2-20【先史の記憶 14:~きのこくもの下~】




 瓦礫の海、粉塵の幕を引き裂く咆哮。



 ” キシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!! ”


 四本蜘蛛から、軋みとも絶叫とも思える大きな金属音が周囲に轟き、その音量に周囲に居た者が震える。


 突如として現出した巨大な四本蜘蛛の異様に、殆どの者が目を見開いていた。

 動ける者などいない。

 皆、突然の惨劇のショックから立ち直っておらず、それどころかエリク達を除けば、何が起こっているのかも分からない者しかいないのだ。


 ヴィオは、四本蜘蛛が全身から火花を散らして態勢を低くし構えをとるのを、真剣に見つめるエリクの視線に注視した。

 次はこの怪物を、自分達だけ ・・・・・で仕留めなければいけない。

 ヴィオの思考を大量の不安材料が埋め尽くした。

 それで潰れる構造ではないが、思考停止に陥るリスクはむしろ普通の者よりも高い。

 

「・・・たのむぞ・・・」


 エリクがヴィオを炊きつけるようにそう呟いた刹那、四本蜘蛛の体が跳ねる様に伸縮し一気に前へと飛び出した。

 発生した衝撃波で粉塵の一部が吹き飛ばされ、四本蜘蛛の通った所がトンネルの様に切り開かれる。

 この突然の連続に、反応どころか目で追えた者もほとんど居ない。


 それでも、その数少ない例外であるヴィオは、支援機能の出力を一気に上げて対処した。

 ヴィオの支援を受けたエリクが弾かれた様に横に飛び、四本蜘蛛の前に回り込もうと剣を伸ばすが、四本蜘蛛はエリク達の事など意にも介さず、後ろのクレストール教授とアイリスを直接狙いにくる。


