sideロナウド


「あ、あの!」

「ん? どうしたロナウド」


 リヒトと魔王様と別れたあと、僕たちは籠に乗ってギルさんに運ばれている。行き先はたぶん、特級ギルドオルトゥス。何も言われてないけど、きっと僕はこれから、オルトゥスに所属するんだと思う。


 けど、それって良いのかな? ただなんとなくで、そんなにもすごいギルドに入っても許されるもの? 僕は確かにまだ子どもだけど……男だ。ケジメとか、ちゃんとしなきゃ格好悪い。人としても、良くないと思った。だから意を決してメグのお父さん、ギルドの頭領ドンに声をかけたんだ。


「ぼ、僕を、オルトゥスに置いてください! 仲間に、なりたい……!」


 ちゃんと自分の言葉で、ハッキリ伝えないと。

 思えば僕は、これまでも自分の気持ちを伝える事ってしてこなかった。我慢してれば楽だし、我慢するのが苦でもなかった。

 だけど、あの時、サウラさんに言われて思い切り顔を叩かれた気分だったんだ。僕は甘ったれてたって、ようやく知った。


 自分の望みは、ちゃんと言葉や行動に示さないと、叶わないんだから。


「その、僕はまだ、自分に出来る事が少ない。弱いし、魔術だって下手だ……けど、たくさん、たくさん、努力する。誰にも負けない何かを見つけたい。オルトゥスの、戦力になりたい」


 そうして強くなって、依頼をこなしながら世界中を見て回りたいんだ。いつかは人間の大陸にだって行きたい。自然魔術を使う僕には過酷な環境だけど……今回の経験を生かして、身体をもっと鍛えて。

 まだ見ぬ景色を見てみたい。世界がどれほど広いか、もっと知りたい。それが、僕の夢だから。


「お願い、します!」


 僕はしっかり頭を下げた。今の僕は、鉱山が嫌で、ただ家出してきただけの子どもだ。そんな、単なるわがままな子どもでいたくない。


 しばらく頭を下げたまま待っていると、後頭部に軽い衝撃と温もりを感じた。頭領ドンの大きな手が、ワシワシと僕の頭を撫でてくれている。


「良く言えたな。俺ぁ、お前のその言葉をずっと待ってたんだ」

『そうだね。もしこのまま何も言わずにいたら、君はオルトゥスに入れなかったと思うよ』


 頭領ドンに続いて、華蛇姿のケイさんにもそんな風に言われた。そ、そっか。やっぱりそうだよね。いくら子どもといえど、ケジメっていうのは大事な事だもん。僕は内心でホッとする。


「努力するってんなら、ロナウドの世話係はケイで決まりだな。安心しろ、こいつは努力の天才だ」

『んー、光栄だね。けど、ロナウド。僕の修行は厳しいよ?』


 なんと、ケイさんが僕を鍛えてくれるという。ただ、魔術の訓練はオルトゥスにいるドワーフが見てくれるそうだけど。うん、着いたらちゃんと挨拶しなきゃ。


「がんばる。よろしく、お願いします。ケイさん」

『任せて。仲良くやろう、ロナウド』


 僕の手に、ケイさんの真っ白な尾が巻き付く。気持ち的にはしっかりと握手だ。

 僕にも、言えた。後悔せずにすんだ。胸がいっぱいになりながら、僕は昔の事を思い出した。




 僕は、いつも鉱山に運ばれてくる色んな物を見てきた。珍しい物を見るのは楽しかったけど、どうしても慣れないのが、奴隷だった。


 鉱山を通る奴隷は、大体が成人した人で、魔大陸側から来る人は魔力抑止の魔術具が装着されてた。あとは、これはみんな共通だったけど、余計な事を話せないように声を出せない魔道具も。

 やり過ぎじゃないかなぁって思ったけど、自分は罪のない人なんだって嘘をつく奴隷もいるんだそうで、これが義務付けられたんだって。今思うと、本当に罪のない人もいたんだろうな。そう考えると余計にモヤモヤして、鉱山にはいたくなくなってしまう。


