ロナウドの意思
鉱山の内部は入り組んだ、迷路のような洞窟って感じだった。こ、これだよ! これが私が思い描いていたザ・ダンジョンである!
ギルさんが私を拾ったっていうダンジョン、結構前に一度連れて行ってもらった事があるけど、これはダンジョン? っていうくらいありふれた風景だったから……だって空もあるし草原の階もあったりしたし。それでも階段や扉が何もないところにあったりして、なんとも不思議空間だったのだ。
でも本物のダンジョンよりダンジョンっぽい鉱山っていうのも変だよね。まぁ、現実はそんなもんってことかな。
というか、本当に迷路みたいだね!? これは迷う、確実に迷う。こっそり聞いてみると、ギルさんでも迷うという。それ、もう無理じゃない? 通るたびに道も変わるとかどんだけなの。
「ロニーはわかるの?」
「 ん、わかる。なんとなく、こっちの方向だっていうのが」
つまり、種族特性みたいなやつなのかもしれない。私がハイエルフの郷に行った時、入り口がハッキリわかったように、ドワーフならこの鉱山で迷うことはないのかも。それなら、ギルさんでさえ目的地に辿り着けないっていうのも納得だ。
こうして歩くこと、体感で30分くらいかな。体力がすごく落ちている私は途中からギルさん抱っこである。面目ない。でもリヒトは息を荒げながらも最後まで歩いていた。なんでも、ロニーに背負われるのは情けないし、ギルさんに小脇に抱えられるのもケイさんに担がれるのも、心の中の何かが折れそうで嫌なんだって。男の意地の勝利である。
私たちは重々しい雰囲気漂う門の前に到着した。いかにもな門である。ギルさん曰く、この中に転移陣があるんだって。みんなが乗ったのを確認して魔力を流すと、あっという間に人間の大陸側の鉱山へとひとっ飛びなのだそう。すごいやドワーフ。これなら用のない人は絶対に通れない。……奴隷は例外だけど。
その中には罪のない人もいたんだろうけど、仕方ないよね。ドワーフの人たちが犯罪者の奴隷と誘拐された奴隷の区別がつけられるわけじゃないもん。でもモヤモヤする話だなぁ。
「俺が魔力を流す」
「え、でも、これだけの人数、結構ごっそり魔力を持っていかれちゃうよ?」
「着いたら回復薬を飲むし、大した量でもないから問題ない」
「げっ。大した量じゃないって……この人どんだけなの」
話には聞いていたし、その実力もよく知ってはいるけど、こうして比較できる事があると、ギルさんの凄さがとてもよくわかる。私たちが捕まって、転移陣に魔力を流した時は、1番魔力の多いっぽいリヒトでさえ6回が限界だったのに。私も頑張って5回流せたくらい。それでも多い方なんだけど。あの時より多く使うだろうこの転移陣に魔力を流して、大したことない発言。リヒトが呆然と呟くのも無理はない。
「魔王なら、虫に血を吸われた程度でしかないだろう。メグも、将来は今の魔王に匹敵する魔力量になる。俺を超えるのも簡単だ」
「それはそれで怖いよう!」
大きすぎる力は波乱を呼ぶ。いいことないよ絶対! 現にそれが原因で魔王は過去に暴走したわけだし。……私も暴走してしまうんだろうか。
「……そうなる前に、必ず対策を見つけ出そう」
「ギルさん……」
私の不安が伝わったのだろう、ギルさんがそう言ってくれる。つまり、現状対策は見つかっていないのだ。まだまだ長い年月という猶予があるから、焦る必要はないけど……この不安はそう簡単には消えてくれなさそうだ。
「みんな転移陣に乗ったよ、ギルナンディオ」
「む、そうだな。魔力を流すぞ」
ケイさんが気分を変えるように明るい口調でそう言ってくれた。そうだ、不安がってる場合じゃないよね。今はロニーの問題が大事! 私たちがギルさんに向かって頷くと、ギルさんが魔力を流し始め、転移陣が発光する。
久しぶりに感じる浮遊感に耐え、やはり思わずギュッと閉じてしまっていた目をゆっくり開ける。先ほどとあまり景色が変わっていないけど、さっきはいなかった人物がそこに立っていた。
「ロナウド」
「……父上」
