第29話 キリカ レベル???

 ――キリカが旅立った日、それがモニカが初めて異世界にやってきた日だった。そして、彼らの道は宿命のように交錯する。それは、モニカがゴートンを倒した翌日の出来事。



                  ※



 「ここが、ルスラか」


 ルスラ、と言うのは町の名前だ。噂のモンスターの出現情報を頼りにここまでやってきたキリカ。旅に出る際、村人から貰った物の中に四角形の布の中心に穴が空いていた衣類が入っていたため、それを首を通していた。ポンチョに酷似した紺色の羽織物を、揺らして眼下の光景を見る。

 町に入れば、そこから果てしない海が広がっている。周囲の建物を見てみればほぼ全部といってもいいほど白一色。木材を中心に使っていた村の家とは違い、砂や砂利などの材料を固めているようで頑丈な作りに見える。次に目につくのは、町中のあらゆるところに階段が点在していた。正直、普通の道よりも階段が多いようにも思える。どうやら、この階段を行き来するのがこの町の主流のようだ。

 複雑なパズルのように、階段があっちにこっちで階段が止まっているのを見れば歩き出す前から溜め息を吐いた。


 「なかなか、苦労しそうだ」


 いざ、階段を降りようと最初の一歩を踏み出した途端――。


 「――モンスターだ!」


 その声にキリカは表情を真剣なものに変える。慌てて下から上って来る男は、近隣の家に声をかけながら走ってきているようだ。

 キリカは階段を一歩で降りれば、二十段先の踊り場に着地する。声を張り上げる男の前に立つ。


 「うお!? な、なんだ!」


 「モンスターはどこにいる?」


 驚く男の精神に気を配る前に、キリカは騒ぎの原因を問う。

 

 「あ、え……み、港で船を襲っているんだ……」


 外見からすれば十五歳行くか行かないの少女が出すものとは思えないほどの張り詰めた声に、男は強引に吐き出されるように言う。

 「ありがと」それだけキリカが男に告げれば、次の階段へ駆け出す。一歩で次の踊り場へ、さらにもう一歩で民家の屋根へ。次の屋根、また次の屋根へ飛び移る。跳躍力が足りなくなりそうな時は、壁を蹴り、また次の壁を蹴り、民家の屋根へ。そして、階段が近くに見えれば、再び階段の段差を一度のジャンプで飛び越えながら港へ向かう。近づけば近づくほどに、騒ぎが聞こえ、下から階段を上って来る人間の数も多くなった。

 港の前まで来ると身動きがとれなくなりそうなので、見通しの良い場所を探せば一体の彫像が目に入る。漁師を見守る女神なのか、半裸の女性が両手に舵を握って海の方向を向いていた。狙いを定めれば、十数メートルはある女神の彫像のてっぺんに駆け上がる。肩の上に乗り、彫像の顔に手を置いて体を支える。


 「コイツは厄介」


 そこにいるのはイカに酷似した姿のウキョ。食用で考えれば、イカの何倍も美味しいものだ。しかし、そこにいるウキョの大きさといえば三十メートル近くはあるのではないかという巨体。

 十本の腕の内数本が船を絡めればバリバリと音を立てて粉々にすり潰す。そして、腕の隙間から見える口内からは何か紫色の液体が吐き出された。本来なら墨が出て来るところだが、ウキが吐き出すものとは特殊だ。液体のかかった場所は、その部分だけスプーンで掬(すく)われたようにごっそりと削(そ)がれていた。

 ウキョの墨には微弱ながら、物体を溶かす成分がある。しかし、それはほんのごく僅かでどれだけ意識しても感じられないし人体に影響はない。そのはずだが、特別凶暴化した巨大ウキョはその溶かす成分が増大しているようだった。


 「初めてのウキョ料理が、こんな怪物なんて……。少なくともウキョスミパスタは、無理そう」


 キリカは言い終わるよりも早く、そこから姿を消した。

 猛スピードで飛び出したキリカは、着地するよりも早く手の中に魔力の剣を発生させる。


 「断つ理。アンナス・セイバー」


 巨大ウキョの前方に着地、同時に今まさに漁師の一人を潰そうとしていた巨大ウキョの腕の一本を切り落とした。

 重さと大きさのあるウキョの巨大腕は、港の地面の一部にヒビを入れながら落ちる。巨大ウキョはといえば、一瞬の出来事に事態が把握できていないようで切れた腕を丸い二つの目でじっと見つめていた。そうしている内に、巨大ウキョの腕はまた一本、その次の一本と切り落とされていく。

 半分の腕が切り落とされて、ようやく巨大ウキョは自分が命の危険に晒されていることに気づいた。


 「今頃、気づいた?」


 潰そうとしていた船を放り出して、素早く動き回るキリカを目で追う。巨大ウキョからしても、自分には脅威が現れないはずだった。そのはずだが、足元で少女は駆け回り確固とした殺意を持って自分を攻撃していた。巨大ウキョはこの感覚を知っていた。これは、狩られる感覚、つい数秒前まで上だった自分の立場が入れ替わっていることに気づいた。

 巨大はウキョは大口を開けて、溶解する墨を発射する。


 「キミみたいなのが、無理しちゃいけなかったんだ」


 口を開けるために、足を広げた時点で既にキリカは巨大ウキョの背後に回りこんでいた。それに気づくこともなく、紫の墨を吐き出す巨大ウキョは何もない堤防を溶かすだけ。空からバケツでもひっくり返したような溶解させる墨を物ともせずに、キリカは表情を変えずにウキョの腕を再び断つ。


