2-X10【幕間 :~”柱”~】
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真っ暗な視界に、いくつもの光の筋が縦に走り、様々な情景が次々に入れ替わる。
まるで、この世の全ての視界をランダムに渡り歩くようなその光景が次々と映し出されては消えていった。
それは一見すれば、なんの法則性も感じない光景だが・・・やがて一つの纏まりを見せ始め、近くの別の視界を移動するように切り替わり始める。
そして最後に視界が止まった場所は、カラフルな細工の入った天窓を持つ、足の踏み場を僅かに残してうず高く積もった本の山に埋もれた、祠のような空間だった。
その空間の中に誰かが階段を登る音が聞こえてくる。
足音からして重装、それも生半可な重さではない。
だが、その足音からは些かの動作の鈍さも感じなかった。
やがてその足音は、最上段に達したのか音の性質が変わり、山積みの本に覆われて狭くなった入り口から、鈍色の鎧に身を包む剣士の男が現れる。
「”ハイエットの柱”が一柱・・・”ガレス”ここに参上致しました」
男が自信たっぷりな声でそう挨拶し、
その声に違わず、このガレスという男は顔も格好も妙なまでの自信に満ちており、赤く輝く目はエネルギーに満ちている。
するとそれに対し、対照的にゾッとするほど冷たい声がかけられた。
「その仰々しい挨拶は必要な事なのかしら」
「無理だよ”ウェンスティ”、これはガレスの病気みたいな物だから」
ガレスの正面、乱雑に積まれた本の海に埋もれる様に、17~8で悪戯好きそうな顔の黄緑色の髪をした少女が1人、更にその奥の開けた空間には、少女から”ウェンスティ”と呼ばれた黒髪の絶世の美女が不機嫌そうに鎮座していた。
そして美女の前で身を隠すように背中を曲げて傅く少年が1人。
するとその少年の曲がった背中を、ウェンスティが小さく作った衝撃魔法で叩いた。
「”スノット”! なにをボーっとしているの!」
「うおぁっと、す、すいません・・・ウェ・・・ウェンスティ様」
スノットと呼ばれた少年が転がりながらなんとか起き上がり、ウェンスティの叱責を受けて必死に目を見ながら平伏した。
その様子を、横の少女が面白そうに見守っている。
「来客よ、早く茶でも淹れてきなさい! そんな事もできないの!」
ウェンスティがスノットに衝撃魔法の更なる追い打ちをかけると、スノットは山のように重なる本をいくつか吹き飛ばしながら、慌ててガレスの横を駆け抜けていった。
それを見たガレスが小さく片方の眉を顰める。
「いつも思うが、ウェンスティ様はスノットの扱いが雑ではないか?」
するとウェンスティが氷のような視線をガレスに向けた。
「あの子と四六時中一緒にいれば考えも変わるわ、本当に使えないのよあの子。 あれで本当に”ハイエットの柱”なのかと疑いたくなるくらい」
「彼だって”柱”なんだ、あなたが知らないだけで何らかの特技があるのだろう」
「出来損ないよ」
ウェンスティはガレスの擁護を、そう言って冷たく切り捨てる。
だがガレスは続けた。
「だが、”我が君”だって最初は”出来損ないの勇者”と思われていたのだろう?」
その瞬間、その場の空気が急激に低下した。
「”我が君”とスノット如きを比べるなど、言語道断よ」
ウェンスティがそう言ってガレスに警告した。
その迫力に、流石のガレスも余裕は崩さずとも言葉は出なかった。
「・・・そもそも、”我が君”がその様な誹りを受けたのは、アルバレスの参謀部があまりにも無知で蒙昧だったからよ。
”我が君”は最初からずっと力を示し続けていたわ。
でもスノットはちがう・・・もう何年も”出来損ない”のまま」
ウェンスティはそう言いながら、着ている黒いドレスを軽く伸ばして正すと、ガレスに向き直った。
「それで、あなたに頼んだ仕事はできたのかしら?
