1-11:パパ、ママ、ごめんなさい。わたしもう無理ですバタリ。

「あなたは……?」


 ふよふよと宙を舞いつつ現れたのは、一匹の小さなコウモリ。

 いえ、羽のついた目玉がひとつ、ギョロリとわたしを見つめています。

 なるほど。女王の使い魔ファミリアですか。

 もしかすると遺跡に入ったときから、ずっと監視されていたのかもしれません。


「気配を察知する能力には自信がありましたのに……。〈雪の女王〉の手下は思いのほか優秀なようで、討伐しにきた身としては困ってしまいます」

『この状況でずいぶんと余裕ですな、お嬢ちゃん。お察しのとおり、我はかの偉大なる女王の従僕。普段からこうして遺跡内の警備にあたっておりますのじゃ』

「で、なんのご用かしら。これからクソ女王に鉛玉をぶちこみに行かなくてはなりませんので、使い魔ごときと世間話をしているヒマはないのですけど」


 わたしが眉をつりあげてそう言うと、目玉の魔物はフホホホと笑います。

 ご老人がイタズラ好きな子どもを見つけたような雰囲気で、敵意はさほど感じません。

 しかし魔物は魔物ですから、その性根が邪悪なことに変わりはないはずです。

 実際、目玉さんはさも愉快そうに、こんな話をはじめました。


『実はお嬢ちゃんがここでのたれ死ぬか抜けだすか、主と賭けをしておってなあ。……我は抜けだすほうに賭けたがゆえ、なんとかやる気を出してもらおうと思い、こうして声援を送りにまいったわけじゃ』

「あら、ご親切にどうも。ちなみに賭けに勝つと、あなたはなにがもらえますの?」

『フホホホ。もちろん、お嬢ちゃんを死ぬまでいたぶる権利じゃよ』


 なんとまあ、魔物らしい発想ですこと。

 それでやる気を出せというのですから、無茶苦茶な話もあったものです。


 しかしわたしはこれしきのことで怯えるほど、ヤワな女の子ではありません。

 ついでにお喋りな目玉さんから、情報を引きだすことにいたしましょう。


「マロックは無事ですか? わたしといっしょにいた狼くんです」

『今宵のメインディッシュになる予定であるから、まだ調理されておらぬだろ。いつまでキャンキャン吠えていられるかはわからんがのう』

「あの子とて銀狼ですから、自力でなんとかしてもらえると助かるのですけどねえ……。あと賭けをしているとおっしゃいましたが、ここから抜けだす方法はあるのでしょうか」

『それは誰にもわからん。住処に選んだとはいえ、我が主とて遺跡のすべてを把握しとるわけではないからの』


 なんとも要領を得ない話。それでよく、わたしが抜けだすほうに賭けましたね。

 大穴狙いのギャンブラーなのかしら、こいつ。


 それはさておき……できればもうちょっと、有益な情報を得ておきたいところです。

 なのでわたしは知恵を働かせて、


「あー、これじゃダメかも。パパ、ママ、ごめんなさい。わたしもう無理ですバタリ」


 と、ヘタな芝居をうってみます。

 わたしってば赤子のころにおばあさまに拾われた孤児ですから、両親の顔どころか名前すら知らないのですけどね。


 しかし人生を諦めたふりは、目玉さんの動揺を誘ったようでした。


『諦めるのは早いぞ、お嬢ちゃん。つい先日まで、ほかにも娘が閉じこめられておったのだが……しばらく目を離していたうちに消えてしまったのじゃ。おまけにいくら探しても、死体らしきものは見つからぬ』

「つまり、その娘はここから抜けだしたと?」

『魔物に食われたのでなければ、な。しかし女王の従僕は、我のほかはゴーレムだけ。監視の目をかいくぐって、遺跡の外からほかの魔物が迷いこんでくるのも考えにくい』


 話を聞いていて、わたしはもうひとつ、気になることがありました。

 ここに……別の娘が閉じこめられていた?


「いなくなった女の子、わたしと同じくらい可愛かったですか?」

『フホホホ。あの娘に比べたら、お嬢ちゃんは石ころじゃの』


 目玉さんの返答にイラっとしたものの、ぐっと我慢します。


 つまりわたしと同じように、領主の娘もここに閉じこめられていたわけですか。

 そして彼女は自力で脱出した、と。

 ……やるじゃないですか、本物のヴァージニアさん。

 

 おかげでメラメラと対抗意識がわいてきました。

 さっそくここから抜けだす準備をはじめましょう。


『なにをしておるのじゃ、お嬢ちゃん』

「……ごらんのとおり、髪を解いているのです」

 

 肩まで垂れさがった二本の金髪おさげ。それを束ねている毛糸の紐を、くるくるとほどいていきます。

 両方とも終わったら、今度は紐のほうもほどいていきます。すると毛糸の中に隠されている、キラキラと輝く極細の糸が姿を現しました。


「これはアリアドネという蜘蛛が分泌する糸でございます。目をこらさなければ確認できないほど細くしなやか。しかし鋼のように強靱で、なにかと便利なのです」

『ふむ、まだそんなものを隠しもっておったのか。それにおぬし……』


 目玉さんはそこで、アリアドネの糸とは別のなにかに気を取られたようです。


 たぶん、髪をほどいていたときに見つけてしまったのでしょう。

 普段はずきんと前髪に隠れているわたしのおでこに、いったいなにがあるのかを。


『フホホ。ただの娘にしては肝が据わっておると思ったわい。お嬢ちゃん、さては――』

「ねえ、目玉さん。わたしのことより、この糸をどう使うかについてご興味はありません? せっかくですから実演してみようかと思うのですけど」

『なぬ……?』


 それがお喋りな目玉さんの、最後の言葉となりました。

 わたしが手に力をこめますと、羽と目玉に巻きつけておいた糸がピンと張り詰め――彼の身体をバラバラに寸断していきます。


 このように、アリアドネの糸はうまく使えば刃物となるのです。


「天上より召還されし七人の幼き勇者たちは、ネバー・ネバーにひとつの格言を残していきました。――口はわざわいのもと。まさしくそのとおりだと思いませんか、目玉さん?」


 わたしはそう言って、細切れになった使い魔にほほえみかけます。

 まったく……乙女の秘密に気づかなければ、見逃してさしあげましたのに。

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