スカウトの旅

アルベルト工房


 人間の大陸にて、魔大陸に留学する意思のある者や、将来有望な能力を持つものをスカウトする。それが今の私たち、調査隊の目的だ。


 早速、東の王城で得た情報をもとに、私たちは城下町の大通りを歩いていた。これまで見たことのない人の多さに、この大陸が初めてのアスカは驚きの歓声をひたすら上げている。


「すごい! 広場も人が多いなって思っていたけど、商店街はもっと多いなんてー! 闘技大会の時よりもたくさんいるよね? しかも、みんなが完璧な人型! 半魔型の人が一人もいないよ!」

「アスカ……人間なんだから当たり前だろ?」

「そうだけどー!」


 言いたいことはわかるよ。人間はとても人数が多いって聞いていたとはいえ、実際に見るとやっぱり違うよね。私としてはこのくらいの人混みに懐かしさを覚えたりするんだけども。日本の都心部は人が多かったから……。


 魔大陸は人が多くても空を飛んでいたり姿を隠蔽していたりする人も一定数いるし、翼や尻尾で場所を取る人もいるから視覚的にも人数が少なく見えるっていうのもありそう。

 それに、この大陸の方がずっと広い道なのにたくさんの人がいるから余計にそう感じる。


 半魔型なんてここにはいないし、興奮するのもわかる。だけど落ち着くんだ、アスカ! さすがにその発言はさらに人の注目を集めちゃうのでちょっぴり恥ずかしいです! 人の目を気にしなくなってきたとはいえ、いや、だからこそ発言には気を配ろうよぉ!


「あれ、見えてきた。アルベルト工房」


 周囲の視線が気になって俯きかけたその時、隣を歩くロニーがそう告げた。指し示された方向に顔を向けると、大通りに面して一際大きな建物が目に入る。大きな看板には「アルベルト工房」という文字。しかもトンカチをモチーフにしたようなマークも描いてあってとてもわかりやすい。


「本当に探さなくても見つかったねー! よぉし、早速セトって子を呼んでもらおー!」

「おっと、待て、アスカ。まずは店内を見てみようぜ。目当ての人を探すのはそれからでもいいだろ」


 キラキラと目を輝かせるアスカの首根っこを掴みつつ、リヒトがそんな提案をしてくれた。突然やってきて少年を呼び出したりしたら、不安にさせてしまうかもしれないもんね。

 私たちはどうしても目立つメンバーなのだから、ちゃんとその辺りの配慮はしないと。


 それに、何よりお店の中もじっくり見てみたい。どんなものを扱っているのか気になるし!


 というわけで、私たちは揃ってまずは店内へと歩を進める。相変わらずザワザワとあちこちで噂されている気はするけど、気にしていたらキリがないのでスルーします!


 しかし、店内は別だ。室内になるとどうしても声を拾ってしまう。天使様!? って。確かにその通りではあるんだけど、そうですとは絶対に言いたくないこのジレンマ……!

 話しかけられたわけでもないし、答えるわけにもいかない、よねぇ。居心地は悪いけど聞こえないフリをさせてもらったよ。


 だけど、ざわめきは次第に大きくなっていき、なんだか店内をゆっくり見ている場合ではなくなってきた。ど、どうしよう。


「なんだ、なんだ。どうした? そんなに慌てて揉めごとでも起きたのか?」


 このままじゃまずい、という雰囲気になり始めたところで、店の奥からがっしりとした色黒の男性がやってきた。

 生成りの半袖シャツを着ていて、その上からカーキ色の作業用エプロンをかけている。ところどころ焦げ跡があったり古いインク汚れのようなものが染みついていたりして、年季の入ったエプロンだ。


 責任者さんの登場かな? 店員さんが慌てて説明をしているみたいだし。これでちょっとは落ち着くといいんだけど。

 でもどう見ても職人さんなんだよね。というか、店員さんの説明がもはや慌てすぎて何を言っているのかわからない状態である。かろうじて天使は聞き取れた。複雑である。


「はぁ、なに言ってんのかわかんねぇな、こりゃ。別にこれといっておかしなこと、は……」


 男性が店内をぐるりと見回している途中で、私と目が合った。

 す、すみません、揉めごとを起こす気はまったくないんです! ただの観光客みたいなものなんです! でも、私たちが原因です……!


 そんな複雑な気持ちを抱きつつ、とりあえず微笑んでおいた。目が合ったらとりあえず笑う癖は直っていないのだ。


「へあっ!? 天使様っ!?」


 あー、はいはい。そうですよね。もうこれは慣れるしかないんだろうなぁ。ぐぬぬぅ。


「すみません、お騒がせして。あの、でも俺らはこの店を見たかっただけで……」


 そこへ、間に立って説明してくれたのはリヒトだった。頼りになるぅ!

 リヒトが落ち着いて丁寧に、自分たちが魔大陸からやってきたこと、危害を加えたり迷惑をかけるようなことはしないことを伝えると、ようやく男性は落ち着きを取り戻りしたようで数回、深呼吸をしてから口を開いた。


「こ、こちらこそ失礼な態度をとっちまって悪かったなぁ。いやぁ、驚いた」


 笑顔でそう言ってはくれたものの、その表情はぎこちない。まだ混乱の最中にいる、って感じかな。

 いやはや、お店に入る度にこれだと結構大変かもしれないなぁ。でも、私たちにとってこれは任務。根気強く毎回丁寧に説明しないとね!


