1-25:相手が強大だからこそ、ぶちのめしたときの喜びも大きいのですよね。

 再び蛾の女王が上空から猛然と迫りくる中、必死にそりを牽く相棒くんの背中に、わたしはこれから行う作戦について説明いたします。


「いいですか、マロック。空を飛びための下準備としてまず、あなたの身体能力を極限まで強化いたします。魔法とはいえそこまでやるとさすがに反動が来ますから、術の効果が切れた瞬間、筋肉痛で全身がバキバキ、ヘタすると数日はろくに動けなくなるかも。覚悟しておいてくださいね」

「ちょっ!? なにそれ!? ひどすぎじゃない!?」

「でもなにもしないよりはマシでしょう。このままだと凍えて死ぬか雪に埋もれて死ぬかクソでか氷柱に潰されて死ぬかの三択ですよ。あとで治癒の魔法をかけてあげますから我慢しなさい」

「うう……えっちなご褒美がないとやってられない……」


 この後におよんでなんか言ってきやがりますけど無視。

 わたしはそりの重量をできるかぎり減らそうと、切り札のティンカーベルと腰にさげたポーチを残して、衣服のあちこちに仕込んだ暗器を次々と投げ捨てていきます。

 雪原を駆けながらポンポンと投げているので後日回収するのはたぶん無理ですし、どれも安い品ではありませんから、女王を討伐して報酬を得たとしても間違いなく大赤字。

 とくに円月輪チャクラムなんて伝説級の武器だったりするのですが……重量過多で飛ぶのに失敗したらどうにもなりませんし、泣く泣くお別れをいたします。


「ふう、これでそりも軽くなりました。あとは強化の魔法をかければ今より爆走できますし、加速がピークに達した状態で崖からダイブすれば……いったいどうなるか、賢いあなたならわかりますよね、マロック?」

「ティンカーベルの弾丸みたいにかっ飛んでいくね。ぼくたちが」

「ええ。ついでにそりが地面から離れたタイミングを見計らって、わたしの手持ちじゃ最強の爆裂魔法を後方にぶっ放しますので、その反動を利用すればさらに加速できるはずです。ほら、想像するだけで楽しくなってきません?」

「アハハ。やっぱり赤ずきんちゃんの作戦って感じだなあ……」

 

 いよいよテンションの上がってきたわたしが明るい声でたずねますと、マロックは乾いた笑いを返してきます。 

 でもそういうところが大好きなのでしょう? 

 だったら最後までつきあってくださいな。


 さてさて。作戦の説明を終えたところで、チラリと背後を確認。

 さきほどより蛾の女王が近くに見えるような。

 あちらも負けじと加速しているうえに、心なしか吹雪の勢いも強まっている気がします。女王が呼び寄せた渦巻く雲からそれなりに離れているのに、身体の芯から凍えさせてしまうような冷気が流れこんできて、オンボロマントを着こんでいても全身が震えてきます。


 横殴りに吹いてくる極寒の強風とぶ厚い雲に阻まれて、地上から狙撃するのは相当に困難ですし、真下まで距離を詰めたら詰めたで厄介なクソでか氷柱爆撃の餌食になってしまうでしょう。やはり女王と同じかそれ以上の高さまで飛んで、吹雪の影響の少ない位置からティンカーベルをぶっ放すほかありません。

 まったく……いっそ笑えてくるくらいヤバい相手で本当に困ってしまいます。

 

「でも相手が強大だからこそ、ぶちのめしたときの喜びも大きいですからね。――さあマロック、お尻に火をつける覚悟はできましたか? 相手もろとも奈落に突っこむつもりで後先なんて微塵も考えず、だけど絶対に死んでやらないぞという気概を持って挑むのです。さすればいかなる困難であろうとも、乗り越えることができるでしょう」

「うーん、聞いているだけで不安になってくるよ。ちなみに成功率ってどのくらい?」

「七割くらいでしょうか。お互いの息がぴったり合う前提で」

「……思ってたよりは高いかなあ。でも命を賭ける数字としちゃ微妙な感じ」

「あ、すみません。風が強くて聞き間違えてました。失敗する確率のほうが七割ですね」

「もうやだああああああっ!! 帰りたいよおおおおお!!!」


 はいはい、いっしょに帰りましょうね。女王をぶちのめせたら、ですけど。

 というわけでさっそく、ウダウダわめいている相棒くんに強化魔法を重ねがけ。

 崖からダイブするときに一瞬でも躊躇したらあなたのドタマに鉛玉をぶちこんでやりますからね? それでも無様に死ぬよりはいくらか気分がいいでしょうしウフフフとティンカーベルの銃口を向けて脅しつけつつ、わたしもわたしで可愛いお尻に火をつける覚悟を決めました。

 そうこうしている間にもそりは加速を続け、もはや乗っているだけのわたしですら呼吸が困難なほど。

 しかしそれでも指示は出さないといけませんから、雪原を爆走するマロックの背中めがけて、舌を噛んでしまう危険にも構わず声を張りあげます。


「そっから右右右っ!! ぐるっと大回りして女王を引きつけて右右右っ!!」

「どおりゃああああああっ!!」

「さあさあ、いよいよですよ!! ほらほらほら、見えてきました!! あの丘ですあの丘。ちょうどいい具合に傾斜があって、崖からダイブするにはもってこいっ! 今こそ一陣の風となって、ぱくりと食べられちゃったわたしのおばあさまと鉛玉ぶちこまれて頭を吹っ飛ばされたあなたのパパにご挨拶しにいきましょう!!」

「……それってもう死ぬってことだよねえっ!? 冗談にしても笑えないよ今はっ!!」

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