2-20:ハッ! しゃらくせえですわ! 

 料理店に入ると、気さくなお兄さんのお仲間らしき三人の男性がテーブルを囲んでいた。

 寝間着みたいな格好で、麦酒を呑みながら料理を待っているような雰囲気だ。

 普通はでっけえ狼を連れた赤ずきんちゃんがお店にやってくると、嫌な顔をされる、もしくは難癖をつけてくるのだけど――三人の冒険者はこちらを見ても気分を損ねたそぶりもなく、何食わぬ顔のままぺちゃくちゃとお喋りを続けている。

 というわけでひとまず、彼らとは別のテーブルに落ちつくことにした。

 ぼくは赤ずきんちゃんが座った椅子のそばに寝そべって、お店の感想を述べる。


「今のところ悪くない雰囲気だね。テーブルも椅子もピカピカで、内装も白くてオシャレだし。ぼくとしちゃ邪険にされないだけでも嬉しいよ」

「あなたが銀狼なのは、彼らにも知られているはずなのですけど。敵意はないと判断してもらっているのか、敵意があろうとも組み伏せる自信がおありなのか」

「その両方ってところだな。お嬢ちゃんたちだって沼地エリアを抜けてきたわけだし、腕に覚えがあるのは間違いなさそうだが、だとしても五対二じゃ分が悪かろうよ」

「五……? 見たところあなたを含めても四人しかいませんけど」

「俺たちのために料理を作っているところだけど、店の奥にミチルさんがいるぞ。あの人も昔は冒険者をやっていたから、本気を出すとめちゃくちゃ強えんだ」

 

 気さくなお兄さんの言葉を聞いて、赤ずきんちゃんはなにごとか考えこむように小首をかしげる。

 その反応を見て、向かいの席に座る彼は、

 

「心配しなさんな。お嬢ちゃんたちのぶんの料理も追加で頼んでおいたから。こうして知り合ったのもなにかの縁だし、今回はおごってやるさ」

「ありがとうございます。ですが気になったのはお料理のことではなくて、この料理店を経営していらっしゃるというミチルさんについてです。もしかしてその人、双子のお兄さんがいませんでした?」

「お、よく知っているねえ。つってもミチルと言えば、この稼業をやってるやつならすぐにピンと来るか。そうとも、彼女は昔チルチルって兄貴とコンビを組んでいた凄腕さ」


 冒険者の世界に詳しくないぼくがじっと見つめると、赤ずきんちゃんはいつものように解説してくれる。

 料理を待つまでの間、ちょうどいい時間つぶしになりそうだ。


「猟師さんが活躍していたころより、少しあとの世代ですね。わたしやこちらのお兄さんからすると、伝説級とまではいかないにせよ、大先輩といったところ。しかしよりにもよってチルチルとミチルですか……。あまりよい話は聞いたことがないのですけど」

「若いころはかなり暴れていたらしいからな。獲物の横取りは当たり前、時にはほかのパーティーを尾行して、お宝が集まったところで強奪するようなことまでやっていたとか」

「げえ……。完全にクズじゃん。赤ずきんちゃんだってもうちょい慎みがあるよ」

「ねえマロックさん。わたしのことをなんだと思っていますの?」


 だからヤバいやつだって。

 言ったらぶん殴られるから黙っておくけど。


「冒険者なんてのはろくでもねえやつの集まりとはいえ、そんだけお行儀が悪けりゃ目に余る。チルチルとミチルは同業者から恨まれた結果、今度は自分たちが獲物の横取りや妨害工作をされるようになった。ギルドだって評判の悪いやつにわざわざ仕事を斡旋しねえし、割のよくねえ依頼だけがまわってくる。そうなっちまうと腕がよかろうとも終わりさ」

「だから引退してお店を……? なんだかお料理の味にも期待できなくなってきましたね」


 赤ずきんちゃんが率直な感想を漏らすと、気さくなお兄さんは苦笑いを浮かべる。

 それから彼はチッチと指を振って、


「いいや、この話には続きがある。ヤキがまわった双子兄妹はようやく、過去に犯した数々の悪行をあらためるつもりになった。迷惑をかけた冒険者たちに謝罪してまわって、横取りした獲物やお宝の返還、もしくは賠償までしたらしい。反省したのならってことで水に流してやった懐の広いやつらもいたけど、当然そうじゃねえやつらも多かった。そりゃそうだよな、謝ったり弁償したりしたところで取り返しのつかねえことはいくらでもある。双子兄妹の襲撃で受けた傷が原因で引退するハメになったやつや、病気の娘を助けるために薬の素材を集めてたやつ……色々さ」


 気さくなお兄さんはそう言ったあと、お店の奥に視線を向けてしみじみと呟く。


「だから別のなにかで、償っていくことにしたんだとさ。ふたりでいっしょに料理店をはじめて、最初は過去の悪行のせいでほとんど客も寄りつかなかったが……この地で偶然見つけた〈青い鳥ブルー・グレイス〉を飼うようになってからようやく、情報を聞きつけた冒険者がやってくるようになった。残念なことに兄貴のチルチルさんは病気で亡くなっちまったらしいが、それでもミチルさんはひとりでお店を続けている。過去に奪ったものを返すことができないのなら、新たに幸福なひとときを与えていこうってことでな」


