2-15:赤ずきんちゃんの強さの秘訣、というより恐ろしさのひとつがこれ。

 赤ずきんちゃんがあえてぼくに『観客』と言ったのは、この決闘に手出しするなって意味だろう。

 黒甲冑も最初から彼女しか眼中になさそうだし、ふたりの邪魔するのも悪いから、すこし離れたところで眺めていたほうがよさそうだ。なにせ怖いし。


 赤ずきんちゃんはばしゃばしゃと音をたてながら、ぬかるんだ地面のうえを駆けだしていく。その表情は嬉々としていて、どろんこ遊びを楽しむガキんちょのよう。

 一方、泥土をまき散らしながら突進してくる黒甲冑の冒険者は、体格、スピード、パワー、そのすべてが彼女を上回っているように見えた。

 ミスリル銀のメイスと古代遺物ドロッセルマイヤーという武器の差を考えても、あきらかに相手のほうが強そうだ。

 しかし蓋を開けてみれば、赤ずきんちゃんが一方的に黒甲冑をぶちのめしていた。


「オノレッ……。チョコマカチョコマカト……!!」

「あなたの攻撃はすでに見切りました。見てくれこそ派手ですけど、立ち回りは単調で、剣の腕はせいぜい二流といったところ。それではせっかくの最高級防具と古代遺物フォークロアが泣いてしまいます。むしろわたしに譲ってくれませんか? 上手に使いこなしてみせますのに」

「黙レ、小童!!」


 黒甲冑がドロッセルマイヤーを振りまわす。衝撃波をまとった鋭い剣閃は、赤ずきんちゃんの小柄な身体なら、かすっただけでも致命傷。

 しかし黒甲冑の動きは直線的で読みやすく、彼女ほどの手練れであれば万が一にも直撃することはなさそうだった。

 体格と武器の、圧倒的な差。

 それをこともなく覆してしまう、圧倒的すぎる――練度の差。

 しかも赤ずきんちゃんが相手より勝っているのは、小手先の技術だけじゃない。


「最初に見たときは密林の迷宮ダンジョン、しかも足場の悪い沼地エリアに全身甲冑でやってくるとか正気か? と思いましたけど……あなたは直進する際に加速魔法を使うことで、重装備の弱点である機動力を補っているようですね」

「ダカラドウシタトイウノダ。貴様ガ粉砕サレルコトニ変ワリハナイゾ」

「あら、声が震えていますよ? 早々に見破られて動揺しているのかしら。加速魔法の性質上、一直線に走るときは凄まじい速度が出せるものの、とっさに横に動いたりするのは苦手なご様子。魔物とのパワー勝負ならばともかく、人間同士の決闘で小回りが効かないのは致命的ですよね。あなたの装備はそもそも、わたしのような冒険者と戦うことを想定していないのではないでしょうか」


 赤ずきんちゃんの強さの秘訣、というより恐ろしさのひとつがこれ。

 わずかな違和感すら見逃さない観察眼と、その理由を瞬時に見抜く分析力。

 そのうえ彼女は的確に相手の急所を突いていく戦闘センスと、なにをしでかすかわからない得体の知れないところまである。

 まさに狩人。さすがは冒険者。絶対に敵にまわしたらいけないタイプだ。


「ゴーレムが機械仕掛けの魂なき兵士なら、あなたは魔法仕掛けの偽戦士といったところ。洗練された魔法技能のわりに剣の腕がお粗末なことからしても、やはり近接戦闘をメインにしている冒険者ではなさそうな感じ。でも解せませんね、だったら最初から魔法で戦えばいいのに」


 これ以上は戦法を丸裸にされたくないと考えたのか、赤ずきんちゃんが喋り終えるのを待たずに黒甲冑が迫ってくる。

 だけどさきほどと同じく、突進して剣を振りまわすだけの芸のなさ。

 これでは赤ずきんちゃんだけでなく、冒険者同士の戦いに疎いぼくですら違和感を覚えてしまう。

 不意打ちを仕掛けてきたときみたいに、炎の槍を放ってくればいいのに……あえて剣と甲冑だけで戦わなければならない理由が、黒甲冑にはあるのかなあ?


