追いつかない心
落ち着け。落ち着こう。落ち着くのよ、
この名刺だけが落ちてきたのか、ここに辿り着いたという人が持っていたのか……お父さんがここに辿り着いたのか。
私の勘が、もう答えを導き出していたけど、確認せずにはいられないよね。泣きそうになるのを必死で耐えながら口を開いた。口が乾燥しすぎてパサパサだ。
「これは……その、迷い人しゃんは読めたでしゅか?」
「それはそうさ。だってこれはその人がくれたんだからね。なんでもここには、その人の名前が書いてあるそうなんだよ。この文字はなんだか神秘的で僕は好きなんだけど……僕の名前も書いてもらった事があってね!」
そう言って嬉しそうにラーシュさんが出したのは同じように水晶に入った普通の紙。そこには『
あはは……思わず笑いそうになる。涙も滲んできた。ってか漢字のチョイス酷いよ、お父さん。
信じられない。まさか、お父さんがこの世界にいたなんて。私はあの時のことを思い出していた————
それは大学進学も目前という頃だった。
その時には祖父も祖母も亡くなっていて、私はお父さんと2人暮らしで。春休み、課題も早めに終わらせた私は家で夕飯の支度をしてた。その時に1本の電話がかかってきたんだ。
『警察です。
「え……? はい……」
出張帰りのタクシーに乗っていたお父さんは、車の玉突き事故に遭い、タクシーは崖下に落ちたという。崖下は海になっていて、引き上げたタクシー内には運転手の死体と、お父さんのスーツケース。お父さんは行方不明扱いになったけど……その安否は絶望的だった。
それから10年近く経って、誰もがお父さんを死んだと認識していたけど、私はまだ信じてなかった。信じたくなかった。だって。
私は独りぼっちになりたくなかったから。
考えないように、考えないようにって毎日勉強に、バイトに、忙しくして。就職してからは必死で仕事に励んだ結果、気付けば社畜になってたんだよね。今にして思えば、中身のない日々だったなって思う。
だけど、お父さんがきっとどこかで生きてるっていう考えだけは、ずっと変わらなかったんだ。
————ラーシュさんの次の一言を聞くまでは。
「良いでしょう、これ。早いなぁ……これを書いてもらってからもう200年も経つなんて。依頼を受けてから今日まであまり目立った進展のない研究で、そもそもその依頼もとっくの昔に取り下げられたんだけどね。僕は今後もずっと研究し続けようと思ってるんだ。この不思議なペンのように、画期的な何かが落ちてくるかもしれないしね!」
ドクン、と鼓動が1つ大きくなった気がした。サァッと血の気が引いていくのが自分でわかる。
え……今、200年って言った……? 聞き間違いじゃ、ないよね……? それに、依頼も取り下げられたって。
名刺を持っていたって事は、お父さんはきっと私のように中身だけこの世界に来たわけじゃなくて、その時の姿のままこの世界に来た、いわゆる転移したんだ。それが、200年前……
魔に属する者は長生きする。だけど、お父さんは……ただの人間だ。最弱と呼ばれる、ただの人間。
もうずっと昔に、死んでるんだ————
手足が冷たい。それを通り越して感覚がない。
お父さんがいなくなってからずっと張り詰めていたものが、今になってプツンと切れた。……おかしいの、どのみち2度と会えない事くらい、この世界に来てこの身体になった時点でわかっていたのに、何を今更私はショックを受けているんだろう。
だけど、私にとって重要だったのは、会えるか会えないかじゃなくて、お父さんが生きているかどうかというその一点だったみたい。
……そっか。もう、死んでしまってたんだね。この世界で、楽しく生きられたのだろうか。
「メグ……!?」
ギルさんの声が、遠くの方で聞こえた気がした。
「んー……?」
気付いた時にはベッドの上だった。たぶん、医務室のいつも寝てるベッドの上。えーと、どうしたんだっけ。
意識失っちゃった、のかな? やだ、私ったら結構繊細。でも、やっぱりショックは大きい。心のどこかでずっと生きてるって信じたかったお父さんの死が確定してしまった事。ここへ来て、この異世界でまさかの奇跡的再会が!? って……そんな物語みたいな事を期待してしまったからこそ、余計にダメージが大きかった。
この事実を飲み込むのには、もう少し時間が必要だ。それで、今度こそ心が落ち着いたら、せっかくだしお父さんの話をラーシュさんに聞かせてもらおう。どんな風にここで過ごして、どんな様子だったか。幸せそうだったか。そんな話を穏やかな気持ちで聞けるその時まで、この事はそっと胸にしまっておこうと思った。
「! 起きたのですね!」
医務室奥から出てきたメアリーラさんが私の目が開いている事に気付いてそう声をかけてきた。医務室ではこうした似たような状況が続いてるなぁ、と思って苦笑する。
「ギルさんが慌ててメグちゃんを抱えて来た時はとっても驚いたのです! けど、まだ本調子じゃなかっただけで心配はいらないのですよ。軽くご飯を食べたらまた少し寝ましょうね」
「ギルしゃんは……?」
「今はサウラさんの元へ行ってるのです。お昼寝から起きた頃にまた来てくれますから、安心してくださいね!」
そっか。心配かけちゃったなぁ。申し訳ない事した。しょぼん。
それからメアリーラさんは暖かいパン粥を持って来てくれた。ミルクベースの味付けで、柔らかく煮た野菜とチーズも入っていて栄養満点。なおかつ今の私にも食べやすくて胃にも優しい。レオ爺かな? とっても優しい味がした。
食べ終わるとメアリーラさんがテキパキと後片付けをしてくれ、眠れなくても横になって目を閉じるのです、と声をかけてくれた。
「身体は疲れてますから、きっとすぐ眠ってしまうのですよ。ゆっくりおやすみですよ、メグちゃん」
「あい。ありがとー、ごじゃいましゅ」
メアリーラさんが部屋を去ると、途端に静まり返った空間が寂しく感じた。そういえば、私ここへ来て1人きりになること、なかったような気がする。
だからこそ、頭の中ではあれこれ考えてしまっていた。
お父さんの事は……今はもういい。今度は心が落ち着くのを待つ。傷は時間とともに癒えるはずだもん。
今はこっちの問題の方が大事だ。なぜかネーモに狙われているらしい私。これは正直サウラさんたちに任せるしかない。私が勝手に動く方が迷惑かけるだろうしね。でも、状況は分かり次第教えて欲しいかも。今度言ってみよう。
じゃあ、今の私に出来ることは?
「ショーちゃん」
『はいなのよ! ご主人様……大丈夫?』
「フウちゃん」
『はいっ!
「ホムラくん」
『おう! 大丈夫なんだぞ、ご主人! オレっちもついてるんだぞ』
名前を呼べばすぐに来てくれる私の
「私ね、少しだけでも戦う力が欲ちいの。みんな、力を貸してくれるかなぁ?」
私のお願いに、みんなは愚問! とばかりに快く承諾してくれた。ワイワイと騒がしくも仲の良い光景に心が癒されていくのを感じる。
「ありがとう、みんな。大しゅき! じゃあ、少しずつ自然
『任せてなのよー!』
『もっちろんっ』
『わかったんだぞ!』
嬉しそうに答えてくれた精霊たちを撫でると、みんな気持ちよさそうに目を細めた。可愛い。
そうしているうちに、瞼が重くなってくる。身体が疲れているっていうのは本当みたい。何日も寝てたっていうのにまだ眠いもん。
こうして、乱れた心を癒すように、私は眠りに落ちていった。
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