sideシュリエレツィーノ3 前編


 メグに話をし、風の精霊との契約を見届けてからギルドを後にした私は、頭領ドンとの約束の場所へとすぐに向かいました。もしかすると頭領ドンを待たせているかもしれないと思うと、その進む足も速くなると言うもの。私の契約精霊ネフリーに魔力を十分に渡して、私は空を飛んでいました。飛ぶ、というのは少し違いますね。風にのる、という言い方が1番近いかもしれません。

 普段なら他の移動手段を取るのですが、早く調査をしたいという気持ちと、待たせている相手が頭領ドンである、という事が私の気持ちを急くのです。可笑しいですね。頭領ドンとの遠征が待ち遠しくて心躍らせるなど、子どもの様です。私にもそんな部分があったのかと、自分でも驚きました。




 待ち合わせ場所の港へ着いた私は、人目につかない場所で地面に降り立つと、すぐにネフリーに頭領ドンを探すよう頼みました。もう頭領ドンは着いているみたいですね。早速足早に頭領ドンの元へと向かいます。


頭領ドン。お待たせしました。遅くなって申し訳ありません」

「おぅ、シュリエ。もう来て平気なのか」

「ええ。思っていたより目覚めが遅くはありましたが、問題ありません。話もしてきましたので」

「そうか。ならさっさと向かうとしよう」


 頭領ドンは少しせっかちなところがあります。再会の挨拶は一瞬で終わり、直ぐに目的へと突き進む。まぁ、長い付き合いですのでその辺りを心得ている私としては問題ないのですけどね。

 こうして私たちはすぐにナンレイへと向かう定期船へと乗り込むのでした。




 ナンレイまではこの高速船でも丸2日かかります。そこから船を乗り継ぎ、私の故郷であるエルフの郷まで3日ほど。調査にそこまで時間をかけないのであれば、予定通りギルドへ戻れるでしょう。

 さて、ナンレイに着くまでは暇を持て余すことになります。暫く他の事について思考を巡らせようかと考えていると、頭領ドンからお呼びがかかりました。1人で時間を潰すことの多い彼にしては珍しく、話をしたいと言うのです。きっと余程の内容なのでしょう。私は二つ返事で了承し、頭領ドンの部屋へとお邪魔しました。


「……俺の依頼について少し話しておこうと思ってな」

「! それは……良いのですか?」


 椅子に腰掛けるなり口を開いた頭領ドンからは予想だにしない言葉が飛び出しました。今まで頑なに明かそうとしなかった、20年ほどにも渡る依頼の内容。それを今、明かすと言うのですから。


「ああ。お前が来る前に依頼主に了承を得た。と同時に、依頼主もギルドの連中に同じ話をしにいく」

「依頼主が……? 頭領ドン、その依頼主というのは一体誰なのですか?」


 ずっと気になっていた頭領ドンの依頼主と依頼内容。彼に直接依頼する、という事はどこかの国か、もしくは……


「アーシュだ。っつってもお前らも大体は予想ついてたんだろう?」

「……やはり、魔王でしたか」


 そう。どこかの国王か、魔王であるザハリアーシュしかいません。とはいえ確証はありませんでしたので、今ようやく靄が晴れた気分ではありますが。……ん? 先ほど依頼主がギルドへ、と言っていましたよね?


「……ギルドでは大騒ぎになっているかもしれませんね」

「だろうなぁ。あいつ、話したら直ぐにでも向かいそうな様子だったし、色々と頭から抜け落ちてそうだ。クロンが慌てて準備してたが……連絡もなしに向かった可能性は高いなぁ」


 その様子を思い浮かべ、つい苦笑を浮かべてしまいます。魔王とは、魔王を支持する魔族だけでなく、亜人さえも無意識に従えてしまうオーラを放っています。全ての魔物は魔王に逆らえず、知性ある魔物、つまり魔族や亜人は魔王の力に惹かれてしまうのです。意識的に抑えなければその威圧を放ったまま。慌てて出て行ったのなら、抑えるのを忘れている可能性も無きにしも非ず、です。

