sideザハリアーシュ 後編
「俺だってそのままだ。異世界からこの世界に迷い込んだってだけの話だからな」
「いや、それだけの話では済まされぬぞ。詳しく話せ」
いつも飄々としているユージンであったが、話始めると様々な表情を見せてくれた。その話を聞いて初めてユージンという人物を知ったのだ。
「ちと長くなるが。俺は、異世界の日本という国に生まれ育った。ごくごく平凡な人間の男だ。結婚し、子どももいてな。だが妻を早くに亡くし、俺の両親も亡くなって俺は娘と2人で暮らしていたんだ」
まず、ユージンが結婚していて子どももいるという事実に驚いた。そして次に人間だという事に。
「う、嘘ですわ……貴方が、人間!?」
「はっはっはっ、流石にその嘘は無理があるぞユージン。お前がただの人間であるはずがなかろう?」
ユージンの強さは並大抵のものではなかった。戦闘中の立ち回りは洗練されており、我と対等に渡り合える。かと思えば魔術の腕は自然魔術の使い手であるイェンナが威力で負けそうになるほどの魔力量。よほどのポテンシャルを秘めた希少種の亜人でもなければ説明がつかぬ。相手を油断させるために人型をとっているのだと思っていたのだが……
「ただの、人間だ。俺は今年45だからな?」
それを聞いて我らはそれが真実であると理解した。正確には言葉というより、その真剣な瞳がそれが嘘ではないと語っていたように思う。
ユージンはある日仕事先から帰る途中、事故により乗り物ごと崖から転落。死を覚悟したそうだが、次に気付いた時にはこの世界にいたのだと語った。
「この強さに関しては、俺も予想外だったんだよ。まさかゲームしてた時のステータスがそのまま身に付いてるとは思わなかった……」
ユージンの語るゲームについて、我らは全く想像出来なかったのだが、これまでなかった力がこの世界に来たことで突然身に付いたらしい。あまりにも強すぎる力にユージンは戸惑い、恐れたという。
「だからな、アーシュ。お前の気持ちも少しはわかるんだ。まぁ、力に飲み込まれて自我を失う恐怖まではわからんがな」
そう言いながら苦笑を軽く浮かべたユージンは、再び話し始めた。
境遇に混乱し、余りありすぎる力に恐れたユージンであったが、しかしその力のおかげでこの世界で生き抜くことが出来た。魔物が暴れた時代に、少なくとも身を守る術は絶対に必要だからな。
そんな時、魔物の群れとたまたま共闘したイェンナと出会って意気投合し、共に行動するようになったという。ユージンは田舎者であると偽り、この世界のことを教えてもらいながら2人、旅をし始めたのだそうだ。
「……ん? ちょっと待て。イェンナに教えてもらったのか?」
「そうだ。世の中の事については俺と同じくらい知らないイェンナに教えてもらったんだ」
ハイエルフの郷に永らく住み、外の世界に出る事もなかったイェンナは、ユージンと変わらず田舎者と言っても差し支えなかった筈であった。
「そ、それは確かに自分で見聞きした事はありませんけれど、情報だけならいくらでも調べられましたもの! ユージンよりは遥かに世界の事を知っておりますわ!」
「はぁ、道理で時々一般常識とズレていると思ったよ……俺の気のせいじゃなかったんだよな」
「しっ、仕方ないのですわ! それでも、助かりましたでしょう!?」
「まぁ、そうなんだけどな」
こうして2人は当てもなく旅を続けた。元より行き先などないユージンと、とりあえずハイエルフの郷から逃げ出したかったイェンナ。2人に目的などなかったのだからな。
実力が並大抵のものではない2人だったために、2人の時からすでに名が売れていたようだった。そんな時に我とも知り合った、という流れであるな。
「1つ、聞いても良いか」
「なんだ?」
そこまで話を聞いて、我はどうしても気になる事があったのだ。
「……異世界には、娘がいるのだろう? それも、話を聞くに、たった1人なのではないか、と」
「…………はぁぁぁぁ」
我の言葉に長いため息を吐きながら頭を抱えて項垂れたユージンは、その後小さな声でそうなんだよ、と呟いた。それは消え入りそうな声でな、いつも強く、頼り甲斐のあるユージンからは想像も出来ない姿であった。我はイェンナと顔を見合わせて驚きを共有したぞ。
「……もうあと2年ほどで大人になるから、生活はきっと大丈夫だと思う。それまでも、俺が仕事で家を何日も空けることがあったしな。だが……」
くしゃりと髪を乱暴にかき上げ、ユージンは泣きそうな顔で娘について語った。
「俺は最低な親だ。何よりも大事な娘をたった1人残して、こんな所にいて。でも、帰る方法も見つからない。せめて娘が無事に、幸せに生きてくれていることを祈ることしか出来ないんだ」
————こんな力があっても、俺は無力だ。
一瞬、涙を流しているのかと思った。が、きっとそれは気のせいだったのであろうな。
「……娘さんは、どんなお子さんでしたの?」
雰囲気を変えるためにも、イェンナが優しくそう問いかけた。ユージンはふっ、と笑うと嬉しそうな顔で娘について話し始めた。あんな顔、後にも先にもあの時くらいしか見たことがなかったな。
「母親に似て可愛らしい容姿でな、頭も良くて気遣いも出来る優しい子なんだ。ちょっと運動神経が悪くて人に気を使いすぎるところがあるんだが……」
「とても素敵な娘さんですのね。名前はなんと?」
「ああ、
良き名だと思った。きっとその娘は、名前に込められた願い通り、愛情豊かな優しい子に育ったのであろうと、そう感じたのだ。
「よし。ならば我に子が出来たなら、その子にメグと名付けよう」
「あら、素敵ですわね! でも、私もその名をいただきたいですわ」
「……お前ら、まず出生率限りなく0じゃねぇかよ。ハイエルフはどうか知らねぇけど、エルフも魔王も最も子どもが出来にくい種族の代表だろーが」
そんな事は我らも重々承知であった。だが、気分を明るくしたいがために我もイェンナもそんな話をしたのだ。
今となっては、まさかその時の事が本当になるとは思いもしなかったがな。しかも、相手がイェンナだなどと、互いに考えもしていなかった。
だが、どうにか我が力を抑えることに成功し、戦争が終結した後。我らは急速に仲を深めていったのだ。イェンナが我にとって心から大切な人物であると、気付いたのだ。有難い事に、イェンナも同じ気持ちであると言ってくれた。
幸せであった。だが、ある日突然、イェンナが調べたい事があるからハイエルフの郷へ行くと言いだしたのだ。
「とても大切な事ですの。大丈夫ですわ。私はハイエルフの犯罪者ですけれど、長の1人娘ですもの。酷い扱いはされません。調べたら、すぐに戻りますから」
それが、イェンナを見た最後であった。魔王として、罪滅ぼしのために国を離れる事が出来なかった我は、心配ではあったがイェンナを見送ることしか出来なかった。ユージンはユージンで、やる事があると戦争後に別れたきりであったから、イェンナは1人で向かったのだ。
我は今もあの時無理にでも着いて行けばよかったと後悔しておる。
……とまぁ、長くなってしまったが。こんなところだな。む? どうしたのだ、メグ。驚いたような顔をして。我の話におかしなところがあったか?
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