第六章 彼女達は勇者だった
第30話 モニカレベル18 ノアレベル37 アルマレベル35
ルビナスの影響でおかしくなっていた体を取り戻したノアとアルマ。モニカと合流し、三人の旅は続いていた。
旅の途中で道外れに渓流を見つけたモニカ達。道からは目に入ることはなく、周りに危険なものはない。さらには、町も近くにあるので、危険なモンスターも滅多なことでは出ないはずだ。アルマも長い間山道を歩いていたせいで疲れていたのか、町を近くにしながらもそんな理由と共にここでの野宿を提案した。
モニカもノアも、それを拒否をする理由はない。三人の旅で、三人とも同じように疲れを感じていた。三人はそこで野宿をするための準備を始めることにした。
テントの用意も終わり、夕食を考えていたモニカ達はノアの提案で釣りをすることとなった。釣竿なんて誰も持っていなかったはずだが、ノアがあっという間に近くにあった木の枝と持参した糸だけで三本の竿を作ってしまった。
「こういうのは、よく弟に作ってやったんだ。……ほら、モニカ。これで完成だ」
ノアが小さな針金をフック状にしたものを糸の先に結べば、竿をモニカへと手渡した。不器用なモニカからしてみれば、挑戦して数秒で指を貫通してしまいそうな作業を淡々と行うノアに素直に感心した。
「すごいっ、ありがとう。ノアちゃんっ」
「照れるぞ、モニカ。だが、お前に褒められることは、堪らなく嬉しいな」
照れくさそうに頬を搔くノアの前に、先に竿を渡したアルマが立つ。
「とにかく、釣りを始めましょう」
「何をしているんだ、それにはまだエサが付いていないぞ」
「エサ? あ……ああ、エサね。もちろんよ!」
正直釣りをしたことのないアルマは、明らかな動揺と共にそんなこと言う。
アルマの意地っ張りに気づいたノアだったが、そこはあえて黙っておくことにする。下手に指摘しても、さらにムキになるに決まっていた。
「エサなら、石の下にいるから適当に付けてみるといい」
「へ? 石の下……」
「ねえねえ、ノアちゃん! 釣りしたことないから、何も付けないで川に投げちゃったよー! ごめーん!」
「ははっ、気にするな。したことないなら、しょうがない。モニカは素直で助かるよ」
素直、の部分を強調して言うノア。足元を見つめて困惑するアルマにノアは溜め息を吐きながら歩み寄る。
「視線で石を発火するつもりか。……私が言っているのは、コレだ」
適当にノアは石を掴めば、それをひっくり返す。石の下からほじくり出された地面の中でモゾモゾ動く物体にアルマは引きつった悲鳴を漏らす。
「何を驚いている? ミミズだ。見たことあるだろ。最近は釣り餌用のミミズを売る人間もいるらしいからな。効果は間違いないぞ。……ほら、コイツなんて太くて魚にもよく目立ちそうだ」
土の中から一番大きなミミズを一匹摘めば、ほれ、とアルマに見せれば、青白い顔で一歩後退。明らかに挙動不審なアルマの姿をじっと見るノア。
「……なあ、釣りをしたことないなら、素直にそう言え。そしたら、私がその針の先にくっつけてやるから」
ルビナスとの戦いを経験したせいか、何となくアルマの考えは読めるようになったノア。彼女なりに下手(したて)に出ることで、話が展開していくのを待っていたが――。
「……だ、大丈夫よ?」
「なんで、疑問系なんだ」
「だだだ、大丈夫。待っときなさい、すぐに活きの良いミ、ミミミミズを……用意してやるんだから!」
ノアはこれ見よがしに溜め息を吐いた。そのまま、石を持ち上げるために低くしていた体勢を起こす。
「それなら、好きにしろ。私はモニカの釣竿に今捕まえたミミズを付けてくる。たぶん、モニカもこういうの苦手だろうしな」
その口ぶりは明らかに、「ミミズ触れないだろ?」という意味が混じっていることにアルマは気づいていたが、ただ黙って離れていくノアを見送る。
「んぐぐぐ……ノアのばかー……」
アルマは腰を落として、震える手で石の一つをひっくり返す。そして、先程の繰り返しのように再び「ひぃ!」と悲鳴を上げた。
――それから、十数分後。
モニカとノアは釣りを始めたが、第三者的な視点で見れば、それが同じ行為をしているとは思えない光景だった。
モニカは顔を真っ赤にしてヒィヒィいいながら、竿の前で手を動かし続けている。
「ふええぇん、糸が絡んで釣りできないよー」
情けない声を上げるモニカには、奇跡的な絡まり方で糸が全身に巻きついていた。モニカの声にノアが気づき、慌てて近寄ろうとするが、
「モニカ!? 大丈夫か、私が今すぐモニカとふ、ふれあいながら、その糸を……あ! くそ、また魚がかかった! すまない、コイツを釣り上げてすぐ行くぞ、モニカ!」
そして、魚を釣り上げたノアが慌ててモニカに近寄ろうとすれば、すぐさま竿を魚が引く。餌が違うとかいう以前に、モニカは最初に引っ掛けた木の枝以降水面に針を付けていない。だからといって、落ち着きの無いモニカが魚との勝負に勝てるかどうかも怪しい。