 通しません。


 言葉にもならないくらいの一瞬の為に、思考回路の中で叫ぶ。

 機能の発動はギリギリだが、観測と判断には余裕があった。

 飛んできた鋭い脚先に、エリクが魔力の短剣を突き刺し、それごとヴィオの剣身が魔法陣を展開しながら押し込んでいく。

 あまりの体格差故に完全に止める事はできなくとも、向きを変えることくらいはできる筈だ。

 四本蜘蛛の前脚はヴィオの計算どおり、アイリスの横、横たわるロメオの頭の先スレスレの所を穿った。


 バランスを崩した四本蜘蛛を、アイリスが恐怖に目を見開き見送る。

 それでも彼女はロメオの治療を止めず、必死に悲鳴を押し殺しながら、医療魔法陣を両手で組み続けていた。


 四本蜘蛛の前脚が地面に突き刺さった事で、エリク達は短剣を崩して固定を外すと、そのまま回転する様に勢いを付けながら、巨体の下に潜り込む。

 すると間一髪の所で、四本蜘蛛の体がアイリスを押しつぶす寸前で、全力の一撃を四本蜘蛛の下側にぶち当てることに成功した。


 だが、あまりの衝撃に、エリクの手の中でヴィオはたわむように震え、その衝撃でいくつかの機能がエラーを吐くが、その程度は問題ない。

 むしろ、そのエラーの量が”心地良い”くらいである。

 父親から複製した紛い物の感覚だが、今の感覚を当てはめるなら適切だろう。

 その魔獣すら一刀に伏す斬撃は、エリクの背中に貯められた魔力を吸い上げて四本蜘蛛の重量と反動を打ち消すと、反対に持ち上げる様にカチ上げた。

 ふわりと持ち上がる四本蜘蛛の巨体に周囲の全員が瞠目し、エリクだけが両断できなかった事を悔やむ。

 だが、四本蜘蛛の巨体は間違いなくエリクの力によって動かされ、その気勢を挫かれた。

 四本蜘蛛が軋みを上げながら向きを変える。

 だが、その動きは随分とノロノロとしたものに感じられたのは、気の所為ではないだろう。


「さっきまでの”キレ”がない」

『内部に破損と見られる反応があります』


 エリクの言葉にヴィオは持ってる情報を伝える。

 四本蜘蛛の内部は、お父様達と戦っている時のデータと比べると、歪みや破断と思われる差異が観測できていた。

 さすがの四本蜘蛛も、あの”爆発”の中心にいて無傷でいられるほど度を越した怪物ではなかったのだろう。

 これならば、自分達の力でも・・・


 ヴィオの剣身が黒い魔力で一気に光り、追い打ちの一撃が目にも留まらぬ速度で四本蜘蛛の側面に吸い込まれる。

 ”ガキッ”っという硬い手応えに刃が防がれたことを感じ取ったエリクが、更に出力を上げるように伝えるために気合の怒声を上げ、その咄嗟の掛け声に反応したヴィオが一気に魔力の密度を上げた。


 ”自分魔獣狩りの剣”は刃が通らない程度で止まりはしない。

 むしろ、そこからが自分の”真骨頂”だ。

 ヴィオが”自分の魂”とも呼べるほど根幹にある魔法を呼び出す。

 全てをねじ伏せる”外なる力”、ベクトル魔法陣を。

 唸りを上げて振動を始めた剣身に黒い魔法陣が幾つも展開し、その全てを置き去りにしながら剣自身をグイグイと押し込んでいく。


 この攻撃は元々のモニカ達製作者ですら、威力を制御しきれずに半ば封印していた程の必殺技なのだ、弱いはずがない。

 そして当然ながら、完全に制御できるヴィオのそれは、モニカ達の”魔獣狩りの巨刀”より遥かに高威力になる。


 そのとてつもない力に、斬撃を防ぎきったはずの四本蜘蛛の体が無様に振られ、ズルズルと横へと押し込まれ、反動でエリクの後へと飛び散る魔法陣の残骸が、蝶の羽のように広がっていた。

 四本蜘蛛が回避のために体を伸縮させようとするが、蓄積したダメージのせいか姿勢を崩しきらないように踏ん張るのが精一杯。

 まるで魔獣に押されたかのように、ズルズルと地面を掘り起こしながら押され、さらにエリクが弾き飛ばすように一気に振り抜くと、その勢いで四本蜘蛛は無様に引っくりかえされるしかなかった。



「・・・はぁ・・・はぁ・・・」


 剣を振り抜いた姿勢のまま固まったエリクが、息を整えようと大きく空気を吸い込み吐き出す。

 すぐにヴィオが兜の中に新鮮な空気を大量に投入するが、その度にエリクの内側から湧き出すような熱が汗となって噴き出した。

 背中のユニットを通じて、エリクの全身の筋肉が悲鳴の信号を放っているのが観測される。


 ”付け焼き刃の、借り物の力”