「俺はアルベルト。奥にある工房の責任者だ。つまり、俺ぁ基本的に物作りしかしてねぇ。店には店の責任者がいるんだが、今日はいなくてな。口の悪いオレで勘弁してくれ」


 あれ? アルベルト、って工房の名前にもなっているよね? まさかこんなにも早く責任者に会えるとは! 騒がせてしまってどうしようかと思ったけど、これでセトくんについて聞けるかも!


 でも、どうしてもまだ表情が硬くて緊張したままなのが、なんだか申し訳ないな。萎縮してしまっているというか。本来、接客は得意じゃないのに私たちみたいな特殊な人が来ちゃったんだもんね。

 どうしたものかと考えている隙に、リヒトが人好きのする笑顔でアルベルトさんに握手を求めた。


「お! そんじゃあ、おっちゃん! 俺らも普通に話していいか? こっちの方が楽だから助かるんだけど」


 リヒトの砕けた口調と仕草にアルベルトさんは一瞬、呆気にとられたように目を丸くしたけれど、すぐに豪快に笑い出してリヒトの手を握る。


「なぁんだ、そうかい! 俺ぁてっきりもっとお上品な方々だと思ってたぜ」

「まぁな! 育ちの良さが滲み出てるだろ」

「お前じゃねぇけどなぁ!」

「言ってくれるじゃん、おっちゃん!」


 そしてあっという間に打ち解けてしまった。おぉ、すごく自然だ。

 もしかしたら、リヒトが人間の大陸に住んでいた時、町では日常的にこんなやりとりをしていたのかもしれないな。


「おじさん! ぼくは確かにカッコいいけど、別にお育ちがいいってわけじゃないよー! 田舎育ちだもん」

「そんなキラキラした姿で田舎モンなのか! 人は見かけによらねぇなぁ!」


 続けてアスカもあっさりとアルベルトさんの懐に入り込んでしまった。さすがである。

 やっぱりアスカは将来、シュリエさんがしているみたいな仕事が向いていそうだな。お客さんの相手とか、取引先との打ち合わせとか、人心掌握が得意そうだもん。

 キラキラエルフ2人が交渉したら、なんでも通ってしまいそう。将来のオルトゥスも安泰である。


 リヒトとアスカはアルベルトさんと談笑しつつも、本来の目的であるセトくんについても聞きだしてくれた。話の流れがスムーズでとても助かるよ! 私は今回、役立たずなので黙って見守ります。


「セトは真面目でいい子だ。将来は腕のいい職人になるだろうよ。そうか、石像の天使様がおいでだもんなぁ。アイツだって天使様に会いたいだろう。ちと呼んでくるから店内でも見て待ってな!」


 アルベルトさんは店内にいたお客さんや従業員に向かって、普段通りにしてくれ! とだけ声をかけると再び店の奥へ去って行く。工房にいるであろうセトくんを呼びに行ってくれたのだろう。


 店内に残された私たちや他の人たちの間にはしばらく困惑したような雰囲気が漂っていたけれど、これまでのやり取りを見て私たちが無害であることがわかったのか、戸惑いつつもそれぞれが買い物や作業に戻っていった。

 チラチラとこちらを見る視線はあるものの、声をかけてくる人はいない。とりあえずは大きな騒ぎにならなくて良かったよ!


「メグ、あそこに小さい天使像がある、よ」

「え? あ、本当だ!」


 待っている間、アルベルトさんのお言葉に甘えて店内を見ていると、ロニーが声をかけてきた。指し示された棚には手のひらサイズの木で作られた天使像。

 あの石像をデフォルメしたようなデザインで、なんだか可愛い。これが自分だと思うとちょっと気恥ずかしいけど、これなら持ち歩きたいくらいだ。


「よく見たら、天使像の商品が、色々あるね」

「ははっ、グッズ化されてんじゃん。メグ人気だな」

「どれも可愛いーっ! ぼく、買っていこうかな」


 確かに、この辺りの棚には天使像の描かれたお皿やカップ、天使の姿が刺繍されたハンカチなどいろんなグッズが並んでいる。モデルが自分じゃなければ手放しで喜んでいたよ!

 可愛いのは完全同意だけど、ものすごく複雑。欲しい、けど買うのはどうだろう? だって、自分大好きみたいでなんか痛々しくならない? 大丈夫? 買っちゃおうかな?


「待たせたな! ほら、セト。天使様だぞ」


 商品棚の前で悩んでいる間に、アルベルトさんがセトくんを連れて戻ってきたらしい。慌てて振り返ると、アルベルトさんの後ろからやってきた、こちらを驚いたように見つめる少年の姿が目に入る。

 癖のある短い赤毛に緑の円らな瞳。素朴な顔立ちの少年が、その小さな目をこれでもかと見開いて私たちを凝視していた。いや、私たちではなく、私、かな……?


「て、てっ、て、ててててん、てん……!」

「おいおい、落ち着けセト」


 もはや言葉にならない声を発しながら私と目を合わせ続けた少年、セトくんは口をパクパクさせ、そして……。


「てん、し……さ、まぁぁぁ……」

「うわーっ! セト!?」


 身体を硬直させたまま後ろにひっくり返ってしまった。

 えええええっ!? 気を失ったぁぁぁぁっ!? わ、私のせいかな!? どうしよう!!

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