sideギルナンディオ3 後編


「はぁぁぁぁぁ」

「何度目の溜息だ、ユージンよ。まぁ、気持ちはよくわかるが」


 現在、俺たちはトルティーガ国、中央の都へと向かっている途中だ。道中、なんどもこうしたやり取りがされているが、気持ちとしては俺も同じなので何も言わない。


「まぁ、移動手段が馬車くらいしかない、となればそうもなりますよね……」

「いかに魔術に頼り切ってたかわかるってもんだよな……はぁ、ギルとアーシュも魔物型になってもらってパーッと飛んで行きてぇ」

「……うむ、いっそそうしてしまうか?」

「やめてください! この大陸で影鷲や龍が飛んでたら大騒ぎ、下手したら戦争騒動になりますから! というかこのやり取りも何度目ですか!?」


 毎度アドルも止めに入るあたり律儀な性格だと思う。だが、これがないと本当に飛んでいきそうだから実際助かっている。


 とはいえ、俺のみではあるがこの移動も行きの道のりだけだ。これまで通った各所に影鳥を置いてきているからな。常に影となる場所なら1羽ずつ置いておけるし、置くだけなら魔力も消費しない。まぁ生み出すのに多少の消費はするが、大した量ではないから問題はない。

 つまり影鳥を配置した場所なら、今後は一瞬で移動出来るというわけだ。万が一、メグが自力で鉱山に辿り着いたという時に、すぐにでも駆け付けられるように。それに、メグの気配を察知したらすぐに俺に伝わる。この地で出来る魔力での捜索はこれが限界というのが歯痒い。


「いいよな、ギルは。帰り道は楽チンで……俺も影の中通れたらいいのに……」


 俺が影鳥を放つのを見ながら、頭領ドンが恨みがましい目で俺を見てくる。そうは言われてもな……


「……内部は影だ。精神がおかしくなってもいいなら、連れて行く」

「……やめておく」

「む? 随分諦めが早いのだな。ユージンにしては珍しい」

「……一度興味本位で覗いた事があるからな」


 そう、昔頭領ドンは同じような事を言って俺の影に入った事がある。入った、といっても顔を突っ込んだだけだが。その間ほんの数秒だったが、本人曰く、数日間も影の中から抜け出せない悪夢だった、と珍しく顔面蒼白となっていた事を覚えている。


「どんな敵もその影に押し込めばイチコロだろうよ……」

「わ、我でもか!? 恐ろしい男よ……」

「いや。影に他者を入れる事自体、俺にもダメージがかかるから無理だ」


 そう、顔を入れただけのあの時でさえ、俺も感じたことのない程の目眩を覚えた。人1人入ったらどうなるかなど、考えたくもない。あの時は、俺もどうなるか興味があったからやってみただけのことで、二度とやろうとは思わない。

 ただ、己が認めた「つがい」なら共に通れると聞いた事はある。しかし、試そうとは思わない。第一、番に出会える気もしない。とっくの昔に諦めている。


「はぁ。ま、つべこべ言ってても仕方ねぇか。アドル、お前なら魔物型になってもあんまり問題ないよな? ちと魔物型になってくれ」

「え? 構いませんけど……」


 確かにアドルなら魔物型になっても少し大きめの黒い鳥だ。珍しくはあるだろうが、こういう鳥だと言い張れば魔物だと言うことはバレないだろう。言われた通りアドルは魔物型になると、頭領ドンは魔物型のアドルを小脇に抱えた。


