2-11【対決! 勇者戦 8:~奇跡の娘~】
数多の国からなる巨大国家集合体、通称”トルバ”。
その範囲をどこまでとするかは、人によって意見が大きく別れる。
ある者は100ヶ国を超えるともいい、またある者は30ヶ国程度でしか無いともいう。
揺るぎなき超大国を思い浮かべるものもいれば、様々な事情で内部に幾つもの分断線を描くものもいる。
だが全ての者に共通するのは、この巨大な共同体が大国並みの力を持った”13の列強国”による”国会”で運営されているというところだろう。
この”国会”というのは、地球に存在するそれとは大きく異なり、議員を務めるのは13の国そのもの。
”首相国”は2年に1度、国会の選挙で決められ、現在は東寄りに位置する”エドワーズ共和国”が務めている。
そのエドワーズの首都、”ラングリア”の情報部が突然ざわめき始めた。
「まただ・・・また、通信回線が開かれました」
魔導情報官の1人がそういって、巨大な石版の一部を指差す。
そこには針の先ほどの大きさの魔法陣が幾つも踊り回り、専門家でなければ点の羅列にしか見えない描写から意味を見出していた。
「内容は?」
別の情報官が尋ねる。
だが聞かれた方は首を横に振った。
「秘匿回線です。 形式からしておそらくアルバレス」
「今日いくつ目だ?」
「1時間前までで361回線、それがこの1時間で3000を軽く超えています」
情報官の1人がその圧倒的頻度に口をへの字に曲げた。
「今回もアクリラからか?」
「いえ、これはアルバレスの国内線ですね。 先程まではアクリラから送り出される一方でしたが、今は別の場所同士が頻繁にやり取りしてます」
「うーむ、”
「そうですね、3分の1はトルバの回線です。 全部秘匿回線でここの権限じゃ閲覧できませんが」
「”通常回線”は? ”光伝号”の記録はどうなってる?」」
情報官の1人がそう言いながら上を見上げる。
この建物の上には、都市間で使われる光を使った信号通信用の塔が建っており、そこで通信のバトンを次に繋げるのもこの情報局の大きな役目になっていた。
なのでこの近辺でやり取りされる信号情報は、その殆どは暗号化された状態ではあるが記録として残されていた。
「こちらも活発です。 特に軍関係が・・・待ってください・・・」
「どうした!?」
「秘匿されてない通信を検知! これは・・・全部署への通信です」
「内容は!?」
「・・・ヴァロア・・・・”ヴァロアに関するあらゆる情報を求む”!」
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同時刻 ルブルム
首都の中心から西へ10kmほど外れたところにある王専用の私宮 通称"アルノ宮”
中心にある儀礼用の”王宮”と異なり、代替わりする度に新設されるプライベートなこの宮殿は、現王の趣味に合わせて王宮とは思えないほど質素。
周囲に建ち並ぶ上級貴族の屋敷の方が豪華であるというのは、この街の1つの常識だった。
だがそれも、実際に見てみれば随分と印象が変わる。
直線的で装飾の無い柱や壁は確かに質素ではあるが、その厚みと質感から漂う気品までは消せない。
何より、その圧倒的なスケールがまるで”建築の王”であるかの様に、周囲のきらびやかな屋敷を従えていた。
そして他の屋敷と違い、アルノ宮の正門の前には”本当の強者”が守護として鎮座している。
特に今日はそうだ。
近衛第2隊長:エミリア・アオハ
ルブルム随一と言われる”鉄の女”であり、最強クラスの”将位スキル保有者”である彼女が直々に守っているとなれば、この場所の平穏を乱すものなどそうはいない。
しかし今日は例外だった。
「何事だ!?」
正門広場にエミリアの鋭い声が飛ぶ。
本来、後詰めである筈の彼女がわざわざ正門にいるのは、守衛から対処不能なトラブルが発生したという知らせを受けたからだ。
そしてその言葉通り、正門の前では何やら揉め事のような状態になっている。
守衛達が身なりの良い貴族風の女を相手に、どうした物かと頭を捻りながら押し留めていた。
それを見たエミリアは表情を変えずに、心の中で不審の念を持つ。
