闇
逃げるのかと問うラビィさんに、私たちは警戒を強めた。けど、当のラビィさんは特に身構えることもなく、穏やかにその場に立っている。私たちが横を通り過ぎても、何もしないんじゃないかと思わせるほどだ。
「逃げるよ。ラビィ……お前たちから」
リヒトがジッとラビィさんを見ながらそう答えると、ラビィさんは苦笑を浮かべた。
「……そうかい。なら、気をつけるんだよ。上には、まだまだあたしの味方がいっぱいいるから」
「止めないのか?」
リヒトの質問に、ラビィさんはフッと笑う。なんだか、何もかもを諦めたような、そんな雰囲気を感じた。
「あたしの仕事はあんた達をここに連れてくる事さ。その他はあたしの仕事じゃない。タダ働きなんてごめんだよ」
肩を竦めてそんなことを言うラビィさんは、冗談めかしていたけれど。きっと、本心はそこにはない。それを感じていたのは、私だけじゃなかったと思う。
しばらく、お互い微動だにせず沈黙だけが流れた。ようやく意を決したかのように声を出したのは、リヒトだった。
「……ラビィ、やっぱり、一緒に」
「さっさと行きな、クソガキども」
でも、最後まで言い切る前に、ラビィさんの冷たい声が遮った。目が据わり、口答えは許さない、といった凄みがあった。思わず私はグッと息を詰まらせてしまう。
「あんた達を裏切ったのは誰だい?」
その声は少し震えていて。
「これまでも、罪のない人を攫って売り飛ばしていたのは誰? それを隠して、さも国が全て悪いかのように吹き込んだのは?」
堰を切ったように、次から次へと言葉を連ねるラビィさんは。
「その腕の火傷を負わせたのは、誰だってきいてるんだよ!!」
まるで、懺悔しているようだった。
「あたしだ! 全てあたしなんだよ! あたしは重犯罪人だ。そんなあたしに……」
祈るように。
「手なんか! 差し伸べてんじゃねぇよ!! さっさと行け! あんた達の顔なんか、もう2度と見たくない……っ!」
叫ぶ。
それは、心の叫びだった。
あぁ……あの時もあの時も、なんで私はちゃんと話を聞かなかったんだろう。聞いたとしても、はぐらかされただろうけど。
でも、それを後悔せずにはいられなかった。
私たち3人は、どうしてもすぐにその場から立ち去ることが出来なくて……身体が固まって、うまく動かせなかった。
「……裏切るのか、ラビィ」
けど、背後から聞こえたその声に、私たちはハッとする。思いの外、近くから聞こえてきたゴードンの声。気付かなかった…不覚だ。
「裏切らないさ。あんたの事は。そういう、約束だったろ……?」
動揺する私たちの横を通り過ぎ、ゴードンの前に立ったラビィさんは静かにそう言った。まるで、私たちを背に庇ってくれているみたいだ。
「なら、その行動はどういうつもりだ」
ゴードンは、声をさらに低くして言う。心なしか、声に怯えが混じっている気がする。ショーちゃんがいれば、その真意がわかるのかもしれない。
「互いの意見は、尊重しあうってのも約束だったはずだ。ならその約束も、守ってくれよゴードン」
ラビィさんが、後ろ手で私たちに逃げろと合図を送っている。やっぱり、やっぱりラビィさんは──
「この子達を、見逃してくれないか? ゴードン。一生に一度の頼みだ」
──私たちの、味方だったんだ。
『ただ1つ、魔の者と人間に共通点があるとするならそれは────どんな悪人でも、心の奥底には必ず僅かな良心が残っている筈じゃと。儂はそう信じておる』
レオ爺の、最後のお決まりのセリフが頭を過ぎる。そうだね、本当にそうだったよ、レオ爺。鼻の奥がツンとして、涙が1粒零れ落ちた。
「……それは出来ねぇな。なぜなら、裏切らないことが、約束の最重要事項だからだ。お前は裏切った。……その覚悟はあるんだろうなぁ、セラビス?」
セラビス……? 聞きなれない名前に気をとられかけたけど、リヒトやロニーに手を引かれ、私たちは急いで階段を駆け上がった。
「ラビィの……覚悟を無駄にするな!」
誰よりもその場に残りたかっただろうに、リヒトがひたすら前だけを見てそう言った。ロニーもグッと歯を食いしばっている。階下からサーベルと剣がぶつかり合う金属音が聞こえて来たけれど、私も覚悟を決めて振り返らずに進んだ。どうか、無事でいて! ラビィさん!
