笑わなくてもー!
「じゃあ、メグちゃんのことは私が見ているね」
「ま、マキちゃんまでぇ……」
「あはは! 仕方ないねー」
「アスカも!?」
せっかく先輩っぽいことが言えたのに台無しじゃないか! 悲しい!
でも、まぁ……。マキちゃんが兄弟とのお別れで沈み込まなくてすんだのなら、笑われてもいっか。
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