それでもなお、次から次にノアの竿は魚を引き寄せるように釣り上げる。気が付けば、ノアの背後には魚の山ができていた。
「しかたない……。おい、アルマ。代わりにモニカの糸を解いてやってくれ」
苦肉の策という調子でノアが言えば、アルマのいる方向から「ヒェ!と返事の代わり間抜けな悲鳴が聞こえる。相変わらず、アルマは石の下のミミズと格闘していた。石を持ち上げれば、ミミズを見つめて悲鳴を上げる繰り返しだ。
ノアは大きな舌打ちをした。
「ちっ! 満足に魚釣りもできないのか、最初から素直に聞いとけばいいものを。……おお、またかかった」
神経を逆撫でするノアの言葉に、アルマは悔しそうに下唇を噛んだ。そして、手に持っていた石を放り投げれば、テントの方向へ駆け出す。
「なんなんだ、アイツは……。お、またかかったな」
「ふわあぁぁん! 糸がすごく危険な感じでイタタタタ! ぎゃあああ、ミミズさんやめてつかあさーい!」
※
バタバタと足音を立ててテントに到着したアルマは、はっはっと荒っぽい呼吸を繰り返してモニカの荷物を漁る。それほど物は多くはないため、すぐに目的のブツを発見できた。
折りたたまれたソレを摘み、広げながらアルマはニヤニヤと犯罪者スレスレの笑みを浮かべた。
「ふっへっへっへ、これがあればノアなんて……」
アルマの視界から見れば逆三角形の物体を再び手の中で握りしめれば、来た時よりもさらにドタバタと飛び出していった。
※
「――ノア!」
魚が逃げてしまうのではないかと思うほどの大きな足音と共にアルマの声が響く。気だるそうにノアがアルマの方を見れば、竿を立てて川へと投げる体勢をとっていた。
「今度は何の悪巧みだ」
「これが、私の釣りよ。私は私の釣りたいものを釣るんだからぁ――! えいや――!」
竿を振りかぶったアルマがブンと竿しならせながら、川の方へと糸を投げる。音に反して頭上に高くゆっくりと上がっていく糸の先をノアはぼんやりと見て、そして、その目がカッと見開かれた。
「そ、それは……!?」
続きの言葉を口にすることができないほどの衝撃を受けているノア、その代わりのように身動きのとれないモニカが瞬時に反応する。
「――私のパンツッ!?」
ふわふわとアルマの糸の先で漂うのは、真っ白の雲でもなければ釣り上げられた魚でもない。モニカの真っ白のパンツだった。
「モニカは黙ってて、今から私を馬鹿にした大物を釣り上げるんだから! そして、どれだけ自分が弱い存在なのか分からせてやる!」
「アルマちゃん!? 今、自分がどれだけ変なことしているか気づいてる!?」
目を血走らせながら言うアルマに、モニカのツッコミが心を打つこともなく虚しく響くだけだった。
「くっ……卑怯な奴め……。もう、好きにしろ!」
「――とか言いながら、全速力で走りだしてるノアちゃんは何なのかな!? ねえ!?」
川に落ちる直前でパンツをキャッチするノア、そのまま、川に飛び込むがおかまいなしで、パンツを掴み持ち上げた。
「活きのいいモニカのパンツだっ!」
「ノアちゃん、ちょっと一回自分の姿を鏡で見てみようか」
「そうよそうよ、ノア! アンタは最初から私に勝てない、私に釣り上げるだけの存在なのよ!」
「もう意味が分からないよ、二人とも」
暴走したアルマがグッと竿を引けば、当たり前のことだがノアの指先に針が突き刺さる。
「痛うぅ……! はっ……この程度の痛み、この先にある快楽を考えれば気にもならんわ!」
「か、快楽て何する気かな、ノ、ノアちゃん……?」
プライドを傷つけられたことで暴走するアルマと変態の部分を刺激されて自制心が欠けた存在となったノア。モニカから見れば、二人はただの変態なのだが、何故か両者の心は熱くなっていく。
「ぐぅ……負けないわよ、ノア!」
「その程度、その程度で私は釣られないぞ――!」
「お願いだから、二人とも私のパンツで遊ばないで――!!!」
※
「混沌」、その光景を影から見ていた少女が呟いた。
少女は眼帯に付いた葉っぱを払えば、木の陰から三人を見つめる。
「どれが偽勇者?」
正直、三人とも似たような感じに見える。一番強そうなのは、銀髪の女だが、一番頭が悪そうにも見える。
じゃあ、あの三角帽子の女か。頭は良さそうな顔をしている。確かに、一番危険そうだ。事実、まともな人間なら、パンツで魚を釣ろうとは思わない。
それとも、泣き喚いている一番小柄な少女か。まともなことを言っているように見えるが、一番弱そうで一番何もできなさそうだ。
「わからない、どれが勇者だ」
やたらと幼い声のルビナスから連絡があり、情報を頼りに探し続けた。そして、やっと見つけることができた。しかし、どれが勇者なんだ。
「銀髪? 帽子女? チビ女? ……分からない」
モニカと対して変わらないほどの身長の少女――キリカが三人を見つめて首を傾げた。
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