「これだけ挑発しても攻撃魔法を撃ってきませんか。ならばこちらから仕掛けましょう。暴虐の覇王よ、我が願いに応じ憤怒の鉄槌を振るいたまえ! ――破壊の鎮魂歌キング・オブ・リアー!!」

「馬鹿メッ! 貴様ノ魔法ハモホヤ封ジ――コポォッ!!」


 てっきり防御魔法で打ち消されるものかと思ったのだけど、黒甲冑はまともに衝撃波を浴びて後方に飛び退いた。

 ぬかるんだ地面が激しく飛び散り、黒光りする装甲を泥だらけにする。

 しかし爆裂魔法を受けたはずなのに、やはり黒甲冑がダメージを負ったように見えない。

 その理由は、ケラケラと笑う赤ずきんちゃん自身が解説してくれた。


「爆裂魔法の呪文を叫びつつ、別の衝撃魔法を無詠唱でぶっ放しただけです。といっても大した威力はありませんから、嫌がらせ以外の意味はありませんけど」

「貴様ァアッ! ドコマデ我ヲ侮辱スレバ気ガ済ムノダアアアッ!!」

「打ち消すタイプの防御魔法は高度な技術が要求されるものの、魔力の消耗自体は少なくて済みます。しかし相手がどの術式を使ってくるか、事前にわかっていないと成功しないという欠点もありますから、こういったフェイントには無力でしょう。わたしとしては別に、もっと高位の防御魔法で受け流したり、派手な攻撃魔法をぶちかましたりするような、ド派手な魔法戦をやっても構わないのですけど。……でもあなたは今後のために、魔力をなるべく温存しておきたいのですよね?」


 赤ずきんちゃんがそう指摘すると、黒甲冑は「グヌヌヌ……」と悔しそうにうめき声をあげる。

 なるほど。ぼくらが魔物めしを作るためにやってきたように、向こうもこの決闘とは別に、密林の迷宮まで足を運んだ理由があるのだ。


 そしてたぶん、だからこそ魔法を撃ってこない。

 赤ずきんちゃんのことを相当に憎んでいるみたいだし、最初は思わぬところで仇敵を見つけて豪快に炎の槍をぶっ放したものの――追いかけている途中で本来の目的を思いだし、魔力を節約する戦い方にシフトしたのかもしれない。


 そういう意味では黒甲冑もけっこう冷静だ。

 案外、説得の余地だって残されているのかも。

 赤ずきんちゃんもぼくと同じことを考えていたのか、黒甲冑にこう言った。


「どこの誰とも知らぬあなたに勝ったところで、わたしはただ消耗するだけ損。一方のあなたは全力を出すことすらできないわけですから、この決闘を続けることにどんな意味があるのでしょう。ここで剣をおさめてくださるのなら、わたしたちが滞在している宿の場所を教えてあげます。本気でやりあいたいなら、またの機会にしたほうがよろしいのでは」

「……ドウセソウ言ッテ、逃ゲルツモリダロウ。ソノ手ハ喰ワンゾ、赤ズキン」

「最強の冒険者である赤ずきんちゃんが、いつでもケンカを買ってやると言っているのですよ? 逃げも隠れもしませんってば。真っ向からぶちのめしてさしあげます」


 彼女はそう言ったあと、追い打ちをかけるようにこう言った。


「それでも無益な決闘を続けるというのなら、こちとら開き直って消耗戦に徹しますけど。中途半端な近接戦闘で攻めてくるあなたに対し、わたしはマロックといっしょに逃げまわりつつ泥をぶっかける嫌がらせを延々と続けます。これを何日もやっていれば、移動のときに使う加速魔法だけで魔力が枯渇しちゃうかも。そうなればあとはティンカーベルを持ってきて、無力化したあなたを盛大にぶちのめすだけ。うふふ、想像するだけでわくわくします」

「うわあ……。陰湿だなあ……」

「客席からヤジを飛ばすのはやめてくださいませんか、マロックさん? 他に用事がありますのに、カブトムシ野郎のお遊びにつきあってやるだけでもありがたいと思ってほしいところ。で、どうするおつもりですか?」


 赤ずきんちゃんがそう問いかけた直後、黒甲冑が緊張を解いたのがわかった。

 針を刺すような殺気が薄れていくのを感じる一方、彼はなおも肩に担いだドロッセルマイヤーをおろそうとはしなかった。

 そしてくぐもった声が、周囲に響く。


「貴様ノ言ウトオリ。我ニハ為サネバナラヌ本来ノ目的ガアルユエニ、コノ決闘デイタズラニ魔力ヲ消耗スルワケニハイカヌ。シカシ仇敵ヲ前ニシテ、ミスミス逃ストイウノモ受ケイレラレルコトデハナイ。当ノ憎キ相手ガ、我ノコトナド知ラヌトシラヲキルノナラ、ナオサラダ。……トイウワケデ、逆ニ問ウテヤロウ」


