ユージン


 待って。どういうことだ? いや、そういう事だよ。


 お、お父さんったら、魔王と仲間だったの!? そしてメグのお母さんとも! というかメグの名前の由来がまさかの私だったという事実にビックリだよ!

 世界は狭い……異世界に渡ったというのに狭いとはこれいかに。


「メグ? どうしたのだ。具合でも悪いのか?」


 あまりにも私が呆然としていたから、魔王さんに心配されてしまった。


「ううん、そんなことは、ないんでしゅけど……」


 そして、引っかかる事があるのだ。何って名前だよ! 私のじゃなくて、お父さんの名前だ。

 お父さんはなんでユージンなんて名乗ったのかな? そう考えた時、ふと思い出したのは随分昔の日常の一コマ。


『ユージン? 何それ』

『俺の名前だよ。ゲームの中のな!』

『なんでそんな名前? 友尋ともひろじゃダメなの?』

『環、お前わかってないな……こんな世界観で友尋だなんて雰囲気が出ないだろ! でもほら、名前の読み方変えただけでなかなか世界観に合ってると思わないか?』

『あーはいはい、そうだね。早く食べないと遅刻だよー?』

『わっ、やべぇっ!』


 ……そうだ。そんな会話したよ、確か。でもその時は朝ごはんの片付けをしたかったからあんまりちゃんと聞いてなかったんだよね。でもまさか、お父さんが異世界に飛ばされて、その名前を名乗って生きてたなんて思わないじゃない?


「ユージン……」


 あぁ、でもこのモヤモヤはそうじゃないんだ。違う、まだ何かある。というかこの名前、他にもどこかで聞いた覚えがあるんだよね……えーと、どこだったっけ?


「ああ、メグはユージンに会った事があるんだったな」

「へっ?」


 考え事をしている途中に、思いもよらぬ言葉が聞こえてきたものだからおかしな声が出てしまった。だって、会った事があったらいくらなんでも覚えてるよ! だって、私は姿が変わってるけど、お父さんはお父さんのままなんだから絶対にわかるはずだもん。


「会ったことなんて、ないでしゅよ?」

「む? そうか? 彼奴からメグの話を聞いて我はここに来たのだぞ?」


 ………………え?


「ああ、そういえばその時メグは眠っていたと話していたな。なるほど、それならメグはユージンには会っていないな」


 ちょ、ちょっと待って。

 なんで? なんでそんな、今も生きてるみたいな……


 ドクン、ドクンと、大きな音で脈打つ。これ以上大きく鳴ったらこの心臓は弾けてとんでしまうんじゃなかろうか。


「あ、あの……ユージンって人は、人間なんじゃ……どーちて、今も、その……」


 生きて、いるの?


「む? そうか、メグはまだ幼いから知らぬのも無理はないな。ユージンはな、我と魂を半分ずつ交換しあったのだ。おかげで我は力に飲み込まれる事がなくなり、ユージンは寿命が延びた。我はその分寿命が縮み、ユージンはより強くなってしまったが、どちらも大して問題のない範囲であったからな」


 魔王は亜人の倍生きる。魔王さんはそれが普通の亜人と同じくらいの寿命になっただけらしい。そして、100年も生きられない人間のお父さんは逆に亜人並みの寿命を持つことになったんだそうだ。


 お父さんが、今も生きている?


「い、今はどこにいるんでしゅか? どこで、どうして暮らしてるのか、わかりましゅか?」

「メグはおかしな事を聞くな? もしや、名前を知らなかったのか?」


 私は、その答えを知っている————


『とにかく荒れに荒れていた激動の時代でしたね……あの頃はその日食べるものを確保するので精一杯というのが常でしたし』

『だが、そんな時代を変えた人物がいる』


 ギルドに来たばかりの時に。シュリエさんとギルさんが話していたじゃないか。


『その人の名はユージン。このギルドの創始者であり、我らの頭領ドンですよ』


 ————そうだ。そこでユージンの名前を聞いたんだ。その時に気付いていれば良かった。けど、結構よくある名前だと思ったから……!


「特級ギルド、オルトゥスの頭領ドンだぞ? ユージンは」


 あぁ……嘘でしょ? 本当なの? 本当に?


