2-22【あの山を登るために必要な船頭の数7:~拾い物~】
「こんなところにまで仕掛けるのか・・・」
スコット先生が俺達の足の下から半ば呆れるような声を出した。
今回俺達が”ビーコン”を設置したのは、街に入った方から見て会場中心部を挟んで反対側の小高い丘の上の小さな教会、その尖塔部分の先っちょについている4ブルほどの”つくし”みたいな構造の飾りの上である。
スコット先生はその”つくし”の生えている土台部分に立ち、俺達の両足を肩に乗せて支えていた。
「むしろ、こういうところに仕掛けたいですね。 これだけ高いと遠くまで届くし、街全体で信号を拾えます」
俺がそう答えながら、フロウの触手を伸ばして”ビーコン”を設置していく。
ちょうど、”つくし”の頭に彫り込まれた細かなヒダ状の形状の影に押し込む形だ。
結局フロウを使って設置するなら、スコット先生の肩に乗る必要があるのか? と思われるかもしれないが、そうでもしないと乗り切れないくらいこの場所が狭いので仕方がない。
おかげで今この場所では、不安定な足場の上で両足義足の男が、”つくし”のてっぺんをツンツンする黒い触手を伸ばす少女を肩の上に立たせるという、なんとも奇妙で危なっかしい光景が広がっていた。
最初は俺達だけで登るつもりだったのだが、”さっきのアレ”から時間も経っておらず、俺達の警備レベル的にスコット先生は自分も登ると強行したのだ。
ちなみにエリクは下でお留守番・・・というか”囮役”をしてもらっていた。
こんな目立つ場所で、こんな目立つ行為をしていればすぐにバレる危険があるので、地上で彼に大道芸をしてもらうことで、俺達から目を遠ざけようという算段である。
もちろんそれは彼を地上に残す方便で、効果は期待はしていなかったんだけど、
その試みはなかなかうまく行っているらしく、チラリと下を覗き込めば、ヴィオの支援を受けたエリクが相変わらず意味不明な軌道で剣を振り回しているのを出し物に、多くの観衆からおひねりを貰っていた・・・というか、なんだありゃ?
戦闘よりもゆっくりとだが、振った剣がそのままの動きで何故か前に戻って来ている。
流れるような・・・というよりも、どうやらあれは”一振りが永遠に終わらないタイプの剣舞”らしい・・・どういう仕掛けなんだか。
観衆もそう思っているようで、皆の視線がエリクの剣先を追うようにグルグルと回っている。
中でも受けが良いのが、その剣の動きの中で飛んでくるコインを起用に剣先でキャッチする動き。
一体誰が最初に投げたのか激しく気になるが、エリクは全く違和感のない剣筋で散弾銃でバラ撒いたかのようなコインの飛沫をかき集めていた。
なんだありゃ・・・
そんなわけで、少なくともこの周囲数百mで”上”を見ようなんて様子の者は見当たらないわけで。
それ以上離れれば、掃除でもしているのだろうと思うだけだろう。
あの様子なら、”つくし”の茎部分にビーコンを仕込んでも大丈夫に違いない。
それにこれなら、”もう一つの用事”もできそうだしな。
俺は少しの調整を加えた”そのスキル”を起動すると、すぐに飛び込んできた様々な情報をそれ専用の解析スキルに流していく。
するとすぐに予想通りの反応が帰ってきた、よっし通信強度は問題ないな。
≪RON:これ見えてますか?≫
俺がその”声掛け”を文字情報として発信する。
すると予想通りすぐに返答が帰ってきた。
≪UR:大丈夫です、見えてますよ≫
≪UR:予想以上に帯域が限定されているので≫
≪UR:一度に少ししか送れないですが≫
≪UR:この頻度で送れるなら問題ないでしょう≫
釣瓶撃ちのように帰ってきた返信に俺が少し面食らいながら、データを精査する。
≪RON:すいません、もう少し間隔を開けてください≫
≪RON:中継局が混乱してます≫
俺が”これくらい”という見本のように一拍置いて通信を続ける。
今の僅かな連続送信で間に入った中継局が混乱し、順番待ちを食らった大量の通信で、周りの山肌に仮設された”光通信器”の光が一気に煌めいていた。
これはこれでキラキラしてて面白いが、流石に何度もやればすぐにブラックリストに放り込まれて使えなくなるだろう。
俺達が仕掛ける”情報戦”として準備した武器は”ビーコン”だけではない。
これは会期中あまり中に入ることのできない俺達が、ルクラに入ることになるガブリエラとの通信のために新たに用意した”新規格”だ。
え? ウルとの通信なら既存のものがあるだろうって?
