逃走
ついに、魔力が切れた。
でもそれを組織の人たちに知られるのはまずい。少しでも時間を稼ぎたいからね! それをリヒトやロニーには伝える必要がある。私が目で合図を送ると、2人も無言で小さく頷いてくれた。よし、大丈夫。
バレないように3人で簡単な打ち合わせもした。だから、いざとなったらそれぞれの役割をしっかりこなすのみ。心臓がバクバクいってて、そろそろ飛び出してしまいそうだ。大きく深呼吸をしたいところだけど、その動きだけで怪しまれてしまいそうな気がしてできない。気にしすぎかもしれないけど。
うーん、訓練の時にもいつも必ずやるから落ち着くんだけど……
「はぁ……おい、お前ら、いい加減諦めてこっち来いよ」
うんざりしたような態度でゴードンがやってきた。きてしまった。
今なら出来る、と思って私は大きく息を吸って、ゆっくり吐き出した。
『これは私も緊張した時に必ずやるんだけどね。深呼吸だ』
『深呼吸?』
『そう。危ない、と思った時こそ落ち着かなきゃならない。慌てて変な行動を起こして、余計に厄介な事になったら元も子もないでしょ?』
脳内にあの時の会話が蘇る。ゴードンが目の前までやってきた。
『さて、じゃあここで問題だ。深呼吸して冷静になった頭で何を考える? 危険な状況は変わらない。さぁどうする?』
『逃げる、こと?』
大丈夫。できない事はしない。逃げる事だけを考えてるよ。
『大前提が危険な目にあわないこと、なんだから、逃げる事を考えるのは当然の流れさ』
ゴードンがサーベルを振り上げる。私たちは、すぐに動き出せる体勢をとった。
『とにかく大きな声を上げながら逃げるんだ。突然大声を出されたら、相手だって一瞬怯むからね』
ゴードンが振り下ろしたサーベルが、私の目の前の地面に深く突き刺さった。散々弾かれていたから油断していたのだろう。狙った先は見当違いな場所だった。でも、これも予想通り。
第一撃を避けた私たちはすぐに立ち上がって、身構えた。そして、収納ブレスレットに入っていた木刀をロニーに投げ渡す。
いつだったか、遠征のお土産とかなんとか言ってジュマくんが持って帰ってきたなんかの木を、お父さんが面白がって木刀にしたのだ。それで、いらなくなったからって私に丸投げしたんだよねー。私もどうしようもなくて、とりあえず収納したんだけど……まさかここで役に立つとは誰も思わなかっただろうね!
「「「やあああああああああああ!!!!」」」
息を大きく吸い込んで、私たちは3人揃って大きな声をあげる。もし助けが来ているのなら、聞こえるように。そして何より、気合いを入れるために!
地面にサーベルが食い込んだ事で戸惑っていたゴードンは、次いで私たちが大声を出したことに目を丸くして驚いていた。ここまでは順調だ。でも、こんなのはこの一瞬しか使えない。
でも、その一瞬を使って、ロニーがゴードンに向けて木刀を振り下ろした。直撃したか、と思ったけど、そこはゴードンもなかなかの腕前なのだろう。力任せにサーベルを引き抜き、その柄で木刀を受け止めてしまう。
ギリギリと、ロニーが両手に力を込めている。そのせいでグイグイと押されたゴードンも、両手で持ち直した。ロニーはドワーフという種族柄、なかなかの怪力だ。戦い慣れしているゴードンに押し負けていないのがすごい。でも、そこはやはり経験と年齢の差か。少しロニーが押されはじめてきた。疲労も溜まっているのだ、仕方ない。
「先に、行って!」
「っ、わかった。行くぞ、メグ!」
「う、うん! ロニー! すぐに来てね!」
ロニーが作ってくれた時間を無駄にしないようにしなきゃ。ロニーだってあの教えはしっかり頭に入ってる。だから、隙を作ってすぐに逃げて来てくれるはずだ。
『捕まったという状況ならきっとチャンスは訪れるからね。その時を待って、隙を突き、逃げるんだ。これをしっかり頭に留めておくように!』
はい、師匠! 私は心の中でそう叫んから、ゴードンに背を向け、走り出した。
「ホムラくん! お願い!」
『やっとオレっちの出番なんだぞっ! 任せろーっ』
リヒトと共に、唯一の出入口から飛び出すと、やはりというべきか組織のお仲間がわんさかいた。ですよねー。ここは本拠地かも、とうっすら予想してたけど、たぶんビンゴだ。
なので、後からくるロニーのためにも、逃げ道を確保しないといけない。私はリヒトより前に出て、ホムラくんに頼んで炎を放出してもらった。おそらく地下にあるこの道。きっと上に行く階段があるから、その階段の場所も知りたかったのだ。
「ホムラくん、階段の場所わかる?」
『おう! このまま真っ直ぐ行って突き当りが階段だぞっ』
ひたすら放出したその炎が触れたものは、自分の手足のように感覚がわかるのだそう。ホムラくん、すごい こうして力をたくさん使ったホムラくんは、魔石に戻っていった。ゆっくり休んでね。
ちなみに、放出した炎では、あまり怪我をしないよう調節してもらっている。甘いかなぁ、私。でも、火傷するかもっていう熱さは感じるようにしてあるから、敵は面白いくらいにみんな逃げていったよ!
「そ、そんなに大きな魔術を使って、大丈夫か?」
人を一掃したことで綺麗になった道を走りながら、リヒトが呆れたようにそんな事を言う。
「これでもう魔術は使えないけど、大きさは問題ないの。魔力は積み立てと後払いだからね!」
「積み立てに後払い……そんな事も出来るのかよ」
リヒトも自然魔術の事は知らないみたいだ。まぁ、これはそのうち説明するよ、とだけ返して、私たちはひたすら階段に向かって走った。
しばらくすると、ロニーが私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。私たちは一度立ち止まり、ロニーを待つ。けど、走れって言ってるみたい。
「うん、ロニーも追われてるな」
「追いつかれないかな……!?」
「よし、今度は俺に任せろ!」
ロニーが私たちに追いついたところで、私も再びロニーと走り出す。リヒトは少しその場に止まると、魔力を練り始めた。
「水よ!」
リヒトが叫ぶとたちまちその手の先から水が現れ、それが川の流れのようにうねり、一気に追っ手を押し流してしまう。こんな魔術も使えたのね! リヒト、すごい。
「これでしばらくは追ってこないと思うけど……階段上ったとこにも敵はいるだろうし、油断すんなよ!」
そう、これは結局のところ時間稼ぎに過ぎないのだ。元々私たちには、人を倒すような魔術は使えないんだから。今みたいにギリギリの状態ならなおさらである。階段を上ってもまだ外に出られるとも限らないし、外に出たところで現在地を把握できるかも怪しいしね!
希望としては外に出たところで、ショーちゃんが呼んでくれた誰かと合流できたらいいんだけど……
はぁはぁと息が上がる。度重なる緊張感と、何度も魔力枯渇させられた際の疲労。訓練の時はこんなにすぐに息が上がらなかったのに、今はすでにとても苦しい。
でも、こんなデコボコした道を転ばず、躓かずに全力疾走出来るのは、これまでのたゆまぬ努力の結果だと思う。短期間だったけど、ちゃんと身になっていると考えると、やっぱり感謝しかない。
「……ラビィ」
ちょうど今、考えていた人物の名を呟いて、リヒトが急停止した。私とロニーも一緒に立ち止まる。その数メートル先、階段の前に。
「……逃げるのかい?」
私たちの命の恩人である、ラビィさんが立ちはだかっていた。
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