魔力切れ


 小さな人影は3人。どの人物もまだ子どもで、半魔型だ。魔大陸から強制転移させられてきたんだって事がわかる。3人ともポカンとしていて、私たちの姿を見てすぐにその瞳に恐怖の色を滲ませていた。そりゃそうだよね、私たちは苦しそうにしながら鎖で繋がれているんだもん。


「連れて行け」


 ゴードンがそう声を出すと、どこからともなく仲間らしき人物が5人ほどやってきて、あっという間に子どもたちを捕縛、部屋から連れ出してしまった。魔力を持つ子だから、抵抗できないようにするためだろう、魔力制御の魔道具をすぐさまつけられている。私たちにつけられているのと、同じ。鉄製の首輪はきっとそれに間違いないと思うんだ。

 本来あれは、魔力の暴走を防ぐために、保護者が子を思って身につける物なのに! ごめんね、ごめんね……! 痛みと悔しさで、私はそう祈ることしかできない。だって、声を出したら泣き叫んでしまいそうだったから。


 こうしてリヒトは休む間もなく、何度も魔術陣に魔力を流す羽目になってしまった。そうする事でようやく、ラビィさんが火を鎖から離してくれたからだ。でも、冷めるまで熱さは続く。私とロニーはひたすら耐えた。手首足首はきっと、酷い火傷になってるだろうな。

 でも、そんな痛みよりリヒトの方がもっと痛い思いをしてる。自分のせいで罪のない子どもを誘拐する事になったし、私たちも酷い仕打ちを受けてしまったのだから。いう通りにしないと、また私たちが苦しむと思って。もちろん、リヒトも本意なんかじゃ決してない! その顔をみればそんなこと、すぐにわかるよ。


 けど、その苦しみは私にもロニーにも待ち受けているんだ。


 それからどれほどの時間が経過したのか、ついに魔力がほぼ尽きて、気を失ってしまったリヒト。次に魔術陣の上に連れていかれるのは私のようだ。ガチャガチャと壁に繋がれている部分を外し、手に繋がれている鎖をグイグイ引っ張られた。火傷の腕を引かれることで、すでに気を失いそうになるほど痛い。嫌でも動かなきゃいけない。鎖で重たく、腕と同じように火傷している足で歩くのは苦行だった。

 そんな中、引きずるように連れていかれるリヒトの行方をどうにか目で追う。どうやら、部屋の隅にある小さな牢の中に入れられるようだ。


「ほら、さっさと魔力回復しろ。あぁ、変なこと考えるなよ? もし変な様子が見られたら……また残りの2人が痛い目に合うぜ?」


 牢に投げ込まれたリヒトを無理やり起こして、そんな事を言うゴードンの仲間の1人。リヒトは少し呻いていたから、ちゃんと聞いていたのだろう。弱々しく拳を握りしめている。きっと……すごく悔しいんだ。


「よし、次はお嬢ちゃんだぜ? どれだけ魔力が持つかなぁ? 半日は持ってくれよぉ?」


 猫なで声に腹が立つ。だけど、私には言う事を聞く以外に道がない。ロニーにあれ以上の負担は負わせられないし、あんなに弱りきったリヒトにも何をされるかわからないんだから。

 悔しい。悔しい。悔しい……! 連れてこられた子たち、怖い思いをさせてごめんね……ポロリと涙が溢れた。




 果てしなく長い時間だった。周囲にいる組織の奴らの話す内容から察するに、半日以上は私はここで魔力を流し続けている。苦しい……


「メグはもう限界だ! やめさせろよ!!」


 そんな時、リヒトがそう叫ぶ声が聞こえてきた。やけに元気な声だ。まさか、もう魔力回復したの? この大陸で?

 ぼんやりとした頭でなんとかリヒトの方にチラと目をやると、リヒトの足元には小さな魔術陣が描いてあるっぽいのがわかった。淡く発光しているから、常時発動型の陣かな……?


 ……もしかして、あの魔術陣中にいれば、魔力の回復が早い? 朦朧とした頭で私は必死に考える。それってつまり。


 あの魔術陣は魔力の回復を手助けする、のかな? あの牢の中には、魔素があるって事……?


 魔力抑制の首輪はされているから、自分で魔術は使えない。逃げ出そうという様子を見せたり、反抗すれば後の2人が罰を受ける。


 だけど、私には声に出さなくても意思を感じ取ってくれる存在がいるじゃないか。そう──魔素さえ、あれば。


「ふんっ、そろそろ魔力切れか」


 ぐったりとしている私を、ゴードンが移動させる。それから乱暴に魔力回復の転移陣のある牢の中へ私を放り投げた。リヒトと入れ替わる感じだったっぽい。リヒトの叫ぶ声が聞こえたから。でも私はもはや悲鳴をあげる元気もない。


 こんなにキツイんだ。ギリギリまで魔力を吸い取られるのって。精霊たちに魔力を渡して眠くなるのとは段違いだ。無理やり搾り取られるのは、吐き気を催すほど眠いのに、殴られて眠らせてくれないみたいな辛さがある。