勿論そうなのだが、アレは少々使いづらいのだ。
その原因は、”通信装置”であるモニカとガブリエラが直接やり取りしているという問題。
無線でデータを直接やり取りするのは結構難しい。
有線に比べてどうしても回線も細いし、ノイズが乗れば通信は一気に伝達が難しくなり、その結果何度も再送信が必要になり転送時間が増大する。
それでなくても、相手が離れれば離れるほど、放つ信号は強力でなければいけないのだ。
俺達は普段それを”環境を変えるレベル”の大出力で何とかしているわけだが、それにしたってノイズ問題はどうしようもなく、通信を開始してから終了するまでに数時間を要することも珍しくはない。
何より、俺達がそんな出力で通信をし続ければ、会場にいらぬ混乱をもたらすし、明らかに警戒されるリスクが高まってしまうだろう。
そこで参考にしたのが、俺の”地球の知識”にある超無線技術の結晶体である”スマホ”だ。
”無線通信”という技術において、この
なにせ、この手のひらサイズの怪物は、星の反対側の似たような端末に瞬き以下の時間で莫大な情報をノイズも乗せずに送信できるのだから。
遥かに低スペックな俺としては、この偉大なる先達に媚びへつらって教えを乞う以外の選択肢はない。
さて、複雑な機械の仕組みにおいて、絶対の法則が一つある。
”性能を上げたければ、大きくすればいい”
スマホというやつは、この法則を実にぶっ飛んだ手段で取り入れている。
なにせこの一見すると手のひらサイズの小さな機械の正体は、星を丸ごと飲み込む程の”超巨大な機械”なのだから。
この携帯端末の初期にも、俺達がぶち当たった通信品質の問題が立ち塞がっていた。
回線を維持するために強力な出力が送受信に必要になり、それが端末の巨大化を招いていたのだ。
俺の中のデータによると、最初期は手持ちできずに乗り物に埋め込んでいたほど。
ではこの先達はどのように問題を解決したか?
簡単だ、”機械全体のスケール”を一気に巨大化させればいい。
性能不足は大きくすれば解決できるのである。
だが当然、手のひらサイズのスマホのどこにもそんなスペースはない。
ではどうするか?
これも簡単だ。
”誰が
手に持てないのならば、別の場所に移せばいい。
具体的には、端末の大きさに反比例する勢いで中継装置が大型化し、大型化が出来ない場合は、数でそれを補った。
低速通信で良いのならば、数百ブルに一つの大型中継機、高速通信が欲しいなら数十ブル毎に中型中継機をといった具合だ。
結果として、このスマホという”なんちゃって小型機械”が一台動いているのを見かければ、少なくとも1キロブル四方に合計するとビルに匹敵する体積の中継機が動いていると見て間違いはない状態にまで発展したという。
そしてその中継機は、それこそサイズを予想する事も不可能なほど巨大な有線通信網に接続され、結果として小型端末としては破格の高機能サービスを提供できたのだ。
さてここで俺が言いたいのは、高機能な通信を確保するには星クラスの巨大公共事業が必要ということでは決してない。
スマホというやつがどうやって”その巨大さ”を手に入れたかだ。
勿論、スマホだって最初からそんな規模で存在したわけではない。
軍事用無線回線を発端に、自動車電話、船舶用衛星電話等の無線を通信に利用する形でありとあらゆる設備を取り込んでいった。
つまり既にある”既存の設備”に寄生し、乗っ取る形で増殖したのだ。
さて、ここで俺達の状況を振り返ってみよう。
現在このルクラには、会議に参加する各国の連絡用に多種多様な魔力波通信回線が整備されている。
そしてその中には、当然”参加者である俺達”にアクセス権が付与されている物も存在するのだ。
具体的には・・・
トルバが参加者全員に割り振っている非暗号化回線が1つ。
勢力内連絡用の同じ規格の暗号化回線が1つ。
マグヌス軍が用意している連絡用の暗号化回線が1つ。
ガブリエラが使用している特別回線が3つ
アルバレスの非暗号化回線が1つ。
アルバレスの軍用暗号化回線が2つ。
アルバレスの勇者用の特別回線が2つ
・・・の11回線である。