できるなら、あなたは”出来損ない”ではないと思いたいのだけれど」
ウェンスティのその言葉に、ガレスが小さく頷き再び口を開く。
「ええ、もちろんです。 アルバレスとマグヌスの新たな”準王位スキル”の確認と評価、しかとこの目で遂行してまいりました」
その声は、気圧されていたことなど微塵も感じぬほど自身に満ちていた。
「なら、報告を聞きましょうか」
「では、単刀直入に申し上げて・・・”準”などと冠を付けて濁していますが、あれは紛れもない”王の因子”。
それも純度は”我が君”やマグヌスの”金娘”をも凌ぐ程の。
やはりマグヌスの”例の噂”が本当だったと見るべきかと・・・
それに不安定ですが、あの幼い身で既に”主柱”でも苦戦する程の戦闘能力も有しているでしょう」
「なるほど、”勇者”に勝ったという話はホラではないと」
「不可能ではないでしょう」
「わかりました。 ”我が君”には私から伝えておきます」
ウェンスティはそれだけ言うと、終わりだとばかりに小さく手を振った。
だがガレスは動かない。
「愚言を承知で申しますが、今の内に消される方がよろしいかと」
「・・・ほう?」
ガレスの言葉にウェンスティが氷の様に冷たい声でそう呟く。
するとそれを見た横の少女が、小さく悲鳴を上げて縮こまった。
だが今度のガレスは自信を崩さない。
「随行は勇者と
「それもあなたの見立て?」
「はい。 何ならここにいる”レオン”を連れていければ十分です。
もちろん、ウェンスティ様なら
ガレスがそう言って、ウェンスティの水晶の様に透明な瞳を見つめる。
だがウェンスティは不機嫌そうに見返してきた。
「それはもしかして、私に”その子”の相手をしろって言ってるのかしら?」
ウェンスティのその口調は、己の立場をわきまえているのかと問うような物だ。
だがガレスは依然として自信を崩さない。
「滅相もない。 ただ、私の見た”モニカ・ヴァロア”の強さの拠り所が、まさにウェンスティ様の”カモ”と呼べるほどまでに相性が良かったもので」
ガレスがそう言うと、ウェンスティの表情が更に冷たいものに変わり、2人の間に火花が散るような錯覚を起こした。
だがそんな空気を引き裂くような言葉が、横から飛んでくる。
「はいはい! 私行きたいです! ここカビとババ臭くて。 あ! でも面倒くさいので、相手は弱い方がいいです!」
ガレスの提案に、自分が話に混じっていた事に気づいた少女、レオンが割って入ったのだ。
そしてその口調は、”勇者”に対する脅威など物の数ではないと言わんばかりだ。
だがそれを見たウェンスティが、ギロリとレオンを睨んで静止させる。
「その案は却下よガレス。 身の程をわきまえなさい」
「恐れながら、放置すれば数年で”我が君”を超えるのは間違いない脅威。 みすみす逃すのは惜しいかと」
「聞こえなかったの? その案は
「何故!」
にべもなく切り捨てるウェンスティに、なおも食い下がるガレス。
その目は真剣だった。
だがそれを見返すウェンスティの透明な瞳もまた、恐ろしく真剣で冷たいままだ。
「まず、私は”我が君”の護衛、レオンは
「あっはは! この人、1対1だと無敵だけど、複数相手だと途端に弱体化するから・・・あ、ごめんなさい」
ウェンスティの説明にレオンが馬鹿にしたように補足を入れ、そのウェンスティに睨まれてシュンとする。
それからウェンスティは釘を刺すようにレオンをしばらく睨みつけてから、視線をガレスに戻して話を続けた。
「他の”主柱”達もそれぞれ仕事があるわ。
なにより”モニカ・シリバ・ヴァロア”の背後には、”ガブリエラ・フェルミ”が付いている。
いたずらに手を出せば、あの”金娘”と敵対する事にもなりかねない。
それは”我が君”の良しとするところではないわ。
今回の”接近”は、あくまで様子を見るのと”集力”のため、それ以上ではないと肝に銘じなさい」
ウェンスティの口調は、”これが結論だ”と言わんばかりの物であり、流石のガレスもこれ以上は進言できないと言を止めた。
だが空気を読めぬ者は止まらない。
「あのさー・・・」
「口を縫い付けられたいのかしら、この子は」
横から何か言いたげなレオンに、ウェンスティが呆れたようにそう返す。
だがレオンの好奇心は恐怖より大きかったらしく、今回は止まらなかった。
「ウェンスティの”能力”なら、ガブリエラでも勝てるんじゃないの? ほら、君の能力って”強い”とかじゃなくて、もう”ずるい”じゃない?
