複雑な胸中


 ジュマ兄の回避行動はお見事というにふさわしいものだった。あれだけの数、1つや2つは当たってもおかしくないのに、全てを避けているみたいだから。今のところ怪我を負った様子はない。

 相変わらず速すぎて見えないんだけどね。でも、攻撃が当たれば少し動きが鈍るし、そうなればさすがに私も視認出来るから。見えないってことは当たってないってことなんだと思う。


「ラジエルドもかなり驚いていますね」

「そりゃそうよ! ジュマが攻撃を避けるなんて、世界がひっくり返るようなものだもの!」


 サウラさんの様子を見ていると、本当に驚きが天元突破してるんだなって思うよ。ちなみに、オルトゥスサイドの観客席では、ほぼみんなサウラさんレベルで驚いている模様。通常通りなのはギルさんと私とアスカくらいかな。アスカは、そもそもジュマ兄の戦い方がそこまでだって知らなかったからだけど。


『おっ、あれは避けられなさそうだな』

『ええ……かなり、大きいですね』


 解説の声にハッとなって目を凝らす。すると、ラジエルドさんは無数に散らばっていた火の玉を自分の方に集め始めた。それらを1つの大きな火球にしているようだ。

 え、そ、それはさすがに……! 試合会場の足場よりも大きくない!? 離れた位置にいるというのにこっちが恐怖を感じるよ。観客席からもどよめきが聞こえるから、みんな同じように感じているのだろう。


『観客の皆様は安心してください。どれほどの威力でも試合会場の外にまで攻撃の影響はありませんから』

『おう。アーシュ……魔王の高火力な攻撃も通さなかったから安心してくれ! まー、ジュマはさすがに少し怪我するかもしれねぇが』


 解説のお2人からのフォローが入ったことで、観客たちからも安堵の息が漏れた気がした。さすがである。魔王である父さまの名前を出したのは大きいよね。信憑性が高いもん。

 というかあれほどの攻撃なのに、ジュマ兄もちょっとだけで済むんだ? いや、心配させないようにそう言ってるだけかもしれないよね。うぅ、心配!


 そうこうしている間に、大きな火球はジュマ兄目掛けて動き出す。あんなに大きいのに動きもそこそこ速いっ! ジュマ兄っ! 思わず目を閉じてしまいそうなところをなんとか踏みとどまり、しっかり見つめる。

 最後まで、ちゃんと見るんだから!


『ジュマ選手、絶体絶命ーっ! ……ってあれ!? 魔力を練ってますぅ?』

『え、ええ、そのようですね。普段は全身に纏っている身体強化の魔力を、全て拳に集めているようです。ですが、あれでは……』

『ばっ……! あれじゃ、拳意外に当たったらいくらジュマといえど大怪我じゃすまねぇぞ!?』


 焦ったように叫ぶお父さんの声に、心臓がドクンと嫌な音を立てた。でも今更止められないし、ここで止めたら誰よりも後悔するのは……ジュマ兄だ。きっとお父さんもそれがわかってると思う。だからきっと、止めない。レキの医療の腕も信じてるからね。

 で、でも……! どうか、無事でいてーっ!!


 ドォン……というお腹の奥に響くような地鳴りの音が会場全体に響いた。確実に火の玉が直撃したのだろう、モクモクとした黒い煙が試合会場を埋め尽くし、どうなったのかわからない。ジュマ兄に当たったのか、受け止めたのか……ハラハラしながら煙が晴れるのを待つ。


「……決まったか」

「ええ、おそらく」


 ギルさんとシュリエさんはいち早く結果がわかったみたいだ。うぅ、気になる。目を凝らして会場を見ると、少しずつ会場の様子が見えるようになってきた。……あれ、会場、なくなってない?


『ま、まさかの出来事ですぅ! 会場が丸ごと消えてますぅぅぅ!? これ、大丈夫なんですかぁ!?』

『……あー、心配すんな。会場自体は元々、壊れやすくなってんだ。修理がしやすいようにな。次の試合をするのにちょっと時間は食うが、ちゃんと元通りになる』

『そぉじゃないですよぉ!? 会場の心配、もありますけどそっちではなく、選手は!? どうなっちゃったんですかぁ!?』


 カリーナさんが大慌てである。ジュマ兄たちのことよりも先に会場について説明するあたりお父さんだなぁ。まぁおかげで二人はきっと大丈夫なんだろうことはわかったけど、解説者としては失格な気がする。


『そっちも大丈夫だ。大怪我だろうが、二人とも鬼族だから心配しなくていい』

『鬼族の回復力はすさまじいですからね。他の者だったらさすがに止めに入っていましたよ』


 えっ、それ、大丈夫じゃなくない!? いくら鬼族で怪我に強いって言っても、大怪我してるのは心配すぎるよ!?

