2-20【先史の記憶 13:~時の蜃気楼~】


 強烈な光が俺の視界を塗りつぶす。



 白。



 視界の全てが、眼球を焼き潰さんばかりの凄まじい光によって、真っ白に染め上げられていた。

 何が起こっているのか把握できない内に突然、全身が墜落するような感覚に襲われ、まるで全ての感覚が好き勝手に動いているような気持ち悪さを感じる。

 観測スキルの値もどんどん意味不明なものに変わっていた。

 完全に状況を把握できていない。


 それでも眩しさは次第に弱まり、段々と周囲の景色が見え始める。

 狂いまくってい観測結果も、次第にまともな数値に落ち着き始め、やがて直前までとは違う値で安定した。


『・・・・?』

 

 最初に見えたのは草の生えた草原・・・いや、大きな庭園だった。

 そして、その向こうに黒くて大きな異様の姿の建物が見えた。

 骨の様な柱や梁が何本も外に突き出して、まるで動物の死骸のような印象を受ける。


 だが驚いたのはその先に見えたものだ。

 なんと逆さまになった・・・・・・・街が見えたのだ。

 天に地面が広がり、下には無限に広がる空が見える。


『なんじゃ、こら!?』


 その光景に俺が思わずそう呟く。

 大空いっぱいを覆うように、巨大な街が広がっていた。

 ・・・というか、あれって・・・


 その瞬間、猛烈な”憤り”の感情が俺の中を支配した。

 全ての感覚が、受け取り側があまりに燃えるように煮えたぎっているせいで、まるで爆発に巻き込まれたかのようにグチャグチャになっていた。


『お、おい、モニカ!?』


 いつの間にか周囲がどエライことになってるが、今はとにかくモニカだ。

 なんだか分からない事だらけだが、俺の反応からあの四本脚の蜘蛛の姿は消えている。

 ほんのつい一瞬前まで、死にものぐるいで戦っていたというのに。

 そのせいで、モニカが”ガチギレモード”から帰りきれていないのだ。

 目標を失って行き場をなくした殺意と魔力が周囲に巻き散らかされ、近くにあった物にぶつかっては爆発した。


『落ち着け! おちつ・・・ぐわっ!?』


 強烈な殺意の波動に俺が面食らう。

 もはや完全に狂った猛獣である。

 俺の手に負える状態を通り越していた。


 こうなっては、しかたない。


『ええい!! 落ち着け!!』


 俺が視界の端に隠したコンソールを幾つも引っ張り出し、その中の青いボタンを殴るように押す。

 するとその瞬間、脳の端に魔力が集まりだし緊急用のスキルが起動するのを検知した。

 【沈静化】という初期にFMISで自動生成されたやつだが、それだけに強力だ。

 感情に左右するスキルなので、本当は使いたくないのだが他に手がない。


 スキルの信号がモニカの脳の中を流れる攻撃的な情報を見つけ出し、魔力で妨害して止める。


「ああ!? うひゃ!?」


 副作用で発生した猛烈な酩酊感にモニカが海老のように前後に仰け反りながら、その場に崩れ落ちた。

 だがそのおかげで視界は一気にクリアになり、命令系統も穏やかになって、それを見計らって、俺が【制御魔力炉】の動作を止める。

 正常どうり、体内に溜まった魔力の燃えカスが、光を放ちながら天に向かって放たれた。

 方向的にその先に都市の姿があるわけだが仕方がない、たぶん・・・大丈夫だろうし。


 体内の魔力が落ち着いてきた所で、俺はすぐにダメージの修復を始めた。

 まずは完全に抉れている頬と、首の傷を塞がないと。

 出来合いの医療魔法しか使えないので、どうしても不格好に皮膚が繋がるが、アクリラに戻ればすぐにロザリア先生が治してくれると思うしかない。

 ムズムズと強烈な違和感が頬と首を襲い、溜まっていた魔力が飛び出す開放感が充満すると、”暴走する感情”の大本が停止したことで、ようやくモニカの思考が通常の冷静なものに変わっているのを確認する。

