魔力源

※痛い描写があります。苦手な方はご注意ください。

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 いつのまにか現れたゴードンさんに、私たちは緊張感を高めた。渾身の睨みをきかせてやるぅ!


「ふっ、それで睨んでるつもりか。睨むってのはなぁ……」

「ぁう……っ」


 私の目付きが生意気だと思ったのだろう、ゴードンさんはドスドスと私の方へ向かってきてぐっと私の顎を掴んだ。随分と乱暴な顎クイですね!!


「こう、やるんだよ……!」

「メグっ! やめろハゲ! メグを離せよっ!!」


 至近距離で、ゴードンさんの凄みのある睨みを見させられた私は半泣きだ。顎とかほっぺとか痛いし。でも、泣くもんか! リヒトがハゲと呼んだのがちょっと面白かったからどうにか気が紛れた。ハゲてはない、と思うけど気持ち的にハゲだっ!


 でもそれは、ゴードンさんを苛立たせるには十分だったみたいだ。ピシッと一瞬固まったかと思ったら、私を掴んでいた手を乱暴に離し、そして……


「みっ!?」

「メグ!!」


 突然、私の耳を襲った熱と衝撃。あ、頰を思いっきり叩かれたんだ、とわかったのは数秒後だった。一瞬、周囲の音も掻き消えたから驚いた。ほんと、ビックリしたのが一番だったから、今はじわじわと頰が痛んできたよ。そして口の中に広がる鉄の味。切れちゃったか。食いしばる暇もなかったもんね。


「おい、ハゲ! っざけんなよ! ふざけんなよ!? な、ま、魔術が使えない……!?」


 私は両手を頭上で繋がれているので倒れることさえできずに項垂れる。気を失ってはいないから、だいぶ私も強くなったってことだ。生理的に涙が流れてはくるけど、悲しかったり怖かったりはしない。だって、隣ではロニーが心配そうにオロオロしてくれているし、リヒトが私の代わりに物凄く怒ってくれているから。でも、魔術が使えないって、どういうこと……?


「てめぇ……自分の立場ってもんが、わかってねぇみたいだ、なっ!」

「ぐあっ……!」


 けど、今度はリヒトの元に行って思いっきりリヒトのお腹を蹴り飛ばした。やめて!


「何してんだいっ!? やめなゴードン!!」


 その後も何度かリヒトを蹴り飛ばすゴードン。殴られた衝撃で、やめてと叫ぶ事も出来ずにいたところへ……ラビィさんの制止する声。


「大事な魔力源だろう! 体力を無駄に削るんじゃないよ!」


 止めてくれたのはありがたいけど、やっぱり私たちを道具と思っているかのような言い方だ。余計に悲しくなってしまう。


「せっかく、これでしばらく顔を見なくて済むと思ったのに……大きな物音がするから来てみればこれかい。短気な性格も大概にしな!」

「うるせぇなぁ、少しくらい八つ当たりさせろ! やっとの思いで転移陣を起動したってのに。手に入れるのにこんなに苦労させやがって」

「アンタは待ってただけだろ。苦労したのはあたしだ」


 あぁ……そんなやり取りやめてよ。ラビィさんがそうやって私たちのことを言うのは、いちいち心にザクザク刺さるよ。


 だけど、私は見逃さなかった。一瞬。そう、一瞬だけラビィさんが苦しそうな表情を浮かべたのを。ほんの少しだけその琥珀の瞳が揺れたんだ。


「まぁいい。せっかくこうして大量の魔力源が手に入ったんだ。すぐに術を発動させるぞ」


 ゴードンはそう言うと、リヒトの髪をガシッと乱暴に掴んだ。お腹を蹴られてまだ呻いているのに、酷い! 無理やり上体を起こされている格好で、リヒトは苦しそうだ。それから首につけられている鉄の首輪を一時的に外されていた。もしかしてあれって……


「ほら、さっさとこの魔術陣に魔力を流せ。良いと言うまでずっとだぞ」

「だ、れが……言うこと、聞くかよ……!」

「ふん。まぁ、そんなこったろうとは思ったさ。素直に言う事を聞かないなんて予想した通りなんだよ。おい、ラビィ。……やれ」


 ゴードンが目だけをラビィさんに向けて指示を出す。ラビィさんは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ……そして、私とロニーに繋がれている鎖を火で炙り始めた。鎖は鉄で出来ている。だから、このまま熱せられたら……


