第14話 モニカレベル13 ノアレベル32 アルマレベル30
モニカ達の牢屋から出て、通路を真っ直ぐ進むと突き当たりに牢屋番の兵士がいる小部屋がある。牢屋、小部屋、屋敷の廊下という順の建物の造りになっているため、この牢屋から出ようと思えば、必然的に突き当たりの扉を経由して外に出ないといけない。
小部屋にいる牢番の数は、男が二人。一人は部屋の隅の机に座り、一人は椅子に腰掛けて本を読んで時間を潰していた。二人は共に働いて長いことになるが、あまりプライベートな会話は多くはない。
現状を見ていて分かると思うが、真面目に書類と見つめ合う一人とは反対に、もう一人は欠伸を合間に挟みつつ本のページをめくっている。机に座る男の書類は生真面目な性格を文字にしたように隅々まで模範的な文章、対して本を読む男の提出する書類はミミズを並べたような文字に子供でも書けるような適当な文章。二人の仕事に対する姿勢は反対で、互いに性格が合わないことに気づき割り切った関係を保っていた。
一日の会話は「おはよう」「お疲れ様」しか使わないことの多い二人だったが、本を読んでいた男が珍しく喋りかけた。
「なあ、今日牢屋に入れられた三人のことをどう思う?」
書類の作成が終わり、次の白紙の紙に手を伸ばしていた机に座る男の手が止まった。
「どう思うって……。なにか、良からぬことをしたのだろう」
「おいおい、馬鹿言うなよ。あの子達、俺達の代わりにモンスターを追っ払ってくれたんだろ? 討伐に向かったわけじゃないから、直接見たわけじゃないけどな。それに、眠った状態で牢屋に運ばれて来るなんて、どう考えてもおかしいだろう?」
「奴らは屋敷で盗みを働こうとした。ゴートン様が、そう言っているなら仕方がないだろう」
あんな目立つ格好をした少女三人が盗みをするということは、ありえないと否定した男自身思っていた。それでも、自分は兵士だ。ただ雇われた人間でしかない。事務的に返答をすることが適当だと言えた。
会話をしていた本を読んでいた男は深く溜め息を吐いた。
「はぁ……。最近の領主はなんかおかしいと思わないか? この前、ココにいいた商人なんかは魔族避けの装飾品を売りに来ただけで牢屋にぶちこまれたんだぜ。それどころか、俺の行く酒場の客達はみんな税が重たくなったことや暴力に怯えた生活をしている。この間だって、持病で働くこともできない住人に体の負担が大きい仕事を強要させていたと聞くぞ」
机に座る男は思う。本を読む男は基本不真面目だったが、妙なところで真剣だ。そんなところが好みでもあり、自分の中で正論を持っている男のことが何となく嫌いだった。そして、それはルクセントに住んでいる皆が同じような不安や怒りを覚えていることも知っていた。だからこそ、男のこうした発言は気持ちにさざ波を立てる。
掴みかけていた白紙の紙を、そっと置いた。真面目が売りだった男が、口を開く。
「私は――」
――バタン! と牢屋の扉が勢いよく開かれ、もの凄いスピードで小さな影が通り過ぎていく。
「――うわあああん! すっかり忘れていたけど、漏れちゃうよー!」
軽装の鎧を着た少女が目の前を横切って屋敷の廊下へと出て行った。
二人の男は互いに顔を見合わせた。開いた口の閉じ方が分からないといった感じで、互いの顔を凝視する。やっと状況が追いついてきて、何か喋ろうと思った二人の間に再び新たな来客が現れる。
「モニカが道に迷わないか心配だ……」
「だったら、早く追いかけないと! て、普通に入って来たけど、ここ牢屋番の部屋じゃない!?」
遅れたやってきたのは銀髪の少女ノアと変わった三角の帽子を被った少女アルマが「しまったー!」と頭を掴んでいた。
ノアは兵士がいることなんて気にもしていない様子だったが、本を読んでいた男が、手に持っていた本を床に落とし剣に手をかける頃、ノアは腰の剣を抜いた。
「う」
剣を抜こうとした男が小さく声を漏らした。本気で刃を向けるつもりはなかったのだろうが、男は牽制のつもりで抜きかけた剣を床に落としていた。その一秒後、男は膝から倒れこむ。
もう一人の男は、同僚が意識を失っているというのに身動き一つできないでいた。机に椅子に体がくっついて離れなくなったように体が動かすことを拒否している。圧倒的な強さを前に、抵抗する前に白旗を上げているのだ。
男は一瞬何が起きたか分からなかった。だが、兵士が腰の辺りに手を持ってきているのを見たノアが、目にも止まらぬ速度で同僚を気絶させたのだということだけには気づいていた。
ノアは、自分よりも二十以上上の年齢の男を見下ろす。
「私達の持ち物が置いてある場所を教えてくれないか?」
声は淡々としたものだったが、戦闘経験の少ない男にも感じられるほどの殺気を受ける。
平静を装いながら男は言う。
「……君達はどうするつもりだ?」
本を読んでいた男の方が実戦経験もあり、実力的にも上だった。その男が手も足も出ないという現実が、机に向かう男には自分に勝ち目がないことを教えていた。それでも、男は兵士だった。もしも彼女達が悪事を働く存在なら、対抗する必要がある。
男の体が軽くなった気がした。ノアは殺気を抜いていた。その代わり、信念のこもった眼差しが男を見ていた。
「領主を倒す」
「ちょっと!?」とアルマが、あまりに率直過ぎる銀髪の少女の返答に慌てる。
危機的状況のはずが、不思議と男の心は興奮して質問を続けていた。
「どうして……」
その問いに少しだけノアは悩み、言葉を選び、返事をした。
「奴は怪物だ。あのままにしておけば、いずれたくさんの人が傷つくことになる。だから、私達はここで奴を倒さなければいけない。……あまり時間がない、教えるつもりがなく私達を止める気もないなら、もう行くぞ。勝手にさせてもらう」
男から敵意や警戒心が失せていることを察し、部屋を出て行こうとするノアに男は声をかけた。
「待ってほしい、君達の持ち物はこの部屋の金庫にある。ほら、これが鍵だ」
男はところどころに錆が目立つ鍵をノアへと差し出す。
ノアは不思議そうに男を見た。今度は逆に、ノアの目が「どうして?」と問いかけていた。
数年ぶりと言ってもいいほど、男は職場で本心を口にする。
「あの憎たらしい領主を倒してほしいだけだ。……君達に頼めるかい?」
ノアは軽く笑い、アルマも口角を上げる。
「無論だ」
「もちろんよ」
戦士と魔法使いが英雄然と返事をした。
※
没収されていた持ち物を受け取り、用を足したモニカを連れて、牢屋を脱出した三人は幸い誰にも見つかることなく大広間に立った。
太い四つの柱に加えて十数本の柱が支え、頭上には豪華なシャンデリアが光る。その照明器具があるはずの場所には、卵型のマキアが無数に付いている。その絶妙な光加減はどこかで調整しているのだろうが、それだけ微妙な変化のできる純度の高いマキアをいくつも持っているゴートンの裕福さを表しているようだった。
二階と一階を繋げるための階段が左右にある。二つの階段の伸びた先には踊り場があり、踊り場から一階に降りるために大きな階段が一つ。その階段の一段目の手前から、赤い絨毯が入り口まで続いていた。実質、下に降りるためには、その大きな階段を通る必要がある。
モニカ達がちょうど階段から絨毯に立った時。
「――もしかして、私を探しているのかい?」
声のした方向に目を向ければ、大広間の入り口の前にゴートンが悠然と立つ。
すぐにノアは剣を抜けば、アルマが杖の先を前に突き出す。数秒遅れて、モニカは腰から剣を構えた。
「まさか、お前から出て来てくれるとはな」
ノアが激しい殺意と共にゴートンを睨む。
「ぶっひょっぶっひょっ~!」と、ゴートンは腹を揺らして笑い声を上げた。
「隠れる必要はありませんからね。下等生物から身を隠してた。なんて言ったら、”あの方”から何を言われるか……」
「あの方?」
気になる言葉を耳にしたアルマが、反射的にゴートンに問いかけていた。
「ぷぶぅ! おっと、あぶな~いあぶな~い。……ここから先は、教えるわけにはいきませんよ! まあでもぉ……君ら、元気良さそうですし、少し味見したくなりましたよぉ!」
ノアは剣の持つ手を水平にして、頭の上に持ち上げて構えたことでノアの周囲の緊張感が増していけば、触れただけで何か暴発してしまうのではないかと思うような危うさを周囲に与えていく。
「好きにしろ。その汚い口を、強引にこじ開けるだけだ!」
ノアが地を這うように駆け出した。モニカは近くでノアの戦いを見ていたが、それでもこれだけ速く動くノアは初めてだった。本気でゴートンを倒しにかかっているのだ。
「あの馬鹿っ……!?」
モニカは気づいていなかったが、アルマは感じ取っていた。ノアがやろうとしているのは、ただ倒すとかいう生易しいものではなく、完全な殺意の鬼となっている。悔しさと他者を傷つける悪への憎悪。その二つが入り混じり、ノアは感情のままに刃がゴートンを狙う。
ノアの剣に雷撃が迸り、体やその手に持つ剣さえも稲妻に変える。今のノアは勇者の仲間である戦士であると同時に地上を走る迅雷でもあるのだ。
「ゴートン! 焼き散れッ!
ノアの雷とゴートンの距離がゼロになる。ゴートンの立っていた場所から雷電が放出されれば壁を焦がし、床を裂き、窓のカーテンに火が付いたかと思えば、次いで放たれる雷撃を受けて跡形もなく消し去る。
「頭に血が昇ってるんじゃないわよ、ノアのアホッ! モニカ、私におうえんスキルをお願い!」
あまりの衝撃に尻餅をついていたモニカだったが、大急ぎで立ち上がりアルマに声をかける。
「おうえんスキル発動! アルマちゃん、頑張れがんばれ! きっと、魔法の制御なんて簡単だよ!」
「余裕よ、息をするよりも簡単なんだから! ――
アルマとモニカの足元に魔法陣が出現したかと思えば、魔法陣の端の円の中から複数の棒が出現し、頭上に伸びて絡まり、それが網目の細かい格子になる。鳥篭のようにも見られるかもしれないが魔力で作られたその形は、文字通り魔法の檻と呼べるものだった。
降り注ぐ瓦礫を魔力でできた檻が弾く中、モニカとアルマはノアとゴートンの衝突した方向を見る。モクモクと立ち上がっていた黒煙が晴れたかと思えば、そこから飛び出してくるのはノア。体勢は水平、着地なんてできる状態で飛び出してきたわけではないので、地面に体を打ち付ければノアはモニカ達の背後へと転がっていく。
「ノア!」
「ノアちゃん!?」
二人は名前を呼ぶが、背後の階段を砕くほどの勢いで叩きつけられたノアの姿に、それ以上先の言葉を失う。そして、まるで雨の滴でも払うように瓦礫の中から現れたのはゴートン。
ゴートンは頭に落ちてくる自分の巨体よりも大きな瓦礫を片手で振り払えば、舌なめずりをしてモニカとアルマを見た。
「ぶっひょっぶっひょっ~! さあ、次はどちらが相手になるのですか? 彼女もなかなかやりますが、私に触れることもできていません。派手なだけが自慢の必殺技なら、もうやめることをオススメしますよ。それに、私は手品や曲芸師が嫌いだ。奴らを思い出させるというなら……次は容赦はしませんよ」
嘲笑うゴートンに腹が立つモニカは、素直な怒りを向けた。
「ノアちゃんのことを馬鹿にしないでよ! 本気出せば、貴方なんかより全然っ強いんだから!」
堪えきれない笑いと共に、「いいえ」とゴートンは頭を横に振る。その時、ゴートンの背後の何もない空間がどろりと崩れた。
「今の私なら本気を出せば勝てる、と? それならば、私が本気を出せば、どうなるのでしょう? ……いやはや、今日は牢番以外の使用人に休暇を与えていて良かったというものですよ」
突然、ゴートンの腕が大きく膨れ上がれば、着ていた高級ジャケットを弾き、張り裂けそうに大きかった腹はそのままに腕や足が膨れ上がっていく。
上半身の服は全て破れ、下半身を止めていたベルトは切れる手前でギリギリ支える。その時までは太陽に焼けることなんて知らないような白い肌に赤みが差したかと思えばみるみる内に体の色は頭からペンキでも被ったような強烈な赤色へと変色する。野暮ったい感じの無駄にカールをした髪を生やしていた頭からは、細長い三角形の角が二本が生える。
最後にこれで仕上げだと、ゴートンの背後で揺れていた黒い影が、赤く巨大なゴートンの肉体に吸い込まれる。ゴートンの目は赤黒く染まり、肉体から溢れ出す漏れる魔力は黒く禍々しい。
モニカはそんな存在を見て、ある物語に出て来る生き物を思い浮かべた。――鬼だ。
ただ、絵本の中に書かれたデフォルメされたものとは違い、はっきりとした怪物がそこにはいた。人を喰らい、暴力を笑いながら実行し、傷つけることを生きがいとする本物の邪悪の異名としての鬼だ。
「私、夢を見ているのかしらね……」
ゴートンのような生物を見たのが初めてなのか、冷や汗を流しながらアルマが呟く。
ゴートンは濁った目でモニカとアルマを視界に捉えた。その体は三メートルはあるだろう。得体の知れない圧迫感が、具現化していた。
「どうかしましたか。そんなに、私の姿が珍しいでしょうか?」
「珍しいも何も見たことないし見たくないわよ。アンタみたいなゲテモノ」
「ゲテモノとは失礼なお嬢さんですね。ぶっひょっ」
アルマは表情に余裕なく言い返すが、モニカはゴートンの本性の前に腰を抜かしていた。足に力は入ることはなく、腰なんてまるでなくなってしまったかのようにその部分だけ感覚がない。
「モニカ、ノアを応援しなさい」と、アルマが小さな声で言えば、力の入らないモニカを守るようにさらに体を寄せた。
「モンスターとも違うし、人と何かを掻き合わせた合成獣……いや、それにしては、生物として完成しすぎている。本当に何者なの?」
「おや、やはりご存知ないですか。私は魔人ですよ。歴史の闇に消えたせいで、若い世代は知らないようですね。年寄りには厳しい世の中ですなぁ……。そう言う私も魔人の中では、かなり若い方なのですが。ぶっひょっぶっひょっ~」
顔はまだ人間の時のままの頬の肉を揺らして笑うゴートン。アルマは、”魔人”という言葉を聞き、想像していた最悪の予想を上回って現実を見せつけていた。あまりの驚きで忘れていた呼吸を、もう一度ゆっくりと行い、アルマは改めて会話を行う。
「魔人……。百年以上前の人間との戦争で絶滅したと思っていたわ」
「ええ、歴史上ではその通りです。近代兵器やマキアを利用した武器を活用した人間達の前に、魔人族は敗北しました。それでも、生き残った魔人族は人に姿を変えて、細々と生きてきた。まあそれでも、心の底では人間への憎しみを抱いたままなんですけどね」
「あの戦争は、魔人達が人類の生存圏に侵攻してきたのが始まりだったんでしょう。魔人であるアンタに、被害者面をする権利はないわ」
ゴートンはアルマの言葉に目を細める。笑うために開いていた口は閉じ、じっと憎悪や殺意、様々な感情の混じる瞳が見る。
「これ以上、歴史も知らぬ小娘と話をしていても仕方がない。貴女達は、あのお方に捧げなければいけないのですから。私は、あの方にそういう約束をしたのだ」
直後、ゴートンは地面を蹴った。モニカ達のいる場所までは十メートル以上ある距離を、助走なしでたったの二歩で接近する。その勢いを殺すことなく、
「まずっ……!」
アルマはすぐさま杖を構えれば杖の先端に魔法陣を出現させる。今の杖は攻撃魔法の発射口。しかし、それが奴に通用するかどうかは分からない。そのため、今は助けを求める必要があった。
「モニカ、早くノアを!」
「お、おうえんスキル発動。た、たすけて……」
モニカは思う。怯えて、小さな声しか出ない自分が憎い。喉仏が潰れたように、掠れたような小さな声しか出ない。顔を上げれば、既にゴートンは首まで
「ぶっひょっ! 本当ならば、私が貴女達をいただきたいと思っていたのですがねえ。あ……いいことを思いつきました。貴女方の体の一部なら、奪っても問題ないですよね? ね? ね!?」
モニカの頬をゴートンの唾液が流れた。意識を失いそうになりながら、荒い呼吸のままでただ祈るように声を漏らす。
「たすけて、ノアちゃん」
――その刹那、魔力檻(マジカ・アン・ガディア)が弾け跳んだ。
両腕を広げたままのゴートンに、すぐさまアルマは杖の狙いを定める。
「フレアボアッ!」
フレアの一段階上位の火炎魔法を放つ。螺旋状になった二つの火球がゴートンのいた場所をに放たれる。しかし、当たる直前にゴートンの体が消える。代わりに起きたのは、眼前での振動。
「強い早い、良い魔法使いですね。だけど、私達は魔力と共に生きる生物。……魔人なんですよ? ぶっひょっ!」
ゴートンはアルマに手を伸ばせば届くほどの場所に既に着地していた。ゴートンは右手を振り上げて、屋敷の柱のように太い腕を構えた。