 いくら外装で強化されているとはいえ、ヴィオの全力の一撃は使用者にも大きな負担を強いる。

 その事を忘れてはならない。


  エリクは痛みを誤魔化すように足元のロメオを一瞥した。

 すると”面目ない”と悔しそうな表情のパンテシアと目が合い、それを見たエリクが即座に背中の器具に手を伸ばす。

 ヴィオはすぐにその意図を読み解いて、自分達の吸魔器とロメオの吸魔器を接続した。

 本来なら無類の強さを誇るロメオの戦力も、”今は当てには出来ない”という点ではお父様達と同じ。

 その事に一瞬だけ強烈な”ノイズ”が思考を奪おうと暴れるがねじ伏せる。

 ロメオの背中のユニットには、エリクの背中の物の数倍の魔力が詰まっていた。

 今の一連の攻撃ですっかり魔力残量が少なくなってしまった自分達にとって、その”回復資源”は継続戦闘において絶対に必要なものだ。


 だが、相手は待ってくれない。

 エリクの魔力残量がまだ半分と少しのところで、四本蜘蛛は不安定な姿勢を脱却し体をグネっと撚ると、その勢いで超高速で後ろ足をぶつけてきたのだ。

 咄嗟にエリクは上に飛んでそれを回避しながら、同時に背中から火を吹いて急加速し掴んでいたアイリス達もろともその場を離れるロメオの姿を口惜しげに見送った。

 あれでどれほどの魔力を無駄に消費したか。


 その時、四本蜘蛛の顔が、飛んでいったロメオ達を追いかけるように動いた。


「・・・・・っ!」


 今の一連の動きに、ある種の確信を持ったエリクが落下の速度を魔法で加速させながら、その勢いを使ってヴィオの剣を四本蜘蛛の頭に突き立てる。

 強靭な装甲に殆ど突き刺さらなかったが、反動で起き上がった四本蜘蛛の頭を再び地面に押し付けることには成功した。

 四本蜘蛛が、暴れながら藻掻くように長い脚をバタつかせて這い上がろうとする。

 エリクは自分の体の何倍も長い金属の脚が、彼のすぐ横を猛烈な速度でのた打ち回るのを冷や汗をかきながら横目で見送っていた。

 だがエリクは腕の中のヴィオの剣に展開しているベクトル魔法陣に魔力を流して、押さえつけるのを止めない。

 

「・・・なんて・・・硬さだ!!」


 それよりも、今の一撃ですら刺さらなかった四本蜘蛛の装甲にエリクが悪態をついて気合を入れている。

 イマイチ”気合”という物を理解していないヴィオだったが、各種神経の数値が目に見えて上昇するので”どんどんいれてくれ”とばかりに、強化の度合いを引き上げた。

 四本蜘蛛が這い出そうと藻掻き、目の前に向かって全身を引きずろうとする。

 だが不思議なことにその動きは、まるでエリクの事を気にしていないかのようだ。


「・・・気づいた?」


 それを見たエリクが短く問うてくる。


『さっきから、アイリスさんばっかり ・・・・狙ってますよね』


 ヴィオは、これまでの戦闘データを再解析して、該当の部分をインターフェースユニットに表示する。

 すると驚いたことに、エリクの言葉通りこの場所での戦闘が始まってからずっと、四本蜘蛛の狙いがアイリスの姿を捉えて離していないことが示されているではないか。


 何故だか知らないが、四本蜘蛛は目下の最大の脅威のはずの自分達よりも、”アイリス”にご執心らしい。

 こうしてログをよく見れば、最初に目覚めてからずっとこの化け物は、モニカとアイリスばかりを狙っていたようにも思える。

 エリクやロメオ、クレストール教授は単にアイリスのついで ・・・に攻撃されていただけだ。


『条件的に、可能性としては、おそらく、目覚めたときに一番近くにいたお二人の魔力を狙っているのかと。

 起動時に吸い取られた魔力に、アイリスさんの物も少量混入しているのが観測されてます』


 ヴィオが現在の推察をエリクに伝える。

 するとエリクは物凄く不快そうな表情を作った。


「モニカとアイリスを殺すためだけに動いてる・・・ってことか」

『もしくは”一定”以上の魔力に反応しているとか。

 この目標が語った”違法性エネルギー源”というのが、”整体魔力網”を指す場合、確かにお二人の魔力はエリクや一般的なものと比べてかなり高濃度です。

 おそらくエリクは”対象外”なのかもしれません』


 ここで重要なのは、”一定以上”というワード。

 もし相対的に魔力量を判別して行動を決めているなら、モニカ様の魔力と比較すればエリクと大差ないアイリスの魔力に、ここまで執拗に反応するとは考えにくい。

 そうなると、四本蜘蛛がモニカ様たちが健在だったときからアイリスを狙っていた事実に矛盾するからだ。

 だが、もしどこか”一定の数値”を基準にしているならば話は違う。

 モニカ様と比べれば微弱でも、アイリスの魔力は間違いなく人口の上位1%に入るものだが、エリクの魔力は中央値を少し下回る程度。

 先程の大廊下での会戦での一幕を見れば分かる通り、アイリスの魔力は決して少なくはないのだ。


 だがだとするなら、もしかすると四本蜘蛛にエリクの姿は知覚できていないのか?