「や、やめろ……やめろよ! ラビィ!!」

「うるさい! やめてほしけりゃさっさと言う通り魔力を流すんだ!!」


 じんわりと、繋がれた腕と両足首が温かくなってきた。


「そ、そのじゅちゅが発動したら……どう、なるの……!?」


 聞きたくない。でも聞かなきゃいけない。私は、ドクンドクンと鳴る自分の心臓の音を感じながらそう聞いた。すると、ゴードンはニヤリと笑い、嬉しそうに答える。


「お前らがここに来たのと同じさ。魔力を持つ子どもを呼ぶための術だ。城がまた妨害してきても、そう何度も妨害なんかできゃしねぇ。なんてったって、必要な魔力は膨大、でもその魔力には限りがあるんだからなぁ?」


 やっぱり、転移の魔術……! っていうか、妨害? お城が? もしかして、東の王城の人たちは、最初から転移されてきた子たちを保護するために妨害の魔術を発動していたの?


 じゃあ、私たちはずっと、私たちを守ろうとしてくれる人たちから、逃げ続けてたってこと?


 うわぁ、もう、やり切れない。リヒトはもっとそうだろう。


「けどこっちには魔力がたんまりある。なくなっても変えがあるうえに、休めば魔力も回復していくって言うじゃねぇか。はーっはっはっはっ! どうだ? お嬢ちゃんよ?」


 やっぱり電池だ私たちは。悔しいし、頭にくるしで言葉が出ない。うぅ、リヒト! 気に病まないでよね! 過ぎたことは今、考えちゃダメなんだ。


「自分の魔力のせいで、罪もない亜人の子どもがこの大陸に転移させられる気持ちは? そして売られていくんだ……お前の力のおかげ・・・でな!」


 クズだ……! なんって酷い事を! 魔大陸でも子どもはとっても貴重な存在なのに。あと言い方ね? わざわざムカつく言い方をしてくるのがもうっ!


 というか、そんなこと続けてたら、怒り狂った魔大陸の人たちが押し寄せてくる。大陸同士の戦争が始まりかねない。そうしたら人間の大陸でさえ、罪のない人たちが多く犠牲になったりするかもしれないじゃないか。

 自分の利益だけを見て、目が眩んで……そのせいで起こる弊害をわかってないんだ!


「絶対、ダメだよリヒト! 絶対、魔力を流しちゃダメ……っ熱!」


 ジリジリと、手首や足首が焼かれていく感覚が襲ってくる。熱い、痛い……! でも声をあげたらリヒトが心配しちゃう。隣ではロニーもグッと声を噛み殺してる。


「やめろよ、ラビィ! お前っ……メグとロニーがあんなに苦しんでるのに! 何とも思わねーのかよっ!?」


 リヒトが必死になって叫ぶ。すると、ラビィさんはスッと表情をなくして淡々と答えた。


「……あたしだって、本当はこんなことしたくないよ」

「ラビィ! じゃあ……!」

「勘違いしないで」


 希望を見たというようなリヒトの言葉を、ラビィさんはピシャリと遮った。その手には松明を持ったままで、今もさらに鎖は温度を上げ続けている。


「大切な商品だからね。傷付けたくないし、せっかく魔力が必要なのに体力を奪うことになって……使い物にならなくなったら困るから」

「……っ!」


 ラビィさんのあまりの言いようにリヒトはついに黙ってしまった。


「ぅ……あっ……!」


 いよいよジュウ、と手足が焼ける音がし始めて、思わず呻き声を漏らしてしまった。痛い、痛い、痛い……!


「……った。わかった! 魔力を流すからっ! だから……今すぐその火を消してくれよぉラビィぃぃぃ!!」


 泣き叫びながらリヒトが懇願する。ダメだよ! ここで魔力を流したら、被害者が増えてしまう! 


「魔力を流すのが先だよっ! こいつらが大切なら! さっさとやれば良かったんだ!!」

「くそぉぉぉぉお!!」


 叫びながらリヒトは足元の魔術陣に魔力を流した。遠慮も何もない、全力だ。


 そうしてすぐに魔術陣は光を放ち始め、収まった頃には数人の小さな影がそこに現れてしまったのだった。

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