「あ、エミリア様! いや職務中は閣下でしたかな? とにかくよかった、彼等では話にならなくて」
貴族風の女はエミリアの顔を見るなり、渡りに船といった感じに声をかけてきた。
「オーヴェル卿、ここは”私宮”です。 要件があれば王宮の方にいらして頂くか、宮の者を呼んでいただければ」
エミリアは努めて冷静に、さりとて失礼に当たらないように注意しながらそう伝えた。
このオーヴェルという女はアルバレスの中級貴族であり、同時に大使としてやってきている”要人”だ。
文字通り大国を相手にする様に接しなければならない。
だがオーヴェルはエミリアの言葉に対して一切引かなかった。
「国王陛下に直々にお耳に入れたい”至急の案件”でして、こちらにいらっしゃると聞き参じた次第であります」
「本日は陛下は”休日”にあらせられます。 お引取りを・・・」
「なりませぬ」
「?」
突然口調の変わったオーヴェルにエミリアが怪訝な表情を作る。
「今でなければなりませぬ。 我が国が・・・我々が、この件について”本当の事”をお知らせできるのは、今をおいて他にありませぬ。
アルバレスがこの件において、貴国に何ら害意がないことを、これは決して貴国の背中を襲う様なことではないと証明できるのは、これが両国の関係性を深めるためのものである事を理解していただくには、”今”でなければなりませぬ!」
畳み掛ける様にオーヴェルがエミリアに詰め寄り、その迫力にエミリアが1歩後退る。
「どうか、どうか陛下にご説明させてください。 それまではこのオーヴェル、1歩たりとも引きませぬ」
「無礼であるぞ! ここをなんと・・・」
「無礼は承知、ですがこの無礼は、陛下にお目通り願えなかった場合の”無礼”よりも小さいことをお約束いたします」
「・・・っ」
エミリアは心の中で、逡巡する。
この女を通すべきか否か。
「・・・要件の内容だけでも聞かせていただけないか、それで陛下にご相談させていただく」
「結構。 ですがここでは人目がある故、全てをお話することはできませぬ」
「ならば日を・・・」
「ですがエミリア
「・・・なん・・・でしょうか?」
私になら理解できる断片?
エミリアはその部分に引っ掛かりを覚えながら聞き返す。
するとオーヴェルは勝ち誇った様に、エミリアの耳元で囁いた。
「・・・”モニカ・シリバ・ヴァロア”の件についてです」
その言葉を聞いた瞬間、エミリアは彫像の様に固まった。
彼女の中に、今聞いた”単語”達が吹き飛ばされたパズルの様に踊る。
全て知っている単語・・・だが何故それが一塊になっているのか理解できない。
そして、何故それがオーヴェルの口から飛び出したのかも。
最初エミリアは、オーヴェルの言っていることが、自分の思っているものとは別物の話だと思った。
だが冷静になっていくに連れ、それらのピースが嵌る先が1つしかない事に気がつく。
「・・・フッ・・・フフ・・・」
「エ、エミリア閣下!?」
エミリアが震える様に小さく笑い、その様子を見た他の守衛たちが驚く様に問いかける。
だが、まるでそれらの軛を引き剥がすように強烈に、轟くような声でエミリアは笑い始めた。
「フッハッッハハハッハ!!!」
突然の笑声に守衛達が一斉に後退った。
凄まじい力を持つエミリアの本気の笑いは、鍛えた者であっても抗いがたい恐怖を放っているからだ。
しかし、オーヴェルだけは額に冷や汗を浮かべながらも頑とした表情でその場を動かない。
それを見たエミリアは、オーヴェルの言葉に嘘が無いことを見抜き、職務に準じる誇りが”嘘であってくれ”という小さな思いを切り捨てる。
「少しここで待たれよ、
そして雷のような声でそう宣言した。
オーヴェルが頭を下げる。
「ありがたき幸せに、ございます」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
同時刻 アルバレス
連邦首都 パレジール
東の超大国アルバレス、その3つの都のうち政治機能を集約したその街では、時差の関係で既に日が落ちようとしていた。
年の瀬も迫り、既に雪に覆われた都市を夕日が真っ赤に染める。