 鉱山ドワーフはみんな、余計な詮索は一切しないっていうルールを厳守してる。私情を挟むと余計な揉め事になるってよく知ってるから。

 鉱山はどこの国にも属さない。だから、冷たいかもしれないけど、自分たちの身を守るためにも、それらは必要なんだって理解してる。


 けど、僕にはやっぱり息苦しくて。

 どうしても、直視できなくて、無関心になれなくて。あの人たちがどこで暮らしてどんな風に生きてきたのか、気になって仕方なくなるんだ。

 だから僕はいつも鉱山を抜け出して、森へ行ってた。逃げ出してたんだ。情けないよね。


 族長の息子として申し訳ないって思う。次の族長としては不適合だって。

 それでも、族長としてこちら側と魔大陸側を行き来する事が多い父さんは、その仕事によく、僕を付き添わせた。勉強させたかったんだと思う。


 期待に応えたい気持ちはあるんだ。父さんの手伝いをしたいって気持ちもすごくある。でも、苦痛で苦痛で仕方なくて。


 僕は、逃げ続けた。森に籠もる事が多くなって、次第に父さんは僕を、諦めたんだと思う。数10年前から僕はずっと人間の大陸の森の中で過ごしていたようなものだ。


 そんなどうしようもない自分に嫌気がさしていた時、この転移事件に巻き込まれた。

 リヒトとメグには悪いけど……僕はほんの少しだけワクワクしてた。もちろん、怖い気持ちもたくさんあったよ。鉱山と近くの森以外は外に出たことなかったんだもん。


 だけど、世界を見てみたいなんていう、ドワーフにとっては馬鹿げた夢が、思いがけず叶ってしまったんだ。逃走の日々だったし、色々大変だったから、こんな風に思うのは不謹慎かもしれないけど……僕は、楽しかった。リヒトやメグ、それからラビィさんにも出会えたことは、やっぱり僕にとっての宝物。知らなかったよ。出会いは宝物なんだってこと。




 景色が移り変わり、ギルドのある街へと到着した。行きはギルドから直接だったけど、帰りは僕の希望で街の前で下ろしてくれた。自分の希望を聞いてもらえるだなんて、滅多になかったからなんだかくすぐったい。


「ロニー、案内するよ!」

「ん、よろしく」


 地上に降りれば、メグが僕の手を引いてニコニコと笑ってる。本当の妹みたいに思ってるんだ。とっても可愛い。守ってやらなきゃって思うよ。

 僕たちの後ろから、頭領ドンやギルさん、ケイさんが優しい眼差しで見守ってくれてる。僕の知る家族とはまた少し違って、とっても優しい。


 僕の知る家族は、それはそれでいいものだよ? 強固な絆って感じで。でも、オルトゥスはなんだか優しくてあったかい。これは居心地がいいな。メグがこんなに素直な良い子になったのも、よくわかる。


「メグ、疲れたの? ……はい、乗って」


 最初は意気揚々とスキップまでしていたメグが、はふぅ、とため息をこぼしたのを聞いて、僕はメグの前に屈んだ。するとえへへ、と照れた笑みを浮かべながらもメグが背中に乗ってきたので、しっかり支えて立ち上がる。前よりちょっと軽いなぁ。もう少し食べた方がいいと思う。あとは、筋肉量が落ちちゃったんだろうな。また修行、がんばらないとね。


「えへへ、ロニーの背中、なんだか久しぶりだぁ!」


 ……でも無邪気に喜ぶメグを見てると、今はまぁいいか、なんて思う。ギルドの皆さんが甘やかしすぎる気持ちが少しわかった。でも、メグのためには、たまには厳しくしないとね。今は、甘やかす時間。


「んー、微笑ましい光景だなぁ。これ、ギルドに着いたら視線を集めちゃうんじゃない?」

「すでに集めてんだろ。新たなファンクラブが発足しそうだな、こりゃ」


 ケイさんと頭領ドンの会話が聞こえてくる。ま、魔大陸では子どもは貴重だし、可愛がられるものだけど。……もうそろそろ、僕も子ども扱いは卒業したいんだけどなぁ。


 背中に優しい温もりを感じながら、僕はそんな事を思いため息を吐いた。

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