魔法を放つためには魔法陣を発生させて、その上に詠唱が必要となる。口で唱えるか文字で書いたものを用意するか。一回一回に、その手間が必須になるのが魔法使いという職業だということをゴートンは知っていた。
三秒後には死ぬかもしれない状況で、アルマは笑った。
「詠唱が必要な魔法使いと一緒にしないでよ! ――フレアボア!」
それでも、凡人が必要とするものを、無視できるほどにアルマは天才だ。
再び螺旋状に一直線に伸びる火炎魔法が放たれた。さすがのゴートンも、表情を苦痛そのものに歪めてその身に、まともにフレアボアを受ける。肉体を火の塊に変えながら、よろよろとした足の運び方で背中から床に倒れこむ。
「逃がしはしないわよ! フレアボア連続発射ッ!」
そこで手を休めることはなく、次から次にフレアボアを発射する。膨大な魔力を持つアルマだからできる技であり、モニカの応援スキルがあるからこその攻撃。その全てが全弾命中する。
アルマは勝利を確信していた。ただ魔法を連射しているから、勝てるなんて思っているわけではない。事前に打った一手が、そろそろ役目を果たすところだった。
「寝坊してんじゃないわよ! ――ノア!」
背後の瓦礫からノアが翼でも持っているかのように、高く跳躍する。ノアの肉体からは、モニカの応援スキルから受け取った魔力の輝きが溢れていた。
モニカ達の頭上に昇ったノアの剣が、雷撃と共に発光した。
「よくも……よくも……!」
そう口にするノアの顔は怒りに満ちていた。ノアは怒りの雷を落とすために、剣を地上に構えて体勢を整える。
燃え盛るゴートンに狙いを定めた。
「――モニカを悲しませたな!」
自分が敗北した悔しさもルクセントの住人が苦しんでいることも忘れ、世界でただ一人の最高の友のために咆哮する。ノアの刃が必殺の雷撃裂(ライトニングスラッシュ)と共に降下した。そのまま、回避行動もとらないゴートンへと直撃した。――はずだった。
落ちてくるノアに向かって、燃え盛るゴートンの体から火柱が上がる。
「――ぐあぁ!?」
急に現れた人間を覆うほどの巨大な火柱をまともに受けたノア。
ゴートンの体に突き刺さるはずのノアの刃は宙に舞い、ノアの体は地上に足をつけることなく巻き戻るように上昇すれば空中で体を半ば強制的にくの字に曲げて地上に落下した。
「うそ……!?」
驚愕するアルマの前には燃え盛るゴートンが立っていた。頭も腕も足からも炎が上がっている。それなのに、ゴートンは愉快だと笑う。
「魔人には、個人個人で特性がある。人間だって、足が速い奴や頭の良い奴がいるじゃないですか。……私は炎を操ることが得意な魔人なんですよ」
「……急いで、逃げなさい。モニカ」
へらへらと目を細めて口を開けて楽しげに話をするゴートンに、アルマは激しい悪寒を覚えた。そして、抵抗することもできないまま、アルマの体はゴートンの平手によって後方へと吹き飛ばされる。そして、ノアが吹き飛ばされた時に砕いた階段を、アルマの体によってさらに砕き散らした。
「ぶっひょっぶっひょっ~!!!」
虫でも払うようにアルマの魔法によって炎上していた体を、手で軽く振り払う。そこで、ゴートンはやっと立ち上がれるようになったモニカを見た。
「それで? 一番弱い、貴女だけが残ってどうするつもりなのですか?」
モニカは必死に震える足で立ち上がり、怯える心を押し殺して、剣を構える。
大切な友人が傷つけられているのを目の前にして、何もできなかった。例え、今戦えるのが自分だけで、勝ち目のない勝負だとしてもモニカは恐怖の先の恐怖に気づき、抗う。
「ノアちゃんも、アルマちゃんも……もう傷つけさせない」
冷笑するゴートンへと、モニカは剣を構えて駆け出した。それが、勝利に導かないことだとしても、モニカは唯一無二の友人のために刃を振り上げた。
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