第11話「アーヴィスの葛藤」

 ミアはアーヴィスと共に倒れている人がいる宿舎先の道に駆け付けながら、助けを呼びに来た同僚のセーバーへと叫ぶ。


「シュウカっ、今、この宿舎にいるプリーストは!?」


 シュウカと呼ばれる女性セーバーが返答する前にアーヴィスが答えた。


「確か、さっきまでティナがここにいたはず」


 しかし、シュウカが首を振ってそれを否定した。


「駄目です、半時ほど前に宿舎長が外出したのを見たからっ」


「もうっ!あの子は他の子には色々言いますのに、肝心の自分はいつもいつもこんな夜にでもほっつき歩くのですからっ」

 

 ミアは地団駄を踏むように苦言を呈した後、同じくシュウカの叫び声を聞いて合流してきた他のセーバー達に指示を出す。


「私とアーヴィスはその人のところに行くから、シュウカとユズは男性宿舎とか周りでプリーストを探してきて」


 この宿舎に住むのは殆どがセーバーであり、プリーストになるのは元々経済的に裕福な者が多く、実家が裕福が故に宿舎には住まないという側面があった。セーバーでありながら実務経験、資質共に優秀なミアはシュウカからの情報で倒れた人が危険な状態であることを察知して、とにかく現場に急いだ。




「大丈夫ですかっ!? 返事はできますかっ!?」


 倒れている男性に声を掛けるミア。装着物から察するに恐らく戦士だろう、その男性は小さく小刻みな呼吸はあるものの、ミアの問いかけにも返答はなく、シュウカが言ったように足は真っ黒に変色していた。


「脈もかなり酷い状態……いつ絶命してもおかしくはないです。アーヴィス!!」


「もう、やってる」


 ミアに言われるもなく、既にヒールを開始していたが、真っ黒な足の状態から明らかに毒を受けているこの男性にとってヒールは延命処置でしかなかった。


「ミア、多分この毒はゴブリンゾンビのものだと思う。まだ使ったことはないけど、ブルーキュア・ディダ青の7号の術式は知っているし、石も持っている」


 自分の保護者であるジルがいつもそうしているように、治癒術士になってから寝る時以外は必ず小さな魔石を携帯するようにしているアーヴィスがミアへ解毒の提案をする。


「……確かに逃げている最中にゴブリンゾンビに追いつかれ、足に噛みつかれたというのは状況的には可能性が高いかもしれません。……アーヴィス、解毒をした後にヒールを継続的にかける余力はありますか?」


 アーヴィスは小さく首を振った。


「使ったことのない術式だから、まだ魔力コントロールができない。ヒールで魔力を失うことはほどんどないけど、解毒をしたら魔力が空っぽになると思う」


 つまり、いつでもヒールから解毒に切り替えられるが、解毒を行うとその後のヒールは難しいという事だった


 彼女の返答に意を決したミアはスッと立ち上がった。


「私が治療院に行ってプリーストを呼んできます!アーヴィスはこのままヒールを継続して私の帰りを待っていてください!」


 ミアはアーヴィスの反応を確認しないまま『大丈夫です、私は孤児院で悪ガキのチビッ子たちを追いかけ回して育ちましたから、これでも足腰は自信があるのです』と言い残して、その場を離れていった。



(……とにかく今はヒールに専念)


 駆け出しで最年少の治癒術士でありながら、そのヒールで高い回復力を叩き出しているアーヴィスだったが、倒れている戦士の装具を外した足の黒ずみが広がっていくのを横目で見ながら、ミアの帰還が間に合わずこのまま絶命させていくより、解毒という起死回生の一手に掛けてみた方が良いのではないかという葛藤が生まれていた。


 実際にアーヴィスが生まれた魔物との戦いの最前線にあったエーデ村では、死者の数が日常的に著しく、死か生かが問われる時には延命は選ばれず、奇跡的な回復に賭ける傾向が強かった。