 その”可能性”がヴィオの中に沸き起こって、思考を引きつけた。

 エリクが視線を上に向けると、ロメオの加速離脱が終わった先で、アイリスとクレストール教授がロメオを起こそうと藻掻いているのが見える。

 だが、さっきの加速で魔力を使い切ったのか、ロメオは装甲の機能も使えていない。


 せっかくの魔力が・・・

 ヴィオがおそらく”悪態”に該当するであろう思考のノイズに苦悶し、すぐにそれを振り解く。

 なくなったものは、なくなったものだ。


「ヴィオ! アイリス達に繋げてくれ」

『はい』


 ヴィオが、モニカの消滅で切れていた、アイリスとクレストール教授の”ヘルメット”に接続をかける。

 本来はお父様のシステムを中心に繋げるためのものだが、ヴィオと直接やり取りが出来ないわけではない。

 こういう事態を想定してか、”ユニバーサルシステム”には簡易的ながらも統括システムに必要なものが一揃い揃っていた。

 すぐにログデータのやり取りが始まり、続いて音声データのやり取りが始まる。


「2人共、ロメオを置いて逃げて」


 エリクがそう言った瞬間、2人がハッとした表情でこちらを見つめる。


『で、でも・・・』

『バカを言うな! 君たちを置いていけるか!』


 2人が困惑した表情でそう答えながら、エリクとロメオを見比べる。

 自身の危険を放置してまでモニカ様の”家畜”を気遣うほど慈悲深いのか、それとも四本蜘蛛を処理する方法が”ロメオの戦線復帰”しかないと判断しているのか。


「いいから早く、狙われてるのは君達だ」


 エリクがそう言うと、クレストール教授がアイリスの肩を引っ掴んで走り出した。

 どうやら教授の方はロメオを放ってでも逃げるべきだと判断したらしい。

 それを四本蜘蛛の視線が追いかける。


「ヴィオ、アイリスをあまり遠くに行かさないように誘導できる?」


 だがその一方で、エリクからそんな言葉が飛んできた。

 その予想外の言葉に、容量がそれほど多くないヴィオは少しの間、思考が止まってしまった。


『可能ですが・・・なぜ?』

「遠くに逃げられると、それを追いかけたこいつに、俺達が追いつけなく危険性がある。 そうなったら守れない」

『なるほど』


 攻撃の届かない範囲かつ、自分達の手の届く範囲で管理したいということか。

 確かに、今ヴィオの剣先の下に伏せる四本蜘蛛は、万全でないとしても未だ底しれぬ力を撒き散らしていた。

 この勢いで加速されたら、エリクの脚では追いつけない可能性もある。

 ヴィオは、自分の”使い手”がそこまで考えを巡らせていたことに驚いた。

 それに、”アイリス”という目標が近くにいるなら、”勝機”が見えるかもしれない。


『渡しているデータを弄れば、間違ったルートを選ばせることは可能だと推定します。 幸い今はまだ粉塵が舞って方向感覚を失いやすいですから』

「じゃあ、たの・・・・」

「おい!」


 するとその時、別の方向から声がかかった。


「大丈夫か! そいつはなんだ!?」


 周囲にいた冒険者の1人が、声をかけてきたのだ。

 エリクが周囲を見回すと、瓦礫を掻き分けて出てきたのだろうか、想像以上に人の姿が増えていた事に、エリクの額を冷や汗が流れる。

 するとその僅かな緩みに付け込み、四本蜘蛛が一気に暴れる勢いを増した。


「うっわ!? こいつめ!!」