 黒甲冑は再び、全身から尋常でない威圧感を漂わせてこう言った。


「我ノ名ヲ答エヨ、赤ズキン。ソシテ自ラガ犯シタ罪ノ重サヲ理解セヨ。貴様ガモシ、見事ニ言イ当テルコトガデキタナラ、休戦ノ提案ヲ受ケイレテヤロウ……」


 ぼくは遠巻きに、赤ずきんちゃんの表情を眺める。

 向こうも決闘の落としどころを探しているようだが、果たして彼女はその正体を言い当てることができるのだろうか。

 もし外した場合、黒甲冑の冒険者はもう二度と休戦の提案を受け入れることはないはずだ。それどころか本来の目的とやらを投げうってでも、本気で勝負を仕掛けてきそうな雰囲気がある。


「わたしの知り合いで、これほど腕の立つ魔法使いとなれば、ひとりしか心当たりがありません。しかし見たところ体格がまるで違いますし、多少のすれ違いはあったにせよ、命を狙われるほど恨まれる筋合いはないのです。しかし――もしあなたが本当に彼女なのであれば、せめて理由を教えてくださいませんか。


 ……彼女? 

 いやいやいや、めっちゃデカいじゃん。

 男だとしても人間にしちゃかなりの大柄なのに、さすがに女の子というのは無理があるでしょ。

 しかし黒甲冑は身体を大きく震わせて笑うと、ドロッセルマイヤーをドスンと地べたに突き刺した。つまり、休戦の提案を受け入れたということだ。


「ふははは! よかろう、今日のところは見逃してやる!」

   

 突如として黒甲冑の中から、甲高い声が響いてくる。

 どうやら本当にカブトムシ野郎の中身は女の子だったらしく、端で眺めているぼくとしてただ驚くばかりだ。

 見事に正体を言い当てた赤ずきんちゃんですら、いまだ信じられないといった表情で、黒甲冑の中から響いてくる声に向かってこう呟いた。


「まさかとは思いましたけど、本当にメグなのですね……」

「おおおう? そうやってまだシラをきるつもりなのか、貴様。純朴な少女だった我を陥れたあげく、おぞましい呪詛によってこのような醜い姿に変えたというのに」


 ぼくはその言葉を聞いて、メグという名前のカブトムシ野郎が、どうして赤ずきんちゃんを恨んでいるのかを理解する。


「うわ、ひっどい。女の子に魔法をかけてデカいおっさんに変えちゃうだなんて。やっぱりすげえヤバいやつじゃん、赤ずきんちゃんって」

「ちょっ……言いがかりはよしてください! わたしはそんなことしてません!! きっとなにか誤解があるのですってばあ!」


 遠くからの非難の言葉を浴びて動揺したのか、赤ずきんちゃんが珍しくわたわたとする。 

 試しに言ってはみたものの……この反応からするとやっぱり冤罪なのかも。

 赤ずきんちゃんならやりかねないという信用のなさはともかく、手口としちゃ完全に悪い魔女だし、さすがにもうちょっと分別はありそうだからね。

 しかし当の黒甲冑は断固として、赤ずきんちゃんの主張を否定する。

 

「誤解ではない。貴様だ、貴様がすべて悪いのだ、赤ずきん。変わり果てた我の姿を見てもなお、自分に罪はないと、そう言い切ることができるのか?」


 直後――黒光りする装甲の胸元がぱかっと開き、中から少女が姿を現した。

 最初に驚いたのは、黒甲冑の中身ががらんどうだったこと。

 つまりメグ・マイアーなる人物は移動だけでなく、攻撃を行う際のありとあらゆる動作に魔法を使い、巨大な黒甲冑を操っていたことになる。

 ふたつめの驚きは、大柄な冒険者だと思っていた彼女が想像していたよりもずっと小さかったこと。

 ぼくと赤ずきんちゃんは唖然として、もはや言葉が出てこない。

 その様子に冷徹なまなざしをそそぎながら、黒甲冑の冒険者は言った。

 

「我はもはや、貴様の知っているメグ・マイアーではない。ほかでもない赤ずきんから受けた屈辱を片時も忘れぬようにと、今ではこう名乗っておる。――親指姫、と」


 その名が示すように、彼女は驚くほど小さかった。

 ちんちくりんな赤ずきんちゃんと比べるまでもなく、ずっと、ずっと。

 だってメグ・マイアーは、ほんのしかなかったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます