第24話 モニカレベル18 ノアレベル37 アルマレベル35

 付け焼き刃の作戦を立てて勝てる相手ではないことは分かっていた。二人ができるのは、もしもや奇跡という曖昧なものにすがった戦い。避ける時間は攻撃の無駄になり、魔法を練る時間は格好の的になる。最善策は一つ。それは、がむしゃらに突進をすることだ。


 「はあああぁぁぁ――!」

 「うおおおぉぉぉ――!」


 子供の口から出る声なので一切の迫力はないが、それでも最悪の条件で突っ込んでいく二人の気迫は十分だった。しかし、ルビナスはそんな二人を嘲笑う。

 ノアとアルマがナイフを振り上げて突進すれば、地面から現れた一つの土の手が二人の身動きを封じ、拘束していた土の手が左右に枝分かれし分裂すればノアとアルマを壁へと放り投げた。


 「ぐぅ!?」

 「きゃぁ!?」


 元の姿でも意識が飛びそうなほどの攻撃を受けて、二人は数秒の間意識を失いそうになるが、朦朧とした意識のままで再び手元から落ちそうになったナイフを握り直す。

 下から睨みつける二人の闘志が消えていないことに気づき、ルビナスはその状況を見て目を細める。


 「これはこれで、面白いじゃない」


 浮遊していた体を降下させて、地面に二本の足で立つルビナス。

 一気に間合いを詰めるために飛び出すのはノア。


 「かくごっ!」


 ノアの行動を読んでいたのか、それともあまりの攻撃速度の遅さに気づけば手が出ていたのか。どちらにしても、ノアがルビナスを攻撃範囲に入れるよりも早く行動に移していた。虫でも払うような動きでルビナスが右手を振るう。

 バーン! と音を立てて、ノアがその場で急停止する。


 「――んぐぅ!?」


 突然、ノアは何かにぶつかった。すぐさま体勢を立て直してみれば、そこにはそれらしいものはない。何か視認できない攻撃でも放ったのではないかと思ったが、それにしても衝撃が軽過ぎる。

 狼狽する表情を隠すこともなくノアは、目の前におそるおそる手を伸ばした。そこには確かに何かある。しかし、それを見ることはできない。だが、ノアの手を伸ばして触れたところには壁のようなものが確実にあるのだ。


 「どうかしら、見えない壁。ジグマフォールのお味は」


 ノアは困惑しているようだったが、アルマには確かに聞き覚えがあった。

 初歩の初歩といってもいいほどの魔法だが、長い詠唱時間が必要になるため戦闘には不向きとされているものだ。せいぜい、洪水を起こした時に川の氾濫を防ぐ程度にしか使ったことはない。

 それでも、アルマはこの魔法がすぐにでも出せるなら、これ以上に使い勝手のいいものはないと考えていた。そんなものは夢物語だと思っていた魔法の使い方をルビナスは涼しい顔で実行している。


 「きをつけて、ノアっ。そのかべは、まほぉでしかこわせないっ」


 アルマの声なんて届いていないように、ノアは横に駆け出した。


 「だったらぁ……!」


 目の前に壁があるなら壁のない部分から飛び込めばいい話だ、と壁に触れながら走る。その壁が途切れた後に、ルビナスの懐に飛び込めばいいと考えた。ノアらしい考えとも言えるが、そんな力技が通用することがない相手だとノアも分かってはいた。しかし、この状況で立ちすくめば、それだけ相手の手の平の上で踊らされているような気がした。

 流れを変えないといけない、その一心でノアは走った。走った。走った。……しかし。


 「ばかにしているのかっ」


 肩で息をしながらノアは、自分が十数メートルの距離を走っていることに気づいた。

 

 「まさか……つぎからつぎに、じぐまふぉおるを……」


 アルマが驚嘆する声に気づいたのか、ルビナスは口に手を当ててクスクスと笑う。そんなルビナスの明らかな嘲笑に我先に反応したのはノアだった。


 「なにがおかしいっ」


 ルビナスは、顔を赤くして怒るノアを見ながら、まるでないものねだりをする子供のようだと他人事のように内心笑う。アルマの辿り着いた答えは、ルビナスにとっては失礼に当たると判断して本人が応答する。


 「そんなものじゃないわ。今、ノアちゃんに使っているのは、ジグマフォールの改良版よ。ノアちゃんの前に出現し、ノアちゃんが動けばその姿を追いかけてずっと付いていく。ずっと前に壁があるものだから、前方へ進むこともできない。最小の魔法で、最大の攻撃を防ぐ。……魔法使いと魔女は、こういうところが違うのよ」


 劣等性に説教する教師のような口調にアルマは奥歯を噛み締める。

 大人になったからといってアルマの魔法はルビナスに通用しないだろう。それでも、今の触れることすらできない状況に自分の髪を掻き毟りたくなる。

 

 「……いちいち、はなにつくやつね」


 「あら、可愛くない。先輩には敬意を示すものよ? アナタ達には、足りないものが多過ぎる。力、知識、組織力……そして、外見」


 最後の一言にノアとアルマは眉をひそめた。


 「はぁ?」

 「なにいってんだ?」


 二人の反応が理解できないとばかりに、やれやれと首を振るルビナス。それに対して、アルマとノアは、いやいや、と手を横に振る。しかし、自分の世界に入りつつあるルビナスは話を続ける。


 「あら、美貌が必然必勝必定。そんなの、アタリマエの話よ。どんな物語でも、どんな場面でも、美しいものが常に勝利し君臨する。これって、常識じゃなくて? 今のアナタ達は、私を倒すために必要なものを全て失っているのよ。例え、勇者がやってきて、ちんちくりんの小娘三人が集まったところで何も出来ないわ! 断言しましょう、既に外見の段階で敗北しているのよ。勇者達は!」


 ノアとアルマは複雑そうな顔で嬉しそうに話をするルビナスの顔を見ていた。


 「変態ね」

 「変態だ」


 ほぼ同じといってもいいタイミングで言葉を発して、ノアとアルマは顔を見合わせた。ノアの視線が、お前が何とかしろと言っている。アルマは深く溜め息を吐けば、小さくなった脳みそで思考を巡らせる。

 どうすればいい、どうすれば奴を倒せる。いや、そもそも倒すという発想が間違っているのではないのだろうか。今、自分達が目指すべきは、完全な勝利ではなく、完璧な敗北だ。逆立ちしようが、不思議な力で覚醒しようが、今のルビナスはどうやっても勝てない。それならば、今ここで通用する道具は、魔法や武器ではない。――言葉だ。

 今まで経験したことない賭けを前にアルマは、自分に問いかける。これでいいのか、この選択は間違っているのではないか。いいや、そんなことはない。いや、どう考えても不正解だろう。違う違う、それを決めるのは私ではない。未来だ。たくさんの不正解の中で、私達は正解を手に入れてきた。さあ、示そう。

 間違いを正解にするために、アルマは博打を打つことを決意した。


 「――ねえ! ルビナスッ!」


 キンキンと耳に響く甲高い声でアルマはルビナスを呼んだ。

 溜め息混じりでルミナスが返事をする。


 「なにかしら、アルマちゃん」


 「あなたはじぶんをうつくしぃていうけどっ、けっきょくは……おばさんでしょ?」


 ルビナスの表情どころか動きまでピタリと止まる。眉をピクつかせながら、ルビナスはアルマを見る。


 「……ごめんなさいね、今言ったことがよく聞こえなかったわ。ああいやいや、年齢のせいで聞こえないて意味じゃないのよ。ただ、潮風の乗って妙な雑音が届いた気がしたのよ。ねえ……嘘つかないでちゃんと言ってね。……なんだって?」


 「おばしゃん……おばさんって言ったの!」


 ノアはルビナスの殺意を感じ、体の芯が冷たくなっていくような悪寒すら覚える。さすがのノアも、ただ怒らせているだけにしか見えないアルマの行動が暴挙に思えた。

 困惑するノアの視線を受け流し、アルマは露骨なまでの悪口を発する。噛まずにはっきりと相手を罵ろう。それだけを考えながら。


 「じぶんのこときれーきれーていいながら、けっきょくはおばさんじゃない! どーせ、こんなふうにおどしながらでしか、いえないんでしょ! そうなんでしょう、おばさん!」


 アルマの握っていたナイフが勝手に反り返る。慌ててナイフを離せば、そのまま粉々に砕け散った。どうやら、ルビナスに何らかの魔法で攻撃を受けたようだった。


 「次は、その首をあらぬ方向に向けてあげようかしら?」


 ルビナスは右手を持ち上げて、何かを掴むように宙をやんわりと掴む。

 先ほどまでと殺気が違う。いや、さっきまで殺意なんて微塵も感じられなかった。しかし、今は目の前のアルマを完全に命を奪うべき標的と定めていた。


 「く、くやしかったら、わちゃちとおなじになってみなさいよ。それができないから、わちゃちたちをこどもにしてんでしょう!?」


 アルマの言葉を聞き、僅かに殺意が緩んだ。ルビナスの顔には、何か納得したような表情が浮かんでいた。


 「ああ、なるほど。そうやって、私を怒らせて同じ立場にしようと思っていたのね。そんな安い挑発にやすやすと――」


 「――子供をいじめるなんて、おばさん最低だよ!」


 「うそ……!?」

 「なっ……!?」 


 突然の来訪者は、まさしく予期していない人物。いや、絶対ここには現れないと思っていた意外な人物だった。

 アルマの隣には、モニカが立っていた。そして、両手をメガホンの形にしながら、アルマと同じように罵声を浴びせていた。


 「なんだかよくわかんないけど、アルマちゃんと一緒におばさんを馬鹿にすればいいんだよね!」


 「モニカにしては、きがきくじゃない……」


 それだけで何か変わるのだろうか。それでも、目を剥いて驚いているルビナスの顔を見れば、何かが変わりそうな気がしてくる。

 