 目の前の地面を吹き飛ばされた事で、その冒険者は一瞬怯み、すぐに杖を抜いて反撃の構えを見せる。


めて!』

「まって!!」


 咄嗟のヴィオの叫びにエリクが叫んだ。

 その声に冒険者が魔法陣を広げたまま動きが固まる。


「こいつに狙われてない奴は手を出さないで!! ”目標”にされるかもしれない!!」


 エリクはともかく、ここの冒険者にはアイリスと同等かそれ以上の魔力持ちが何人もいる。

 迂闊に攻撃したら、四本蜘蛛の攻撃対象に加えられる可能性が排除できない。

 ”目標”がいくつも同時発生したら、その管理はヴィオには無理だ。


「じゃあ、どうする!!?」


 冒険者の男が叫ぶ。


「何人かは援軍を呼んできて!! 全員でなら抑えられるかも!!」


 エリクがそう言って粉塵の向こうを指差した。

 視界が塞がっているのでデタラメだが、偶然にもその方向は発掘隊の主力部隊が集まる先端部を指している。


「分かった!!」


 すると遠くにいた冒険者の1人がそれを見て、そう叫びながら走っていく。

 きっと経験豊富な冒険者だろう。

 一目で、エリクの下で暴れまわる四本蜘蛛が自分の手に負えない事を見抜いた。


「エリク! 俺達は残るぞ! できることはあるか!?」


 一方、声をかけてきた冒険者の方は残ることを決断したようだ。

 話しかけ方からして、この一年の間にエリクと知り合っていたのか、その目からは信頼のようなものを感じ取れる。

 ちょうどいい。

 いくつも追加された”駒”の数に、ヴィオは自身の作戦が稼働可能になるのを感じ取った。

 手始めに、エリクに指示を飛ばす。


「これに、魔力を入れてください!」


 エリクがそう言いながら、背中に2つ装備されている吸魔器の片方を取り出し、冒険者の男に向かって投げた。

 なんとか受け取った冒険者が、困惑した表情でそれを掴み取るが、すぐに意図に気づいた後ろにいた魔法士の女が奪い取り、即座に魔力を充填すると投げ返してくれた。 

 魔法士は高速充填に、ヴィオの知らない魔法陣を使っていた・・・記録しておこう。

 お父様が戻って来なければ、魔力補給はかなり重要なる。


 エリクが吸魔器を背中に戻すとシステム魔力がまた半分以上に回復し、ヴィオの思考にいくつも割り込んでいた”魔力不足”の警告が消失した。

 これでまた少し戦える。


「ヴィオ、なにか手があるのか・・・うぎっ!?」


 だがヴィオの思考に希望が宿った瞬間、四本蜘蛛の動きが急に抑え込めなくなってしまった。

 時間をかけすぎたか。

 遂に四本蜘蛛が自分の状況を学習して、効率よく逃れるための動きを見つけ始めたのだ。

 剣身に展開されたベクトル魔法陣ごと、四本蜘蛛の巨体がズルズルと引きずり始める。

 考えている暇はない。


『エリク、”釣り”でいきます!』


 ヴィオは咄嗟に今できる要素を精査して、その中で以前にエリクから聞いていた”戦法”の一つを選択する。

 だが、それを聞いたエリクが苦い声で問う。


「・・・”餌役”はどうする!?」

『”アイリスさん”がいるじゃないですか』


 ヴィオがそう告げると、エリクがゴクリと唾を飲み込んだ。

 ん? エリクも”そのつもり”で目標の数を管理しようとしたのではないのか?

 では、なぜ援軍を呼びに行かせたのか?

 ”全員でなら抑え込めるかもしれない”という言葉は、”釣り”を示唆したものではないのか?


『今なら、大きな”網”が使える』


 ヴィオが畳み掛けるようにそう付け加えた。

 ”釣り”は冒険者たちの間では単純な戦法だ。

 狙われてる”餌役”が誘導しながら、獲物を確実に仕留められる”罠”へと追い込む狩り方で、地方では魔獣狩りとして一般的に使われている。

 だが当然ながら”餌”には非常に高いリスクが伴うが、もう既にアイリスはこれ以上無い”餌”の状態だ。

 今更、何を臆するというのか。


 四本蜘蛛がグラリと体を動かし、その上を剣の切っ先が滑る。

 悩んでいる時間はいよいよ無い。


『エリク』

「できるだけアイリスの補助を!」


 エリクがそう言うのと、四本蜘蛛の体が剣の軛を遂に跳ね除けるのはほぼ同時だった。


「うわ!?」

「まずいぞ!」


 付近にいた冒険者達が、再び動き始めた四本蜘蛛の暴威に慄きながら口々に叫ぶ。

 跳ね飛ばされたエリクが、なんとか体勢を立て直そうともがきながら剣を叩きつけようとするが、その状態から四本蜘蛛の動きに間に合わせることはできなかった。

 アイリス達の向かった方向に飛び出す四本蜘蛛の姿は、あっという間に粉塵の壁の向こうに消えていった。

 そのあまりの勢いに冒険者達は呆然と立っているしか出来ない。


『エリク!』


 ヴィオがそう叫ぶと、覚悟を決めたエリクがハスカールの通信装置に向かって叫んだ。


「アイリス、聞こえるか!」






 十数ブルも視界が通らない粉塵の中を、四本蜘蛛が猛烈な勢いで進んでいく。

 その動きに迷いはなかった。

 すぐに目標となる1人・・の影を、四本蜘蛛の光学観測機構が捉える。

 その瞬間、四本蜘蛛の前足が大きく開かれ、その先端が獲物を引き裂こうと恐るべき速度で撃ち出された。

 アクリラで学ぶ魔法士ではあるが、まだ経験の浅いアイリスに避けきれるものではない。


 だが驚いた事に、四本蜘蛛の前脚が、急に速度を増したアイリスの影を捉えることは出来なかった。

 突然の異常事態に、四本蜘蛛がその場で急停止し瞠目するように前方を睨む。


 四本蜘蛛の動きからは、明らかな動揺と警戒の色が浮かんでいた。

 ただの機械人形のはずの四本蜘蛛がその様な行動をとった理由は、それらの行動の動きとその状況に、生命の有無は関係ないからだろう。


 粉塵の霧の向こうから、顔を引き攣らせて冷や汗を浮かべるアイリスが睨みつける。

 ただ、その”体”は先程までとは随分と様相が異なっていた。

 四本蜘蛛が訝しがるように頭を左右に振る・・・と見せかけて、高速で前脚を打ち付けた。


 だがそれを、アイリスは悲鳴を上げながらもギリギリのところで躱す。

 全く余裕はない・・・だが、そもそも彼女にそんな反応速度はないはずだ。

 それでも、四本蜘蛛にそれ以上の困惑はない。

 アイリスに内包される魔力量が、エリク等とは比較にならない程強大であることも見抜いていたし、なによりその表面を真っ黒な装甲が ・・・・・・・覆っていた。


 恐怖の中に僅かな希望の色が滲むアイリスの、眼球のすぐ先にあるインターフェースユニットのレンズには、” 装備を転送中 ”の文字が。


「・・・私の名前は”アイリス”・・・・えっと、エリクくん、これで良いんだよね?」


 恐怖に冷や汗を浮かべながらそう呟いたアイリスの顔を、何処からともなく現れた強化装甲の真っ黒なヘルメットが覆い隠した。

 と、同時に耳元からアイリスの知らない女性の声が響いてくる。


『システムデータの移譲を確認、”ゲストユーザー:アイリス”で”ユニバーサルシステム”の稼働を開始します』


 ヘルメットのスピーカーから漏れ出たその”宣告”と同時に、突然展開された黒い装甲に、四本蜘蛛のが前屈みになって構える。


「あとで、ちゃんと謝ってよ!」


 アイリスが目に涙を浮かべながら突き出した右腕のIMUから、轟音と共に発射された魔法砲弾が四本蜘蛛を襲った。


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