色んな勢力にそれなりに影響力があるからダブった結果なのだが、ここで重要なのはコイツラには、ラクイア期間中限定ではあるのだが、最初の非暗号化回線に接続する機能と、非暗号化回線から他の回線に繋ぐ機能が用意されているということだ。
それもなんと”双方向”で。
試しに非暗号化回線から別回線の交換機を呼んでみたら、なんともあっさり接続してくれたときは思わず、
『ありゃあぁ、これはトルバさんやっちゃいましたねぇ』
と声に出してしまったほど。
つまり先に挙げた11回線のどれかに接続できれば、相手がどの回線を利用していようと接続が可能になるという話である。
原始的な交換装置を使っているので、間違いなくそういう使い方は想定していないだろうが、その使い方を知ってるやつが紛れないと思ってるなら想定が甘いだろう。
んで、この”仕込み”をしている間に軽く探ったところ、どうやら現在ルクラの街には数十ブル四方のどこかに先に挙げた11回線のどれかの魔力波送受信機が存在する。
・・・ということはだ。
俺達はなんと幸運なことに、この街限定で”スマホ並み”の通信環境を手にしていることになる。
まさか整備した連中も、ここまで回線を横断して使用する輩がいるとは思わなかったのだろう。
まあ、もちろんクラウドサービスどころかアクセスできるサイトないし、通信相手も現状ウルとヴィオくらいしか居ないし、通信速度だってスマホ使いが見たら発狂するくらい遅いけども。
少なくともそれに気づいて以降に設置する”ビーコン”に、この回線へのアクセス能力を付与するくらいには、大喜びしたのは書くまでもない。
≪UR:了解しました≫
≪UR:この回線速度も問題ですね≫
≪UR:ただ応答速度がいいので≫
≪UR:小分けで送れば≫
≪UR:それなりのデータになりそうです≫
どうやらウルもコツを掴んだらしく、適切に間隔を開けて送信し始めた。
これなら、全体の送信密度は通信量が多い時並なので、そうそう問題は起きないだろう。
≪RON:時間あたりの伝達量だと≫
≪RON:いつもの回線と≫
≪RON:似たようなものかもしれないですね≫
俺がそう応えると、ウルが次にいくつかの試験を兼ねて大きめのデータの送信に挑戦し始めた。
うん、細切れデータの復元も問題ない、これも使えそうだ。
今来たデータの頭を見てみれば、ガブリエラ達の予定表らしきものが浮かび上がる。
お返しに、俺もこちらの暫定行動表の送信を行う。
これで少なくとも平時にお互いが孤立する危険性は無いだろう。
向こうもそう思ったらしく、一通りの送受信試験が終わるとウルがシステムの概要を聞いてきた。
どうやら、ガブリエラがこのシステムの発展形を軍に導入できるか検討しているらしい。
俺は、その時は導入業者に”
インフラ事業のローンチサプライヤーほど、食いっぱぐれる心配のない存在は稀有であるので、ぜひともご
さて、ビーコン設置と新規格通信の試験は終わった。
もうやることもないので、すぐに尖塔から退散することにしよう。
いくらエリクの”スゴ技大道芸”で引き付けているといっても限界はあるし、俺達は別に煙でも”なんとか”でもないので理由もなく高いところに居たいとは思わないのだ。
スコット先生の肩から飛び降りた俺達は、そのまま来たときと同じように尖塔の壁をヒョイと駆け下り、教会の屋根を伝いながら裏側の窓から中へと入り、教会内側の天井裏のような場所に出た。
それなりに広い空間だが、強度の関係で物置にはできないせいか嫌に広く感じる場所だ。
その端に空いてる床の穴から下を見れば、教会内部の大広間が見えた。
”囮”の作用が効いているのか、教会の中にいる人は登ったときよりも数が少ない。
そのせいか小さな物音が逆に目立ちそうなので、俺達は隠れるように正面にたくさん並んでいる立像の裏を回る形で降りることにした。
モニカとスコット先生が、白の精霊像の背中の皺を掴みながら降りていく。
こういうとき、知り合いの立像が立っていると便利だ。
他の精霊や聖王の像にこんなことをすればバチが当たりそうで嫌だが、アラン先生なら後で謝れば許してくれるだろうし、そもそも気にしないだろう。
こういうのも”縁の力”と言えるのだろうか?
