第18話【出発準備】

「ただいまーっと……あれ?居ないのか」


 フィーナの店から帰ってきたが、誰もいなかった。なんだ?買い物かな?……いや、二人共厨房に居るのか。そういや弁当作るって言ってたっけ。


 良く耳をすませてみると、厨房の方からリズミカルな包丁の音が聞こえる。出掛けに紗綾は任せてと言ってたけど、この世界で料理出来るのかな?まぁ、似たような厨房機器はあるし、大丈夫か。

 ひょいと厨房を覗いてみると、エプロン姿の紗綾とマリベルさんが、手際良く弁当を作っていた。


「あ、お兄ぃお帰りー」

「おう、ただいま。いい匂いだな」


 焼きたてのパン特有のいい匂いが漂ってくる。うーん、これはパン屋の特権だな。


「あら、お帰りなさいカズマ君。ありがとうね。フィーナちゃん、どうだった?」

「あー、大丈夫でしたよ。一緒に行くって言ってました。あ、それからミシェーラさん、元気そうでしたよ。今度紗綾にもお礼がしたいって言ってたよ」


 先程の件を思い出すと少し顔が熱くなる。婿とか嫁とか、ミシェーラさんは気が早すぎる。大体俺とフィーナはそんな関係じゃないっての……


「あら?少し顔が赤いようだけど、どうかした?」

「い、いえ!?何でもないですよ」

「慌てちゃって、怪しいなぁ……お兄ぃ、また何かやらかしたの?」


 何もしてねーよ。むしろされた側だよ……


「そ、そんな事より!美味しそうだな、弁当!」

「誤魔化してる……むぅ……怪しぃ……」


 何故か紗綾がしつこく疑ってくる。そのジト目をやめろ……


「ふふ、これは後でフィーナちゃんに聞いてみないとね。あ、サーヤちゃん。これもそっちに詰めてもらえる?」

「そうですね。はい、オッケーです」


 こうなった時の女性の連帯感は何なんだろう。あー、俺も男友達が欲しいな……。

 店番の関係上、人に会うことは多いんだけど、格好のせいもあってどうも男に避けられてる気がするんだよな……。まぁ、そもそも男客が少ないんだけど……。


「はい、これで完成ね。サーヤちゃん、手伝ってくれてありがとう」

「いえ、いつもお兄ぃのお弁当を作ってたのでへっちゃらですよ」

「あらあら、サーヤちゃんはカズマ君の胃袋をもう抑えてたのね」

「そ、そんなつもりじゃないですよぅ……」


 変なところで照れる紗綾。でもお前、胃袋からとか言いながら作ってたじゃないか……。というか、こんな話ばっかりだな今日……。


「さてと、それじゃあ私は出掛ける準備をしてくるから、二人も準備してきてね」

「「はーい」」




 と、言ったもののロクに私物の無い俺は、たいして準備することがない。あ、説明書だけは持っていかないとな。

 うーん、こいつももう少し使い勝手が良くならないかな……。


「相変わらずページは増えてないか……」


 どうせなら事細かに説明してくれれば良いものの、そうは問屋がおろさないらしい。ページが増える条件は何だろうな……。紗綾が本当に願った時とかかなぁ。最初以来、喋ることなく説明書は沈黙したままだ。

 そういや、こういうアイテムみたいなのってこの世界にもあるのかな?今のところ不思議アイテムと言えばキャンセラーとか言うやつだけだ。喋る剣とかあったりするのかな……。


 説明書をカバンに詰め部屋を出る。紗綾はまだ準備中みたいだから先に行くか。そういや言ってなかったが、俺と紗綾は別の部屋だ。紗綾は同じ部屋で良いと言ってたが、まぁ、俺にも色々あるし、別々の部屋にした。男子高校生には色々あるんだよ。


「あら、準備できた?早いのねカズマ君」

「ええ、たいして持ち物も無いですしね。せいぜい説明書くらいです」

「新しいページも増えてないのね?じゃあやっぱり地道にいくしかないかしら……」


 そんな風に談笑してると、紗綾が降りてきた。ん?なんか妙に緊張してるようなもじもじしてるような……


「お、お待たせしました……」

「あらあらまあまあ、サーヤちゃん可愛いわねぇ!やっぱり買って正解だったわね」


 紗綾は、薄いクリーム色ぽい長袖に、桜色のキャミソールワンピを合わせた、シンプルに纏めたが紗綾っぽい格好だった。ああ、あれがこの間買ってもらった服か。


「ほらお兄ちゃん、何か言う事あるでしょう?」


 マリベルさんが紗綾に抱きつきながらそう言ってくる。


「えへへ……お兄ぃ……ど、どうかな?」

「あー、紗綾。……ちょっとそのポジション代わってくれ」

「えええー!!何言ってるのよ!お兄ぃのエッチ!バカ!」


 いかん、本音が先に出た。


「すまんすまん冗談だ。……良く似合ってる。可愛いよ紗綾」

「うー……お兄ぃのバカ……ありがと……えへへ……」


 怒りながら照れるという器用な事をする紗綾。いや、素直に可愛いと思うぞ、うん。より幼女感は増したが、そこは言わないでおこう……


「あら、カズマ君も抱きしめられたいのかしら?来る?ほら」


 そう言ってマリベルさんが腕を開いて誘惑してくる。正直飛び込みたい……


「マ、マリベルさん!何言ってるんですか!駄目ですよ!お兄ぃも駄目だからね!どうせなら私を抱きしめて……あわわ」

「あらあら、怒られちゃったわね」


 完全にからかいモードのマリベルさんと自爆してあたふたしている紗綾。今日も平和だなー……




「あ、やっと来た!遅いよー!」


 出掛けにバタバタして少し遅くなったか、街の出口にはもうフィーナが待っていた。これでも早めに出たはずなんだけどな。

 ちなみにフィーナはラフなシャツに、薄手のカーディガンっぽいやつと、薄い青色でなんか二層になったショートパンツを合わせた格好だ。スラリと伸びる生足が魅力的……なんか今日は思考がコッチ寄りだな、俺……。


「あらあら、待たせちゃったみたいね。遅くなってごめんなさいねフィーナちゃん」

「いえいえ、どうせカズマが原因なんでしょー?」


 フィーナが疑いの眼差しでこっちを見てくる。まぁ、当たらずとも……と言った感じなので何も言うまい。


「お待たせしましたフィーナお姉ちゃん!せっかくだから服、着ちゃいました!」


 そう言いながらフィーナに駆け寄る紗綾。そっか、フィーナが買ってくれたのか。


「やっぱり似合うわねー、可愛い可愛い!」

「えへへ……」

「その服、フィーナが買ってくれたのか。ありがとうな」

「どういたしまして。あんたに任せておくと不安だからねー」


 どうせ俺はこういうセンスは無いよ。まぁ、ここまで余裕無かったのも事実だしな。


「さて、じゃあ出発しましょうか」

「出発ー!」


 そうして俺達は、魔法の特訓という名のピクニックに出発したんだ。……それが、あんな事になるとはこの時点では誰も予想だにしていなかった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る