 チルチルとミチルという冒険者の話は、ぼくの心に深く染み渡った。

 気さくなお兄さんの言うように、世の中にはどうあがいても取り返すことのできないものがある。

 たとえば、ぼくのパパが赤ずきんちゃんのおばあさまを食べちゃったこと。

 あるいは、赤ずきんちゃんと猟師さんがぼくのパパの頭を吹っ飛ばしたこと。

 完全に失われたものは弁償できないし、過去を変えることもできない。

 だからぼくたちも、お互いがお互いの奪われたものを、代わりに与えていく道を選んだのだと思う。きっと。

 なんてふうに考えていたのだけど、当の赤ずきんちゃんは、


「ハッ! しゃらくせえですわ! そんなことより料理を早くっ!」

「えええー……。いい話だったじゃん。ぼく、真面目に感動していたのに」

「ご冗談でしょう? 今のわたしたちはお客さまなのですよ。ならばウマいかマズいか、それがすべて。涙ぐましい人情話を聞いたところで味は変わりませんし、そもそも反省するくらいなら最初からやんなきゃいいのです。ちなみにわたしは獲物を横取りするとき、微塵も良心の呵責を覚えません。騙すか騙されるか、それもまた冒険者の生き様なのですから」

「なんで念入りに台無しにしていくの。このお店に恨みでもあるの……」

「そりゃありますとも。〈青い鳥〉を狩るためにはるばる高地エリアまでやってきましたのに、お目当ての獲物はすでにミチルさんとやらのペットになっているあげく、安っぽい人情話のせいで横から奪おうものなら完全に悪者ですよ。これじゃ諦めるしかありませんし、そのうえ料理がマズかったらと思うと」

「ハハハ。味の保証はしてやるよ。それにピーちゃんの可愛さを見たら、お嬢ちゃんだって絶対に狩ろうなんて思わねえはずだ。どんな極悪人だろうと頬がゆるんじまうからな」


 いいや、安心できないよ。

 赤ずきんちゃんって邪悪な魔物が美少女の皮をかぶっているだけみたいなところがあるから、鏡で自分の姿を眺めているとき以外に可愛いと感じることがあるのかどうかすら怪しいもの。

 なんてわりかし失礼なことを考えていたら、ぼくらの頭上からふいに、


『ピヨピヨピヨ……ピピッ』


 と、可愛らしい鳴き声が響いてきて、テーブルのうえに鮮やかな空色の小鳥が舞いおりてきた。その姿を見た赤ずきんちゃんはひとこと、


「もしかして、これが……?」

「そうとも。お目当ての、幸福を招く魔物サマさ」


 ぼくらが狙っていた希少な獲物はなんと、その辺にいるスズメ並にあっさりとご登場。

 実在するのか怪しい、花竜すら従わせるほど上位の魔物……などなど、ご大層な前評判を完全に無視しているし、ピヨピヨ鳴きながら赤ずきんちゃんの手のひらに乗ってくる姿からは、野生の警戒心というものがまったく感じられない。


「あらまあ、可愛らしい。でもびっくりするくらい変哲のない鳥ですこと」

「めっちゃブルーだけどね。あと頭に触覚みたいな羽が生えてる」

「俺たちはピーちゃんのヒゲって呼んでいるな。機嫌が悪いと垂れさがるんだ」

「話を聞けば聞くほど魔物っぽくないなあ。ていうか完全に飼い慣らされているし、見ているだけで和んでくるよ。これなら赤ずきんちゃんのほうがよっぽど凶暴じゃん」

「だからマロックさん? さっきからちょいちょい問題発言がありますわよ?」


 おっと、そろそろ鉄拳制裁が飛んでくるかも。

 とはいえ赤ずきんちゃんは〈青い鳥〉の愛くるしい姿にすっかり魅了されてしまったみたいで、普通の女の子みたいにきゃっきゃと騒いでいる。

 こうなってくると今度は、ぼくの中にメラメラと嫉妬心がわいてきて、


「こっちにも可愛い狼くんがいるんだけどなあ、ワンワン!」

「お黙りなさい。……しかしお兄さんの言うように、ピーちゃんを眺めているだけで幸せな気分になってきますね。なるほど、確かに幸福を招いてくれるのでしょう」

「ついでにウマい料理もあれば、なおよしってな。ほら、用意ができたみたいだぜ」


 その言葉と同時にふわっと食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきて、お店の奥からミチルさんらしき女性が料理を運んでくる。

 彼女はぼくらを見るなり、ずいぶんと間延びした口調でこう言った。


「あらあら、ずいぶんと賑やかですわねえ。小さくて可愛らしい冒険者さんと、おっきな狼くん。今日はミチルさんの作ったお料理を、たーんと召し上がれえ」


 のほほんとした雰囲気と、ぼっちゃり気味の体型。

 想像していたよりずっと高齢で、人のよさそうなしわくちゃのお顔には、若いころに大暴れしていたクズ冒険者の面影はまるで残っていなかった。

 だけどぼくがなにより驚いたのは、赤ずきんちゃんが〈青い鳥〉を目にしたとき以上に、ミチルさんの姿を眺めて、ほっこりとした表情を浮かべたことだった。


「なんだか懐かしい感じ……。おばあさまにすこし似ているからかしら……」


 あ、そういうことか。

 だとすれば本当に、赤ずきんちゃんにとっては得がたい幸福が運ばれてきたのかもしれない。

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