 安心しかけた気持ちがまたしても心配に襲われ、私は身を乗り出す勢いで会場を見た。ギルさんがさり気なく、落ちないように抑える力を強めてくれている。


「あ、い、いた……! えっと、もしかして、相打ち?」


 ようやく煙も晴れてきて、会場全体がよく見えるようになってきた。その中で私が目にしたのは、距離を大きく開けて瓦礫の中に仰向けで倒れるジュマ兄とラジエルドさんだった。二人ともかなり血を流してる。す、スプラッタ……! 放送事故! いや、映像には撮ってないけど!


「え? 結局どうなったの? シュリエ!」


 アスカも確認したのだろう。最終的にどうなって今の状態になってるのかわからない! と、説明を求めている。私も知りたい! シュリエさんはそうですね、と前置きをしてわかりやすく説明してくれた。


 あの時、拳に全ての魔力を纏わせたジュマ兄は、ラジエルドさんの大きな炎をその拳だけで受け止めた。一見、無謀にも思えるその行動ではあったけど、ジュマ兄が今出来る最大の防御と攻撃だったのではないか、とシュリエさんは言う。

 あの攻撃を回避することはたぶん、出来なかっただろうって。だから全身に魔力を纏わせて防御に徹するという方法が正解ではあった。だけど、ジュマ兄は防御と攻撃を同時にやろうとしたらしい。それが、あの方法。


 結果として、ジュマ兄は炎を拳で受け止めた。と同時に魔力の塊をラジエルドさんに向けて放出もしたという。攻撃と攻撃のぶつかり合いが起こり、それが中央で爆発。ラジエルドさんもまさか反撃してくるとは思ってなかったのだろう、彼もまた防御しきれなかったため、それぞれの攻撃による余波を互いにモロに受けた。そうして2人ともが吹っ飛ばされて今に至る、というわけ。


 あの一瞬でそんなことが起きてたんだ……ジュマ兄は勝負に出たんだね。えーっと、それじゃあ、この勝負は引き分けになるのかな? 2人とも倒れたまま動かないし……ん? あ!


『おーっとぉ!? ジュマ選手、立ち上がりましたぁぁぁ!! フラフラですが、今たしかに立ち上がりましたよぉ!!』


 す、すごい。あんなにボロボロなのに立ってる……! そこからクロンさんがカウントを取り始めた。ドキドキしながらカウントを聞く。そして。


『10! ラジエルド選手、まだ立ち上がりませんので、この勝負……オルトゥスのジュマ選手の勝利ですぅ!! グスッ、感動しましたぁぁぁ!!』


 涙声の実況が会場に響き渡り、会場から割れんばかりの歓声が湧き上がった。すごいすごい! でもそれより何より怪我の手当てだ! 振り向くと、すでにレキが医療バッグを持って控室に向かうところだった。


「この試合でジュマは成長しましたね」

「そうだな」

「無謀な攻撃をしにいくところは変わってないけどねー。全く。倒れた時のジュマの顔見たぁ!? 嬉しそうに笑ってたわよ!」


 保護者の目線でしみじみ語るシュリエさんとギルさんに対し、サウラさんは呆れ顔だ。どのみち保護者目線ではあるけども。


 そっか、ジュマ兄が勝ったんだ。目標としてた、ラジエルドさんに。これで2回勝ったことになるから、今度こそ名前で呼んでもらえるといいけど。


 ジュマ兄は色んな人の意見を聞くってことを覚えた。まだまだ無鉄砲なところはあるみたいだけど、きっともっともっと強くなっていくんだろうな。本当に頼もしい! 私は隣に座るアスカとハイタッチをして、喜びを分かち合う。ジュマ兄が戻ってきたら、盛大にお祝いの言葉を送ろうと心に決めた。




 しばらくして、あちこち包帯で巻かれたジュマ兄が嬉しそうに笑いながら観客席に戻ってきた。見るからに大怪我って状態なのに、本人はケロッとしている。本当に頑丈なんだなぁと思いつつも、見てるこっちが顔を顰めてしまうほど痛々しい。その後ろから腕を組んで不機嫌顔なレキも戻ってきた。