「うっし、走るぞお前ら」

「おお、なるほど。久しぶりに競争でもしようか、ユージン」

「おっ、いいな! この先にある村まで競争な!」

『ちょっ、待ってください! 次の村までどれほどの距離があると……!? それに人に見られたら大変なことになりますよ!?』


 なるほど。疲労困憊なアドルさえ抱えられるのなら、走った方が速い。アドルが羽をバタつかせて抗議をしているが……おそらく無駄だろう。


「お前……俺らが人間に見られる速度でしか走らないと思ってんのかよ?」

「ふははは! 最近運動不足であったからな! ……敵をぶちのめす前の準備運動くらいしておかねばなるまい」

『い、いや……確かに見られはしないでしょうけど、突然地面が抉れたり、木がなぎ倒されたり、ものすごい突風が来たら流石に異変に気付くでしょう!?』

「ああ、それは……突然の、自然現象だ」

「うむ、不幸な自然災害であるな。なぁに、人に被害は出さぬよ」


 そういう問題ではありません、とアドルはいまだ諦めずに叫ぶが、正直なところ、俺は賛成だ。今は1秒でも惜しいのだから。


「ギルも大丈夫だな?」

「問題ない」

「ふ、頼もしいな。お主、我らについて来られるか?」


 魔王が期待を込めた眼差しで俺を見ながら、挑発的な事を口にする。嫌味を言いたいのか、こちらを鼓舞したいのかいまいちわからないが。


「……貴方こそ、置いていかれないように気をつけた方がいい」

「おー、言うなぁギル! まぁ、俺らも年だし? 若者についていけないかもしれねぇよなー」

「なにぃ!? 良い度胸ではないかギルとやら。後で弱音を吐いても遅いからな!」

『ああ、ギルさんまで……もう諦めるしかなさそうですね……はぁ』


 ついにアドルも諦めたようだ。そこでようやく俺たちは一度目配せし合い、同時に走り出した。スタートダッシュのせいか、今までいた場所には大きな穴が開いているが仕方ないだろう。その他の道中は極力破壊しないように気をつけるとしよう。


 俺たちは人間には見えないだろう速度で駆け抜けていく。とはいっても魔力は使わない。それぞれの身体能力だけで走っている。これは種族特性によるところも大きい。頭領ドンは元々普通の人間なので例外だが。

 もちろん、走るのが苦手な亜人もいる。たまたまこのメンバーは、アドルを除いて走るのが得意な者たちだった、というだけの話だ。……本当に人間であるはずの頭領ドンの身体は一体どうなっているのか、不思議でならない。おっと、時々影鳥を放つのを忘れないようにしないといけないな。


 こうして、普通に行けば1日かかる村までの道を、俺たちは昼前までに走りきった。村が少し見えて来たところで徐々にスピードを緩め、止まる。突然止まってもいいが、巻き起こる風や地面への影響も考えないといけないからな。人間の大陸とは、面倒な事が多くて困る。


「よし、あの村で昼飯でも食っていこう。それぞれ備蓄はあるだろうが、村人から話も聞いてみたいしな」


 村に立ち寄るのか。それを聞いた俺は、外していたフードとマスクを装着した。やはりあまり人に顔を見られたくはない。


「……アーシュというとびきり目立つ奴がいるから大丈夫だろ?」

「おい、ユージンよ。どういう意味であるか?」

「より目立たなくなる方が良い」

「なるほどな。徹底してんなぁ、ギルは」

「だから、なぜ我が目立つのだ!?」


 魔王は恐ろしいほどに見目が良い。良すぎて人が避けてしまうほどだ。それならそれで人は寄ってこないから良いだろうと思う。だがまあ、魔王には悪いが、ちょうどいい隠れ蓑にはなりそうだと思ってしまう。


『では、私も戻りますね。頭領ドン、運んでくださりありがとうございました』


 そう言ってアドルも人型に戻る。顔色が戻っている様子からみて、だいぶ回復してきたようで安心する。


「んじゃ、行くか。……懐かしいな。村のみんなは元気でやってっかな」

「む、来たことがあるのか?」

「割と最近な。イェンナを探してる時だ」


 なるほど、頭領ドンは人間の大陸を旅するのは2回目なのだったな。道理で道を知っているはずだ。それに、知り合いがいるなら話も聞きやすいだろう。さすがだ。

 こうして、頭領ドン以外には初となる人間の村へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る