 そのような葛藤が続く中、アーヴィスは幾度も心を揺るがせながら長い時間をヒールで凌いでいく。


(もう、多分……限界)


 そう思った時、アーヴィスの左手は腰に付けている青の魔石が入った麻袋へと移動していた。その刹那―――少し前に部屋で語られたミアの想いが彼女の頭に過る。


「今できる自分の最善をちゃんと考える」


「今の私の最善は……」


 アーヴィスの至ったその結論はミアの帰還を信じて、一秒でも長くこの戦士を延命させるべくヒールに全力を尽くすことだった。


 一度そう決意すると、倒れた戦士の胴体へ向けて浸食していく足の黒ずみの肥大化がピタリと止まった気がした。


「もう少し、頑張れるはず」


 彼女が額に汗を垂らしながら、そう呟いたとき、遠くから駆けてこちらに向かってくるミアと、その後ろに追従するミアより少し背の高い男性の影が見えた。


「ジル」


「遅くなった、すまない、アーヴィス」


 そして、その状況を一目見て安堵を悟ったジルはアーヴィスに『よく頑張った』と声を掛けながら、取り出した青の魔石を倒れている男性の下腹部に当てて術式を行った。


ブルーキュア・ミゼ・グラシアス青の12号


 すると、みるみる内にその戦士の足の黒ずみは緩和されていき、アーヴィスの懸命なヒールも相成って、小刻みに荒かった呼吸も少しづつ落ち着いていく。


 戦士の回復への案著とは裏腹に、ミアと、特にアーヴィスが受けた衝撃は少なくなかった。


「ゴブリンゾンビの毒ではなかったのですか!?」


「ブルーキュア・ディダじゃ……ジル、私の判断は間違っていた?」


「いいや、ゴブリンゾンビで間違いない。アーヴィスの判断も間違いではない。でも、ブルーキュア・ディダで助かっていたかどうかは、、、多分無理だっただろう」


 院内で必死に働くミアの姿と、いつでも周囲から聞こえてくるその評判で、彼女に信頼をおいていたジルは道中の彼女の見解で既に解毒のアタリをつけていた。


「ゴブリンゾンビの毒に青の12号の術式が有効なんて通常は教えない。何故なら、普通なら青の7号で解毒できない状態になる前に死亡しているからだ。つまりブルーキュア・ディダで解毒できなければ手遅れというわけだ……でも」


 倒れている戦士の鎧の間からチラと見えていた一枚の写真を手に取って、彼女たちに見せるジル。


「普通ならもうとっくに手遅れだ。……でも、どうしても死ぬわけにはいかなかったんだろうな、こんな可愛い奥さんと娘を遺しては。だからな、この戦士の非常識な生命力がイレギュラーを生んだ結果というべきなのかな」


 手振りを大げさにしてそう彼女たちに伝えたジルは、改めてアーヴィスに向かい合う。


「本当に良くやったアーヴィス。……実は……俺はアーヴィスが解毒をしてヒールが使えなくなって、この戦士が……死んで、そんなアーヴィスになんて声を掛けたら良いか、、、そればっかり考えていた」


「ミアが教えてくれたから、大事なのは今できる自分の最善をちゃんと考えることだって―――」


「だから私が偉いんじゃない、、、ミアが凄い」


「アーヴィスっ」


 アーヴィスの返答に自分の想いがこのような形でちゃん伝わっていたのだと実感して感極まるミアだったが、その後のジルの行動により彼女はパニックになった。


「彼女は俺にはどうやってもできないことをアーヴィスの為にしてくれたんだな……」


 ジルはミアの方へ体を向けて、深く頭を下げた。


「ミア、感謝に絶えない。本当にどうもありがとう」


「ひぃぃぃ!! 英雄ジル!! こんな私なんかにっ!! 頭を上げてくだしゃい!! 私と結婚してくだひゃい!!」


 そんなどうしようもなく混乱していたミアをみて、アーヴィスは小さく呟いた。


「ジルにミアはもったいないから、あげない」

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