通常運転


 それからしばらくリヒトとは他愛のない話をした。主にロニーの話だ。ロニーはケイさんという師匠がついてからというもの、メキメキと実力を伸ばしてきた。オルトゥスの中でも上位の実力に位置し始めたのでは、と噂されるほどである。ロニーは真面目だし、ケイさんがいない時でも一生懸命訓練してるからそれも納得だ。

 ただ、実力っていっても一概に比べられないんだけどね。サウラさんみたいに、トラップ専門の人もいれば、魔力をほとんど使わない力技なジュマくんみたいなタイプもいる。どちらがどれだけ強い、っていうのはなかなか測れないよね。相性とかもあるだろうし。だからここでいう上位の実力っていうのは、単純に戦う力のことを指してる。つまり、一撃でも攻撃をもらったらアウトなサウラさんでも上位に入るってことだ。


 そんなこと言ったらみんな上位じゃないかって? それがそうでもないんだなー。受付担当のお姉さんたちはほとんどが非戦闘員だし、医療担当のメアリーラさんも戦うのは苦手だ。食堂で働く若手の男の子とか、ギルド内部で働く人たちは戦うのが苦手な人が多かったりするのである。

 それでも、一般人よりはずっと強いけどね。特級ギルドに所属しているのだから、最低限の自衛手段は持っているのが条件でもあるわけだし。あ、私? 私は自然魔術の腕が上達したのもあって、真ん中くらいの位置にはいると思う。たぶん。ただ、実戦経験が皆無だから測定不能なんだよねー。早くお父さんとの訓練で実戦練習をしたいものだ。ちょっと怖いけど。


「そっかー。ロニーは昔っから強かったもんな……闘技大会に出場したら戦えたりするかな?」

「リヒトも出るの?」


 や、やっぱりあの夢は実現しちゃうのかな。ギルさんとリヒトが戦うことになる夢。だから思わず聞いてみた。


「魔王城からも数人出ないかって。俺も出ていいっていうからさ。まだ魔王様が闘技大会に賛成するかわかんねーけど、たぶん参加するだろって気がしてる」

「そっか……あ、あのね、リヒト」


 これはたぶん、リヒトは確実に闘技大会には参加するだろう。夢と全く同じようになるかはわからないけど、忠告だけはしておかないとね!


「大きすぎる魔力は、練っちゃダメだよ? あんまり大きな魔術はその、危ないから……」

「は? なんだよ急に」


 だよねー、そう思うよねー。これは説明が足りなかった私が悪いね。ここは正直に話してしまおう。ただ、対戦相手を知らせるのは不公平になるかもなので伏せておく。


「予知夢でね、見たの。リヒトがある人と戦って、大きな魔術を使う夢。それで、ちょっと危ないことになりそうだったから」

「予知夢……そういやお前、そんな特殊体質を持ってるんだったな。ふぅん、俺やっぱ闘技大会に出るんだ。そんな気はしてたけど」


 顎に手を当ててふむ、と考え込むリヒト。どんな術を使うんだ? って聞かれたけど、大会をやるにあたって不公平になる可能性があるからそこは言わない、と主張した。それもそうか、と納得してくれたけど。


「それで、気を付けてくれる?」

「んー、頭の片隅には置いとく。だって、どんな強敵と対戦するかわかんねーしさ。もしかしたら使うってこともあるのは仕方ねーよ」

「う、そうだけどぉ……」


 その危険な目にあいそうなのは、実は私なんだよねぇ。でもそこも伏せておく。ああ、そっか。というか私が気をつければいいんじゃない? そうだよ、リヒトにも少し意識してもらいつつ、私も気をつければきっと避けられるはずだ。


「一応、意識だけはしておいて? ね?」

「おう。お前の予知夢は当たるって言うし、ちゃんと気をつける」


 そこだけ念を押しておけば大丈夫だよね。リヒトも馬鹿じゃないんだし。相手がギルさんだったらそりゃ、本気を出さざるを得ないってのもよーくわかるしね!


「んじゃ、そろそろ戻るか。腹減ってきたし」

「うん! 父様孝行しなきゃ」

「……お前も、いろんなヤツに気をつかって大変だな」


 いや、別に大変じゃないよ? 好きだからやってることだし、イヤイヤやってるわけじゃないし。それに、甘えられるのも今のうちなんだから、子どもの特権はしっかり使わないとね! 打算的な子どもなのだ、私は。


「……なぁメグ」

「ん?」


 塔を下りる階段の前で、リヒトが呼び止めるので振り向く。どことなく、その表情は真剣だ。


「お前は……なんか、悩んでることとか、ないのか?」


 ああ、そっか。自分ばっかり聞いてもらって悪いな、とか思ったのかもしれない。でも、うーん。悩みか。そりゃあ、あるよ。でも、考えても、相談しても、あまり意味のないことっていうか……結局、自力で乗り越えるしかないって結論が出る堂々巡りの悩みだからね。何って、長すぎる寿命の件である。


「んー……聞いて欲しくなったら、話す!」


 でも、特にないだとか、そういう嘘はつかない。つかなくなった、というべきかな。私だって、色々と成長しているのだ。嘘をつかれたり、頼られないというのは寂しいものだって、知ってるから。


「そか。ん、じゃあ、なんかあったら、すぐに言えよ?」

「うん! ありがと、リヒト!」


 いつか、相談する日が来るかもしれない。来ないかもしれない。でも、ちゃんと頼りにはしてるって、伝わったかな? でも、正直リヒトには相談しにくいとは思ってる。だって、私とリヒトの寿命についての悩みは、正反対だから。

 たぶん、そういうのもわかってて聞いてくれたと思うんだ。ほんと、優しいんだから。


 それ以上は、どちらもその話題に触れることもなく、私たちは階段を下りていった。




 執務室に戻ると、そこにはシュリエさんが仁王立ちしており、その前に正座させられているお父さんと父様がおりました。どうしてそうなった!?