正直、どうやって負けるのか想像もつかないんだけど・・・」
レオンはそう言うと、上目気味に腰を引きながらウェンスティの様子を窺った。
だが、その表情は純粋な疑問に満ちている。
本気でウェンスティの”負け筋”が想像できないという顔だ。
だが、それを見たウェンスティは大きく溜息をつく。
「はあ・・・モノには限度って物があるのよ・・・この世全てに等しく同じ事ができると思わないほうが良いわね」
「そういうことだレオン」
格上2人にそう言われたレオンは、まだ納得できない様子ではあるものの黙って従った。
すると今度はウェンスティの叱責の矛先が、ガレスへと向かう。
「ガレス、あなたも”その力”が借り物だという事を忘れないように。
勇者を侮るなど千年早くてよ」
「ですが借り物とはいえ今は”我が力”、事実を述べたまで・・・ですが、ウェンスティ様にそう言われては、身を律するほかありませぬな」
ガレスはそう言いながら、へりくだる様に膝を折ってウェンスティに近づく。
決して叛意はないとアピールするかの様に。
その光景は、傍から見る分には騎士と姫の物語の一節にも見える。
だがその時、ウェンスティの表情がこれまでと違った鋭さを放った。
「ガレス・・・
「・・・?」
ガレスが当惑した表情を浮かべた瞬間、ウェンスティの瞳が鋭く黒く光って視界を塞ぎ、空間全体が突然ガラスが割れた様な音の反響で満たされる。
そしてその光が消えた時。
見えてきたのは、空間自体が透明な複雑機械の様に幾何学的に織り込まれた荘厳な光景だった。
その中心では、支配者の様にウェンスティが目を光らせながら浮かび、足元のガレスとレオンと共に
「何それ?」
レオンが不思議そうに聞く。
「空間の皺に織り込んだ”諜報魔法”よ、それも自己動作型の」
「どういうこと?」
「
ウェンスティの見立てに、ガレスが苦い顔をしながら呟いた。
「足はつかないようにしてるみたいだけれど、こんなものを作れるのは”ステファニー・グレンテス”だけ。 舐められたものね。
あなたもこれを機に、謙虚になることよ」
「面目ない」
ガレスがそう言ったのと、周囲の透明な複雑形状が一斉に動いて視界が消えるのは、ほぼ同時だった。
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「・・・ようやく潜り込ませた”耳”だったんだけれどね」
途切れた視界を虚しく探りながら、アクリラの校長こと”ステファニー・グレンテス”はそう言いながら腕を組んでいた。
ここはアクリラの校長室で、見ていたのは半月ほど前と思われる情報。
今はもう既に、モニカ達がアクリラに帰還して数日が経過している。
その間校長は、欠片となって到着した断片を組み合わせ、ようやく先程閲覧可能な状態まで復元していた。
校長も以前から、その活動範囲の割に謎の多い”ハイエット”という存在を探っていたのだ。
そして遂に、今回校長の”耳”が初めてハイエットの幹部達の姿を捉えることに成功する。
モニカに
まあ、おかげでモニカが”新たな実家”でどのように過ごしたのか把握できなかったのだが・・・
「”レオン”に、”ガレス”・・・それと”スノット”だったかしら」
とりあえず校長は、今回新たに得られた名前を彼女の特殊な”メモ帳”に書き込んでいく。
”ハイエットの柱”の中で、今回初めて知った名だ。
姿も名前も見覚えは無いが、”柱”となる過程で大きく変わるのでそこは良い。
唯一”ウェンスティ”に関しては、ハイエットの最初の蜂起の時から聞く名前だが、内部での地位はその時よりも上昇しているらしい。
ウェンスティと同格と考えられる、”他の2人”の姿がなかったことから、ハイエットの本陣そのものではない可能性もあるが。
まあ、得られた情報は僅かだが、これだけでもまだ良い。
