sideユージン2 前編


「おー、あんま変わってない……と思ったけど随分暮らしやすくなってんな!」

「えっ、あっ! ユージンさん!? ユージンさんじゃないか!」


 村に着いた俺が思わずそう口にすると、それに気付いた村人が俺を見て大声を上げた。いや、嬉しい気もするが、大声出されるのは気恥ずかしい。今は仲間もいるし。


「ひっさし振りだなぁ、ユージンさん。元気にしてましたか?」

「ああ。お前も変わらなさそうだな」

「ははは、だいぶジジイになっちまったけどな! まあ中身は変わらんさ。ユージンさんの方こそ変わらなくて驚いたよ。本当に亜人は年をとるのがゆっくりなんだなぁ……村はだいぶ綺麗になったろ? ユージンさんの助言に従ってからは病気になる奴もほとんどいなくなったしな!」


 そうだった、そうだった。俺が初めてこの村に来た時は、どいつもこいつも辛気臭い顔してたっけ。衛生状態が悪くて村人の半分以上が病に倒れてたんだよな。

 俺にはこれといった専門知識があるわけじゃないから、治療は出来なかったが……手洗いうがいや家の中の換気、排泄物の処理に気を使う、などの基本的な事をちょっと口出ししたらかなり改善された。人間の大陸も中心部に行けばそれらは常識で、下水もあったりするんだが、末端の小さな村なんかはやはり目が行き届かない分、その辺りかなり遅れてた。イェンナを探す旅の道中、ついでに立ち寄った似たような村には全部それらを徹底させて回ったのも懐かしい思い出だ。


 全く、国がデカすぎるのも問題だぞ。国王を4人配置して、遥か昔よりは管理しやすくなったんだろうが、まだまだだと俺は感じる。だが、俺が介入し過ぎるのも良くない。俺は人間だけど魔大陸所属だし。そもそもこの世界に来た時から人間と名乗っていいのかも微妙な身体になっちまってるしな。今なんて尚更だ。


「探してる人は見つかったのか?」


 この村人は俺が誰かを探してるってのを知っていて、俺が変わり者の亜人だと思ってる。だから俺が数10年前とあまり変わってない事に驚きはすれど、その程度ですんでいるようだ。村の若いやつらは俺の事は知らないだろうな。

 イェンナではないが、大切な人は見つける事が出来たからまぁ、答えはイエスだな。そう言うと自分の事のように喜んでくれた。


「しかしなんでまたこんな辺鄙な村に? 今回は1人じゃないみたいだが……っ!?」


 そう言いながら、俺の後ろに並ぶ面々に目を向けた村人は絶句した。あー、たぶんアーシュの見目の良さが原因だな。一応フードをかぶってはいるが、ギルみたいにマスクで覆ってるわけでもないし。見た目だけやたら美形すぎて目立つ事目立つ事。


「む? なんだその目はユージンよ」

「……いや、見た目で得してんだか損してんだかわかんねぇよなアーシュって、と思って」

「微妙に貶されている気がするのは気のせいか?」

「安心しろ。気のせいじゃねぇ」


 どういう意味だと憤慨するアーシュを横目に、中身が残念だという自覚を少しも持たない事に内心で呆れる。ほんと、素直過ぎるところは昔から変わんねぇよな。良いところでもあるが少しは成長しろ。


「いや、今回もまた人探しなんだ。その為に中央の都まで行こうと思ってる。こいつらは俺の仲間だ。信用していい」

「そ、そうかい。まぁ、ユージンさんだしな。どんな仲間がいても不思議ではないよなぁ」


 ここは鉱山から比較的近いという事もあって、魔物がたまに現れるから、前に来た時はそいつをぶん殴って倒したところを見られたんだっけ。あれは不可抗力だ。仕方なかった! ま、そのせいであの時の村人たちに俺の正体を亜人だと偽るハメになったんだが。こうして再会した今を思えば、ある意味良かったのかもしれねぇ。