「ああ、メグ。ちょうど良かったです。お話は終わりましたからね」


 そしてニッコリと微笑むシュリエさんの笑顔は大変迫力がありました、とここで報告させていただきます。いや、ほんと、なんでそうなったんだ……!


「お、おう、メグ……遅かったじゃねぇか……」

「くっ、父親の威厳がぁっ」


 そして、正座のまま挨拶された私は一体どう反応すればいいというのだろうか。とりあえず、ここは全力でスルーしつつ要望だけを述べようと思います。


「おとーさん、父様……お腹、空いた、なー……?」


 やや言葉が途切れ途切れになってしまうのは許していただきたい。私だって戸惑っているんだよ! でも、その言葉を待ってましたとばかりに正座2人組がスッと立ち上がり、揃って私の元へとやってきた。


「俺も腹減ったぜ!」

「うむ、我もだ。さぁすぐに食事しに向かおうぞ!!」


 不自然に明るい。というか父様にいたっては涙を流さんばかりの勢いだ。そんなに辛かったか、シュリエさんのお説教は……!


「まったく……クロンの苦労がよくわかりますね。はぁ、言うだけ無駄でしたかね」

「えっと、お疲れ様です?」

「ありがとうございますメグ。貴女のおかげでささくれ立った心が癒されていきますよ」

「同意だ」

「同意である」


 シュリエさんの言葉になぜか2人も同意を示してくる。双方にとってストレスだったんだね……なんか本当にお疲れ様です。


「……ちゃんと、話はまとまったんだよな?」


 リヒトだけは顔を引き攣らせて未だにこの状況を飲み込めていないようでした。ああ、まぁ慣れてないとそうなるよね。でもシュリエさんはこれが通常運転である。話しても無駄と思いながらもわざわざ説教をしてくれる、苦労人でもあるのだ。ギルド内では主に説教相手はジュマ兄だけどね!

 また捕まっては敵わない、とばかりに、父様が私をスッと抱き上げて執務室からさっさと出て行く。そのままズンズンと迷わず歩いてく父様の歩みはやたら速い。ちょ、ちょ、みんなを置いていってるよー!


 こうして辿り着いたのは、長いテーブルが置かれた会食場であった。ほんと、長いテーブルだ。お城にありそうな食卓。あ、ここお城だった。

 いつもはギルドの食堂で食事をすることがほとんどだから、こういった厳かな雰囲気っていうのはなんだか緊張するなぁ。


「特に気にするような間柄でもない。好きな場所に座って好きなように食べればいい」


 そんな緊張が伝わったのか、頭上から父様の優しい声が降ってきた。そっか、緊張する必要はないって言いたいんだね。その心遣いに感謝の気持ちを込めて、上を見上げてニコッと笑う。あ、あれ、父様が固まったぞ? う、動いてー!


「はいはい、可愛いのはわかったから。ってか元々メグは可愛いから。慣れろアーシュ。さっさと席につけ」

「……はっ! そ、そうであるな。可愛すぎる娘を持つというのは大変であるな……」

「それには全面的に同意だが」


 親馬鹿トークが繰り広げられている。いつも思うけど、こういう時どんな反応すればいいのかわからなくて困るんだよね。だって、恥ずかしいもん! あんまり可愛い可愛いって、直球で言われるのはさすがに照れるんだよ! 顔が赤くなってる自覚はある。


「プッ、メグの顔、リンゴ・・・みてぇ!」

「うう、仕方ないでしょぉ……!」

「リンゴ、ですか?」


 向かい側の椅子に座りながら、リヒトがそう言って吹き出す。アプリィではなく、リンゴで通じるのがなんとなくくすぐったい気持ちだ。当然、シュリエさんには伝わらず、首を傾げられてしまった。


「ああ、ニホンではアプリィのことをそう言うのであったな。……なんだか仲間はずれの気分であるぞ……」

「なるほど、呼び方が違うのですね。興味深い」


 ふと気付いたけど、ここにいる5人の中で元日本人が3人もいる。それもそれでなんかすごいな。シュリエさんは知的好奇心が疼いた様子だったけど、父様はどことなく落ち込みモードだ。なので、私がまた教えてあげる、という魔法の呪文で持ちこたえてもらった。親馬鹿の娘として対応にも慣れてきたように思います。それもそれでなんとも言えない気持ちになるけど。


「では、さっそく食事としようか!」


 気を取り直した父様が最後に椅子に座り、軽く手を打ち鳴らす。すると、数人の執事さんやメイドさんが部屋に入り、食事を運んできてくれた。ふぉぉ、お貴族様になった気分! 王族と呼べる立場にいるけども。

 それぞれの前に食前酒と前菜が並べられたところで、父様のいただきますという号令がかかった。この場でその挨拶っていうのもなんだか気が抜けるけど、どうも父様が気に入っている挨拶らしい。可愛い。私たちもそれに続いて、食事を開始した。ん、このドレッシングおいしー!

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