頭領ドンが帰ってきたぞー!」


 そんな時、ギルドに響き渡る声。あはは、タイミング良すぎるでしょ。なに、それ。


「おかえりなさい! 頭領ドン!」

「シュリエさんも、おかえりなさい!」

「お疲れ様です! お怪我などもなさそうですね!」


 私は、ゆっくりと、ギルドの入り口に目を向けた。


「おう、ただいま。良い子にしてたかお前らー」

「良い子、ってなんすかそれ!」


 ギルド内に笑い声が溢れる。


『ただいま環。良い子にしてたか?』


 ……お父さん、お父さんだ。


「ふっ、ユージンはやはり変わらぬな。ギルド内の者にも好かれておる」

「ん? なんだよアーシュ。まさかずっとここにいたのか。って事はやっぱり?」



 頭領ドンが魔王さんの存在に気が付いて声をかけながらこちらに向かってきた。


 優しげな眼差し、ピンとした姿勢。

 記憶の中のお父さんより少し歳をとってるかな……でも、なかなかカッコいい歳の取り方してるじゃない、お父さんったら。


 そして、その青いネクタイ。グレーのスーツはあの時とは違ってこちらの世界で作ったものかもしれないけど、あの青いネクタイは出張に行く時に、帰りにはこれを着けるのだと言って見せてくれたもので間違いない。


『おとーさん! お誕生日、おめでと!』

『えっ!? なっ、環……これ、どうして……』

『えへへー。お小遣い貯めて買ったの! ちゃんと自分のお金で買ったんだよ。どうしてもお父さんに何かプレゼントしたかったから!』

『環……そんな、お前、自分の欲しいもの買えば良いのに……』

『お父さんへのプレゼントが欲しかったから、買ったんだよ?』

『そ、そうか……そうか! ありがとうな、環。お前が初めて買ってくれたプレゼントだ。一生大事にするぞ!』


 小学生の頃、おばあちゃんのお手伝いをしてコツコツ貯めたお小遣いで、お父さんへの誕生日プレゼントを買ったのだ。生まれて初めて自分のお金で買った物だった。買い物だって初めての体験だったな。

 それまでのプレゼントはお手紙とか工作をあげてたりしたけど、少し大人になったみたいで嬉しかったのを今でも覚えてる。


 あの時プレゼントした青いネクタイは、今やヨレヨレになっていて、ずっと身に着けてくれてたんだなって一目でわかった。前の世界にいた時は、大事にするんだって、特別な時にだけしか着けてなかったのに。


 この世界に来て、たった1人で訳がわからない状態だったはず。

 もしかしたら、あのネクタイがお父さんを元気付けてくれてたのかもしれない、なんて。ちょっと自意識過剰かな?


「ああ。お前の言う通り、メグは我とイェンナの娘で間違いない」

「……そうか。どうだ、娘というのは良いものだろう?」

「まだ関わりが少ないゆえ良くはわかっておらぬが……もう何度も『萌え』というものを体験しておるぞ!」

「は? 何だそりゃ」


 ああ、でも。いくら私がお父さんの娘、環であっても、今は魔王さんの娘のメグなのだ。


 どうして、伝えられるの?


「やぁ、メグ。君とこうして話すのは初めてだね。はじめまして・・・・・・。俺はこのギルドの頭領ドンで、君の父親のアーシュとは友達なんだ。よろしくな」


 頭領ドンが、お父さんが、私の背に合わせて屈み、私の頭に手を置いて撫でる。「はじめまして」という言葉が胸に突き刺さった。


「あ……ぅ、ぁ……」


 違う。はじめましてなんかじゃないよ? ずっと、ずっと、会いたかったんだよ。

 1人きりで、ずっと寂しかった。お父さんは死んでないって、信じてた。いつか帰ってくるって。会いたいって。


 また、会える日がくるって。


「はじめ、まちて……メグ、でしゅ」


 だけど。その全ての言葉を私は飲み込んだ。他に言える言葉が見つからなくて。


「む、どうしたのだ、メグ。やはり具合が悪いのではないか?」

「えと、ちょっと頭が痛いでしゅ。お部屋で休んでもいーでしゅか?」

「なんだと!? だ、大丈夫なのか!? 医務室へ……」

「大丈夫でしゅよ! 休めばすぐ元気になりましゅから」


 慌てる周囲の反応をどうにか宥めるも、なかなか納得してくれないので、必殺「自分のお部屋のベッドがいいでしゅ」を繰り出してどうにか部屋に戻れる事になった。正直、今はそれどころじゃなくて、早く1人になりたいだけだったんだけど。


「ゆっくりと休むんだぞ? 俺も暫くはギルドにいるから、また話そうな」

「あい……」


 頭領ドンにそう言われた私は、心配そうに私を抱き上げたギルさんとともに自室へと戻った。魔王さんは頭領ドンと少し話すそうで、別室へと向かったみたいだけど。


「大丈夫か。メグ」


 私はただただ、ギルさんの胸にしがみついて、溢れそうになる涙を必死で堪えていたのだった。

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