ただし、バチは当たらずともそこに付随する”ちょっとし事”は引き受けなくてはいけないらしいが。
「よいしょっと・・・あ」
教会の中に小さくモニカの声が響く。
モニカが最後に少しの横着心を出して、白の精霊像の腰から前に躍り出て、そのまま飛び込むように精霊像の隙間に向かってジャンプしたのだが・・・勿論、そんなことをしても大丈夫なように足元に防音スキルを展開しているし、この程度の高さで怪我する俺達じゃない。
念を入れてフロウで”簡易ドラッグシュート”を用意する念の入れようである。
・・・のだが。
ただ、降りた先の確認が甘かった。
着地したときの反動が、足に小さな衝撃となって伝わり僅かな時間続いた浮遊感が止まり、ドラッグシュートの幕を開いたところで・・・俺達を見つめる小さな瞳と目が合った。
「・・・せいれいさま?」
その小さな瞳が幼い声で問いかける。
誰にというのは・・・タイミングからして、おそらく今俺達の後ろに着地したスコット先生ではないだろう。
それは犬獣人の小さな幼子で、俺達をハッキリ縫い留める瞳はまるで地獄で仏を見たような色を浮かべていた。
「いや・・・そんなんじゃ・・・」
「たすけてください・・・せいれい様!!」
咄嗟に否定しようとしたモニカの声を押し戻す形で、涙ぐんだ幼い声が被せてくる。
さらに、その幼子は縋るように俺達の両足をガシッと掴んだ。
「
幼子がそう言いながら俺達を見つめ、その目から涙が溢れ汚れた頬を伝う。
よく見れば、その獣人の幼子は頬だけではなく全身が土や埃で汚れていた。
俺達が気が付かなかったのも、観測スキルが脅威と判定しないほど弱々しいだけでなく、パッと見ではこの古めかしい教会の床とそれほど変わらないほど薄汚れていたからだろう。
そう・・・この子は衰弱している。
おそらく・・・3日か、ひょっとすると、それ以上休める場所に帰っていないのは明白だ。
そしてその間、まともに飲食している形跡もなかった。
モニカがどうしたものかと、助けを求めるようにスコット先生のいる後ろを振り返ると、俺達と同様に困り顔の先生と、その向こうに”これが神託だ”とばかりに俺達を見下ろす”黒の精霊像”の険しい目が視界に入ってきた。
幼女から見て、ちょうど俺達の真後ろである。
・・・なるほど。
『どうやらこの子は、俺達を黒の精霊と勘違いしているらしいな』
俺が少し苦い顔でそう答える。
数日飲まず食わずで追い詰められて精霊像に助けを求めたら、突然(たまたま)天(井)から、黒の衣(ドラッグシュート)を纏った、黒の魔力たっぷり(そういう人です)が、強そうな使徒(保護者)を伴って現れたのだ。
俺なら間違いなく黒の精霊か、その使いと思うだろうね。
そして俺達はこんな状況で幼子を見捨てるほど、信心浅くは出来ていないらしい。
なんてったって精霊様の現物を知っているのだから・・・
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