 そうなると、ほぼ亜人で構成されている我がギルドのメンバーは、魔王の姿を見ると有無を言わさず頭を下げてしまうでしょう。魔王に力の及ばない者は平伏してしまいますから、大半は平伏しているかもしれません。その光景を想像すると何とも言えない気持ちになります。


 ちなみに私は亜人ではありませんし、それなりに力を有していますので軽く頭を下げる程度でしょう。カーターも同じですね。同じように亜人ではないメグですが、あの子はまだ幼い。威圧に当てられたら怯えて平伏してしまうかもしれないと思うと軽い殺意を覚えました。


「おっかない顔になってるぞ、シュリエ。大方メグの事を思ってアーシュに怒りを覚えたんだろ?」

「……敵いませんね、頭領ドンには。ええ、その通りですよ」

「お前は特にアーシュを嫌ってるからなぁ」

「悪感情はもう持っていませんよ。好意的でもありませんが。それに今更どうこうしようなどとは思っていませんし、謝罪は受け取りましたよ?」

「……根には持ってるんだろ」


 それは否定出来ませんね。私はあの戦争で唯一の肉親と共に、何人もの仲間を失い、特に見目が麗しいからと売られて身体を汚されましたし。きっと死ぬまで根には持ちます。無理に魔王に歩み寄ろうと思っても、精神的に疲れてしまうだけですしね。


 とはいえ、彼を恨む気持ちにもなれないのです。仕方ないと。それだけの言葉で片付けるには被害が大きすぎではあるのですが、それでも彼自身には非はあまりないのですから。


 魔王というのは、必ずしも世襲制というわけではなく、強き者が選ばれる仕組みになっています。というのも、魔王は子を成せない生き物だからです。

 正確には成せないのではなく、全生命体の中で最も子を成し難い上に、魔王自身が母体でない限り、母体が耐えられないからなのですが。


 現魔王は、幼くして魔王に選ばれました。世界でも最強と言われる種族、龍の亜人だからです。

 子の親は我が子が魔王になる事を早くに理解し、だからこそ良い統治となるよう、我が子を大切に育てました。優しい子になるように、と。

 その甲斐あって、魔王は優しい性格へと育ちました。ですが、前魔王が予想外に早く病で亡くなり、その子はまだ成人にも満たないうちから魔王として選ばれてしまったのです。


 魔王に選ばれた者は、歳を重ねる毎に強くなっていく特性を持ちます。成人前に選ばれた魔王というのは歴史上初めてであり、その分彼は過去最強の力を得ました。ですが、元来平和主義な性格が災いして、力に己の精神を奪われてしまう、これまた過去に例を見ない事態となってしまったのです。


 おかげで抑える事なく解放されてしまったその濃厚な魔力により、魔物は暴れ、魔族は特に影響を受けて好戦的になり、戦争が始まったというわけです。

 彼は悪くない、と。彼を慕う者がそう思うのは当然と言えるでしょうけど、直接的に被害を被った側はそう簡単には気持ちを切り替えられないといったところですね。


「だからこそ、お前だけを連れて行こうと思ったんだ。用があるのがエルフの郷っていう理由ももちろんあるけどな」

「お気遣い、痛み入ります」


 私はあの忌々しい戦争を収束へと導いた頭領ドンに忠誠を誓っています。そんな彼が親友だという魔王なのです。わだかまりはあれど本心から、魔王に対して敵意は持っていません。それを全て理解した上で私に気を遣ってくれたのでしょう。有難い限りです。


「それから、お前が心配しているようなことにはたぶんならないぞ」

「え?」

「メグの事だ。あの子はおそらく、魔王の威圧の影響は受けない」

「それはどういう……」


 威圧を受けない? その言葉に疑問を放つ前に、私は自ら答えを導き出してしまいました。


「ま、まさか、そんな……あり得ません!」

「影響を受けていなければ、それが確たる証拠となる。それを確認するためにも、アーシュは威圧を放ったままギルドに訪問するだろう。が、俺は間違いなくビンゴだと思ってる」


 そんな、あり得ません。だって、どれほどの奇跡が重なればそんな事が起こると言うのですか!?


「あの子は、メグは……魔王の血を分けた子どもだ」

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