 「おばさん! 子供をいじめるなんて最悪だよ! どっちかっていうと、私以上に子供みたいに見えるよ! そんなこと、ダメだよ、馬鹿だよ、変態なんだよ!!!」


 ルビナスは何とか頭を切り替えようと次の言葉を探す。


 「さっきから、おばさんおばさんて……これはね、大人の色気ていうもんなんだよ」


 無理して作ったルビナスの笑顔が逆に怖い。しかし、天然のモニカには、ルビナスの怒りに気づくことはない。


 「色気じゃないよ! あれだよ、ああでもこんなの言っていいのかな……。正直、言っていいのか……」


 「いいから、いいなしゃい! モニカ!」


 「ゆーのだ、モニカッ」


 モニカの登場により空気が変わりつつあることを肌に感じたノアとアルマは、モニカに次の言葉を促す。


 「お、二人とも、かわいいね。と、とにかく……うん、言うよ!」


 「いいから、さっさと言いなさい! アンタに子供だ変態だなんて言われて、腹が立っているんだから!」


 大きく息を吸い込んだモニカは、ルビナスの精神力を削るための言葉を発する。


 「――それ、色気じゃなくて加齢臭だよ!!!」


 アルマとノアは「うわぁ」と、引き気味の表情を見せる。正直、そこまで言えないのがアルマの本音だったが、それを軽く飛び越えていったのはモニカの勇者としての才能だろうか。

 ルビナスの表情を見れば、ガラス球のように光の無い瞳がモニカをじっと見ていた。言ってはいけない言葉を立て続けに刺激されたルビナス。その瞬間、彼女を制御するための思考が全て吹き飛んだ。


 「百回、(ピーーーーー)する」


 さすがのモニカもルビナスのとんでもない発言に、大きく後ずさる。


 「ひぃ!? 今、とてつもないこと言ったよ! この人!?」


 飲めといったわけでもないのに、ルビナスは懐から試験管の形をした瓶を取り出した。モニカ達には見覚えのあるあの体を小さくする薬が入った瓶だ。そのまま、ルビナスはぐっと飲み込む。あまりの飲みっぷりに言葉を失っていた三人だったが、やっと思考が追いついたアルマはモニカに親指を立てる。


 「よくやったわ、モニカ!」


 「う、うん?」


 瓶の中身を空にしたルビナスは、そのまま床に瓶を叩き割った。砕けた瓶の破片を右足でゴリゴリ削りながら、ノア、アルマ、モニカを見る。


 「お望み通り、子供の私がアンタ達を(ピーー)するわ。それだけじゃなくて、三人まとめて(ピーーー)だから。いいかしら?」


 焦点の定まらない目で、本当に子供がいれば耳を塞いでしまいそうな言葉を連発する。魔女というか、酔うと口が汚くなる酒飲みにしか見えない。


 「しょーじき、えんりょしたい」


 「おなじまほーつかいであることが、はじゅかしく(恥ずかしく)なるぐらい……へんたいね」


 「ここまでくると、もうフォローしきれないよ……」


 三人が好き勝手に言うのを耳にしながら、ルビナスは「フフフフ!」と楽しげに笑ったかと思えば、仰向けに寝転がり――眠った。

 アルマとノアは砂浜での出来事を思いだして顔を見合わせた。モニカだけは、何が起きたか分からずルビナスを「おーい」と呼んだ。


 「そーいえば、くすりをのんだとき、ねむってしまったわね」


 「……こいつ、くすりのふくさよーわすれていたのか?」


 「ばかね」


 「ばかだな」


 しみじみとノアとアルマが言い合えば、モニカがおどおどと一人挙手をする。


 「ど、どうしようか、二人とも……」


 アルマは腕を組んで、いびきをを立て眠り少しずつ体が小さくなっていくルビナスを見た。今のところ、まだまだ時間がかかりそうだ。魔法薬の副作用には強くなっているだろうから、それほど時間はかからないだろう。だが、こんな重大な勝機をそのままにしておくわけない。


 「げどくざいもなしで、くすりをのんだわけじゃないでしょう。……おきるまえに、もっているくすりをじぇんぶ(全部)、うばっとくわよ」


 正直、寝ている内にトドメを刺せばいい話なのだが、さすがに勇者としてはそんなことはできない。

 モニカ達は、解毒剤を探すためにルビナスの体を追剥おいはぎよろしくの乱暴な動きで探りながら、モニカは呟く。


 「なんだか、私、勇者から遠くなっていっている気がするよ……」


 「いまさら、でしょ」


 励ましにもならないアルマの言葉を聞きながら、ルビナスの懐を漁ることに専念した。

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