 「異変の影響かもだけど。……キミが誰かを傷つけるなら、ボクは容赦しない」


 腕も残り僅かとなり、これだけなら避けるだけでも十分だとキリカは判断する。これ以上、先延ばしをして無闇に巨大ウキョを傷つけるよりも良いと決めた。

 直感的にキリカはウキョの命を絶つ場所に気づいた。ウキョの神経は目の間にある。すなわち、そこが急所となる。突き刺すためには、それなりに集中力がいるため、腕を切り落とすことになったが、さすがにこれ以上はもうやめて良いだろう。

 自分の腕の断面を何度も見る巨大ウキョが前方に立つキリカに気づく。


 「ごめん、必ず異変は止めるから」


 顔のやや上の方に右手を掲げれば、手の平の中に光が集まる。そして、集約する魔力の光を握りつぶした。

 キリカの手の中から発現したアンナス・セイバーは、巨大ウキョの目の間に到達するほどの長さになればそのまま体を刺し貫く。一度、痙攣をして少量の紫の墨を吐き出せば、巨大ウキョの瞳から色が消えると同時に港にその体を寝かせた。

 アンナス・セイバーは消して、キリカは港から背を向ける。騒ぎなりなりそうな気がしたため、キリカは早々にそこから離れることにした。



               ※



 巨大ウキョが倒されたことで港の方に人が集まっているのか、階段を上っていけば町は閑散としていた。というか、人っ子一人いない。


 「これでは、情報を聞きようがない」


 海の見える場所に作られた石でできたベンチを見つければ、そこに腰掛ける。目下の光景は巨大ウキョに群がる人達が見えた。少なくとも、あの騒ぎが収拾するまではどうしようもなさそうだった。そのはずなのだが、


 「――隣、座ってもいいかしら?」


 女性の声が聞こえて、顔を見ることもなくキリカは頷いた。

 そっと質量を感じさせないほどの軽い気配で隣に座る女性からは、甘い香水の香りがした。

 キリカがチラッと横目で女性の顔を見れば、じっとこちらを見ていることを知る。


 「何か用ですか」


 「自己紹介してもいいかしら?」


 「は?」と眉を僅かに八の字に変えて女性を見るが、明確な否定ではなかったことを許可されたことと女性は判断したのか言葉を続けた。


 「私の名前は、ルビナス」


 「……ルビナスさん。……ボクの名前は、キリカ」


 「貴女に似合う凛としたいい名前ね」


 「そちらは、宝石みたいな名前ですね」


 「ふふっ、ありがとう」と頬の肉上げて笑うルビナスは、大人の女性という感じだった。

 キリカの住んでいた村にも、大人の女性はいたが、どちらかというと逞しい感じの人が多かった。ジーナは、他の町から来たせいか、少しだけルビナスみたいな雰囲気もあるが、あちらはどちらかと言うと他者を落ち着かせる素朴な要素の強い女性。

 慣れない雰囲気に居心地を悪く思ったキリカは、席を立ち上がる。


 「それでは、失礼します」


 「ちょっと待って」


 振り返れば、そこにルビナスの姿はない。慌てて気配を探せば、いつの間にか自分の前に立っていた。

 愕然としながら無意識にの内に魔力の剣を発生させようとする右手を抑えるために、左手で右手首を掴んだ。


 「いつの間に……」


 「それはいいのよ、どうしてあのモンスターと戦っていたの?」


 (ただの野次馬。いや、野次馬にしては、動きが人間を超えている)


 警戒を解くことはなく、ルビナスの質問に答える。


 「ボクが勇者だからです。勇者は世界の異変を止めるものでしょう?」


 そこで初めてルビナスの色気のある笑顔に驚きが混じる。直後、先ほどよりも深い笑みも見せた。


 「勇者、貴女凄い人だったのね。なら今は、その異変を探っているところかしら。……私も異変を一つ知っているんだけど、教えてあげましょうか」


 キリカはいつの間にか再び石のベンチに腰掛けたルビナスを見る。今度は驚くことはなく、この女ならそれだけのことをするだろうとすら思った。

 完全に足を止めて、ルビナスの方を見る。自分の発言がキリカの気を引いたことが、よっぽど嬉しかったのか、その笑みをさらに濃いものにさせる。


 「キリカ、貴女の宿敵とも呼べる人物が今この世界にいるの。ソイツも、勇者と名乗っているわ」


 「勇者……」


 「ええ、さらにはその勇者様は、特殊な力を使っているそうよ。勇者は世界に二人もいない。貴女が勇者なら、間違いなくその偽勇者は世界の異変よ」


 勇者がもう一人。力も何も無いようなら、一部の声の大きな者の狂言で済んだかもしれない。ルビナスが言うことを鵜呑みにしてしまうのは、おそらく目の前の女がくだらない発言を無駄だと切り捨てることのできる力の持ち主だと分かったからかもしれない。

 なにより、ルビナスの話が本当だとしたら、勇者であることは許せない。


 (村のみんなの希望である勇者のボクの”勇者”という言葉には責任がある。それを、そんな存在に穢されてたまるか)


 「どういう奴らなの? 男? 女?」


 「女って呼ぶには、少し早いかも。まだ見た目はキリカちゃんと同じぐらい。世界の異変だから、きっとわざと油断させるために少女の姿をさせているかもしれないわ」


 「異変、本当に腹立たしい」


 「私の仲間も偽勇者に痛い目にあっているの。だからね、これからはは協力して勇者を倒さない? ……安心して、私は貴女の味方よ」


 何かの罠、それを疑わないわけがなかった。もしも罠だと判断した場合は、立ちふさがる障害を切り開くのみ。



 「……分かった、協力しよう。ボクもそいつを許すことはできない」


 ルビナスは立ち上がれば、右手を差しだした。一瞬、キリカは意味が分からなかったが、アドリアがしていた豪快な握手を思い出した。

 「ああ」と呟けば、キリカはアドリアと握手をした。


 (――偽勇者を倒すため)

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