「ジュマ兄、観てたよ! おめでとう!」

「おう、メグ! ありがとなー!」


 早速ジュマ兄に駆け寄って話しかけると、いつもの調子で笑ってくれたのでホッとする。大丈夫だってわかってはいたけど、目の前で元気にしていてくれるとやっぱり安心するよね。


「……お前のおかげだな」


 突然、ジュマ兄は私の耳元に口を寄せ、ありがとな、と囁く。それは、あの時の秘密の話の件だろうか。私は話を聞いただけで何もしてないんだけど……あ、でも私たちの練習する姿を見て防御や回避をしてみようって思ったんだったっけ。サウラさんたちにずっと言われていたことを実践してみようって。

 今、お礼を言ったってことは……試したことで自分が成長出来たって実感したってことかな? 伸び悩んでるって言ってたもんね。力になれたならよかったよ! 私はにっこり笑うことで返事をした。


「でも、そんなに怪我して……次の試合は大丈夫なの?」


 そう、今の試合はまだジュマ兄にとっての2試合目。勝ち上がったジュマ兄は次にも試合を控えているのだ。しかも成人部門だから休憩時間はなく、どんどん進行していくから休む暇もあんまりないんじゃないかな。

 会場の修理の間は少し休めるだろうけど、いくらレキの治療が完璧だったとしても、簡単に治りました、とはいかないから心配だ。


「ん? 大丈夫だぞ? 包帯巻いてっから動きにくいけど試合中は外せばいいしちょっとくらい痛くても問題ねーし」

「ダメに決まってんだろ、馬鹿鬼っ」


 飄々とした様子で包帯を取る発言をしたジュマ兄の後頭部を、パンフレットでスパーンと叩きながらレキが睨んでいる。

 医療担当って、怒らせると怖いよね……ルド医師といい、メアリーラさんといい……。包帯を巻いてるのに後頭部は容赦なく叩くのね。たぶん、そこは大丈夫だとわかってるからこそなんだろうけど。


「ハッキリ言って赤鬼、お前は重傷患者だからな? お前じゃなかったら指一本動かすのだって辛いはずの状態なんだよ。いくらそんなに辛くないって思ったとしても、ダメージは確実に蓄積されてる。ドクターストップだ。鬼族ということを考慮しても、少なくとも七日間は激しい運動禁止だし、次の試合なんてもっての外。棄権して」


 ジュマ兄にじわじわと近付きながら据わった目で淡々と告げたレキの迫力はルド医師を彷彿とさせた。似てきたな……こわぁい。しかし、相手はジュマ兄。当然ながら納得するわけもなく、えぇーっ!? と抗議の声を上げている。


「せっかく勝ち上がったのに! 優勝目指してるのにっ!! オレ、別に平気だぞ? ちょっと痛いくらいでまだ戦える!」


 ほら、といいながら腕をブンブン回したりその場でジャンプして見せたりするジュマ兄の様子は、たしかに平気そうに見える。でも、レキの診断が間違ってるはずもない。本当にそんな重傷なの? って気にはなるけど事実なのだろう。レキは長いため息を吐いた後、ジュマ兄の右腕をガシッと掴んだ。


「っ!!」

「どうしたんだよ赤鬼。僕は力を入れてないぞ」


 勢いはあったけど、確かにレキは普通に腕を掴んだだけだ。でも、ジュマ兄は顔を歪ませている。い、痛いんだ……! あのジュマ兄でさえ!


「拳に全魔力を纏わせてたから、この腕に一番負担がかかってるんだ。つまり、最も重傷なのがこの右腕ってこと。確かに戦えるだろうね。これほどの怪我でも鬼族であるお前なら戦える。けど、次の試合で少しでも下手をしたらお前の戦闘力は一気に落ちる。治る保証はない。僕の助言を無視ししてもいいけど、どうなっても知らないぞ。自分で決めたんだから後悔なんてしないよな? ただの闘技大会で一生この腕が使えなくなってもいいって言えるんだな?」


 そ、そこまでの怪我なんだ……! ジュマ兄もさすがに言い返せずにグッと言葉を呑み込んでいる。

 でも、きっと悔しいよね。優勝を目指してたわけだし。だけど!


「ジュマ兄、私はジュマ兄の身体の方が大事だよ。今は無理する時じゃないと思う」


 ここでもし何かあった時、後悔するのは他でもないジュマ兄だから。クイッと服の裾を掴んでそう言うと、困ったように私の方を見たジュマ兄は暫しの沈黙の後、辛うじて聞き取れるってくらいの小さな声で「わかったよ」と呟いた。

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