処罰の決定


 ラビィさんは、ものすごく罪悪感を感じているみたいだ。自分のやってきたことの罪の重さを深く理解してる。

 いつからか、これがおかしいと薄々気付き始めていたけど、そこから抜け出す事は出来なかったって。ゴードンを裏切る事は出来なかった、と語ってくれた。


 そっか……ラビィさんにとってゴードンは、大事な人なんだ。どうしようもない奴だけど、命の恩人なんだね……


「あたしに、ゴードンを止める力なんてない。あっても、組織は止まらない。それなら、少しでも被害を少なくしたいって、思った」


 言い訳だけどね、とラビィさんは言う。


 でも、でも! こんなに悔やんでるじゃない! たしかにラビィさんじゃなかったら、捕まった人たちはもっと酷い目にあってたかもしれないもん!


「それなら……それなら! ラビィさん、ちゃんと罪を償ってきてほしい。そしたらきっとまた……」

「ダメだ! そんなのはダメなんだよ!」


 私の言葉を遮って、ラビィさんは大きな声を上げた。思わず口ごもる。リヒトやロニーも戸惑ってる様子が伝わってきた。


「違うよ……ごめん、メグ。あたしは、許されたくないんだ」

「許されたく、ない……? どういう事だよそれ」


 力なくラビィさんがそう言うと、リヒトがそれを問い質す。罪を償いたくないってこととは、なんだか違う気がした。


「あたしは、罪を償ったからって、処刑されたからって、許されるようなことをしてきたんじゃない。今後、どんな事をしても、許してはもらえない事をしたんだ」


 許されるべきじゃない。許されようとすること自体が図々しい。……ラビィさんは、そう語った。


「ゴードンは……アイツはある意味幸せかもしれない。なにも、わかっちゃいないからさ。罪を犯したという意識もなんもないんだ。ただ捕まったから、今度は自分のターン・・・なんだって、思ってるにすぎない」


 生涯、ギリギリの環境で働かされ続けようが、死のうが、そういうものだと思って受け入れる。それが世の理。そういう意識が、ゴードンには染み付いてるんだそうだ。

 一体、どんな環境で育ったら、こんなに歪んでしまうんだろう。ううん、ゴードンにしてみたら、私たちの方が歪んで見えるのかもしれない。


 当たり前とは、大多数なのだから。


 そう考えたら、恐ろしくて寒気がした。私は、ゴードンは根っからの悪人だと無意識で思ってたけど、そうじゃなかった。そういう次元じゃないんだ。


 ゴードンは、何も知らない。世の中の様々なことを。だって、ゴードンの世界はずっと変わらないから。だけど、ラビィさんは知ってしまった。罪の重さを。


 知ることで、人はこんなにも苦しむことになるんだ……ラビィさんだって、知らないままならゴードンみたいになってたかもしれない。


 だけど、何も知らないなんてことはないよね? 閉ざされた世界にずっといたっていうけど、外部からの侵入はあったんだよ。


 だって、世界を知った、ラビィさんがいたんだから。


 ゴードンは、気付いたはずだ。そして、何も知らないと自分に言い聞かせてるんじゃない? あまりにも残酷な現実を、受け入れることができてないだけなんじゃないかな? 本人も気付かないうちに。 


「あたしも、死ねと言われれば受け入れるし、苦しみながら生きろ、と言われたらそうする。罪を償えと言われれば償うよ。……あたしは、全てに従う」


 そう口にして、ラビィさんは口を閉ざした。その後は、何を聞いてもさっき言ったので全部だって、答えてくれなかった。ただひとつ、最後のリヒトの質問には困ったような笑みを見せたけど……


「俺たちのこと……大切な存在だって、思ってくれてたんだよな?」


 胸に何とも言えないモヤモヤを残し、私たちはその場を後にした。




 帰り際、ゴードンの方も様子を見るかと言われた私たちは、一目だけでも確認しよう、と少し立ち寄った。

 殺気にあてられた他の人たちの例に漏れず、ゴードンもギルさんを視界に入れるなり取り乱してしまったから、様子を見られたのは一瞬だったけど……


 私は情けないことに、その場で崩れ落ちてしまった。平気だと思ってたのに、あの時の恐怖が蘇って、身体の震えが止まらなくなっちゃったんだよね。これがトラウマってやつか……!

 と、思わず客観的に考えてたけど、ギルさんやお父さん、父様やケイさんまでもが、地下牢を潰しかねないオーラを放っていたので、私は気合いで立ち上がった。ここにいちゃダメだ!

 もう行こう? と私が先陣切って階段を登ろうとする事でようやくみんなが動いてくれ、早々に退散したという次第である。ヘロヘロで階段が登れず、ヒョイとギルさんに抱え上げられてしまったのは残念だったな……くすん。


 でも、気苦労が絶えないおかげで、トラウマをはねのける事が出来たよ、お父さんたち、ありがとう! 私も逞しくなったものだ。


 それにしても、パッと見えたゴードンの姿は、あの時よりもっと老け込んだように見えたな。一気に痩せてしまっていたし、まるで別人みたいだった。それでも一目でゴードンだってわかったけど。


 そんな哀れなゴードンの姿を見ても、胸がスッとする事はなかったよ。ラビィさんのあの話を聞いて、世の中にはどうにもならない事があるのだって思い知らされたみたいで。


 憂いても、嘆いても、怒っても、変えようのない事があるんだ。


 それでも、こんな悲しい運命なんてものが、もう2度と生まれないでほしいって、そう願う事をやめられなかった。




「それでいいのか? メグも、リヒトやロニーも」

「俺もそれでいい」

「ん、僕も」


 部屋に戻り、休憩という名の考える時間をもらってから、私たちは答えを出した。最終確認のためのお父さんの質問に、私たちは揃って首を縦に振る。


「ラビィさんも、ゴードンも、他の人たちも……怪我をしっかり治して、きちんと食事もとってもらって、ちゃんとした場所で寝てもらって。まずは元気になってもらいたい。その上で、国の監視下で国の為に働き続けてほしい」


 重罪人としてはかなり、それはもうかなり甘い決断だと思う。被害者の怒りが収まらないのも理解してる。


 けど、当事者だからこそ、攫って売った奴隷の行方を見つけやすいと思ったのだ。お父さんから、今後は奴隷制度を撤廃していく方針だって聞いたから、その為の仕事は山ほどあるはずだもん。撤廃までには、かなりの時間がかかると思うけどね。


 それに、楽な仕事じゃない。売られていった、罪もなかった奴隷たちからはもちろん、その家族にだって恨まれている。石を投げられても、暴言を浴びせられても、ひたすら謝り倒しながら、出来る限りそれぞれの家庭に連れ帰ってもらうんだから。


 そんな経験を経て、ちゃんと知ってほしい。知らないまま、哀れなままで処刑される方が甘いって私は思うのだ。知って、恨まれて、苦しむ事が罰でもある。


 それはラビィさんにとっては……心を引き裂かれるほどの罰となるのだろう。


 けどね? 必要な事だと思うんだ。許される事はなかったとしても、万が一にも許してくれる人がいたとしても。相手の気持ちを「知る」ことは、前へ進むための一歩だから。


 このまま生を終わるのは、あまりにも空虚だ。これが例え残酷な仕打ちだったとしても、ラビィさんから恨まれてしまったとしてもね?


 私はラビィさんには生きてほしいし、生を終える時は納得して終えて欲しいと思ったのだ。


 それが私たち3人の、共通の意思だから。

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