 あぁ、私の魔力によって魔大陸からまた何人も転移させられてしまったのかな。でも、待ってて。必ずみんな助けてみせる。絶対に、諦めるもんか。


 牢の鍵が閉められ、ゴードンが去っていくのを待ってから、私は目を閉じて祈った。地面に倒れ伏したままなのは許してほしい。


 ショーちゃん、ショーちゃん……あなたたちは無事かなぁ? あとで必ず魔力をあげるから、助けてほしいの。ここなら、少し魔素があるから動けると思う。


『はいはーいご主人様! あ、ここは少し魔素があるのね……ってご主人様!? えっ、えっ、どうしたのーっ!?』


 ふふっ、今はショーちゃんのその明るい声のおかげで元気が出る。ずっと魔石の中だったから、状況なんかわからないよね。

 でもよかった、私にはちゃんと仲間がいる。心配させてごめんね? でも、見ての通り緊急事態なの。ショーちゃんには2つ、頼みがあるんだ。


『まかせてなのよ! ご主人様をこんな目に合わせたやつ、許さないのよっ! フウたちにも知らせないと!』


 ショーちゃんはグッと拳を握りしめてやる気満々といった様子だ。でも、ここも魔素がたくさんあるわけじゃない。ショーちゃんが使う分、私の回復量も減って怪しまれちゃうし。だからどこまで出来るかは、ショーちゃんが判断してほしいんだ。


 頼みたいことの1つは、今あの魔術陣に連れていかれた赤髪の男の子、ロニーに伝えてきてほしいことがあるの。


『あの子なのね? それは簡単なのよ。ドワーフの子だから私のこともわかるのよー! ほら、気付いてこっち見てるのよ?』


 うっすらと目を開けてロニーの方を見ると、微かに目を見開いているのがわかる。よし、それなら話ははやい。ここでなら精霊を呼べることが伝わったはず。

 だから、ロニーにはこの牢に入れられたら、精霊とどうにか話して、いつでも力が使えるようにしておいてほしいって事を伝えて。……私が、助けを呼ぶから。


『わかったのよ! 助けって……影鷲? それとも頭領ドン?』


 うーんと、どちらでも大丈夫。1人に知らせれば、みんなに伝わると思うから。


 本当なら魔大陸にいるはずなんだけど……私は色々考えたんだ。私の過保護な保護者たちは、私がいなくなったあと、私を探したに違いないって。そして、魔大陸にいるならすぐに見つけられるはずなのに、見つからない事に気付く。つまり、私は人間の大陸にいる可能性が高いって、考えついてくれるんじゃないかな?


 もちろん、妨害魔術で魔大陸に捕まってるって可能性もあるけど……あれだけの有能な人材の宝庫なオルトゥス内で、それを暴かないわけがない。

 つまり、つまりね? 私が転移してから、かなり時間も経ってる。だからきっと……何人か、この大陸に来ていると思うんだ。


 これは、賭けだ。私はオルトゥスのみんなを信じてる。みんなの馬鹿みたいな能力の高さを信じてるんだ。きっと、人間の大陸に探しにきてくれてるって。

 だからね? ショーちゃんには、この大陸にいるだろう、オルトゥスの誰かに助けを求めてほしいの。でも……魔素のない中だと動き回れない、かなぁ?


『人間の、大陸かぁ……うぅーん』


 ショーちゃんは腕を組んで悩み始めた。それからチラチラ私の方を見て、決意したように顔を上げた。


『少しだけ、ご主人様の魔力をもらいたいのよ。そうしたら、きっと足りるのよ』


 少しだけ? 今の私にあげられる魔力は、ほんのちょっぴりだよ? それに、私は今、制御の魔道具をつけられているから、自分で魔力を出せないの。


『自分で吸い取れるし、ちょっとで大丈夫。だからね、ご主人様。──私の本当の名前を、呼んで?』


 本当の名前──それは、真名ってことね? そっか。それなら、ショーちゃんはものすごい力を発揮できるんだったね。それじゃあ、お願いしようかな。

 無理させちゃうけど、ごめんね。ショーちゃんのこと、信じてるよ。


長谷川はせがわしょう……!」

「あん? なんか言ったかお嬢ちゃんよぉ……なんだ、寝言かよ。こんな状態で呑気な奴だな」


 私の小さな呟きは、よく聞き取れなかったみたいで、見張りの人には気付かれなかったようだ。だけど、ショーちゃんには伝わった。一際光り輝いて、私から魔力を吸いとると、あっという間に姿を消した。


 帰ったら、たくさんたくさんご褒美あげる。だから、どうか。

 助けを、呼んできて……信じて、待ってる。


『まかせてなのよー! ご主人様ーっ!!』


 そう叫ぶショーちゃんの声を聞き届けた私は、ついに魔力切れで意識を手放した。

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