普段のパレジールであれば、暮れゆく日を眺めながらゆっくりと新年を待っている時期であるが、その静けさを破る者がいた。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
小じんまりとした、品のいい屋敷の扉が強く叩かれる。
「誰だい!? こんな時期に! 風情ってものがないのかい!」
そう言いながら屋敷から飛び出したのは、杖に体重を乗せた隻腕の壮年の女性。
その姿は年齢以上に老け込んでおり、なんとも痛ましいが、発する覇気は強烈なものだ。
一方、扉を叩いていたのは、しっかりとした見た目の青年。
その胸には金色の、アルバレスの紋様の入った”エリート”の金バッジが輝いている。
「”エドアルト殿”! ご招集に参りました!」
エリートの青年はそう言うと胸に手を当てて敬礼を行う。
だがエドアルトと呼ばれた女性は、それを見ても癇癪を止めない。
「扉を叩くんじゃない! お前は蛮人か!? この紐が見えないのか!」
そう叫びながらエドアルトは扉の横に付いていた可愛らしい紐を引く。
すると屋敷全体に妖精の囁きのような鈴の音が木霊した。
「これが今の文明の音だ! それをドンドンドンドン叩きやがって!!」
だが青年はそんなことは関係ないとばかりに話を続けた。
「”勇者会議”の招集です! ご仕度を!」
「ガキが舐めた口聞いてんじゃないよ! 何が”勇者会議”だ! 私のどこが勇者に見えんだ!!」
エドアルトが叫びながら肘から先のない腕を青年の顔にねじ込むように押し付ける。
「今回の会議は3都にいる全ての勇者様、
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!」
驚いた事にエドアルトの力は見た目の弱々しさからは想像もできないほど強く、”エリート”である筈の青年を隻腕の断面でグイグイと押し返していた。
「使うだけ使い倒して、ガタが来たら端金で放ったらかし! かと思えばいきなり”招集”と来たもんだ! てめえらには恥ってもんがないのかい!」
「国家の招集に馳せるのは・・・ぐっ、国民の・・・義務です!」
「何が国家だ! 何が義務だ! 私がどれだけ国に尽くしたか! 釣りを貰ってもいい頃だ、釣りをよこせ! 釣りをよこせ!!」
「エドアルト様! これは国家の”安全保障”に関わる問題です! 参加を!」
「そんな会議・・・」
エドアルトは般若のような形相で腕を振り上げる。
「誰が行くか!!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
アクリラ
まるで足並みを揃えるように世界中で少しずつ事態が動き始めた頃、その”爆心地”であるアクリラの競技場では金色に輝く王女がその”概要”を世界に向けて語るところだった。
ちょうど祭りの佳境を迎え、観客席には世界中の様々な者達が官民問わず集結し、競技場の1歩外では噂好きの群衆が興味を引くものはないかと物色している。
おそらく、情報を広める場としてはこれ以上ないほど優れているだろう。
そしてその場すべての”支配者”であるガブリエラは、誰にも邪魔されることなく、また誰にも無視を許さぬ強烈な”存在感”の籠もった声で観客達に語りかけていた。
「『この”モニカ・シリバ・ヴァロア”という者について、私から皆に伝えたいことがある!』」
ぐちゃぐちゃに崩壊したフィールドで、スリード先生に抱かれるように力なく横たわる俺達を手で指し示しながら、ガブリエラはそう言った。
だが俺達にそれに反応する余力は残っていない。
金ピカのガブリエラの姿が眩しくて見づらいくらいだ。
「『知っての通り、彼女は私の”代理”であり、その指名は私自らの意思で行った』」
その言葉に、観客達のざわめきの中に不審げな空気が混じる。
ガブリエラと俺達の繋がりが未だ見えないからだ。
「『彼女がその”立場”の人間であることは、諸君らはたった今目に焼き付けた筈だ』」
だがガブリエラがそう言うと、そのざわめきに今度は納得の色が少し混じる。
今しがた眼の前で展開された壮絶な戦いを見て、その実力に問題がないことは理解してくれたらしい。
だが同時に、それだけでは納得いかないような空気も残っている。
しかしそれもガブリエラは承知の上のようだ。
「『だが、だからこそ彼女を選んだ身として、彼女の”正体”について皆に
この勇者すら倒しうる”モニカ・シリバ・ヴァロア”とはいったい何者か! いったいどういう素性のものなのかを!』」
その瞬間、観客席の中を水を打ったような静けさが覆い尽くし、これまで俺達にヒリヒリと突き刺さっていた好奇の目が、その興味だけを残してガブリエラの方に移るのを感じる。
彼等の中に、”俺達の正体”に対する関心が根を下ろし始めたのがそれで分かった。
” モニカ・シリバ・ヴァロアとは何者か? ”
そんな問が音もなくそこら中を飛び交っているのが見えるようだ。
・・・というか、ヴァロアの部分は俺達が一番知りたい。
だがそんな俺達を含めた観客達に対して、ガブリエラはまるで焦らすように本題とは別のことを語り始めた。
「『かつて、この世界を2つに裂くと言われた大戦があった・・・』」
いきなり飛び出した想定外の単語に、俺達含め競技場全体に大量の” ? ”が浮かぶ。
「『我が地に流れる”アイギスの血”、彼等がかつて忠誠を誓った”ホーロン”と、マグヌス、アルバレスの2陣営が総力をかけて戦った”大戦争”。
その事について戦災を知らぬ青二才である私が語ることはない、諸君らの中には未だに昨日のことのように覚えている者も多いはずだ』」
しかし、ガブリエラはそんな者たちのことはお構いなしとばかりに、”歴史の授業”を続ける。
”大戦争”・・・たしかマルクスとカシウスが名を挙げたという、史上最大の大戦だっけ・・・
そんな事は知識としては知っているが、それがいったい俺達とどんな関係にあるのか理解できない。
「『だがその戦乱は、多くの混乱を起こし、様々な事が、様々な土と闇に埋もれていった』」
そう言いながらガブリエラが再び、今度はより力を込めて俺達を指し示す。
「『この”モニカ”もその”1つ”だ』」
その言葉で会場の興味が再び俺達に降り注ぎ、その感覚にモニカが身を捩る。
どうやらガブリエラは説明の前の”さわり”を語っていたらしい。
「『あえて誤解を恐れずに諸君らに宣言しよう、”ホーロン”は武人の国であったと。
敗戦を前にしても恐れずに戦い続けた”武人達の国”であったと。
我が母”ウルスラ”、そのさらに母である”カテリーナ・アイギス” その生家である”ヴァロア侯爵家”もまた、ホーロンを代表する武人の家であった。
そして最も大戦争に殉じた家であった』」
語られる”ヴァロア”の正体。
ホーロンの侯爵ということは、結構な名家だったのだろう。
どうやらそれだけで何かを察したものもいるらしい。
観客席の3分の1ほどがハッとしたように息を飲む音が発生し、俺達に降り注ぐ視線の一部の色が一気に変化する。
一方、残りの観客達は何がなんやらとより混乱を深めたようで、当然ながら俺達はこちらに入る。
「『ヴァロア侯爵家は現在、”才なし”故に兵役を免れ、戦後はアルバレス貴族に組み込まれた現当主”グリゴール・ヴァロア伯爵”を残して、全て死に絶えたとされている。
彼の4人の息子、彼の妻、彼の兄弟達は全員、我が父たる国王陛下、並びに我が”叔父”達との戦いで命を落としている事になっている筈だ』」
会場の一部が頷くように同意の意思を示す。
どうやらヴァロア伯爵とやらは、それなりに知名度もあったらしい事が伺える。
ガブリエラの”叔父”とは、たぶんマルクスやカシウスを指しているだろうから、それにわざわざ討ち取られたというからには、結構な実力者達だったと思われる。
だが1人を残して、全員モニカが生まれるかなり前の戦乱で亡くなっているのに、その繋がりとは?
するとガブリエラはそこで一旦言葉を切り、まるでこれから言うことに対して恐れでもあるかのように逡巡した後に、今までで一番はっきりとした声で言葉を続けた。
「『だが、それは歴史の”誤り”である! ヴァロア伯爵の4男、”タラス・ヴァロア”は大戦争の戦乱を辛くも生き残っていたのだ!』」』」
その瞬間のざわめきをどう表現していいか、”明かされる衝撃の事実”を聞いた感じと表現するのが適切だろうか?
そしてそのざわめきを切り裂くようにガブリエラは続ける。
「『だが彼はその戦いで哀れにも”自我”を失い、在野に隠れるように息を潜めながら、はっきりとせぬ恐怖に怯えて生きていたという。
そして結局、己を取り戻すことなく”無名の人”として、民と同じ土の下に眠ることになった。
彼が生涯持っていたという”恐怖”がどれほどのものであったか、我が国とアルバレスの影に怯え続ける日々はさぞ恐ろしいものであっただろう』」
ガブリエラはまるで痛ましい事柄を思い出すような声でそう語り、その迫真の言葉に観客達の感情が大きく動くところが見えた。
「『だが、彼はその中で1つの”希望”を残してくれた。
彼は死ぬ間際、牧場の娘と添い遂げ、彼女の中に”希望”を残したのだ』」
観客席がその言葉に再びシーンと静になる。
その”次の言葉”をもう知っているが、皆、それを実際に耳にしようと集中しているかのようだ。
そしてガブリエラはそんな周囲の様子を知ってか知らずか、盛大に焦らすようにゆっくりとして動きで腕を動かしながら、三度俺達を力強く指さした。
「『それがここにいる”モニカ”である!』」
その瞬間、納得と理解、そして”歴史的瞬間”を目の当たりにした観客達が一斉に、驚きに満ちた大きな歓声を上げ、その音量に思わずモニカが目を顰めてしまう。
これが俺達に向けられたものとは思えないほどの注目と関心に、そんな物に耐性のないモニカがどうしていいのか分からずに周囲の者たちの顔色をうかがった。
スリード先生はまるで慈母のように成り行きを見守っているが、その腕はわずかに震えている。
向かいに立つグリフィス先生はどう言っていいのか、目をカッと見開いて殺気をむき出しにしているが、それを大量の理性が押し留めているかのよう。
レオノアに至ってはガブリエラの言っていることが信じられないとばかりに、俺達とガブリエラ、それから客席の一箇所の3つをローテーションする様に見続けている。
他の教師たちも似たような状況、みんな自らの”処理”を続けながらも、緊急性が薄い者はその手を緩めながらガブリエラに注意を向けていた。
俺は俺で、突然出てきた”タラス・ヴァロア”なる人物と、モニカがその”忘れ形見”であるという言葉をどう理解していいか混乱している。
だが、そんな周囲を諌めるようにガブリエラが手を広げて落ち着くように促し、それ見た者達が次なる情報を求めて口を閉じ視線をガブリエラに向ける。
そして会場の注目がまた自分に戻ってきたのを察知したのか、ガブリエラは”演説”を再開した。
「『・・・だが強いヴァロアの血はモニカに”呪い”をもたらした、この私に匹敵するほどの大きな呪いをな。
アルバレスの者がその存在に気づいたとき、既に名も知らぬ牧場の娘は助からない状態だった。
そしてアルバレスにそれほどの”呪い”を御する技術はない』」
それを聞いて俺達の中に湧き出したのは、ガブリエラ出生の話。
当時既に世界最先端のスキル組成大国であったマグヌスを以ってすら救えなかった
一部の者達はその時のことを思い出したのだろう、僅かに涙を浮かべる者までいた。
当然、そんな状況になればアルバレスの技術では母体は助からないだろう。
「『だが、”我々”はこれを千載一遇の機会と捉えた。 悪夢の戦乱がアルバレスを、そして我が国をも変えたのだ。
共に手を取り、新たな”協力の象徴”として、その時2国は共同で”準王位級スキル”の組成を行うことを決めた!』」
その瞬間、観客達の中に”信じられない”といった感情が渦巻く。
マグヌスとアルバレス、平和ではあるものの相容れない筈の2国が手を取り合ったなど、長年この世界に生きてきた者の感覚が理解を拒んだのだろう。
だがガブリエラはそんな考えは過去のものであるかのように話し続ける。
「『彼女は
その”力”は皆も見たはずだ。
彼女には私に使われた技術も入っている、いわば血を分けた”妹”のようなものでもある』」
アルバレスとマグヌス、2つの大国が生んだ”奇跡の協調”。
それは荒唐無稽ではあるが、ガブリエラというマグヌスの王女が語ったということ、それだけの力を俺達が示したということ、そして超大国ですら苛むほどの”大戦争”の悲惨さが観客達に納得の材料として染み込んでいく。
特にガブリエラは妙なまでに”妹”という言葉を強調し、それがまた謎の説得力を生んでいた。
おそらく世界中が彼女に持っている”破天荒なイメージ”が、逆に良い効果をもたらしているのだろう。
「『この事を今日まで伏せていたのは、ひとえにこの”奇跡の結晶”が花開く前に摘み取られるのを防ぐためだった。
理解してほしい、彼女が生きていることを快く思わない者たちがいることを』」
そして最後に混ぜられる”本当”。
これは表向き、両国の関係改善を快く思わない層を牽制し、更に暗に俺達を本当に狙った連中に対する牽制にもなっていた。
「『そして今、幾多の困難の末、彼女は花開いた。
両国の旧来の象徴的存在、”軍位スキル”を超え、”勇者”すら組み伏せるその力は、まさに両国の”調和の象徴”として相応しいものだといえる』」
ガブリエラはそう言うと、誇らしげに胸を張った。
そこに嘘や偽りの”後ろめたさ”のようなものは見えない。
本当に俺達を誇らしいと思っているかのようで・・・そして俺達には本当にそう思っている事が伝わるので、なんだかそれがこそばゆい。
「『今日、この場で胸を張り諸君らに宣言できることを私は誇りに思う。
”モニカ・シリバ・ヴァロア”は今日を以って、再びその身に”彼女の権利”を戻す、証人は王位スキル保有者であるこの”ガブリエラ・フェルミ”と、そこにいる現勇者”レオノア・メレフ”の両名によって執り行った』」
「え?」
レオノアがいきなり飛んできた流れ弾に面食らい、即座に反論のために口を開きかける。
だがその口が開くことはなかった。
すぐ近くにいるからギリギリ分かったのだが、いきなりレオノアに向かってガブリエラが指向性のある”凄まじい殺気”を放ったのだ。
” 文句は言わせん ”
まるでそう言っているかのようなその殺気に、勇者であるはずのレオノアの体がいきなり縮んだような錯覚を起こす。
これが”イエス or はい”というやつか・・・・
そして身の危険を感じたのか、それともしきりに判断を仰いでる客席の一角からなんらかのアクションが有ったのか、レオノアは少しぎこちなくではあるが持っていた剣を掲げてガブリエラの言葉に同意の意を示す。
するとそれを見た観客達は、最後までわずかに残っていた”疑念”を吹き飛ばし、これまでにないほど純粋な感情を声に乗せて歓声を上げた。
「『皆のもの! ”モニカ・シリバ・ヴァロア”の名を讃えよ! そして我が国とアルバレス両国のあらたな”共存の時代”を讃えよ!』」
それを見たガブリエラが更に煽るようにそう叫び、それに応えようと観客達が更に歓声の音量を上げる。
その内、何処から持ち込まれたのかマグヌスとアルバレスの国旗がそこら中で振り回され、紙吹雪が宙を舞い始める。
両国旗を振り回しているのは、
そして、そんな状態になったもんだから競技場の中はもうお祭り騒ぎ。
ガブリエラの言葉を理解した者、よく分からなかった者、未だ疑念を抱いている者も関係なく”なんかいい感じ”の空気が飲み込み、その空気が事態の詳細をあやふやなな状態にしておきながら、ガブリエラの都合のいい方向に進めていった。
次第に”モニカ”という単語が何度も連呼され、それを後押しするかのようにマグヌスとアルバレスの歌が
もう、ここにいる観衆達はすっかり”モニカ”というヒロインの誕生と、”悲劇のヴァロア家”の奇跡の復活、それによってもたらされた”新たな協調体制”という歴史的瞬間に酔いしれ、それを心の中に刻み込んでいた。
口の軽い彼等のことだ、これからこの情報は堰を切ったように世界中に伝播するだろう。
いやガブリエラのことだ、この時点でもうすでに裏でどんな動きを用意していることか。
この試合で俺達に貴族の制服を着せているのもそのためだろう。
つまりこの試合を戦った時点で、俺達は”ヴァロア伯爵の孫娘”として、ガブリエラの名の下レオノアという勇者と戦ったのだ。
ここまで強固な情報が踊り狂う試合もそうはあるまい、これはもう誰がどうやっても消すことは出来ないだろう。
そして一瞬にして自分達の”立場”が変わってしまった光景を目の前にしながら、当の俺達はというと。
『ロン・・・解説お願い』
『すまん・・・ちょっときついわ』
未だ、大混乱の渦の中でどっぷりと揉まれているのだった。
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