「ちと聞きたいんだが、最近のこの国で変わった事や注意する事なんかはあるか? 移動も続くし、耳に入れておきたいんだよ」


 そしてさり気なく情報を探る。あれほどの転移陣を使ったんだ。何かニュースになってる可能性はある。村人は他の村人を数人呼んで、特にないよな、と囁きあっている。が、1人の男がそういえば、と口を開いた。


「王国騎士団が動いて何か探してるって話は聞いたな」

「あ、そういえば聞いたな!」

「動いてるのは中央と東の騎士団だったと思う。南も動き出したんだよな?」


 お、これはヒットっぽいな。国がわざわざ動いて何かを探すだなんて、そうそうないだろうし。


「何を探してるんだ?」

「いやー、それはわかんねぇな。ここは田舎だしよぉ」

「もっと中央寄りの村か、町なら詳しくわかるだろうよ。知りたければそっちで聞いてみてくれ! 悪いなぁ、大して力になれなくて」

「十分さ。ありがとうな」


 十中八九探しているのはメグだろう。いや、メグと一緒に転移させられた魔力持ちの子ども達、だろうな。ん? そうなるともしかして大所帯なんじゃないのか? 一体、どれほどの子どもが集められたのか。数人ならまだなんとかなりそうではあるが……探してるってんなら子どもだけで移動を続けている、ってことか?


「……マジでのんびりしている暇はねぇな」

「良からぬ者たちに捕まる可能性は極めて高いですね……今もまだ無事でいると良いんですが……」

頭領ドン、すぐに行こう」


 俺の呟きにアドルとギルが反応を返した。どちらも焦ったような声色だ。当然俺だって焦っている。


「皆、まだまだ休まずに行けるか? 無理だと言っても我は先に行くぞ」

「てめぇアーシュ、俺らを誰だと思ってやがる。行くに決まってんだろ! アドルは? 行けそうか?」

「はい。頭領ドンに運んでもらえたおかげでかなり回復しましたから。ですが、私の速度は遅いと思います。足を引っ張ることになるかと……」


 アドルは申し訳なさそうにそう言ったが、自分の力量を認識して素直にそう言えるってのはなかなか難しかったりするもんだ。それなのにはっきり言えたアドルは偉いと思うぜ。


「まぁそうだよな。今後ビシバシ鍛えなおすとして、今は俺がまた連れて行ってやる」

「う、すみません……」

「その代わり、帰ったらしっかり修行に励めよ?」

「もちろんです! もう2度とこんなに悔しい思いはしたくないですからね!」


 良い返事だ。本当にうちのギルドの者達は素直な奴が多くて嬉しいね。……素直じゃないのもかなりいるがな!


「鍛え直したとしても、この者達について行けるようになるには、なかなか厳しいものがあると思うのだが」


 アーシュがそんな余計なことを口走るものだから、思わず後頭部を拳で殴りつけてやった。何をする!? と抗議をしてくる声は無視だ無視。ったく、デリカシーってもんがないのか?


「確かに難しいどころか、私には一生かかっても辿り着けない領域ですよ」


 ほらみろ、アドルの奴、苦笑いしてそんな事を言い出したじゃねぇか。キッとアーシュを睨み付けると、アーシュも流石にバツの悪そうな顔をした。今更遅ぇ!


「でも、目標は高く持つ方が、上達は早いと思うんですよね。私は諦めませんから。気にしないでください」

「お、いいなその考え方。流石はアドルだ。期待してるぞ」


 拳を握りしめてそう宣言したアドルの顔は、少し逞しくなったように見えた。メンタル面も強いようでなによりだ。……アーシュは反省するべきだけどな!


頭領ドン、なら早く先へ」


 おっと、ギルはそろそろ待てなくなってきたみたいだな。了解、さっさと向かおうか。


「ああ、わかった。村の奴らに挨拶してくるから、先に北に向かっててくれ。すぐに追いつく」

「追いつけるのか? ユージンよ」

「はんっ、愚問だな。ほら、さっさと行け。アドルは俺と来い。村を出たら魔物型になるんだぞ」


 追い払うようにギルとアーシュにそう言い残すと、2人はあっという間に姿を消した。ちょ、せめて村を出てから走れよ、という俺の小言は口から出てくる暇さえなかった。

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