族長さん自らお出迎えだ。ロニーと同じ赤茶色の髪をした、ガタイの良いドワーフ。瞳の色も同じだ。血の繋がりを感じるなぁ。ただ、ロニーの方がずっと線が細く、繊細な姿だけど。
私が2人の様子を黙って見つめていると、ギルさんが数歩前に出て、口を開く。
「ドワーフの族長ロドリゴ、約束通り、元気な姿の息子を届けたぞ」
これで任務完了、ってところだろうか。族長ロドリゴさんは、ギルさんをチラと見てから小さく頷いた。
「ふんっ、随分待たせやがって。でも約束は約束だからな。転移陣を最後に使う時にまた声をかけろ。外までの案内は他の奴に聞け。……行くぞ、ロナウド」
それだけを吐き捨てるように言うと、くるりと踵を返して鉱山の奥へと向かおうとするロドリゴさん。えっ、早い! せっかちさんすぎるよう! その時だ。
「ま、待って、父さん……っ!」
ロニーが、勇気を振りしぼって父親を呼び止めた。その声に立ち止まったロドリゴさんだけど、振り返ることはない。沈黙が流れる中、ロニーは何度も口を開きかけては止め、何かを言いかけては止め、を繰り返す。が、がんばれ!
「僕は……この人たちと、行きたい」
ようやく、絞り出すようにロニーは言った。
「僕、鉱山から、出たい……! 世界を、見たいんだ……!」
微かに震える声で、でもよく通る声でロニーは続ける。最初に声を出してしまえば、あとは次から次へと言葉が出てくる、そんな様子だった。
「族長の、息子だから……そんな風に考えるの、よくないって……僕は、ドワーフなのに、変だって。そう、思ってた」
一度目線を下げ、そして再び顔をあげる。その瞳は、力強く輝いていた。
「でも、僕は、僕に嘘をつきながら、生きたくない。僕は、僕らしく生きたい! 父さんの、息子として……!」
相変わらず、族長ロドリゴさんは振り返ろうとしない。でも、ロニーの言葉は確実に届いているはずだ。
だから、じっと待つ。それでも何も返ってこないので、ロニーはだから、えっと……と次に紡ぐ言葉を探しているようだ。
「……ふんっ。俺はもう、お前の親父なんかじゃない」
「え……」
ロドリゴさんは、やっぱり振り返らずにそう言い捨てた。そしてそのまま歩き始める。ショックを受けた様子のロニーは、その場で固まってしまった。そんな……
「だが、お前の父は俺だ。……毎年の里帰りを忘れるな」
「!」
言葉が少なすぎるよ、ロドリゴさん!? なぁんだ、もうっ! 素直じゃないなぁ! つまり、ロニーが外へ出ることを、認めたってことだよね? お前の親父じゃないっていうのは、ロニーは族長とは関係がないって言いたかったんだよね? ハッキリ言ってくれないから結局よくわかんないけど。でもそう受け取っちゃうもんね!
「あ、ありがとう……っ! 父さん!」
去って行くロドリゴさんの背に向かってロニーは叫んだ。けど、当然ロドリゴさんは無反応。でも、もうわかったぞ。内心では寂しいとかそんか複雑な心境なんでしょ? わかってきたよ、どんな人か!
「じゃあ、行こう? ここから外までは、僕が、案内する」
「……よろしく頼む、ロナウド」
父親の姿が見えなくなるまで見送ってから、ロニーは晴れ晴れとした良い表情でそう告げた。ギルさんがロニーの肩を軽く叩くと、ロニーは先頭を歩き始める。
ドワーフ族長、というのは必ずしも世襲制じゃないってことだよね。まぁそれもそうか。そもそも出生率が低すぎるんだもん。けど、その僅かな可能性の中、族長の息子として生まれたロニーは、次期族長として期待されて育ったんだろうな。実際、ロドリゴさんの今の決断は、かなり思い切ったと思う。というか、薄々わかってたのだろう。
そんな族長という鎖から解放されたロニーは今、新たな一歩を踏み出した。私はそれを応援したい。
と同時に──次期魔王として、もはや逃れられない運命にある私の心には、チクリと小さな何かが刺さった気がした。
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