階段を登りきると、言われていた通り、敵がたくさん待ち構えていた。ここで一気に私たちを捕らえるという作戦だったのだろう。だけど、私たちは手強かった。
リヒトが水や風の魔術で道を開け、多くの敵を退けた。ロニーは近寄ってくる敵を木刀で蹴散らしていく。私は……正直、今やれる事はないので、邪魔にならないようにひたすら攻撃を避けつつ逃げているだけである。
「出口がっ、見えて来たぞ!」
リヒトが叫び、私たちはそれぞれ出口を確認した。あと少し。
その時だった。
「あっ……うぅっ!!」
「メグ!!」
右足に激痛が走った。何が起きたのかわからない。私は走った勢いそのままに、滑るように転んだ。ズザーッといったので泥だらけである。でも今はそんなこと全く気にならない。それどころじゃないのだ。
「足、が……」
激痛の正体を探るべく足を見ると、ちょうどふくらはぎの辺りにナイフが深く突き刺さっていた。痛いわけだよ! これを投げたのは……
「もう鬼ごっこはおわりにしようぜ、ガキどもよお?」
ゴードン……! え、そんな、ラビィさんは? 見れば、手にしているゴードンのサーベルには、ベッタリと血が付いている。
「てめぇ……! ラビィは!? ラビィはどうしたんだよっ!」
「さあなぁ? 自分で確かめて来たらどうだ?」
激昂するリヒトに対し、ゴードンはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてそう答えた。
あの血は、やっぱりラビィさんの……? ショックが大きすぎて、頭が回らない。愕然としている間に、これまで倒して来た敵が、次から次へと起き上がってくる。軽い攻撃しか出来てなかったから、復活するのが早かったみたいだ。外へ逃れるタイミングを完全に見失った。こんな足じゃ、歩く事もままならない。
「痛そうだなぁ、おい?」
「いっ…………ああああっ!!」
一瞬の油断が命取り。私の目の前までやってきたゴードンが、足に刺さったナイフを乱暴に引き抜いた。おかげで足はさらに痛み、血が流れて止まらない。
「メグーっ! っぐ、あ……っ!!」
慌てて私に駆け寄ってきたリヒト。だけど、それは悪手だった。すれ違いざま、私から引き抜いたナイフで──リヒトは脇腹を刺されてしまったのだ。
「あ、あ、あ……や、やだぁっ! リヒトぉぉぉ!!」
私の目の前で倒れ込んだリヒト。じんわりと地面に血が広がっていく。私は自分の足が痛むのも気にせず、這って近寄り、リヒトに覆いかぶさった。止血をしなきゃいけない。どうにか仰向けにさせて、パニックになった私は両手でリヒトのお腹を抑えた。
「これ以上、傷つけ、させない……っ!」
ロニーが私たちとゴードンの間に立ち、木刀を構えた。ロニーだって、もう限界のはずだ。
このまま、ロニーまで血を流す事になったらどうしよう。
リヒトの血も、全然止まらない。
私も、このままされるがままになってしまうの……?
「いいよなぁ……人としての価値のある奴は」
「え……?」
混乱する頭で、ポツリと呟かれたゴードンの言葉がやけに耳に残った。
「殺しやしねぇから安心しろ。最初からこうしときゃ良かったんだ。……もう二度と、自力で逃げ出せないような傷を、作ってやらなきゃ、なあ!?」
ゴードンがナイフを放り投げ、サーベルを構えた。振り上げる様子が、スローモーションに見える。
やだ、やめて。傷付けないで。
助けて!!!!
「ギルさぁぁぁぁんっ!!」
次の瞬間。
──空間が、闇に包まれた。
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