  

『落ち着いたな?』

『・・・うん』


 最後に残っていた憤りの感情がモニカの手を動かして、引っ掻くように空を切る。

 だがすぐに、モニカはその向こうの景色に目の焦点を合わせた。


『・・・ここどこ? ”遺跡”の中にいたんだよね?』

『そんなレベルじゃないけどな』


 俺がそう言うと、モニカが吸い込まれるように視線を上に移した。


 いや、どちらかといえば”下”というべきか。

 なにせ、空中に街の地面が逆さに、下側に大空が奈落のように広がっているのだ。

 じゃあ俺達のいるこの地面はどこかといえば、アクリラの浮島のように空中に浮いている。

 さしずめ、この浮島の範囲だけ重力と一緒にひっくり返ったみたいな感じか。

 ちなみに、アクリラの浮島と言ったが、俺の観測スキルは周囲に見える地形や構造物がどこと一致するかも弾き出していた。


『”アンタルク島”?』


 モニカが正解を答える。

 いや、別にモニカじゃなくてもアンタルク島に行ったことのある者なら、この独特の打ち捨てられた死体みたいな廃墟を見ればすぐに分かるだろう。


『ついでに、上に見えるのはアクリラだ』


 俺がついでにさらなる情報を付け加えた。

 するとモニカが弾かれたように頭を動かして、廃墟の手前に見える庭園の真ん中を見つめた。

 まるで何かを探すように。


「いない・・・」

『誰かいたのか?』

『前に”これ”を見たときは、たしかにあそこに・・・・』


 モニカはそう言いながら頭を抑えて考え込んだ。

 消えそうな記憶を掘り起こそうとしているらしい。


『”母さんフランチェスカみたいなの”と、”謎の上級生”、どっちだ?』

『・・・”お母さんじゃない方・・・なんかピカピカしてた気がする・・・』


 俺の問にモニカがとぎれとぎれに答える。

 ふーん・・・”ピカピカしてた”ね・・・よく分からんけどメモしとこう。


 既に俺は周囲に展開されるこの景色が、現実のものではないと当たりをつけていた。

 だってアクリラだぞ? メルツィル平原から800kmは離れてる。

 普段から ”夢空間”で動いてるのもあるし、”ヴィオの中”に”オリバー先生の所”と最近立て続けにこういうのを経験しているので、そろそろ慣れるってもんだ。

 今回は知らない場所じゃないだけ心に余裕がある。


『【予知夢】? でもロンも・・・』


 モニカが訝しげに”第一容疑者”の名前を挙げた。

 

『動いてないよ・・・ただ、”稼働痕”が残ってるんだよな、それもついさっき』


 それはまるで、一瞬だけ何かを受け取るためにアクセスしたみたいな挙動だったのだ。

 何を受け取ったかはいうまでもない。

 この場所の状況は、”とんでもない部分”まで含めて以前モニカが見たという予知夢の状況に合致していた。

 まったく、正常稼働することの方が珍しいスキルって何だよ。


『ってことは、ここは・・・』

『ああ、十中八九、モニカの見た”予知夢”を元に作られた空間だろう。 たぶん”幻術系”か、それとも”空間生成”?』


 俺がそう言いながら周囲の情報を、インターフェースユニットに表示する。

 先程の”爆撃””を受けたところに傷一つない。

 そこまで頑丈なわけがないから、少なくともあれが見た目通りのものではないことは間違いない。


『どこにいるのかはハッキリしないが、とにかく何処かに投影された幻だ。 まったく・・・反応まで偽装してやがる』


 俺が腹立ち紛れに地面にフロウの触手を叩きつける。

 すると土埃が舞い上がったが、その成分が地面と違った。

 つまり見えてる部分は”ハリボテ”だ。


『疑問は3つ、ここは何なのか、どこにいるのか、どうやって抜け出すか』

『前の2つは、最後のに必要じゃなければどうでもいいよ』


 モニカがそう言いながら立ち上がる。

 環境の変化に慣れてきたところで、心の中に不安が渦巻き始めたのだ。


『エリク達は?』

『わかんねえ・・・だがヴィオの反応が微かにある、しかも”戦闘中”らしい』


 俺の言葉にモニカが目を剥く。


『あの”よんほんあし”が、まだいるの?』

『信号が微かすぎてハッキリとはわかんねえが、エリクにこんだけ本気出させる相手が他にいるとも考えられん』


 俺の言葉にモニカが驚く。

 無理もない、俺達の最後の”まともな記憶”は、俺達とあの機械奇怪蜘蛛の攻撃が反応して発生した膨大なエネルギーの光に飲まれるところで終わっていた。

 直後に記録された熱と衝撃波の記録から、とんでもない爆発だったのは間違いないわけで、そんなものに巻き込まれてもまだ無事というのが信じられなかったのだ。


『ヴィオと連絡は取れる? なにかできることは?』

『この信号強度じゃ無理だ。 向こうの通信能力が足りなすぎて、おそらくこっちの存在に気づきもしないんじゃないか?』


 俺の返答にモニカが奥歯を噛み締め、変に塞がったままの頬の筋肉が盛大に痛みの信号を放つ。


 残念ながらヴィオの信号は本当に微弱だ。

 それは強力な観測スキルで受け取りモニカの大量の魔力でブーストして、FMISの処理能力で解析をかけてようやく分かる程度のもの。

 限られたリソースをやりくりしているヴィオにそんな余裕は全く無い。

 ヴィオの信号も俺への呼びかけではなく、常時発信型の”IDシグナル”だけであることからして、こちらの存在に気づいてないと見て間違いないだろう。

 もし気づいているなら、間違いなく接続用の信号を飛ばしているはずだ。


『ただ、ヴィオの信号のおかげで、ここが夢や完全な幻想で無いことはハッキリしてるんだがな』

 

 取り合えずヴィオから送られてくるタイムコードに矛盾がない。

 ということは少なくとも時間に関してこの場所は変な流れをしていないことになる。


『じゃあ、なおさら早くここを出ないと』


 モニカが焦った声でそう言いながら立ち上がる。

 だが、だからといって何処に行けるわけでもない。

 その事に気がついたモニカが地団駄を踏むように足を地面に叩きつけた。


『どこに行こう?』

『まずは飛んでみるか? 上の方とか重力がどうなってるのか気になるし。 そこまで再現してない可能性もある』


 俺はそう答えながら、感情の流れだけでモニカの視線を上空の”逆さアクリラ”に持っていく。


『・・・うん、それがいいね』

『よっし』


 そうやって俺達が方針を固めると、俺達の背中に羽を作ろうと必要なスキルに指示を出す。



 ・・・だがそれは、唐突に打ち切られることになった。 



「ここは、”時が混じる場所”。 強過ぎる力を持った者がその力を使えば、時が絡まる ・・・のですよ。 あなたのことだから ・・・・・・・・・、きっと身に覚えがあるはず」



 唐突に後ろから投げかけられた声に、俺達は次の行動をキャンセルしながら素早く後ろを振り向き、モニカがジャンプして距離をとった。

 すると、いつの間にか動物の死体のような廃墟の前に先程までは居なかった人影が。


 モニカが警戒の表情でその人影を睨む。

 現れたのは、痩せ細り全身の肌にシワが目立つ、見たことのない白髪で長身の老齢の男だった。

 ただ、俺でも分かるくらい立ち振舞に隙がない。


 間違いない、”つよいやつ”だ。 これで弱かったら腰を抜かす。

 さらに腰に差した長剣の強烈な存在感に、俺達は一気に”警戒レベル”を引き上げた。


『ロン、装備は?』

『ステータスは、まだ”戦闘態勢”のままだ』


 いつでもグラディエーターを全開状態で戻せる。

 あまり相手を刺激したくはないが・・・


 だがそんな俺達と対象的に向こうは俺達の顔が見えるなり、まるで旧知の友に出会ったように表情を綻ばせる。


「ああ、やっぱり! ようやく会えた! やはりこの時間で ・・・・・間違いなかった!」


 そしてそう言うと、急にこちらに向かって駆け出したのだ。

 老人の目には涙が浮かんでいる。


 その強烈で意味不明な迫力に慄いたモニカが思わず戦闘態勢を解くと、慌てて避けるように横に飛び出す。

 だが謎の老人は驚いたことに、俺達の超常的なはずの動きに難なく反応したばかりか、わずかにステップを変えただけで進行方向を調整して対応してきたではないか。

 それを見れば俺でも分かる、こいつ”デキる奴だ”。


 モニカがそこから何度かフェイントを入れて撒こうとするも、老人は自在な動きでその全てを反応しきって追いつくと。

 そのまま、イノシシでも捕まえるように俺達の腰に抱きついてきた。


「うわっ!!?」


 モニカが驚声をあげる。

 するとさらに、謎の老人が嬉しそうな顔を俺達の背中に擦りつけてきたではないか。

 思わぬ感触に、モニカが俺にまで聞こえる音量で心の悲鳴を上げる。


「ああ、この匂い、そのままだ ・・・・・。 全然見た目が違うから驚いたけど、まちがいない。

 想像してたよりも背が低くて、横の太さが10分の1 ・・・・・くらいだったけれど。 この”匂い”は変わらない」


 老人がそう言いながら、その目から大量の涙が溢れ続ける。

 支離滅裂な事を言う老人に子供のように抱きつかれながら泣かれる気持ち悪さは、とても俺の語彙力で表現できるものではない。

 あまりの気色悪さにモニカが、恐怖に顔を引きつらせて必死に暴れて藻掻いてなんとか抜け出すと、追撃のように抱きついてきた老人の顔を足蹴にして押し留めたほど。


 そこで俺達に拒絶された事をようやく悟った老人が、悲しそうな顔で顔面に食い込む俺達の脚を掴む。

 そんなに拒絶されたくないなら第一印象が大事だろうに。


「・・・あなた、だれ!? なんでここにいるの!? というかここはなに!? ”時がからまる場所”ってどういうこと!?」


 モニカが息を荒らげながらそう聞く。

 彼女としても友人や仲間が危険に晒されている状態で、いきなりこんな意味不明な老人に縋られて神経が限界に近いのだ。

 老人もモニカのその様子に気がついたのか、尚も脚にしがみつきながらだが少しバツの悪そうな顔を作る。


「わかりませんか?」


 老人が聞き返す。


「わかんない」


 わかるわけがない。

 俺の記録にも、こんな老人の姿は残っていない。

 モニカがそう答えると、老齢の男は酷く落胆したように肩を落としながら俺達の体から身を起こし、真剣な様子でこちらを睨む。


「私ですよ、”※※※※・※※※※”です、母上様 ・・・。 あなたの”息子”です」


 老人はそう言うと、強調するように自分の顔を両手で指差した。

 まるで”思い出せ”と迫るかのように。


「・・・・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・』


 その場を沈黙が支配する。

 老人の言葉の意味を理解しようとして俺達の中を高速で信号が飛び交うが、一向にまとまる気配がない。

 結局進展がないと判断して無理やり話をすすめるために、モニカが導き出した答えはこれだ。


「・・・・・・はい?」


 見事なまでの、”何言ってんだあんた?”の意味を最小の単語に圧縮した回答である。

 ついでに俺達の受けた衝撃と困惑の感情も見事に乗せることに成功している、モニカには文才があるかもしれない。


 惜しむらくは、相手にそれを理解する能力がなかったことだろうか。

 目の前の老人は俺達の困惑の反応にしばし頭を捻った後、突然何かを察したかのように明るい表情になり、そのままおもむろにこちらを指差した。

 

「あなたは」


 そう言ってから、今度は老人自身を指差す。


「私の」


 今度は老人の胸元に抱き寄せるように両手を組む。


「”母上様”です」


 そう言って、老人は満面の笑みを浮かべてこちらに笑みを向けた。

 どうやら俺達が老人の言葉をちゃんと聞けなかったと思ったらしい。

 その、”ね? これで、わかったでしょ?”と言わんばかりのドヤ顔に、俺達はぶん殴りたくなる衝動を必死に抑えながら話を進めた。


「・・・”お母さん”ってこと?」


 モニカが必死に絞り出すように、その”認めたくない事案”を口にして確認を取る。

 すると残念ながら、目の前の老人がこれ以上ないほどの満面の笑みを作り、大きく頷きながら両手の親指を立ててこちらに示した。

 ”ベリーグッド”とでも言いたいのかこいつは。


 それに対してモニカは、


「ごめん、産んだおぼえない・・・」


 と答えながら警戒の信号を発して表情を曇らせる。

 そりゃそうだ、今年12歳になるばかりの幼気いたいけな少女に、「あんたの子供だよ」と名乗る老人が現れたら、そいつは間違いなく変な人か、変態か、変質者である。

 当たり前だがこの老人を産んだ記憶どころか、そもそも俺達には出産自体の記憶すらない。


 すると老人が露骨に落胆したように肩を落とし、少しして自分に何かを言い聞かせるように頭を振ってから、ようやく小さくうなずいて答えた。


「でしょうね。 今回参照した時間的に、あなたが私を産むのは40年以上後だ。 結構な高齢出産だったんで大事だったらしいですよ」

「・・・」


 モニカが目を細めながら無言で距離を取る。


「信じてない顔ですね」


 老人がポツリと呟くようにそう言う。


「もし、あなたが今のわたしなら、信じられる?」

「いいえ・・・・・・いいえ、無理ですね」


 老人はようやくその”あたりまえ”を理解したのか、少しの間力なく虚空を見つめた。

 ただ、その表情からして、なんとかしてその”妄言”を信じてもらう術がないかと思案しているらしい。

 何も見つからないと良いが・・・

 だが俺のその願いは虚しく散ったばかりか、なんと件の矛先が突然襲いかかってきた。


「そうだ、”ロン爺”! まだ、この時代は”ロン爺”のことを知ってる人はほぼ居ないでしょ? ”ロン爺”! 私ですよ! ※※※※です・・・あ、駄目だ私の名前が発音できない!? くっそ、これも”制約”か。

 私ですよ”ロン爺”、わかりませんか?」


 わかりません。

 なんだよこいつ・・・今度は俺に話しかけ始めたぞ!?


『よんでるよ"ロン爺"、こたえないの?』


 モニカが汚いものを見たような声で俺にそう聞いてくる。


『知らない人に声をかけられても答えちゃいけないんです。 それに爺様扱いするやつに応えてやる義理もない』


 俺もそう言って突っぱねる。

 だが内心では大いに焦りながら、自分のログデータを総さらいしていた。

 冷や汗が吹き出し心臓がバクバク言っているので、モニカも分かっているだろう。

 俺の存在を知っている者は本当にそんなに居ないはずだ。

 その中にこんな老人は居ないし、俺達に内緒で漏らすような者もいない(と信じたい)。

 となると必然的に俺の情報が何処かから、その情報を悪用する者へと漏れ出したことになる。


 一方の老人は俺の反応が返ってこないことに、少し落胆したように肩を落としてため息を付いていた。

 こころなしか、”俺に無視された”といった、”俺の存在を確信している前提”の反応に見えるが、これは演技か?


