魔王の依頼
「特殊体質、か……」
「え?」
ポツリと呟いたのはサウラさんだった。その聞き慣れない単語に思わず疑問の声を漏らしてしまった。
「前にシュリエに聞いたことがあるの。エルフの中には時々特殊体質を持って生まれる個体があるって。その能力は様々だけど、いずれにせよ便利で他の人では持つことの出来ない力であることが多いらしいわ」
そうなの!? エルフってすごいのね。そう思ってほへーっと1人感心していると、魔王さんから補足説明が入った。
「うむ、その通りだ。能力の高いイェンナと我の子なのだ。持っていてもおかしくはない。つまりメグ、そなたのその夢も、特殊体質が影響しているのやもしれぬ」
「うぇっ!?」
私の事だったね、そういえば! ついつい他人事のように感じていたから変な声出ちゃったよ。
「我は彼奴にイェンナの特殊体質が何であるか調べてほしいと頼んでいた。持っている事は知っていたのだが、それが何かまでは聞いていなかったからな。しかし、母娘だと能力も似るのだろうか……不思議なものよ」
イェンナさんの特殊体質は未来予知。私のあの夢は未来予知という能力なのではないかって魔王さんは言う。
私の能力というよりはメグの能力って感じがするから私に実感はないんだけど。夢の中でもメグが教えてくれた事だしね。
「それについてはすぐに調べがついたらしいのだがな。もう1つの依頼、肝心のイェンナの行方がわからぬのだ」
そっか、見つからないんだ。でも、
「それは、ハイエルフの郷なんじゃ……」
ハイエルフの郷? サウラさんの一言に魔王さんは驚いた様子もなくそうだろうな、と同意した。え、場所わかってるんだ?
「居場所がわかってるのに、何が問題なんでしゅか?」
私がそう首を傾げて聞くと、みんなが揃って困ったように微笑んだ。あれ、何かおかしい事聞いちゃったかな?
「たぶんだけど、メグちゃんもきっとハイエルフの郷にずっといたんだと思うの」
「え? 私もでしゅか? ……知らなかったでしゅ」
「やっぱり覚えてないか」
えーっと、つまり私がメグとして気付く前って事なのかな。ダンジョンにいる前の話なのかもしれない。それなら私が知らなくても仕方ないよね。
「ハイエルフの郷っていうのはね、閉ざされた地なの。ハイエルフは……その、余所者を決して受け入れないのよ。つまり、余所者が侵入してきたら、容赦無く排除する、危険な種族って言われてるの」
サウラさんが少し言い難そうに説明してくれた。きっと私や母親がハイエルフだから、気を遣ってくれたのだろう。それにしても私の持つ排他的なエルフイメージがピッタリ合うのがハイエルフだった、って事か。
「ハイエルフは最も神に近い種族と言われておる。持つ力も他種族では到底及ばない力である事が多く、何より長命だ。万年という年月を生きるのだ」
亀かよっ!? え、そんな生きるの? 私も!? やだやだーっ! そんなに長生きしたくないよー!
ちなみに、大昔にハイエルフの中でも意見が分かれて、人としての生を選んだのがエルフの始まりなんだって。そんな歴史があったのね。私も人としての生を生きたいよ……
「だからこそ、全種族の中で子どもが最も生まれにくいの。私たち以上に貴重なのよ。だから、ハイエルフがメグちゃんを手離すとは思えないの」
「そうだな……それに、ハイエルフの郷の守りは強固なものだ。イェンナがそこにいるとわかっても、我々はそう簡単には手を出せぬのだ」
ハイエルフに手を出すと、下手したら戦争になると魔王さんが告げる。そっか、それをみんなわかっているんだ。だから、居場所がわかっていても探しに行けない。
そんな時に私が現れた。どうして私だけがあのダンジョンにいたのかはわからないけど、そのイェンナさんという人が私を逃したのかもしれない。
そういえば夢で、出てきたっけ。あの人がイェンナさん、か。何か言ってた気がする。えっと……
「必ず、光は射す……」
「なんだ?」
「夢で、言ってたんでしゅ。たぶん、お母しゃんが」
「!? な、なんと言っていたのだ?」
魔王さんがずいっと私に顔を近づけて問い質してきたので思わず後ずさる。もう少し自分が美形だというのを自覚してほしい!
クロンさんによってズルズルと引きずられたのを見届けてから、私は話を続けた。
「えと、産んでしまってごめんしゃいって。全部自分が悪いって……あと、光は射すから、生きてって」
「イェンナ……」
生きて、か。私が生きていいのかな? そんな迷いが私にはある。でも、少なくとも今は私が生きなきゃいけない。メグの為にも。それにね、メグも私も思ってるよ。
「生まれてきて良かったって思ってるでしゅ。産んでくれてありがとなんでしゅ。……謝らないで欲しかったな……」
母親が謝っちゃダメだよ。産んでごめんって、本当は産みたくなかったってこと? きっと違うだろうけど、そう聞こえてしまう。
子どもが、生まれてきて幸せかどうかなんて、子ども自身が決めることだよ。いくら母親でも決められる事じゃないんだ。
「ふぁっ?」
しょんぼりしていると、フワリと身体が浮く感じがした。この手はギルさんでもないし……ふと顔を上げると、目の前には魔王さんがいらっしゃった。思わず声を上げそうになったんだけど、魔王さんは半分泣きそうな顔で笑っていたから、私は驚きの声を飲み込んだ。
「メグ。……そなたは、幸せか?」
おそらくは父としての質問だ。そうだね、少なくとも私は。
「幸せでしゅ。たくしゃんの、優しい人たちに出会えたから」
寂しいを受け止めてくれて、嬉しいを分かち合ってくれて、居場所を与えてくれる。
メグは、幸せだって思ってくれるかな?
「そうか……良かった。感謝するぞ、メグ」
「あいっ!」
親には気に病んで欲しくない。子どもが出来る精一杯の親孝行は、幸せになる事だと思うから。
そう考えると、環は親不孝者だったかもしれないな、という考えが浮かぶ。がむしゃらに生きて、幸せだとは思っていなかったように思う。
ただ生きる事さえ出来ない人がいる世の中で、幸せに生きる人が一体どれほどいるんだろう? それはある意味、奇跡的な事なのかもしれないなぁ。
そんな、やや哲学的な事を考えていた時、魔王さんが私を抱っこしたままこの場にいるみんなに向けて言葉を発した。
「余計に戦争を起こすわけにはいかなくなったな。だが、メグが見たというならその未来は現実となってしまうのだろう。可能性は高い。極力避けようと思うがもしも、予知通りに戦争が起きた場合には……」
ほぼ戦争は起こると思ってた方がいいって事だよね。う、怖い。けどそれをどうにかするためにも今から動かなきゃいけない。みんなが真剣な眼差しで魔王さんの言葉の続きを待つ。
「早急に戦争を収めるべく全力を尽くそう。特級ギルドオルトゥスの助力を願う」
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