だが校長は写っていた会話をそのまま受け取ってはいなかった。
「あまりにも”説明”が多い」
”得た情報”を整理していた校長は、その点が気になったのだ。
これは、どう考えてもこちらに対する”情報操作”の類と考えた方がいいだろう。
こちらを見越した演技か、それともここまで情報を送る過程で”編集”されたか・・・
とにかく、あえて
ならば、その意味を汲み取れば、
モニカに積極的に敵対する意志はないが、情報はかなり握っているぞというのが表向き。
裏向きとしては・・・
「やっぱり、”王の因子”を嗅ぎつけてるね、こりゃ」
しかもそれを”関係者”にアピールしたがっている。
となれば・・・
校長はそのことに”ハイエット達”に対する警戒を強めた。
だがそれでもなんともチグハグな印象が残る。
彼等の会話から、”本当にこちらに押し付けたい情報”というのがどれなのか、まだ絞り込めなかったのだ。
校長は、今の情報をもう一度眺めながらその端々をチェックしていくが、今度も明確な意図を読み解くまでには至らなかった。
「考えすぎかしら・・・」
そう言いながら、校長は目頭を押さえる。
この手の情報魔法は疲労がキツイ。
何より、是が非でも欲しかった”ハイエット本人”の情報が殆ど得られなかったのが痛かった。
「しかたない、これ以上は校長の仕事の範囲外・・・」
結局そう結論付けるしかなかった校長は、今回分かった事をメモに書き込むと、そのメモを口に含んで
「さて、次の仕事は・・・・」
そしてそう言いながら、別の書類に目を通す。
幸いなことに、今度は随分と”校長らしい”仕事のようだ。
ただし、それが意味するところは、さっきのとあまり変わらないくらいの”大問題”なのだけれど。
「モニカさん達・・・もう外に出たがってるわ・・・」
そう言いながら複数留めの書類をめくる。
それは冒険者協会に提出された、外部活動のための”パーティ”の申請と、メンバー募集に関する申請書。
本来は協会内部で処理される案件だが、モニカは学生なのでアクリラの許可を求めて校長に流れてきた。
時期からいって、アクリラに着く前から用意していたと思われる。
それと字からして、書いたのはロンか。
「ハアァ・・・」
まだアクリラに帰ってきて数日だというのに、彼女達の行動は多すぎる。
そこら中に出向いては、商人や貴族と引っ切り無しに会い始めたらしい。
それもこれも、”里帰り”が予想以上に大変だったからだ。
何が起こったのか詳細は不明だが、普通じゃないのは顔を見ればわかる。
やはりあの2人は”トラブル”を巻き込みやすい体質なのだろう。
「いや、トラブルが見えると猪みたいに突っ込んでいくといった方が良いかしら・・・」
どうしたものか。
「私も、”劇物”をもっと上手く制御できるようにならないと・・・・」
そう言いながら、モニカとロンの”申請”をどうしたものかと眺める。
”却下”するのは簡単だが、校長の”研究者”としての部分が何故か、これがどうなるか見てみたいと囁きかけていた。
長年の勘が”認めてみよう”と言っている。
だが、それだけで認めるほど校長も”非人道的”ではない。
「せめてなにか・・・・」
校長はそこで、”別の案件”についての興味深い近況について報告があったことを思い出した。
「もしかするなら・・・」
そう言いながら、書類の山から一発でその書類を引き出しモニカの申請書と並べてしばらく見比べながら、間に隔たる”問題”を頭の中で取り除いていく。
そして段々と結論が浮き上がり・・・
「うん、とりあえず
上手くすれば、丁度いい中和剤になるかもしれない」
校長はそう呟くなり、2つの申請書にサインを書き込み、新たな書類を取り出して”悪巧み”を始めたのだ。
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