「なんで”名前”が言えないの? ”せいやく”って?」


 モニカが怪訝な声で老人に聞く。

 すると老人は肩を落として息を吐いた。


「”名前”だけではありません・・・場所や時間のような細かな情報など・・・”私”がここに来た母上様の未来に干渉するような情報は口にできないのです」

『うわぁ・・・』


 ・・・また、”それっぽい設定”が出てきたな・・・

いつの間に、この世界にタイムスリップ系SF物が流行していたのか。


「あなたが、”わたしの子供”っていう情報はいいの? うまないかもしれないよ?」

「言えるということは問題ないのでしょう。 きっと、沢山お産みになりますから、そのどれが私かなんて、あなたは気にしないのかもしれませんね」

『・・・わたし・・・”こだくさん”なんだ』

『想像できねーーー』


 老人の言葉に、俺達の眉唾度が急上昇した。


「さっき、わたしに覚えがある ・・・・・筈って言ったよね。 これはわたしがやったことなの?」


 モニカがそう言いながら周囲をグルリと指差し、そのまま指を老人へ向ける。

 すると老人は正解半分、間違い半分といった感じに首を横に振った。


「この空間を作ったのは、たしかにお母様の魔力です。 まったく、その歳であなたは虚空に一つの空間を穿つほどの力を放ったんですよ。

 ですが、それでこの場所を作るように仕向けたのは私です。

 過去のお母様の記録から力が放たれる日時と場所を知り、その亀裂に私を押し込んだのです。

 なので私はいわば、時があやふやな空間に映る”蜃気楼”のようなものかもしれません。

 もっとも私から見れば、お母様が蜃気楼なのですが。

 ただ、場所がこれほどハッキリとしているとは、さぞお母様の人生に強い印象を与えた場所なのでしょうね」

「・・・・・・」


 モニカが理解できないとばかりに老人を睨む。

 それと同時に俺にどういうことかと解説を求めてくるが、俺だって意味不明だ。

 だが老人はそんなこちらの状況はお構いなしらしい。


「それにしても小さいですね・・・いや、12歳になる歳ってこんなものか・・・・そっか、12歳か・・・」


 今度は俺達の外見に言及し始めたのだ。

 そういやさっき、こいつ俺達に向かって”聞き捨てならない事”を口走っていたな。


「ですがその見た目だと、悪い事をしたかもしれないですね」

「悪いこと?」


 モニカが怪訝な表情でそう聞き返す。


「ええ、私がこの場所に来るために、神殿跡で”先史の次元魔法”を無理に使いましたから。 もしかすると古い魔力に釣られて、”国喰らいの尖兵共”が直前に1匹か2匹、目覚めたのではないですか?」


 その言葉にモニカが一瞬大きく目を見張り、すぐに険しい表情を作る。

 ”国喰らいの尖兵”が何かは知らないが、”該当案件”が現在進行系でエリクと戦っているはずだ。


 するとその反応を見た老人が、ようやく一つ足掛かりが出来たかのような安堵の表情を作り、それにモニカの警戒が更に深まる。


「ああ、やっぱり。 母上様なら昔でも一瞬で消し飛ばせるだろうと踏んだのですが、どうやら無茶だったらしい、さすがにその程度の強さ ・・・・・・・では苦労したでしょう?」


 その瞬間、まるで突き刺すような強烈な”視線感”が俺達を貫いていたことに気がついた。

 一瞬にして、この男に俺達の全てを見抜かれたような感覚を俺まで本能的に察知し、モニカが跳ねるように後ろに飛んで距離を開ける。

 だが全然、距離が開いた気がしない。

 いつの間にか、この変態老人の姿が何倍にも膨らんで見えていた。


「・・・だからすぐに戻りたい」


 モニカが脅すように気迫を込めてそう迫る。

 なんにせよ、こいつの言葉を信じるならば、この老人が俺達をここに連れてきた犯人で、ついでにあの四本脚のクモ型化け物をけしかけてきたことになる。

 老人の言葉を信じる気は毛頭ないが、迎撃体制を持って迎えるには十分な発言だ。


 だがそんな俺達に対して、老人は全く検討外のことが気になったように表情をしかめた。


「ん? ひょっとして倒せてませんでした?」

「・・・たぶん」


 少なくとも信号を見る限り、エリク達は何かと戦っている。

 すると老人が困ったように頭を掻いた。


「あちゃあ・・・そこまで弱いとは・・・

 でも、それは、まいった事になったかもしれませんね・・・外にいる方で母上様より強い方は?」


 老人の問にモニカがゆっくりと頭を横に振り、それを見た老人が盛大に困った表情を造った。


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