2-2:食うか食われるか。これぞ由緒正しき魔物めし。

 あの恐ろしい〈雪の女王スノウ・ホワイト〉を討伐したあと。

 ぼくは使い古しの毛布みたいにダラダラと日々を過ごしていた。


 赤ずきんちゃんと食事をするとき以外は外出もせず、滞在中の宿で一日中寝っ転がっていたり、町中に出かけても人気のない展望台の天辺で日が沈むまでひなたぼっこをしていたりと、我ながらちょっとやばいんでないかな? と思うくらい自堕落な生活だった。

 誤解がないように言い訳をさせてもらうと、女王と戦ったときにかけてもらった強化魔法の反動が思いのほかひどくて、おまけにそりで飛んだあとの着地で全身の骨がバキバキに砕けたから、完全に治癒するまではなかなか動こうって気持ちにならなかったんだよね。


 でも赤ずきんちゃんだってけっこうボロボロになったはずなのに……療養中でもベッドのうえで討伐報告書を書いて提出したり、動けるようになるなり依頼達成の報酬を冒険者ギルドまで受け取りに行ったり、万全な状態じゃないってのにちょこちょこ依頼を受けてひとりで魔物を狩りに行ったりしていたから、やっぱりぼくが怠けていたというのも事実なのかな。


 で、駄犬のごとくダラーッと過ごすのに飽きてきたころ。

 そろそろ本格的に冒険を再開するのかなという気配を赤ずきんちゃんから感じたので、その前に大切な用件を片づけておこうと、ぼくは考えたわけ。


「ねえ赤ずきんちゃん。約束は覚えてるよね?」

「はて、なんのことでしょう。あなたの言葉をいちいち記憶しているほど、わたしは物好きではありませんから」

「女王と戦ってるとき! 無事に討伐できたらご褒美くれるって言ったでしょ! 裸エプロンでもきわどい下着でもどんとこいって約束したの、ちゃんと覚えてるんだからね!」


 ぼくがそう訴えると、赤ずきんちゃんはあからさまに面倒くさそうな顔をする。

 でもこれは恐ろしい魔物相手に命を賭けた健気な相棒くんの正当な権利だと思うから、なにがあろうと最後までひるまずにご褒美を要求しよう。

 ところが赤ずきんちゃん、思いのほかあっさりと折れて、


「約束を交わしたのは事実ですから、あなたの要求を受けいれましょう。ご褒美ですか、はいはい。やりますよやりますってば。それであなたが満足するのなら」

「やった!! じゃあこの際マニアックに――って、なんで武器を構えるの!?」


 赤ずきんちゃんがごく自然な感じでふとももに吊したナイフを取りだすものだから、ぼくはギクリとして身構えてしまう。

 でもって彼女、平然とした顔でこう言ったんだ。


「見てのとおり、わたしはめっちゃ可愛いです。さては美の女神が天から舞い降りたんだなって誰もがうっかり思ってしまうほど美少女です」

「う、うん……。それを堂々と言える胆力すごいなっていつも尊敬しているよ……。でも残念だなー、ぼくに向けているナイフをおろしてくれたらもっと可愛いのに」

「では約束どおり、これから裸エプロンかきわどい下着を披露します。しかし今しがた述べたようにわたしは天上の神々ですらひれ伏すほどの美少女ですから、刺激的な格好をするとマロックが鼻血をぶーっと出して失血多量で死んでしまうかもしれませんし、あるいはそのかわいらしさに耐えきれず、ショック死してしまうかもしれません」


 赤ずきんちゃんは無表情でそう言ったあと、すっと目を細めて、


「ですから、あなたの命を守るためにナイフで眼球をえぐりだします。目が見えなければわたしの恥ずかしい姿を見て昇天してしまうこともありませんからね」

「……ひいっ!? 発想が怖すぎるってば!?」


 彼女がナイフ片手に物音ひとつたてずに近寄ってきたから、ぼくは慌てて仰向けになって降参のポーズを取る。

 さすがに本気じゃないだろうけど、あえてそれを試してみる勇気はないし。


「ごめんなさい調子こきすぎましたぼくが全面的に悪いです。ご褒美はもっと健全な方向で検討させてくださいすみませんでした許してください」

「わかればよろしい。ていうかあなた、やっぱり不健全な要求をしている自覚があるのですか。以前までは狼だからと大目に見てきましたけど、今後は考え方をあらためなくてはいけませんね。あきらかに不穏ですし……」


 う、しまった。無邪気などーぶつのフリを続けていればよかった。 

 でも赤ずきんちゃんは過激な言動のわりにそれほど怒っていなかったみたいで、持っていたナイフをおろすと深いため息を吐いて、ぼくにこう言ったんだ。


「ま、あれだけ尽くしてくれたのにご褒美をあげないというのも可哀想ですし……あなたのために手料理くらいは振る舞ってあげましょう。裸ではないですけどエプロンだってちゃんと着ますし、今回はそれで我慢してもらえませんか」

「えっ!? ほんとに!? 我慢どころかすごく嬉しいよ、赤ずきんちゃん!!」

「ならよかったです。ではでは腕によりをかけて作りましょう」


 ぼくはその言葉を聞いて、喜びのあまり風車みたいに尻尾をぶんぶんと振っちゃったよ。

 だって赤ずきんちゃんはこう見えて家事全般が得意で、とくに調理なんて一流の料理人たちですら舌を巻くほどの腕前だったりするんだから。

 でも彼女、いったいどんな料理を作るつもりなんだろう。

 やっぱり豪華に肉料理かな。あまーいデザートも捨てがたいよね。ぼくはただの狼じゃなくて銀狼だからなんでも食べられるし、赤ずきんちゃんの手料理ならバクバク食べるよ。


「そうと決まれば、さっそく出かける準備をはじめましょう。今回の冒険はヘタすると前回以上に危険なものになりますから、覚悟してくださいね」

「え? その前に手料理でしょ、話の流れ的に」

「だから料理を作りに行くのですって。せっかくですし、あなたを成長させるためにとびきりの食材を集めましょう」


 ……もしかして赤ずきんちゃん、変な方向にやる気を出してしまわれたのでは。

 ぼくが怖々と見つめる中、彼女はおっきな瞳をらんらんと輝かせて、


「生きるか死ぬか、食うか食われるか。これぞ由緒正しき魔物めし、幾度となく訪れる死線を越えたさきに、あなたにぴったりの料理があるはずですっ!!」


 いや、普通の料理でいいんだけど。

 今さらそう言ったところで、どうせ聞いちゃくれないんだろうなあ……。

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