観客席へ


 もうすぐ時間になるということで、そこでマーラさんと別れた。もう支えがなくても歩けていたから、少しは回復したのかな? まだちょっと心配だけど……。


「マーラにゃ青い番犬がいつもついてるし、開会式中なら俺もいる。だからんな顔すんな、メグ」

「お、お父さん……」


 青い番犬って。ラジエルドさんのことだよね? 私がちょっと睨まれただけでそんなに敵視しなくてもいいのに。ラジエルドさんはラジエルドさんで、マーラさんが心配なだけなんだよ。過保護だなぁ。

 でもそっか、お父さんが近くにいるなら大丈夫かな。クシャクシャと私の頭を撫で続けるお父さんに、わかったからやめてぇと抗議した。


「それにしても、ハイエルフっていうのは本当にすごいんだね。魔力の質の変化なんて出来るの、ウチではルドヴィークくらいだろう? それでもあんなにスムーズには出来ないのに」


 マーラさんやお父さんたちの背を見送りながら、感心したように顎に手を当てているのはケイさん。やっぱりそう簡単に出来ることじゃないんだ……でもルド医師が出来るっていうのは初めて聞いた。お医者さんだから治療のための知識だったりするのかな? どのみち人には出来ないことを出来るっていうのはすごいよね。マーラさんももちろん、ルド医師も。


「魔力の扱いに最も長けた種族ですからね。我々エルフの上位にあたる者たちですから」

「む、なんだか悔しいー」

「アスカ、それは魚に向かって自分より速く泳げるなんて悔しい、と言っているようなものです。種族にはそれぞれ長所と短所があり、他者には理解できない苦悩を抱えているものなのですよ」

「ん、そっか。つまり、ぼくはぼくで、ぼくらしく自分を伸ばしていけばいーんだね!」


 おぉ、シュリエさんの言葉は相変わらず説得力があるなぁ。アスカを見てるとまさしく師弟って感じだ。で、でも、シュリエさんの一番弟子はわたしだもん。なんて、意味のない嫉妬をちょっとしてみたりもして。心が狭いなぁ、私。


「はいはい、私たちもそろそろ観覧席に行くわよ! 開会式が始まっちゃう!」


 パンパンと乾いた手の音を響かせ、サウラさんがこの場を仕切ってくれた。そうでした、こんなところでいつまでも立ち止まってたら他の人たちにも迷惑だよね。入り口は違ったけど、一般のお客さんも通る場所みたいだし。私たちはすぐにその場から移動を始めた。




 観客席につくと、会場の広さがよくわかった。外観がすでに大きな建物ではあったけど、たぶん中はそれ以上に広い。当然、ここにはオルトゥスの技術が使われているのだろう。


「ひ、広いねー……それに人がいっぱい。こんな中で試合をするのかぁ」


 二階にある観客席の手すりをつかんで会場を見ながら、アスカが緊張したように呟く。私もまったく同じ心境だ。き、緊張する。特にアスカは1試合目からだから余計にプレッシャーを感じるのかもしれない。


「これだけあれば魔術をいくら使用しても問題なさそうですね。大会では武器を使えませんからあらゆる魔術が繰り出されますし、広さは妥当と言えるでしょう」


 それもそうか。未成年部門だけじゃなく、大人も戦うわけだしね。戦う場所は一段高くなっている中央のスペースだろうから、この広さは繰り出された魔術で会場や観客席の壁に届かないような配慮かな。いくら修復出来るとはいえ、その頻度は少ない方がいいもんね。結界もあるけど道具というのはいつかは壊れるもの。定期的なメンテナンスもするだろうけど負担は少ないに越したことはないし!


「一般客、多い、ね」

「あ、あはは、こんなにたくさんの人が見るんだぁ……」


 ロニーが向かい側にある一般客用の席を見て苦笑を浮かべている。私も一緒になって乾いた笑いをしてしまったよ。こんな娯楽なんて今までなかっただろうし、事前に大会があることも知らされてたら、そりゃあ余裕のある人たちは観にくるよね。うわ、三階席までいっぱいだよぉ!


「他のギルドの観客席はやっぱこっち側に並んでるの?」


 アスカが手すりから軽く身を乗り出してキョロキョロと両サイドを覗き込んでいる。安全設計になってるかもしれないけど、落っこちそうでヒヤヒヤする! 

 すると、シュリエさんがそんなアスカの首根っこを掴んでヒョイッと持ち上げた。片手で軽々と……見かけによらず力持ちだよね、シュリエさんって。アスカもそこまで軽くはないのに。


「そうですよ。出場者は余計な揉めごとや不正を防ぐためにも各チームごとに区切られています。この壁だってただの壁ではないのでいくら覗き込んでも隣の観客席は見えませんよ」

「なぁんだ、そっか。でも両隣にいるんだよね?」

「ええ、右隣には魔王国、左隣にはアニュラス、ステルラ、シュトルの順に並んでいたと思いますよ」


 会場を挟んで向かい側にある観客席とは違って、私たちがいる場所はちょっとした個室になっている。選手の控え室にもなってる感じだね。席とは別にちょっとした広いスペースもあるので、試合前の選手はそこでストレッチなど身体を解すのに利用出来る。

 しかも、専用のドアから出れば試合会場前の控え室に出るという親切設計。そこで初めて次に戦う相手と顔を合わせることが出来るらしい。ど、どれだけ技術を詰め込んだんだろう。あと資金も。たぶん、マーラさんの手腕で上手いことオルトゥスやアニュラスと契約したんだろうな。交換条件とか言って。結構前の会議でもものすごいやり手だったもん、マーラさん。


「開会式まであと少し時間があるわ。どう? 未成年部門の選手たちの情報でも聞いておく? たぶん、他のチームでも今頃、情報を伝えているんじゃないかしら」

「えっ、聞きたい聞きたい!」


 よいしょっと席の1つに腰掛けたサウラさんが、ウインクをしながら私たちに話しかけてきた。その内容にアスカが真っ先に食いつく。もちろん私も知りたいので、はいっと挙手をしましたとも。他のチームでもこちらの情報が伝えられているなら条件は一緒だもんね。心置きなく聞いちゃいまっす!


「ふふ、まずはアスカが1試合目に対戦する相手からにしましょうか。名前はマイケ。ステルラ所属の水蜥蜴の亜人よ」


 水蜥蜴かぁ。ということはやっぱり水系の魔術を得意とするのかな。アスカが前のめりになって説明を聞いている。熱心な姿勢が可愛い。


「マイケは成人間近だから、アスカより年上ね。ギリギリ未成年といったところだから、経験値もあるでしょう。でも水の魔術しか使えないからその辺で対応策は練られると思うわよ。勝てない相手じゃないわ。頑張って!」

「う、経験値の差はありそうだねー。でもこればっかりは仕方ないか。うん、色々考えて戦ってみる!」


 素直に聞き入れて早速ブツブツと呟きながら戦略を考えるアスカはやっぱり努力家だよね。本当に素直だから教えがいがあるヤツだ、と言っていたギルさんの言葉にも納得だ。

 きっともっともっと強くなっていくんだろうな。いつかオルトゥスの一員になった時に、一緒に仕事が出来たらいいなって思うよ。そのためには私もしっかり努力するけど!


「二回戦目は雷速犬らいそくけんのグートと海兎みとのピーアね。グートはアニュラスの双子だから知ってるわね。雷の魔術を使うからスピードを駆使した戦いをするわよ、きっと。ピーアはステルラの女の子よ。ちょっぴり気が弱くて泣き虫だけど、保有魔力が多いから一撃一撃が重いと思うわ」


 へぇ、グートは雷速犬っていう亜人だったんだ。犬系の亜人だっていうのは知ってたけど、詳しい情報を初めて知ったよ。

 スピードかぁ、追えるかな? 私が戦うとしたら決勝戦になるからまず対戦出来るかわからないけど。海兎のピーアちゃんっていう子も侮れないよね。海だからクロンさんみたいな魔術を使うのかもしれないな。津波が来たらヤバそう。


「三回戦目はシュトルのハイデマリーとアニュラスのルーンね。女の子対決みたいね」


 ハイデマリーちゃんは闇布狐やみふぎつねっていう亜人で、闇を布のように広げて視界を塞がれるかもしれない、とサウラさんは教えてくれた。無口な子という印象はあるけど関わりがないからそれ以上の情報はわからないんだって。能力が知れただけで十分助かります!

 そのハイデマリーちゃんの対戦相手はルーン。地中犬ちちゅうけんっていう亜人だから、大地や土を操る魔術を使うのだろう。へー、こっちも初めて聞いた。双子で見た目はそっくりだけど、種族は違うんだね。なんだか不思議。


「マイケだけが大人に近いけどあとはそこまで年齢に差はないと思うわ。せっかくの機会だもの、交流も深めて仲良くなれるといいわね」


 うん、それは私も実は狙っていた。未成年部門に出場するみんなと仲良くなる、これが密かな目標だったのだ。せめて自己紹介だけでもすませたい。そうしたら、ルーンやグート、ウルバノみたいに文通が出来るかもしれないもん!


「あれ、サウラー。そういえば魔王城からは誰も出ないの? 未成年部門にさ」


 これで全員の説明を聞き終わった、というところでアスカから質問が上がる。それには私が答えてあげることにした。


「魔王城はギルドじゃないから。子ども園はあるけど、そこは子どもを預かる場所であって、戦い方とか訓練とかはしてないんだよ」

「あ、そういえばそっか! じゃあ、魔王城付近には戦える子どもがいなくなっちゃわない?」


 言われてみればそうだなぁ。でも、魔王城勤務の人たちってみんなものすごく強いよね。腕を組んで考え込んでいると、再びサウラさんが説明してくれた。


「一応、子ども園にいる子も本人の意思があれば訓練はしているみたいよ。ただ今回出場するのはそれぞれのギルドに所属する者の子ども。同じようには出来ないわねー」


 どうしても実力に差が出来てしまうのだそうだ。大会出場出来るほどのレベルに達していないんだって。


「んー、忘れちゃいそうだから一応言っておくけど、未成年部門に出る子たちの実力はみんな普通じゃないからね? かなりのエリートだよ。一般的な子どもはたとえ訓練していてもメグちゃんやアスカのように戦えないから」

「え? そうなの? ぼく、てっきりみんなこのくらいは出来るものだと思ってた!」


 ケイさんの説明にアスカが驚き、それに対して周囲の大人が揃って苦笑を浮かべている。でもごめん、私も同じことを思ってたよ……!

 だ、だって、いつも見ている人たちのレベルが高すぎるのがいけないんだよ! 基準がおかしくなっちゃうのは仕方ないと思うのっ! でもそうか、自覚しなきゃね。私はトップアスリート集団の中で魔術や戦い方の英才教育された子どもっていう自覚を……! でも、まだまだだなぁなんて思っちゃうんだけどな。


「そろそろ、始まる、みたい」

「あ、本当ね。みんな、会場に注目―っ」


 ロニーの声で会場に目を向けると、試合会場の中心に5人の人影が出てきたのを確認出来た。それぞれのギルドのトップと魔王である父さまだ。うーん、やはり父さまは目立つなー。遠目で見てもその存在感は圧倒的で、一般観客席の方からもどよめきが起こっている。

 でも、マーラさんも同じくらい目立ってるよね。もう発光してるんじゃないかってくらい神々しいもん。美しすぎるし。遠くからだとよくはわからないけど、体調の方も大丈夫そうでホッとしたよ。お父さんも隣にいるし、安心である。


「おまたせしました。皆さん。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 声を届けるマイクのような魔道具を通して、マーラさんの声が会場全体に響き渡る。いよいよ開会式が始まったぞー!

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